(7 / 13) USJ襲撃事件編 (07)

試験には受かり、琴子と焦凍は晴れて高校生となった。
雄英に通うために二人は勉強し鍛えたため、淡白な反応を見せながらも二人は喜んでいた。


「…………」

「…………」


新しい制服はいつ着ても緊張する。
パリッと糊が効いた服を身に包み、二人は言葉なく廊下を歩いていた。
焦凍と琴子は仲良くA組に配置された。


「………」


焦凍は内心溜息をつく。
正直、クラスが別だったらよかったと思っていたが、同じクラスになってしまいげんなりしていた。
ただ、この間姉である冬美が言っていた言葉が頭から離れなかった。

―――その選択を間違えたら、きっと焦凍は一生後悔することになると思う…

姉の言う選択肢というものが何なのか、焦凍には分からない。
だけど、意味は理解できる。
チラリと少し後ろを歩く琴子を見る。
琴子は相変わらず微笑みを浮かべていた。
その表情が1ミリでも動いたところを、焦凍は見たことがない。
出会った時から琴子はこの顔を張り付けている。
いや…2人だけ、この仮面のような表情を変える人物がいた。
それが父親と、もう一人はすでにいないが兄の燈矢。
燈矢はすでに亡くなってしまっているため、現状父のエンデヴァーだけが琴子の表情を変えることができる。
それが腹立たしい。


(…馬鹿馬鹿しい)


父親にしか懐かないことに対してイラつくことに、イラつく。
その矛盾に考えるのも馬鹿馬鹿しくなって、考えるのをやめた。
暫く歩いていると、クラスに着き、焦凍と琴子は足を止めた。
定員37名。
人数の問題で2クラスしかなく、その一つであるA組に琴子と焦凍は入れられた。
個性が当たり前となった今、体型に恵まれすぎている人間も多くいる。
そのためか、教室のドアが焦凍と琴子の背丈の倍ある高さまであった。
しかし、中学の学校では普通だったため、そこはヒーロー科ゆえの作りかもしれない。
中に入ると、まだ早いのもあるせいか、空いている席の方が多かった。
何人かは受験で見た顔もいたが、大して親しくもないため目が合っても声をかけるでもなく、表情を崩すでもなく、黒板に貼り付けられている自分の席を確認し、席に向かった。
チラリと琴子を見ると、琴子はなぜか固まっていた。
否、傍から見たら琴子は微笑みながら席順の紙を見ているように思えるだろう。
だが、長い付き合いの焦凍から見たら、琴子は固まっているように見えた。


「どうした?」


焦凍は自分の口から出た問いに『しまった』と思った。
琴子との間に亀裂がある今、焦凍は琴子と親しくする気はない。
だが、いつも微笑みを浮かべている琴子の雰囲気が崩れたことが気になってつい声をかけてしまったのだ。
しかし後悔しても遅く、声に出してしまった言葉の撤回は不可能で、琴子は焦凍の方へと顔を向ける。


「いえ、なんでもありません」


ただ、琴子はそう言って首を振った。
笑みや雰囲気はすでに戻っていた。
焦凍はその言葉にフイッと顔を背けるように背を向けて席に向かう。
その後ろを追うように琴子が付いて来る気配を感じながら、焦凍は内心ふてくされていた。
琴子が話してくれない事に対してもそう。
そして、それに不満を感じている自分に対してもそう。
焦凍は自分のあっちこっち行き来する感情に苛立ちを積もらせる。


「やあ、轟君…だよね?試験以来だね」


席に着くと声をかけられ、焦凍はそちらに目線を向ける。
そこは自分の席の後ろに当たる席で、いわば出席番号の一番後ろに当たり…琴子の隣の席でもあった。
琴子は義国(よしくに)の苗字を持ち、席順ではクラスの女子の中で最後になっている。
轟を苗字に持っている焦凍の斜め後ろとなる。
声を掛けてきた相手は琴子ではなく、自分を見つめていた。
手を差しだされ笑顔を浮かべるその姿は好青年そのものだ。
だが、焦凍は身に覚えがない。


「僕は内規(ないき) 一馬(かずま)っていうんだ…よろしくね」


そう言って自己紹介し笑顔を浮かべるクラスメイトに焦凍は不愛想に『そうか』とだけ返して席に着いた。
一馬は不愛想な反応に目を瞬かせ、触れられる事がなかった手で頬をかき苦笑いを浮かべ、隣の席に着いた琴子にも同じ挨拶をした。
恐らく焦凍の隣にいる八百万と席順の紙に書かれていた女子生徒にも同じことをしていたのだろう。
しかし、


「そうですか」


琴子からも焦凍と同じ反応をされてしまった。
そのやり取りを背中を向けながら焦凍は驚いて聞いていた。
その笑みが崩れない気味の悪さを除いて、琴子は基本誰にでも穏やかな対応をする。
普段なら『私は義国琴子と申します、よろしくお願いします』と言って握手をするのだが、なぜか突き放した。
突き放したと言っても笑顔はそのままで、声だって穏やかだ。
だが、焦凍には突き放したように聞こえた。
二人に冷たい対応をされ、一馬は流石に引きつった笑みを浮かべてしまう。


「君!!」


琴子の珍しい反応に密かに横目で琴子を見ていると、咎めるような声が焦凍の耳に届き、そちらに目線をやる。
すると、前の席に座る金髪の男子生徒に黒髪でメガネの男子生徒が険しい表情で睨んでいるのが見えた。


「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」

「思わねーよ!てめーどこ中だよ端役が!」


どうやら黒髪の生徒は金髪の生徒が柄悪く机に足を乗せているのを注意しているようだった。
態度といい、言葉使いといい、どうやらこれが不良というものらしい。
家柄から、焦凍は初めて不良を見た。
しかし大して興味を惹かれる事もなく、視線を外した。


「ボ…俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ」

「聡明〜〜!?くそエリートじゃねえか!ブッ殺し甲斐がありそうだな!」

「君ひどいな!本当にヒーロー志望か!?」


エリート中学出身に似合う育ちだからか、飯田と名乗った黒髪の生徒は、金髪の生徒…爆豪の乱暴な言葉に顔色を青くしてよろめいた。
すると視界に何かを捕らえたのか、飯田は何かに気づき、爆豪から離れてそちらに歩み寄る。


「俺は私立聡明中学の…」

「聞いてたよ!あ…っと僕、緑谷!よろしく、飯田くん」


緑谷、という言葉と彼の声に、爆豪と飯田のやり取りに特に興味を持たず、暇を持て余してネコのぬいぐるみを膝の上に乗せて撫でていた琴子はそちらに視線をやる。
そこにはあの巨大なロボットをパンチ一発で破壊した少年がいた。


「緑谷くん…君はあの実技試験の構造に気づいていたのだな…」


どうやら、飯田も琴子と緑谷と同じグループにいたらしい。
琴子が知らない間に彼と緑谷の間で何か実技試験で起きたらしいが、琴子は飯田の『実技試験の構造』と聞き小首を傾げる。
その主人の真似をして、ネコのぬいぐるみもコテンと首を傾げる。
それに気づき、琴子はその愛らしい仕草に頭を優しく撫でる。
主人に頭を撫でられネコのぬいぐるみは嬉しそうに口元に手を持っていき照れる仕草を見せた。


「あ!!そのモサモサ頭は!!」


すでに飯田と緑谷の会話に興味を失っていた琴子だったが、耳に聞き慣れた声が届き視線を戻す。
そこには試験会場に向かう際、バスで隣に座った少女がいた。


「プレゼント・マイクの言った通り受かったんだね!!そりゃそうだ!!パンチ凄かったもん!!」

「いや!!あのっ…!本っ当!あなたの直談判のおかげで…ぼくは…その…」


少女の顏は覚えている。
自分の個性であるぬいぐるみを褒めてくれた子だと、琴子は覚えていた。
ただ単に覚えていた子がいたためその少女を見ていたが、それを何を勘違いしたのか、影にいたウサギのぬいぐるみがピョンと姿を現し、二本の足でピョンピョンとリズムよく跳ねながら少女の方へと歩いていく。
琴子はそんなウサギのぬいぐるみに『あ』と小さく声を零し、焦凍がこちらを見たような気がした。
焦凍の視線に気づきながらも気づいていないフリをして琴子は慌ててウサギを追いかけるため席を離れ、その後をネコのぬいぐるみも続く。
ぬいぐるみは普段琴子の傍をぴょんぴょん跳ねて歩くが、意外とその足は早い。
ウサギのぬいぐるみは主人である琴子を無視し、少女の足元に辿り着き、ぎゅっと抱き着いた。
それに気づいた少女は、足に抱き着く猫のぬいぐるみに目を瞬かせた後、ウサギのぬいぐるみを思い出したのか目を丸くした。


「あ!君、あの子の…!」


足に抱き着いて顔を上げて見上げるその姿はまさに愛らしく、とても癒される。
きゅ?、と効果音が聞こえるほど計算された仕草に、少女は胸をきゅんとさせながら足に抱き着くウサギのぬいぐるみを抱き上げる。
やっほ〜!と言っているように手を振るウサギのぬいぐるみに少女は『かわええ!!』とぎゅっと抱きしめた。
ウサギのぬいぐるみはそんな少女を抱きしめ返す。


「あの…アヤちゃんが申し訳ありません…」


琴子は申し訳なさそうに眉を下げながら少女に近づく。
主人が来たのでアヤと呼ばれたウサギのぬいぐるみは少女の腕からピョンと飛んで琴子の胸元にダイブする。
人形なので中身は綿しか詰まっておらず、ウサギのぬいぐるみは軽い。
小柄な軽々でこのクラスでは男女合わせて二番目に背の低い琴子でも軽々受け止めることができた。
琴子の姿に少女はニコッと笑顔を向け、自分を指さす。


「わあ!君も合格したんやね!!あっ!私!私の事覚えてる!?バスで一緒になったんやけど!!」


琴子と再会できたことが嬉しかったのか、勢いの良い言葉に傍にいた緑谷は目を瞬かせて固まっていたが、琴子は微笑みを浮かべ動じず『はい』と頷いた。


「隣に座られた方ですね」

「そうそう!!ってまだ名前を言ってなかったね!私、麗日!麗日お茶子っていうん!」


ここで初めて名前を教えてもらい、琴子は復唱するように『麗日様』と口にした。
同い年のクラスメイトに様付けで呼ばれ少女は目を瞬かせたが、すぐに『お茶子って呼んで!』と笑った。
本人に言われたので、琴子はもう一度『お茶子様』と復唱したが、『様なんていらんよ〜』と言われたので、『お茶子さん』に落ち着いた。
それに満足したのかニコッと麗日は笑みを深めた。


「君はなんて名前なん?」

「私は義国琴子と申します」

「(も、もうします??)そっかぁ!じゃあ、琴子ちゃんやね!!」


麗日は元気な少女なのか、ニコッと太陽のような笑顔を浮かべた。
琴子はその笑みが眩しくて見てられないように『よろしくお願いいたします』と言って頭を深々と下げた。
その丁寧さに麗日は慌てた。


「あ、、頭なんて下げんでええよ!友達やし!!ね!」


友達。
その言葉に琴子は一瞬目を瞬かせたが、すぐに元の様子に戻し、顔を上げて『はい』と微笑んだ。
琴子の腕の中にいるウサギのぬいぐるみが『よろしくね!』と言っているように手を上げ、その仕草が可愛くて麗日とピンク色の肌を持つ少女がほんわかと頬を緩ませた。
教室内はぬいぐるみの仕草にほんわかとした空気に変わったのだが―――


「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」


麗日の後ろから新たな登場人物の声がした。
麗日の後ろには教室と廊下の境界線だ。
出入りする扉は開かれ、そこからは廊下が見えた。
琴子は一度廊下へ視線をやったが、誰もいない。
しかし確かに廊下から声がしたのだ。
視線を下へ下げていくと―――何故か寝袋に身を包ませ廊下で寝ている男がいた。
顔だけを露出している男の顔色は悪い。


「不法侵入…不審者…変質者…………小児性愛者?」


琴子は思わずそう零し、ネコのぬいぐるみが後ろからピョンと肩に乗り、携帯を琴子に渡した。
その携帯を受け取り琴子は警察に連絡しようと指を動かそうとしたのだが…その瞬間、布が飛び出してスマホを手ごと巻きつきとめられる。
琴子はその時、ガタンと音が聞こえた気がした。
その音の方へ視線をやれば、焦凍がなぜか立ち上がっており、琴子と目が合うとフイッと視線を逸らして座り直した。
それに琴子は首を傾げ不思議がっていると、のそりと不審者の男が立ち上がる。


「誰が小児性愛者の不審者だ…俺はここの教師だぞ…」


焦凍の行動への疑問は男の言葉によって上書きされた。
『えっ…先生…???』とこの時初めて見ず知らずの人間が集まっていたA組は心を一つにした。
教師と名乗った男は布の紐を操る個性なのか、その個性で琴子が警察に連絡しようとしたのを止めた。
『はい、静かになるまで8秒かかりました』とどこかの漫画か小説でしか聞いたことのないようなセリフを吐きながら、寝袋から出て個性を解除する。


「担任の相澤消太だ、よろしくね」


しゅるしゅると主人の元へ戻っていく布を見送りながら琴子は手を擦る。
痛かったわけではなかったが、何となく…いや、気づかなかったことが悔しかった。


(これでも鍛えているつもりだったんだけどな…)


琴子は体力作りや合気道などを習って個性に頼らないように頑張ってきた。
それが無駄と言っては大げさだが、まさに経験値の差を見せつけられた気がした。
流石、雄英学園の中でもヒーロー科のクラスを受け持つだけあるのだろう。
相澤と名乗った男は寝袋からゴソゴソと何かを取り出した。


「早速だが体操服(コレ)着てグランドに出ろ」


そう言って渡されたのは、雄英学園指定の体操服だった。

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