(9 / 43) その生命に恋う (09)

浮遊感と共に、景色が変わる。
すでに既視感のある感覚に慣れた女は、体を起こす。
激痛が背中に走り、打撲からか体中も痛みの信号が放たれる。
それでも女は起き上がるのは、目の前の光景が信じられなかったからだ。
目の前には教祖と慕う少女がいた。
しかし、少女は座り込んで背を向けており、女に顔は見せてくれない。


「きょう……アキ様…」


教祖様、と言おうとした口を閉じ、名前を呼ぶ。
名前は男が呼んでいたのを覚えていた。
名前を呼ばれたからか、女に振り返る。


「…っ」


振り返った少女は瞳を開けて女を見つめた。
その後ろには桃色のポケモンがいたが、女には少女しか見えなかった。


(まるで…宝石のようだわ…)


あれほど見たかった瞳の色。
想像通り、真っ黒の瞳だった。
しかし、想像以上の美しさに息を呑んだ。
少女の瞳はまるで宝石のようだった。
その瞳に自分が映っていることに感激していた。


「みゅ!みゅみゅみゅ!」


女ばかり見ていたためか、ポケモンが嫉妬したらしく女と少女の間に入り込む。
少女に抱き着き、うりうりと頭を擦り付けるように擦り寄る。
そんなポケモンを少女は見つめるだけだった。
その光景はまさに女の嫉妬心を擽るものだが、違和感もあった。


(表情が…)


その違和感はすぐに分かった。
少女の表情が全く動かないのだ。
眉もピクリともせずポケモンを、女を、見つめていた。
そうなると、女は周囲を見る余裕ができた。
少女はただ座り込んでいるように見えるが、呆けているようにも見える。
目を覚ましたばかりだから、それともまだ薬が抜け切れていないからか。
恐らく後者だろう。
実際に投薬されたのが何なのか分からない以上、憶測ではないが、恐らくはその考えは正しい。
自分に懐いているポケモンを撫でもせずただ感情のない目で見つめていた。


「…アキ様…お怪我はありませんか?」


声をかければ視線がこちらに向けられる。
そこに少女の、アキの意志があるようには見えなかった。
声がしたから、名前を呼ばれたから、意識をそちらに向けたようにしか見えない。
それが女には痛々しくて、悲しかった。


「アキ様…申し訳ありません…貴女をもっと早くお救いできていたのなら…こんな…っ」


女は痛む体を無視し、少女の元へと体を引きずりながら歩み寄り、手を握りしめる。
女は、自分が情けなく思ってしまう。
きっと感情のないこの瞳は、普段なら光り輝いていただのだろう。
能面のような表情だって、感情豊かで愛らしいはず。
それを男達が…いや、女も入信していた教団が奪ったのだ。
手をぎゅっと握りしめられ、涙ながらに謝られても少女の表情はピクリとも変わらない。
それが余計に胸が痛い。
しかし、いつまでも悲しんではいられないのも事実だ。
また追いつかれてしまうと今度こそ教祖は守り切れない。


「アキ様、もうしばらくの我慢です…すみません、貴女につらい思いをさせてしまって…」


『お腹空きませんか?』と問うもやはり回答はない。
じっと無感情に女を見るだけ。
感情が動かない少女に女こそ泣きそうになるが、それをぐっと堪え周囲を確認する。
都合のいいことにテレポートで飛んで現れた場所は裏路地というところだった。
薄暗く、人の気配がない。
人前で突然現れる怪我人達、という目立つことがなく良かったとは思うものの、教祖である少女には相応しくないところである。
裏路地の表通りに続く道から人の気配がし、男達から逃げられたという安心感からか、女の腹が小さく鳴った。
流石に食事が木の実のみというのは、人間には無理があった。
少女を見ても、やはり少女の感情は微動だにしない。
だが、女がお腹を空いたという事は少女もそうなのだろう。


「お腹が空きませんか?私が何か持ってきますのでお待ちください」


女の言葉に、少女は感情どころか言葉さえ失っていた。
それでも感情がなく会話が成り立たなくても、眠っていた教祖が目を開けて起きているという事だけでも前進したともいえる。
食事の他にも包帯や消毒、服を調達したいところだ。
お金は限りはあるが、手元に十分にある。
下ろすのもありだが、居場所が気づかれる可能性が高い。
山を下りて街に出なければお金を引き出す方法はないため、今すぐなら足もつかないだろうかと考えて悩む。
下ろしてすぐに出発すれば大丈夫だろうかとも悩み、結局これからの事を考えて下ろす事を決めた。
お金がなければ物が買えず、こうして移動さえできないのが決定打だった。
こうなるならもっと手元にお金を残しておけばと思うが、逃亡を予想できたのなら、もっと早く教祖を救う事が出来ただろう。
過ぎた事を考えても仕方なく、こちらには桃色のポケモンがいるからという強気でいることにした。
人はそれを開き直りとも言う。


「街じゃあなたは目立つからボールに入ってもらってもいいかしら?勿論私じゃないわよ?アキ様のボール…駄目かしら?」


決めたのなら早めに行動すべきである。
しかし、それには目の前のポケモンが少々厄介だ。
空のボールを持っていたため、アキの手持ちとして人目がある場所にはボールに入ってもらいたい。
このポケモンはどう見ても謎…といよりはレアだ。
少なくとも出身地方のアローラと、この地方のガラルには存在しないポケモンだ。
勿論、全ての土地に生息しているポケモンを人間は把握していないが、そうだとしても珍しさから目立ってしまう。
写真を取られてSNSに上げられてしまえば、その情報から教団に突き止められるだろう。
出来るだけそれは避けたい。
提案する女に、ポケモンは喜んだ。
予想通り野生だったらしく、アキの手持ちになれると喜んでいるのだろう。
感情が失われているアキが自らポケモンをゲットすることは難しく、アキの手を恐れ多くあるが女が取って、ポケモンに投げる方法をとった。
ポケモンは抵抗もなく、アキの手持ちとしてゲットされた。


「さて…じゃあ、さっそく…」


これで謎ポケモンの問題は解決した。
あとは、ポケモンセンターでポケモンの回復と傷薬などの補充、食料品、人間の薬関係と包帯、服。
色々買うものがあるな、と思っているとポンと音と共に捕まえたばかりの桃色のポケモンが現れた。
ポケモンの姿に女はぎょっとさせる。


「ち、ちょっと!話聞いてた!?あなたがいると目立つからボールに入ってて言ってるの!」

「みゅみゅ!」


光と共に現れたポケモンは元気よく飛びまわる。
ポケモンは意志疎通ができる。
そのため、このポケモンは理解した上で出てきたのだろう。
飛びまわるポケモンをガシリと捕まえてもう一度説明してやれば、元気よく鳴き―――女は目の前の光景に目を疑った。


「ちゃぁ」

「えええ…うそぉ……あなた…メタモンなの…?」


捕まったポケモンはそのまま全身を光に包まれたかと思えば、目の前で姿を変えた。
ズシリとポケモンの体重が重くなったと理解した途端に、目の前のポケモンが桃色の謎のポケモンから、愛らしい世のアイドル的存在のピカチュウに変わった事に気づく。
可愛い声で鳴くピカチュウに、女はまさに目を疑った。
変身できるのは、この世で一体しかいない。
メタモンである。
もしかして謎のポケモンも本当はメタモンが変身したのかもしれない。
とはいえ、真相は謎である。
ポケモンは人間の言っている意味を理解できるが、悲しいかな…人間はポケモンの言葉は理解できないのだ。


「…まあ…ピカチュウなら…いいかなぁ…」


ピカチュウはガラル地方でもアローラ地方でもいたし、可愛さでは目立つが変に目立つポケモンではないだろう。
正直、少女+可愛い代表のピカチュウという組み合わせはものすごく尊い。
教団の信者ならば、きっと全員感涙を流しながら拝んでいただろう。
女は……諦めた。
人はそれを(略)

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