突然の浮遊感に、女は目を閉じる。
男の声がしたと思えば、ウォーグルが悲鳴のような声を上げて落ちていった。
女は少女をぎゅっと抱きしめ自分が下敷きになるように体勢を変える。
幸運だったのは、地面に雪が積もっていたことだ。
雪がクッション代わりとなり、女達を受け止めてくれた。
「ウォーグル!ごめんね…!後で治してあげるから…!!」
男のポケモンの攻撃によって、ウォーグルは羽に傷を負った。
痛そうにしながらも、主人を助けるために羽ばたこうとする彼に、女は宥めてボールに戻した。
ボールへ戻る直前、申し訳なさそうに小さく鳴く彼に、女はボールに向かって『大丈夫、今は休んで』と優しく声をかける。
「みゅー!」
すると、追いついたポケモンが女の前に現れた。
ポケモンは女の腕の中にいる少女を見て、怪我がないことにホッと安堵した表情を浮かべていた。
女も同じく、少女の体に傷がないことに安堵する。
しかし、安心してばかりではいられない。
落ちた場所を把握されているはずなため、男達はすぐに追いかけてくるだろう。
女は少女を抱いたまま走る。
「教祖様…申し訳ありません…寒いと思いますがしばし我慢してください…」
ぐっと、少女を落とさないように女は手の力を入れる。
絶対に放してなるものか、と強く思う。
この手はたとえ足を斬り落とされようと、首を刎ねられようと、決して放したりはしない。
放してしまえば、教祖に祭り上げられた少女はもう一生逃げられなくなる。
(そんな事させない…!!この方は私の教祖様だもの!!あんな奴らなんかに好き勝手させるものか!!)
女は男を異常だと思う。
しかし、女自身も、狂い始めているのには気づかない。
少女を一目見て美しいと思った。
こんな美しい少女を、女は教祖として受け入れ、そして狂信していく。
あれほど疑っていたのに、少女を教祖として受け入れ、魅入られていた。
女はこの少女を命を賭してでも守ると心から決める。
しかし、
「ペリッパー!『ちょうおんぱ』!」
女の決意を嘲笑うかのように、甲高い音が鳴り響き足を止める。
耳奥を揺さぶるような不快感を感じる音に、ぐっと奥歯を噛みしめ、耐える。
耳を塞ぎたいが、手は少女を支えており落とすわけにはいかなかった。
ぐっと耐える女に、容赦なく次の攻撃が襲う。
「『シャドークロー』」
『ちょうおんぱ』に怯んでいた女の背中に激痛が走る。
その声は静かだった。
静かに、怒りが含んでいた。
「…っ」
体から訴えられる痛みを無視しながら、女は振り返る。
そこには男と、警備隊である女性が立っていた。
その前にはペリッパーとヤミラミがいた。
どうやら飛行可能なペリッパーに乗り、男も女が逃げた窓から降りてきたらしい。
ペリッパーの『ちょうおんぱ』で足止めをし、その隙にヤミラミの『シャドークロー』で女を斬りつけたのだろう。
本来、トレーナーのポケモンは、人間に技を向けることを禁止されている。
しかし、それは正しい意味のトレーナーならばの話だ。
手段を選ばない人間はどの世界にもいる。
「ヌオー!『ストーンエッジ』!!」
まずは一匹、潰す。
そう思い、ヌオーが地面タイプに弱いペリッパーへ向けて『ストーンエッジ』を放つ。
勿論、効果は抜群だが、瀕死までにはいかなかった。
警備隊のポケモンはその役職から、他のポケモンとは違い同じポケモンでも鍛えられており強い。
効果はあったが、落とすまではいかず、女は舌打ちした。
「もうすぐ他の者たちも駆けつけます…観念してその方を返してください」
「断る!こんな非道なやり方をしていると分かってこの方をお前達に渡せるものか!!」
「ではこのまま逃亡をすると?背中に私のヤミラミから受けた傷を負いながら、一人の少女を抱えて足だけで我々教団から逃げおおせると?」
男の言葉に女はぐっと言葉を飲み込む。
確かに、重傷を負った自分では少女を守ることは不可能だろう。
今は男達と対峙している緊張や緊迫感に感覚が麻痺をして痛みに耐えることが出来ているだけで、止血しなければ失血死、または治療しなければ傷口から菌が入り感染症で死んでしまう。
動けない少女を置いて死ぬということは、この少女も死んでしまうという事だ。
果たして少女に打たれていた物が薬物か、睡眠薬かは定かではないが、一人、自然界に放り出されて生き残れる確率は相当低いだろう。
「何が何でも私はこの方を守ってみせる…!この方はお前達の道具ではない!!」
「この方は我々の教祖様です!教祖様がいらっしゃらなければ教団は役目を果たせません!!その方こそ我々の夢を叶えてくださる救世主!!お前ではその方を守ることもできないでしょう!!!さっさと我々にその方を返しなさい!!!」
夢、と聞き女は眉をひそめた。
そう、夢のために、女はこの教団に入信したのだ。
その夢にはこの少女が必要不可欠で、詳しいことを知らない女でも、この少女がいなければこの教団は機能しなくなるのは想像に難くない。
しかし、だからとこの少女を道具として扱われることから目を逸らせない。
「みゅーーっ」
睨み合い、膠着状態が続いた。
しかし、それを破るように傍にいた桃色のポケモンが叫ぶように鳴く。
その瞬間、その場から女と少女と女のポケモン、そして桃色のポケモンが姿を消した。
一瞬の出来事。
しかし、謎のポケモンの仕業というのはもう分かっており、もはや驚く余裕すらなかった。
あるのは、少女を取り返せなかった悔しさだ。
「……どうか、ご無事で…」
女性が追い付いた部下に指示を出しているその傍で、男はぐっと拳を握りしめ小さく悔しげに、しかし無事を願う声で呟いた。
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