担任の相澤に煽られた結果ではあるが、緑谷以外の全員がやる気になった。
『楽しみやね!』、と琴子は隣にいる麗日に声を掛けられ、琴子は『はい』と微笑んで返した。
とはいえ、少し不安もある。
第一種目、50m走。
走る、という種目に有利な個性の持ち主は、エリート中学と爆豪に罵られた(?)飯田だった。
飯田の個性は『エンジン』。
足にエンジンを搭載しているような個性を持っており、その個性のお陰で足が速い。
記録は3秒04という記録を叩き出した。
しかし、彼は長距離であればもっと早く走れただろう。
その競争相手である梅雨は5秒58の記録を出した。
梅雨の個性は『蛙』
蛙が出来ることは大体は出来るらしく、走るのも蛙のように四つん這いだった。
それでも5秒台は早い方だろう。
高校になって琴子と初めて友達になった麗日は7秒15という結果だ。
彼女の個性は『無重力』
靴や服を軽くしたらしいが、やはりエンジンの個性や蛙の個性などに比べると自分の足で走らなければならないため最初の二人に比べて遅く感じる。
しかし、それでも個性禁止の体力テストの時よりも早くなったと戻ってきて琴子に嬉しそうに報告していた。
その際琴子は『それはおめでとうございます』と微笑みながら答え、麗日は『ありがとー』と琴子に祝われ更に嬉しそうに笑みを深めた。
その反応を見て琴子は笑みを絶やさないまま内心小首を傾げた。
なぜ、ありきたりな祝いの言葉でこうも笑顔を見せれるのか…琴子には分からなかった。
琴子はその疑問を誰に言うでもなく、次々とクラスメイト達が個性を使って中学時代の記録を塗り替えていくのを見届けた。
というのも出席番号では琴子が最後なのだ。
焦凍も中学時代の記録を塗り替えご満悦の様子だった。
その様子に琴子は祝いの言葉を言いに行こうかと思ったが、嫌われている自覚はあるのでやめた。
先ほども怒らせてしまったのだ…琴子は自重をし、せっかく彼の機嫌を落とす気はならなかった。
緑谷は個性からして記録を出す事が出来るはず。
しかし、緑谷は普通に走って終わった。
それに琴子は首を傾げた。
「次、内規と義国」
そして、ついに琴子の番となった。
出席番号順なので、隣の席である一馬と競う事になる。
「よろしくね、義国さん」
爽やかな笑みを浮かべ、そう隣に立ちながら一馬は声をかけた。
先ほどの冷たい態度をされても笑顔を浮かべて声をかける度胸だけは認める。
ただ、彼と親しくなるつもりはないため、無言で返した。
そんな琴子に対し、一馬は困ったように苦笑いを浮かべ頬をかく。
そんな一馬を無視し、線の前に立つと琴子の影からチーターのぬいぐるみがぬっと出てきた。
同時に、いつも琴子の傍にいるネコとウサギのぬいぐるみは影に消える。
チーターのぬいぐるみは等身大の大きさで、腰下あたりしか体高がない。
ぬいぐるみだから顔は愛らしく、野生や動物園で見るような本物のチーターと比べるとその場にいることへの危機感はなかった。
影からぬっと出てきたチーターにクラスメイト達の数人から驚いた声が聞こえ、隣にいる一馬も大きなぬいぐるみの姿に目を丸くしていた。
「義国さんも動物を出せるんだね」
ポツリと驚いたような…しかし、嬉しそうな一馬の呟かれた声に琴子は『私"も"?』とチラリと一馬を見る。
琴子と目と目が合った事が嬉しいのか、にこりと嬉しそうに笑みを浮かべていた。
それが不快で視線を逸らそうとした時、ぬっと影が出てきた。
それが気になってそちらに目をやると、今度は琴子が目を丸くして驚いた表情を浮かべる。
勿論、表情には出していない。
「オオカミ…」
琴子の視線の先にはオオカミがいた。
琴子とは違い、本物"そっくり"のオオカミだ。
一見、"本物"のオオカミに見えるが、琴子は気づいた。
「幻覚…」
そのオオカミは"本物"のオオカミに見える。
だが、一馬が出したオオカミは偽物…幻覚だった。
――一馬は幻覚を操る個性の持ち主である。
幻覚とは言え、一馬の個性は触れる事ができるし、触れられることもできる。
能力は本物のオオカミと同等、または少し上くらいだろうか。
オオカミが幻覚だと琴子は気づき…いや、気づいたのではなく結びつけたのだ。
そして、琴子は顔を顰め嫌悪した表情を露にした。
(まただ…またあいつの感情が表情に出た…)
遠目だが、遠目でも琴子の表情の変化に焦凍は気づいた。
それでも一瞬だったため、他の人は気づかなかっただろう。
そもそも、二人は背を向けているため、場所によっては顔が見えない人間もいたはず。
靄のようなものが焦凍の心に影を生む。
しかし、その感情は今の焦凍には苛立ちと悔しさしか生まなかった。
グッと拳を握り閉め、二人から視線を逸らした。
興味がない―――そう思う事で琴子に向けそうになる八つ当たりの心を誤魔化した。
「準備はいいか」
不穏な空気を感じ、相澤は二人の様子を見つめる。
蹴落とす気はあるものの、まだここにいる生徒たちの担任は自分である。
無関心ではいられなかった。
相澤の言葉に、琴子はハッとさせ、湧き上がる嫌悪の感情を鎮める。
その感情に反応したのか、チーターのぬいぐるみは琴子の横につき、静かに伏せる。
琴子が自分の背中に乗るのを確認したチーターのぬいぐるみは、綿しか詰められていないというのを感じさせないような動きで立ち上がった。
その隣に同じく一馬もオオカミに跨る。
「よーい―――」
相澤の合図に、チーターのぬいぐるみは伏せるように体を低くする。
琴子は足が地面につかないよう膝を曲げ、衝撃に備えてぬいぐるみの布を掴み、チーターのぬいぐるみに抱き着くようにできるだけ体を寄せる。
彼らは動いてはいるが"生きていない"ため、彼らに痛覚はない。
ただ、一馬の場合、幻覚とは言え生きている幻覚なため痛覚はある。
そのため琴子のように無遠慮に掴むことはできない。
「スタート!!」
相澤の言葉と同時にチーターのぬいぐるみと、幻覚のオオカミがその脚力を使い走る。
ぬいぐるみではあるが、琴子の操るぬいぐるみは形を成している動物の能力そのものを使うことができる。
それはすなわち…
「内規2.57、義国1.49」
二人がクラスの中でトップのタイムだった飯田を超えた。
クラスメイト達は一瞬の事のように静まり返ったが、相澤がタイムを声にして現した瞬間、驚きの声が上がる。
「すごい!すごい!!琴子ちゃん!すごいよ!!」
オオカミにお礼を言いながら甘えてくるオオカミの頭を撫でる一馬を尻目に、琴子はチーターのぬいぐるみを影に戻す。
すると、ネコとウサギのぬいぐるみが戻ってきた。
琴子の傍でピョンピョン跳ねていた。
戻ってきた琴子に麗日が駆け寄ってきた。
はしゃぎながら琴子の手をギュッと握り、ブンブンと振る。
「可愛いのにすごいよ!琴子ちゃん!!」
琴子を侮っていたわけではない。
狭き門である雄英に受かったのだから、琴子もそれなりの実力はあるのだろう。
だけど、やはりぬいぐるみの個性となると、琴子の容姿も相まって可愛いが勝ってしまうのだ。
麗日は可愛い上に可愛いだけではない能力にはしゃいでいた。
「すごいのは私ではなく、個性です」
「ううん!違うよ!個性だって琴子ちゃんの実力だよ!」
ぎゅっと握り締める麗日の言葉に琴子はピクリと指が跳ねた。
しかしそれに麗日は気づかず、晴れの日のような笑顔を琴子に向けていた。
琴子はその笑みが本当に太陽に眩しく見えた。
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