(7 / 43) その生命に恋う (07)

景色が一変する。
雪景色から、一瞬にして森林が広がる景色に変わった。


「…これは…テレポート…?」

「みゅ!」


トン、と軽く飛んだように着地した女は、初めてテレポートを経験し呆気に取られていた。
呟かれた言葉に答えるように、目の前に桃色のポケモンが現れ鳴いた。
どうやら女達はこのポケモンに助けられたようだった。


「あなたが助けてくれたのね…ありがとう」

「みゅみゅ!」


お礼を言うと、ポケモンはまるで『どういたしまして!』と言わんばかりに鳴く。
何となく言っていることが分かった女はクスリと笑ったが、その瞬間、背中に激痛が走る。


「…っ」


その痛みに耐えられず、女はその場に座り込んだ。
何とか少女を落とすことはなかったが、抱いていられず無礼だと思いながら地面に少女を仰向けに寝かせるように置く。
肩に手をやるとべっとりと手の平が血によって染められていた。
痛みに息を呑むその姿に、手持ちであるヌオーが心配そうに歩み寄ってきてくれる。
ヌオーは普段、表情はあまり変わらない。
それでも手持ちであり主人となると、何となく分かる気がした。
心配そうに見つめるヌオーに女は安心させるように笑みを浮かべる。


「大丈夫よ、ヌオー…治療すれば治るわ」


言葉にして安心できるものではないが、ヌオーは返事をするように鳴いた。
彼女をボールに戻し、女は周りを見る。
周囲は緑の溢れており、あの雪深い場所から離れた場所にいるのだということは理解した。
ただ、森は森でもどこの森かが問題だった。
テレポートの原理は知らないが、いくらなんでも国境を超えることは無理だろう。
後ろを見れば雪山が見える。
それを見て、この辺りはあの古城の建つ山の中腹だと気づく。


「教祖様…申し訳ありません…もう少しご辛抱をお願いいただきます…」


とにかく、今は安全な場所を探すことを最優先とさせる。
そこで治療を行い、森を抜けるため動く。
夜には決して動かず、日暮れまでには新しい寝床を探して朝日が昇るまでじっと息を殺す。
そう計画を立て、その間我慢を強いられるであろう教祖の少女に謝る。
少女はまだ眠りについているため返事はないが、女はそれでも伝えたかった。


「教祖様…どうかご安心ください…私が必ず貴女様をお守りいたします…この命をどうかお好きにお使いください」


女は地面に広がる少女の黒髪に触れ、そしてその髪に口づけを落とす。
その姿はまるで騎士の誓いのようだった。


「み!」

「そうね、安全な場所を探しましょう」


主人に誓いを立てて酔う女にしびれを切らしたようにポケモンが鳴いて女の前に降りる。
何かを訴える様子のポケモンに、女は何が言いたいのか理解したように頷き、ヌオーをボールに戻し改めて周囲を見渡す。
何度見ても緑に囲まれており、方向感覚はほぼ役に立たないだろう。
とはいえ、太陽はほぼ真上に上がっているとはいえ、今は傷の手当をするべく寝床を探すため横に寝かせている少女を抱き上げ歩き出した。

――案外寝床はすぐに見つかった。
歩き回るかと覚悟していたが、傍に洞窟を見つけ、野生のポケモンがいない事を確認した後、ここを今日の寝床に決める。
持ってきた上着を敷いてその上に少女を寝かせる。
ベッドなど良質な物はないため、直接ゴツゴツとした地面に寝かせるよりはいいだろう。
地面に寝かせた少女を、ポケモンは心配そうにのぞき込む。
ペチペチと頬を軽く叩くが、やはり少女は起きない。
その様子を女は見つめていた。


(この子、教祖様と知り合いなのかしら…)


出会った時からこのポケモンは少女を気にかけている様子を見せていた。
教祖は出会った時から眠りについているため、想像の範囲にしかならないが、もしかしたら手持ちのポケモン、又は、手持ちだったが別れたポケモンなのかと考える。
そう考えられるほど、このポケモンは少女に懐いていた。
今も少女の胸元にうつ伏せのまま寝ころび、飽きず少女の寝顔を見つめご機嫌の様子だった。


「ね、お手伝いをお願いしていいかしら?」

「みゅみゅ!」


このポケモンが少女に対してどんな感情を持っているかは流石に女も分からない。
しかし、様子を見る限り少女…自分の主人に危害を加えない様子から信用していいだろうと判断する。
とはいえ嫉妬しないわけではない。
自分は恐れ多すぎて気楽に少女に触れられないというのに、このポケモンは触れられる。
それに嫉妬しないわけがない。
少女から離すため手伝いをお願いすると、快く了承してくれた。
笑顔を浮かべ少女の元から離れるポケモンの純粋さに女は流石に心が痛んだが、後悔はしていない。
ポケモンが少女を好きでいるように、女も主人を愛しているのだ。
それは心からの愛を。


「じゃあまずは木の実をお願いできる?私と教祖様とあなた達の分」

「み!」


救急用具入れを取り出すも、すぐには傷の手当は出来ない。
このまま包帯を撒けば、菌が入り込んで感染症を起こす可能性があるのだ。
まずは、食料を運んでもらうようお願いし、洞窟を出て行ったポケモンを見送った後、女は自分の手持ちを全員ボールから出す。


「ガオガエン、バトルしたばかりで申し訳ないんだけど枝を集めてもらっていいかしら…ヌオーは水をお願いね」


ガオガエンには枝を集めてもらうようお願いし、ヌオーには器に水を出すようお願いする。
ウォーグルには傷薬であの男につけられた傷を治療した後、見張りを頼んだ。
そして、最後。
カバンの中には卵が入っていた。
この卵は知り合いから譲り受けたもので、中にはこの地方では生まれない珍しいポケモンなのだと言っていた。
何のポケモンか聞く前に別れてしまった…というよりは、教えてくれなかった。
本人曰く、何が孵るのか分からない方が楽しいだろう?、との事らしい。
全くそんなサプライズはいらないのだが…と遠い目になったのは懐かしい思い出である。
あれから女とその知り合いは音信不通になってしまったため、結局何の卵か分からないままだった。


「ごめんね、君も安全な場所で生まれたかっただろうに…」


反逆し教主を奪って逃亡したのは後悔していない。
あのままでは教主である少女は死ぬまであんな場所に閉じ込められていただろう。
何をされているのかまでは分からないが、傷が治る前に新しい注射痕を作るほど頻繁に注射針を刺すなど異常すぎる。
主人を守る事が、女の仕事であり、女のすべき全てだ。
女は少女を見た瞬間から、女の全ては少女となった。
だから、救い出せたことに後悔はない。
しかし、生まれてくる赤子にはきっとつらい日々になるだろう。
後悔はないが、可哀想になってしまい、女は卵を優しく撫でた。
すると薪を集めたらしいガオガエンが戻ってきた。


「ありがとう、ガオガエン」


お礼を言えば、ガオガエンから鳴き声が返ってきた。
恐らく『気にするな』だろう。
彼は女がトレーナーを目指した時からの付き合いなので、もう彼が何が言いたいのか何を伝えたいのか分かるようになった。
お礼に頭を撫でると、彼は気持ちよさげに目を細める。
撫でると喜ぶところはニャビーの頃と変わっておらず、女は疲れが癒されていくのを感じる。


「じゃあ、そこに置いて火をお願いしていい?」


そう指示を出せば、指示通り少女の傍に焚火を作ってくれた。
古城は雪山に建っていたため、炎タイプのガオガエンには可哀そうな事をしてしまったと思ってはいたが、今は彼がいて本当によかったと思える。
火もそうだが、彼だけではなくヌオーやウォーグル含め、彼らのお蔭で女はここまで生きてこれたのだ。
トレーナーになることを挫折し、これから何を目標をしていけばいいのか道を迷っていた頃。
この子たちはそれでも黙ってついてきてくれた。
彼らには感謝してもしきれない恩がある。
その恩を少しでも返せたらと思う。
ガオガエンの作ってくれた火で体を温めながら、ガオガエンにもう一つお願いごとをする。


「ごめんね、何度も…背中の傷を水で綺麗にしてくれるかな」


本当なら人間でも手袋をすべき処置だが、贅沢は言ってられないのも現実。
まだ火と水があるだけましである。
ヌオーでは器用に手を動かすことは出来ないため、ガオガエンにお願いする。
ガオガエンも決して器用な方ではないが、ヌオーよりも手は人間に近い。


「ぅ…っ」


ガオガエンも必要以上に痛みを与えないよう気を付けて水に濡れた布で泥や血を流してはくれるが、やはり痛いものは痛い。
思わず痛みで息を呑むと、ガオガエンから申し訳なさそうな声が聞こえた。
どうやら『すまない』と謝っているらしく、顔に似合わず優しいガオガエンに『大丈夫、続けて』と笑みを見せる。
流石にその笑みに安心はしてはくれなかったが、承知してくれたのか治療を続ける。
消毒もしてもらった後は、包帯を巻くだけだ。
包帯も後ろは見えないため一人ではできずガオガエンにお手伝いを頼む。
器用にもガオガエンは包帯を巻いてくれて、女は血だらけで穴が開いている服から持ってきた服へと着替える。


「みゅみゅ!」


すると丁度いいタイミングでポケモンが戻ってきた。
腕一杯に木の実を抱き、その周りにも宙に木の実が浮いていた。
テレポートといい、今といい、このポケモンはエスパー系なのだろう。
情報がそれしかないため、見た事のないポケモンの名前はまだ分からない。
お礼を言った後、女はそれぞれポケモンに木の実を与え、外で見張りをしてくれているウォーグルにも木の実を与えた。


「みゅ、みみ」


ポケモンは小食なのか、それともお腹はそれほど減っていないのか、木の実一つ食べただけで終わった。
食べ終えたらすぐに少女の傍に近づき、顔横に自身も横になるように地面に降りる。
じっと眠る少女の横顔を見つめては、何が楽しいのかクスクスと笑い、彼女の無防備な首元に擦り寄ってじっと寄り添い、眠るつもりなのか青い大きな瞳を瞼で覆った。
そんな姿を見つめながら女は自分の食事よりもまず少女の食事を優先とさせる。
とはいえ、少女は眠っているため口に物を入れても食べてはくれない。
その為、少女には微かに開いている口の中に木の実を絞った汁を少しずつ与えた。
女も木の実を食べ終えた後、明日の朝食の分を残して残った木の実をカバンに入れる。
明日早朝にはこの洞窟を出て進むつもりだった。
それには体を休める必要があり、まだ日は沈んではいないが都会と違い森の中はあっという間に暗くなるので早く床に就いても大丈夫だろうと判断した。
ウォーグルとヌオーの二匹で見張りを交代で行わせ、ガオガエンは火の番と炎ポケモンということで教祖を温める役割を与えた。
気難しい性格のガオガエンだが、女の指示に嫌がる素振りを見せず、むしろ喜んで少女の傍に寄り添い温めた。
女は寝る前に、少女の寝顔を見つめる。
暗い洞窟の中、焚火の炎に照らされるその姿はまさに幻想的で美しいの一言だった。
明日の為、女も背中を庇いながら横になり、眠りにつく。

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