五条に渡された紙には住所とお店らしき店名も書かれていた。
携帯で調べてみれば昔からある喫茶店らしく、評価は中々に高い。
小雛が行く気なため仕方ないので、早速時間に合わせてそちらへ向かった。
しかし、その店は老舗と言ってもいいのか疑問なほど古くボロボロな店だった。
「ここで…合ってるのよね…」
「五条先生から渡された住所はここだが…」
流石に心配になって伏黒は五条に渡された住所の書かれている紙を何度も見る。
確かに、ここで合ってはいる。
合ってはいるが…整った店内の作りに慣れている若者からしたら不安になるほどで、そして、五条の許嫁というセレブが選ぶ店とは思えないため戸惑ってしまう。
とはいえ、昔ながらの喫茶店の需要はないわけではない。
むしろ今時のカフェの店よりも、昭和漂う喫茶店の方が落ち着く人間はいるし、むしろ逆に映えると人気でもある。
「悟様がこちらのお店に婚約者様がいらっしゃると仰っていたのでしたらそうなのでしょう…恵様!野薔薇様!参りましょう!」
「そうだけど…雛、大丈夫?」
グッと握り締めて小雛は気合を入れる。
小雛は知らないが、これから昼ドラ展開が待っているだろうと思うと釘崎も伏黒も小雛が心配だった。
2人は年齢に反して幼い中身と、幼い容姿もあって小雛をつい子供扱いしてしまう。
特に、伏黒は虎杖兄妹に対して重たすぎる感情を向けている。
そんな2人の心配を知らず、小雛は『絶対に悟様は渡しません!!』と息込んでおり、釘崎と伏黒をハラハラさせていた。
心配そうな釘崎の言葉に『はい!』と元気よく返事をし、扉を勢いよく開けて入った。
「ま、待ちなさい!雛!ちょっと心の準備くらいさせなさいよ!」
「突っ走るのは虎杖にそっくりだな」
「後方保護者面してないで行くわよ!」
虎杖兄妹強火担な伏黒は、小雛に虎杖と似た部分を見て『フッ、仕方ない奴だ』と笑って呟いた。
そんな伏黒の頭を叩きながら釘崎は先に入店した小雛を追いかけた。
幸い小雛は店員に捕まっており、暴走は免れた。
『何名様ですか?』という問いに『3名です』と素直に答えた小雛に釘崎は慌てて『待ち合わせしていて先に着いていると思うんですけど』と訂正し通してもらった。
「とはいえ…私達相手の顔知らないのよね…」
連れとして通してくれたが、2人は正直困っていた。
通されたものの、その連れの顔が分からないのだ。
五条にその婚約者の写真はないのかと聞いたが、『ないよ?撮る理由ないし』とケロッと言いやがり、婚約者の確認はできていない。
名前も教えてもらっておらず、困ったことになった。
「その制服…呪術高専の生徒かしら?」
なんかだんだんと腹が立ってきた釘崎と伏黒は客全員に『14歳の女子中学生に惚れた28歳ロリコンクズ教師五条悟の婚約者ですか』と五条の顔写真を見せて回ってやろうかと思ったその時、1人の女性が声をかけて来た。
そちらへ視線を向ければ、釣り目の茶髪ショートの女性が席を立って3人に視線を向けていた。
「こっちよ」
女性は3人に手を振って呼ぶ。
伏黒と釘崎はお互い目配せをした。
2人としては小雛の保護者としての付き添いのつもりで来たのだが、任務内容は小町の器の護衛だ。
五条のせいで婚約者の顔が分からない以上、手を振る相手が婚約者だという確信も、安心できる人間である確信もない。
しかし、小雛は素直ゆえか手を振る女性の下へと疑いもなく向かってしまい、仕方なく2人も続き小雛を挟んで座る。
「私の奢りよ、好きなの選んで」
女性はメニューを渡し、小雛はそれを反射的に受け取って広げて見る。
レトロな喫茶店らしいレトロなフォントに、釘崎が興味を示した。
伏黒はコーヒーを、小雛はオレンジジュースとホットケーキ、釘崎はレモンスカッシュとプリンアラモードを頼んだ。
遠慮しない2人に女性は機嫌を悪くするどころかニコニコ顔で3人を見ていた。
「初めまして小雛様…私は
秋草恵子と申します…五条からお聞きしていると思いますが五条悟とは家同士で婚姻関係を結んでおります」
注文したものがくるまで、とりあえず自己紹介をすることにした。
小雛は息込んでいたが、すでに出鼻をくじかれてしまってライバルであろう女性…恵子にすでに警戒心も対抗心もない。
根は善人性で出来ている小雛は勢いを殺され自己紹介してくれた恵子に『ご丁寧にありがとうございます恵子様』とお礼を言い自分も名乗る始末である。
単純なところが虎杖と似ている、と伏黒は後方兄の友人面をしていたが、釘崎には完璧にスルーされていた。
結局、釘崎や伏黒の思い描いた修羅場は起きず、そこだけは安堵する。
そうこうしている内に頼んだものがテーブルに並ぶ。
恵子もプリンアラモードを頼んでおり、『ここのプリンアラモード、美味しいのよ』と言って一口食べる。
「あの…なぜ雛に会いに来られたのですか?」
オレンジジュースを飲んだ後、小雛は問う。
それは五条から恵子が会いたいというのを聞いた時から、恵子に聞きたかったものだった。
直球な質問に、恵子は『そうね』と考える素振りを見せる。
「私…今、付き合っている方がいるのですけれど…その人と今日、駆け落ちするんです」
その言葉に3人は固まった。
恵子を見れば、もう一口プリンを食べているところだった。
何もない日常を語ったように見えるが、その口から出たその言葉は日常からかけ離れたものだった。
恵子は小雛の問いに答えていないと気づき、続ける。
「私の家ね、御三家と比べたら力の強い家ではないけどそれなりの家柄なんです…五条とはお互い母親のお腹にいる時から婚約が決まっていました」
秋草家は伏黒も名前は聞いた事があるくらい名の知れた名家である。
昔から五条家と懇意しており多くの女性が五条家に嫁ぎ、何人かの術式を継いだ子供を産んでいる。
五条悟を生んだ女も秋草家の遠縁にあたる家柄である。
ただ、家柄に拘るのは正妻のみだ。
時代錯誤だが、それ以外は愛人として囲むのを認められている。
それもあってか、五条は小雛に惚れるまで女遊びが酷かった。
あのルックスに良すぎる声、恵まれた体格に、家柄、高給取り。
まさに性格以外完璧な男である。
そんな男を世間に出して女が放っておくわけがない。
愛人や女遊びしても誰も何も言わないのは、五条がワンマンだったという事とは別に、あちこちに種を蒔けば術式を繋げる男児を望めるチャンスが多くなるため、あえて女遊びは黙認されていた。
これは五条家だけではない。
遊び相手なら誰でもいいが、正妻になる女性の場合容姿や性格よりも、家柄と子供が産めるかが重要視される。
本人達の意思など関係ない。
「その人とは学生時代からずっと隠れて付き合っていました…実家に知られれば有無を言わせず五条と結婚をさせられますから…」
「だから…駆け落ち、ですか…」
遊ぶのは自由だ。
だが、本気の恋は決して許されない。
言わなくても分かる。
実家が彼との結婚を望んでいると知ると必ず引き離される。
愛人なら実家も五条家も何も言わないのだろうが、それが本気の愛ならば黙っていない。
何がなんでも五条と結婚させられるのは目に見えている。
これが呪術師の家柄と、一般家庭との違いだ。
伏黒の言葉に恵子は『ええ』と頷いた。
その顔はどこかスッキリしており、未練なんかないように見えた。
小雛は恵子のその表情を見て息を呑んだ。
「小雛様のことが気になって五条に無理を言って今日、お呼びしたのです…五条を本気にさせた子はどんな子なんだろうって」
『これが会いたかった理由よ』という恵子に小雛は何も返せない。
理由が軽すぎるとかではなく、恵子が言っていた『五条を本気にさせた』という言葉だ。
言われた小雛は複雑そうな表情を隠せないでいた。
小雛は再会したあの時に告白をしたはずなのに、五条からは『愛と好きの違いが分かったら』と言われ受け入れてはくれなかった。
人によっては断られたと捉えられる返事であった。
実際、小雛は五条に壁を感じた。
口をつぐみ恵子から視線を逸らす小雛の姿を、恵子はまだ不安が拭えないのだと思い続ける。
「五条が小雛様を好きになった時にね、私との婚約を破棄するって言ったんです…ですが、その時に私の家に言われたそうです…もしも破棄するのならば小雛様との婚約を妨害し加茂家、禅院家のどちらかを支持する、と…」
秋草家は御三家ほどの権力はないが、それでも影響力はある。
小雛と五条との婚約は、五条家が五条悟の最強を盾に無理矢理小雛を加茂家と禅院家から掻っ攫ったようなものだから、両家を支持している人間から反感を買っている。
その者達の手を借りれば、五条家とはいえど小雛との婚約は簡単に破棄されるだろう。
(だからか…だから…この人との婚約も続けていたのか…)
伏黒は納得した。
確かに、冷静に考えれば分かることだ。
あれほど小雛に骨抜きの男が、家に甘やかされているとはいえ小雛以外の女との婚約を続けるわけがない。
釘崎や小雛などの呪術師の家柄の面倒臭さを知らない人間からしたら納得できる理由ではないかもしれない。
だが、五条と小雛の間にどれだけ愛がありそれを育んできたとしても、2人の間を引き裂くことは簡単だ。
小町の器である小雛は無機物なのだ。
小町の意見ならまだしも小雛の意見など決して通らない。
「五条には迷惑ばかりかけてしまいました…まだ彼は新人だったからって待っててもらっていましたから…」
恵子の恋人は、恵子のために海外の会社に就職してくれた。
そして一生懸命働いて、あちらで認められて、役職を貰って、あちらで地盤を固めて、やっと恵子を呼ぶことが出来た。
それが今日だった。
ただ、別に駆け落ちは今日でなくてもよかったのだ。
五条と恵子が大人しく婚約を続けているから今まで実家にも動きがなかっただけで、どれだけうまく隠そうが恵子と想い合っている人間の情報などどうせ見通されている。
だから油断している実家の隙をつき彼の下へ向かう日を五条とあらかじめ話し合ってもいた。
だが…緊急事態が起こった。
「痺れを切らして媚薬と妊娠薬を盛るって聞いたらそりゃ逃げるっていう話ですよね〜」
実家は恵子との結婚を引き延ばし続ける五条と五条家にしびれを切らした。
本来なら五条が18になり式を挙げ、今頃恵子との間に何人か子供を産ませていたはずだった。
だが、五条が小町の器に本気になったせいで恵子との結婚の話は一向に進む気配はない。
恵子も五条と親しくしてはいるが、恋愛感情がないゆえに友人どまりの関係しか進展がなく、恵子に苦言を告げても耳から耳へと抜け出るばかり。
秋草家は焦っていた。
御三家に嫁ぎたいという女や家柄は多い。
今まで秋草家と懇意にしていたから五条家も今まで恵子との婚約を続けていたが、進展もないため別の家柄の女に変える話も出てきた。
だから、秋草家は無理矢理五条と結ばせようとした。
呪術には便利なものが存在する。
人を呪う呪物があれば、発情と妊娠を促す呪物も存在しており、恵子は偶然その会話を聞いてしまった。
笑って話すが、聞いた時はそこまでするのかと実家の人も人とも思わない思考に戦慄した。
だから、計画を前倒しにして今日、この日、彼の下へ向かおうと決心した。
「愛のない結婚なんて地獄だわ」
五条も恵子も、お互い友好的ではあるものの、恋だの愛だのの感情は本当に皆無だ。
きっと…いや、絶対に結婚させられても結婚生活は最悪だろう。
お互い異性として好きではないのだから子供は絶対に出来ない。
ならば、そんな仕事もできない女など捨てられるだけ。
そして五条は別の小雛以外の女を与えられ、恵子は適当な男に売られる。
血筋、家柄重視からしたら子供を作ろうとしない女など価値はない。
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