少年は自然と目が覚めた。
懐かしい夢を見たと思ったのと同時に、嫌な夢を見たと胸が悪くなった。
静かに上半身を起こし、朝から気分の悪い夢を見てげんなりした顔を浮かべ、深い溜息をつく。
「轟様」
タイミングを見計らったように、少女の愛らしい声が轟と呼ばれた少年の耳に届く。
視線だけそちらに向けると襖の向こうに気配を感じ、轟は隠すことなく舌打ちを打つ。
向こう側にいるであろう声の主を脳裏に浮かべ、顔を顰めた。
消えない気配にイライラを積もらせながら、轟は起き上がり準備を始めた。
着替え終え、鏡で適当に髪を整えて襖を開ける。
そこには小柄で華奢な顔の整った少女が立っており、その両脇の足元にはウサギとネコのぬいぐるみがいた。
そのぬいぐるみはまるで糸で操られているように二本の足で立って楽し気にリズムを刻みながら体を揺らしていた。
しかし、ぬいぐるみは糸で釣られていないし、操られているわけではない。
このぬいぐるみは少女の個性だった。
少女は整った顔に笑みを浮かべており、轟が部屋からでてきたのを見てニコリと笑みを深めた。
「おはようございます、轟様」
朝の挨拶をする少女に轟は何も返さず、無視をして居間へと向かった。
その後ろを少女とぬいぐるみが続く。
居間に続く廊下を歩き、障子を開けるとそこには一人の女性がすでに席についていた。
「おはよう、焦凍、琴子ちゃん」
女性が轟…焦凍と少女、琴子に気づき声を掛ける。
丁度テーブルにみそ汁を三食分配膳していた。
家にはあと家長と次男、二人の家族がいるが、二人ともすでに朝食を終えて家を出ている。
家長である父は事務所に向かい仕事中だろう。
次男は、父を嫌い琴子を苦手としているため、朝食を一緒に囲むのはないとは言わないものの、その回数は少ない。
姉であるその女性に、焦凍は『ああ』と不愛想に返し自分の席につく。
それに続けて琴子も『おはようございます』と返しながら自分の席に着く。
その両隣にネコとウサギの可愛らしいぬいぐるみが少女を挟むように座った。
少女は焦凍の姉、冬美の隣の席だった。
以前は焦凍の隣だったが、焦凍が嫌がり冬美の隣になったのだ。
相変わらず琴子の存在を無視をしている弟に、冬美は溜息をつき、苦笑いを浮かべる。
「さぁ、冷めないうちに食べちゃいましょう」
いつもこうなのだ。
いつも二人の間には厚い壁が建てられている。
喧嘩しているわけではない。
しかし、喧嘩よりも根深い問題だった。
本当は焦凍にも琴子にも一言二言…いや、三言、四言、五言言いたいことが沢山あるが、この問題は他人がとやかく言って解決するようなものではない。
どうしてこう我が家は問題ばかりなんだろう…、と冬美はもう一度溜息をもらす。
「ついに今日ね」
この重たい空気を払拭したくて、話題を変えるように二人に声をかける。
しかし、返ってきた答えは弟は『ああ』だけ、琴子は微笑みながらも『はい』とだけだった。
それに冬美はまた内心溜息をつく。
元々三人の中で会話は弾まない。
弟の焦凍も琴子も口数が少ない方であるため、あまり期待はしていない。
しかし、冬美の言葉に人間ではなく、琴子の両脇にいるぬいぐるみが答えるように冬美に向かって手を振ってくれた。
正直人間よりもこのぬいぐるみの方が会話が弾みそうである。
ぬいぐるみという愛らしさもあって冬美の痛んだ胃は緩和された。
ただ、彼らは基本返事しか返さないが、彼らは同じ返事を返しているように見えるが、同じ言葉でも意味が違うのだ。
きっとそれに気づいているのは今のところ姉である自分だけだろうと、密かに自慢である。
「焦凍も琴子ちゃんも頭いいし才能あるから絶対に合格するわ!保証する!頑張ってね!」
元気付けるようにグッと拳を握り締めると焦凍は『ああ』と返事をし、琴子と呼ばれた少女も微笑みながら『はい』と返事をし、人形たちは冬美の真似をするように指がないのに拳を握る素振りを同時にして主人である琴子に見せて応援していた。
会話が続かないしテンプレ反応だが、彼らの『ああ』と『はい』は先ほどの返事と同じ意味であり、違う意味である。
ただ、とはいえ、弾んだ会話を求める冬美にとって、慣れた空間ではあるが時々気まずいこともある。
その中で、琴子の左右にいる可愛い猫とウサギのぬいぐるみだけが冬美の唯一の救いであった。
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