(8 / 13) USJ襲撃事件編 (08)

体操服を渡された琴子達は早速更衣室へと向かうためそれぞれ廊下に出る。
いつも通り焦凍と一緒に途中まで更衣室に向かおうと、焦凍に歩み寄ろうとしたが琴子の肩を誰かが叩いて止めた。


「琴子ちゃん!一緒に更衣室に行こう!」


振り返れば麗日がいた。
琴子は焦凍と一緒にいくつもりだったし、実家からも基本轟家の人間と行動を共にするよう命じられているので断ろうとした。
しかし、琴子が麗日と話をしている間に焦凍が一人で教室を出て行ってしまった。


「申し訳ありません…また、今度…」


背を向けて教室を出ていく焦凍に琴子は麗日に頭を下げて断りを入れ、慌てて焦凍を追いかける。
その後をネコとウサギのぬいぐるみが追いかけるが、主人に習うように麗日の方へ体を向け、ペコリと頭を下げて主人を追いかけた。
麗日は『あ、う、うん…』と突然ポツーンと一人置いて行かれながら、琴子の背中に手を振った。


「なになに?あの子とあの男子って知り合いなのかな?」


断られたことは残念だが、元々友達だったわけではなく今日友達になった仲なため仕方ないと思うことにした。
悪い子ではなさそうなので、これから仲を深めればいいかと思っていると後ろから声がして振り返る。
そこには三人の女子生徒がいた。
一人はピンク色の肌が特徴的で酸の個性を持つ芦戸三奈。
もう一人は透明化を個性とする葉隠透。
三人目は蛙の個性を持つ、蛙吹梅雨。
彼女達は自分達のやりとりを見ていたらしく、琴子が焦凍を追いかけ教室を出て行ったのを見て麗日に歩み寄ってきたらしい。
なんせ焦凍と琴子は美少年と美少女なのだ…目立ってしまっても仕方ないのかもしれない。


「そういえば…教室にも一緒に入ってきたわね」

「受験の時も一緒に歩いてるの見た事あるよ!」

「じゃあ同じ中学だったのかな?」


葉隠はこの学校に受験しに来た時、偶然琴子と焦凍を見た。
美少年と美少女は目立ってしまい、二人に注目していたのは葉隠だけではなかった。
その時はクラスメイトになるとは思っていなかったため、今日クラスに来て美少年と美少女を見て驚いていた。


「そういえば、あの時もなんだか微妙な距離だったように見えたなぁ」

「微妙な距離?」

「そうそう…なんていうかな…友達って言っては親密すぎるし、恋人って言っては距離がある…でも、同じ中学ってだけっていうのもなんか違ったんだよねぇ」

「でも教室には一緒に入ってきたよ?それも席順の紙を見てた時なんか話してたよね?」

「ええ?じゃあ知り合いなのかなぁ…私は恋人になったばかりに一票!」

「え?賭け?んじゃあねえ…私は倦怠期真っ盛りの冷めきった恋人ってところで!!」

「お茶子ちゃんは?」

「わ、私!?え、えっと…」

「ほらほら、彼との関係を聞くのはまた今度にしましょう…早く更衣室にいかなきゃ遅刻しちゃうわ」


やはりまだ少女…いや、幼くとも女性というべきか。
二人の関係が気になってつい話も弾んでしまう。
麗日も琴子と焦凍を見て何か違和感があったからか、否定せず話を聞いていた。
しかし突然声を掛けられドキリとさせる。
友達を相手に賭け事をすることに罪悪感を感じるものの、つい参加しそうになった。
気まずさを感じ取ったのか、梅雨が麗日の言葉を遮り二人を急かす。
誤魔化した物の、時間がないのも確かだ。
大して深い興味もないためか、梅雨の言葉に『本当だ!』と二人は廊下に向かった。


「ありがとう…えっと…」

「梅雨ちゃんと呼んでね」

「う、うん…梅雨ちゃん、ありがとう」


麗日の言葉に梅雨は『いいのよ』と言って笑ってくれた。
その笑みに麗日もつられたように笑みを浮かべる。
しかし、入口で二人が立ち止まり何かを覗いているのが見え、麗日と梅雨はお互い顔を見合い、二人に声をかける。


「どうしたの?」


声を掛けられ、芦戸は『あれ見て、あれ』と教室の外を指さした。
気になって麗日と梅雨も教室から顔を覗き込めば、丁度話題になっていた琴子と焦凍の姿がった。


「轟様」


どうやら先に向かっていた焦凍に琴子が追いついたようで、琴子の声掛けに焦凍は渋々立ち止まり振り向いた。
その表情は嫌そうにしていた。
焦凍は顔が整っている。
しかも普段から愛想のいい人間ではないため、焦凍の不機嫌そうな表情は普通の人なら尻込みしてしまうほどの威力を持っていた。
しかし、焦凍の嫌そうな顔に慣れている琴子は笑みをピクリとも変えず彼の傍に立つ。


「途中まで一緒に行ってもよろしいでしょうか?」


父親であるエンデヴァーからも琴子を一人にするなと言われているのに、なぜか焦凍は琴子を置いていこうとした。
まだ琴子にはそれが理解できず、機嫌の悪い焦凍を宥めるようにそう優しく問いかけた。
焦凍は眉を顰め琴子を睨むように見つめるも、琴子の表情はやはりピクリとも変わらない。


「友達とやらと一緒に行ったらどうだ?」

「お茶子さんよりも轟様のお傍にいたいのです」

「どうせ親父と義国家の命令でそうしているだけだろ……ここは中学と違ってヒーローが教師として集められている学校だ…お前が一人でも何の危険もないだろ…」

「私が轟様のお傍にいたいと言ってもですか…?」


焦凍の父親であるエンデヴァーと琴子の一族の間で何か密約のようなものが結ばれているのは何となく気づいている。
だから、焦凍は強制的に琴子を傍に置かなければならなくなった。
それが何なのかまでは詳しくは分からないが、自分と琴子が本人達の知らないところで関係を結ばれているのに腹が立つ。
幼い頃は何とも思わなかった事が、今では腹が立って仕方ない。
幼稚な感情だとは分かってはいるが、今はこの感情を制御する術をまだ知らない。
しかし、琴子の言葉に不機嫌そうだった焦凍の表情が驚きに変わる。
それでも微かな変化ではあるが、驚いたように目を見張って見つめる焦凍に琴子は微笑みを深めた。
しかし、


「…悪いな…俺はもうお前の言葉を真に受けるほど子供じゃないんだ」


焦凍はそう言って歩き出した。
その言葉に琴子は反応も出来ず、ただ立ち尽くしかできなかった。
その言葉の意味は琴子も分かっていた。
だからこそ反応が出来ず、焦凍の後を追う事もできなかったのだろう。


「義国さん…大丈夫?」


そんな琴子に声をかけてきた男がいた。
その声に琴子は眉を顰める。
振り返らなくても声の主は知っている。
自分の隣の席になった内規一馬という男子生徒だ。
声を掛けても振り返らない琴子に心配になったのか、一馬は琴子の肩に触れようとした。
だが、その手を琴子はパシンと叩き落とす。


「私に触らないでいただけませんか」


琴子は振り返らず、一馬に冷たい言葉を向けた。
琴子の足元にいたネコとウサギのぬいぐるみは主人を心配そうに見上げており、一馬はその冷たい言葉に思わず体が硬直してしまう。
彼を見ることすら嫌なのか、最後まで見もせず琴子は焦凍を追いかけるようにその場を立ち去り、今度は一馬が琴子の小さな背を黙って見送った。
その瞳は悲し気で、傷ついていた。

―――その一連を見て覗き見をしていた麗日達は、傍にいた者同士顔を見合わせた。
どえらい場面に遭遇してしまったぞ…と、一同心一つにそう思う。
流石に茶々を入れる空気ではないと一同察しているようだ。


「え…まって…情報多すぎ…」

「あの人って…えっと…内規君、だっけ?三人って同じ中学だったのかな…」

「それにしては三人の関係性が分からないなぁ」


穏やかな美少女だとばかり思っていたが、一馬とのやり取りで印象がガラリと変わってしまった。
しかし、琴子が初対面の人に冷たく当たる人には見えず、4人は琴子達の関係性に首を傾げる。







更衣室に来たのは麗日達が最後だった。
琴子はすでに着替えている最中で、傍にいるウサギとネコが一生懸命主人の服を畳んでいる姿は和む。
先に来ていた八百万と耳郎はその光景をほっこりとした表情で見ていたが、4人はそうはいかなかった。
和むのだが…4人は先ほどの光景が忘れられず、和みたいのに和めなかった。
それでも誰も琴子には話しかけられず、琴子は一人で更衣室を出て行ってしまう。

――指定された時間も迫っており、麗日達は慌てて着替えて相澤が指定したグランドに着く。
すると、当たり前だが誰もいなかった。
今の時間は入学式に全生徒体育館にいるからだ。
そこで担任である相澤に言われたのは…


「個性把握…テストォ!?」


なぜか個性把握テストというものだった。
それはこの時期にすべき事ではなく、本来なら入学式に出る事こそ生徒の仕事である。


「入学式は!?ガイダンスは!?」

「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る時間ないよ…雄英は"自由"な校風が売り文句…そしてそれは"先生側"もまた然り」


相澤の言葉に誰もが首を傾げた。
言いたいことがまだ彼らには分からないのだろう。
琴子も相澤の意図が分からず微笑みを絶やさないまま内心みんなと同じく首を傾げていた。
まあ、しかし、相澤が担任である以上、避けては通れないのは確かだ。
個性把握テストは、中学の頃からやっていたことと同じである。
ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走…等々。
これらをもう一度やれという。
この、入学式の、時期に、だ。


「国は今だ画一的な記録を取って平均を作り続けてる…合理的じゃない…まあ、文部科学省の怠慢だよ」


中学の頃からやっていた体力テストは、基本、個性を禁じている。
個性を禁止した状態で行うテストは、いわゆる個性が生まれる前から行われていた自分自身の実力を見るためだ。
体育会系の人間でなければ面白みもないどころか、面倒くさい行事の一つだ。
だが、琴子は楽しみでもあった。
今まで培ってきた努力が数字で表れるのだ。
鍛えている身として楽しみのなにものでもないし、その行事は結果を見れる丁度良かった。
とは言え、琴子は鍛えるのを義国家に禁じられているので、鍛えていても一般の女子よりも少し上くらいだろうか。
それが、個性ありというルールになってどう変わるのか…それは、目の前の爆豪が教えてくれた。


「死ねえ!!!」


爆豪は中学の時、ソフトボール投げ67mをを記録している。
それが個性有というルールの元、行われた結果は――705.2mという中学の実力を大幅に超えたものだった。
琴子は掛け声なのか、ただの面倒臭い事を指せることへの愚痴なのか…爆豪の声に『死ね???』と内心首を傾げた。


「まず自分の『最大限』を知る…それがヒーローの素地を形成する合理的手段だ」


そう言いながら爆豪が出した記録をみんなに見せる。
個性ありの体力テストとなれば、ヒーローになろうとしている彼らにとってこれほど面白そうなものはない。


「なんだこれ!!すげー面白そう!!」

「705mってマジかよ!!」

「"個性"思いっきり使えるんだ!!流石ヒーロー科!!」


案の定みんな楽しそうな表情を浮かべていた。
ただ一人…緑谷を覗いて。
琴子はチラリと緑谷を見た。
琴子の記憶にはまだ緑谷が巨大なロボットを一発で破壊した光景が残っている。
その姿を見ているからか、琴子は緑谷に興味を持っていた。


(見た目はどこにでもいる男性なんですけど…)


どちらかといえば、轟の方がまだ鍛えていると見て分かる。
あんなひょろっとした体からどこからあんな巨大なロボットを破壊するほどの力が出るのか…それが個性の面白い所ではあるが、琴子は不思議だった。


「面白い…か…」


わいわいと楽し気に騒ぐ生徒に、相澤がポツリと呟く。
その呟きに琴子は思考の波から現実に戻り、ポツリと呟いた相澤を見る。


「よし、トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し…――除籍処分としよう」

「はああ!?」


面白そう、という反応に相澤は驚くべき言葉を投げつけた。
意地悪で言っているわけではないのだろう。
琴子達は三年間、ヒーローになるために色々学ぶ。
軽い気持ちでヒーローになれるほど、ヒーロー世界は甘くはない。
だからこその判断だろう。
しかし、せっかく勉強をして狭い門を潜り抜けたというのに登校して一日で除籍とは笑えない。
むしろ、受験に落ちたより恥ずかしい。
まだ笑われるだけならいいだろう。
琴子は除籍をされたと知られれば、今度こそ一生実家から一歩も出ることを禁じられる。
それだけは回避したかった。
やっと苦労して手に入れた自由なのだ。
人の思う自由とは全く異なっている自由ではあるが、琴子にとってはどれだけ縛られようと実家から出れた事は自由に他ならない。
どこに居ても感じる視線。
何をしていても口出しされ否定される。
常に監視され何もできない日々。
そして死ぬまで決められた人生。
琴子はそんな地獄からやっと片足だけだが逃げ出す事に成功したのだ。
またあんな地獄には戻りたくはなかった。


「生徒の如何は先生の"自由"!ようこそこれが雄英高校ヒーロー科だ!!」


そう言って相澤は笑い、琴子は人生をかけた勝負に拳を握り締める。



****************
八百万と耳郎がいないのは、彼女たちは三人より積極的じゃないかなって思って…
決して彼女たちをハブにしているわけではありません。
入学したてとか、クラス替えしたばっかりの時ってやっぱりまだ親しくできないですしね。
長々言い訳してて何を言いたいのかって言うと、麗日みたいなものすごく人懐っこい人でない限りは当日で友達になるのは難しいよねって話。

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