謎ポケモンの問題も解決し、女は教祖を連れて表通りに出る。
古城暮らしでは、信者や幹部達という限られた人間関係で生活をしていたせいか、人の多さに圧倒されてしまう。
「随分と飛んだのね…」
古城で住んでいたからと言って街に降りた事がないわけではない。
特に人が賑わう大きな街はそれに比例して品揃えもいいため、大きな街に買い出しに行くことも多い。
見慣れた街の風景に、ある街だと気づく。
この街なら、大抵のものは揃うだろう。
あの雪山から遠くに飛んだ事を呟けば、褒められたと思ったポケモンは、少女の足元で『ピカ!』とドヤ顔で鳴いた。
『こんな長距離飛べるなら最初から飛んでほしかった』と遠い目をしたが、言わないでおいた。
女も人の事は言えないが、言ったってどうせ少女至上主義のポケモンは『ぴかぴかぁ?』と小首を傾げて惚けるに違いない。
自分の可愛さとあざとさを理解しての技に、女は想像上の光景だというのにただただ苛立ちを積もらせるばかりであった。
とりあえず立ち尽くしても仕方ないので動くことにした。
「アキ様、少しの間お待ちください」
そう言ってもきっと少女は何も言わないのだろう。
だが、意識はあるようで、声をかける女に視線を向ける。
それは反射的な物だろう事は理解できるが、そこに少女の意志がない事が悲しい。
ぼうっと呆けているようにどこかを見つめるように女を見る少女の手を取り、女は更に奥へと進む。
人から遠ざけて、女一人で買い物を済ませる予定であった。
幸いにも、少女は手を引かれないとその場から動くことはないため、ポケモンを置いておけば安心だろう。
「じゃあ、留守とアキ様の事、お願いね」
留守と護衛を任せたのは、ガオガエンとピカチュウに扮しているポケモン。
手持ちの中でレベルが高いのはガオガエンだったし、ポケモンは言わずもながら少女厨なので離れないからこの二匹に少女を任せることにした。
「もしも何かあったらテレポートで私のところに来てね」
「ピカ!」
栄えている国とはいえ、裏路地が安全というわけではない。
もしもの時はポケモンのテレポートで女のところに飛ぶよう指示を出した後、女は少女を置いて必要品を購入しに向かった。
買うものは、主に衣服と食料品と、医療品。
特に医療品は必要不可欠だった。
怪我さえ負わなかったらそこまで重要視はしなかったが、今は背中に大きな傷を負っている身としては包帯と消毒液、ガーゼは必需品となってしまった。
まずは衣服を求めて店に入っていく。
―――一方、女を見送ったポケモンは、手を振りながら女の姿が消えたのと同時に少女の元へ駆けつける。
「ピカピ!」
少女はポケモンの声に下へと視線を向ける。
俯くように顔も下げれば、足元にはポケモンがじゃれついていた。
ピカチュウの姿のポケモンはスリスリと少女の足に擦り寄って甘えるが、少女は無反応。
突っ立ったままの少女を、ガオガエンが抱き上げる。
立ったままではつらいと思ったのだろう。
それでもやはり少女は無表情をたもったまま。
ポケモンは少女から離され、電気をためている頬袋ごと頬を膨らませる。
ガオガエンは小さく鳴けば、彼の気遣いを理解したのか、一度変身を解いて少女の胸元まで飛んでまたピカチュウへと変わる。
ガオガエンはこのポケモンが何なのか、気づいている。
恐らく、どのポケモンもそうだろう。
相手が人間でいう希少価値の高いポケモンだということも知っているし、少女にとって大切なポケモンだというのも知っている。
ポケモンにとって少女は守べく存在だ。
だから、ガオガエンは女とは違いポケモンに嫉妬しない。
『ちゃぁ』と少女の胸元に擦り寄って甘えるポケモンを、ガオガエンは暖かく優しく見守っていた。
「ピカ?」
ガオガエンの腕の中の宝物が、ふと重みを増した。
ポケモンもその変化に気づいたのか、顔を上げると少女は目を瞑っていた。
ガオガエンの胸元に頭を預けて、少女は眠りについた。
まだ薬が抜けきれず眠たくなったから寝たのだろう。
ガオガエンは自分の体に体を預けている少女に、感激に体を震わせた。
眠たいから寝た。
ただそれだけの事だが、それだけでも少女に信頼されているようで嬉しかった。
眠ってしまった少女に釣られたかのように、ポケモンも目を瞑って眠りについた。
女が返ってくる間、ポケモンも少女も、静かな時間を過ごす。
あれからほのぼの空間にほどなくして女が帰ってきた。
平和でしかならない光景に、声をかけようかと迷ったが、のんびりしている場合でもないため少女を仕方なく起こす。
「起こしてしまい申し訳ありません…時間もありませんので出発をしましょう」
少女から声が聴けるなんて思っていないが、女の立ち位置的に言えば、少女に一言入れるのは当然だった。
寝ていたところを起こされた少女は目をパチパチと眠そうに瞬かせ、その肩にピカチュウに扮しているポケモンも眠そうに目をこすっていた。
少女を教祖と仰ぐ女にとって無理に起こすのは心苦しい。
しかし、街から出たのならガオガエンに抱かれながらでもいいが、街の中でポケモンに抱っこされながら眠っている少女…というのは何とも目立つ絵面である。
流石にここで目立つのは悪手かと思い、胸が痛むが起こしたのだ。
ガオガエンに荷物を持ってもらい、少女の手を取って進む。
「アキ様、この国を出ます…私が生まれ育った街で二人で暮らしましょう」
女は考えていた。
これからどう行動すべきか、と。
考えて考えて、出した答えはこの国を出ることだ。
向かうは出身地、アローラである。
アローラであれば土地勘もあるし、何より国境を越えればあの男達への時間稼ぎにもなるからだ。
探すにもまずはこの地方を探した後に、海外へ目を向けるはず。
ならば、その間に身を隠す方がこの地を逃げ回るより効率がよさそうだ。
乗るのならば飛行機だろう。
飛行機なら直行便があるし、船は乗り継ぎと時間がかかりすぎる。
テレポートができるポケモンがいるからと言ってそればかりに頼ってられない。
そもそもテレポートでも流石に海を挟んだ国境を超えることは不可能だろう。
ただ、問題が二つある。
一つはこの怪我で長旅ができるか、だ。
平然としていても、今も傷は痛みを訴えている。
帰ってからもガオガエンに包帯の交換を手伝ってもらったが、どうしても血が止まらないのだ。
出血量は傷を負った日に比べて少なくはなっているが少しずつ出血している状態で、そのせいで血液が固まらず傷が塞がってくれない。
だから医療品だけは多く購入した。
そして、二つ目。
ポケモンが飛ばしたこの場所である。
現在地であるこの街は女達からしたら結構厄介な場所にあった。
ここからアローラへ向かう直行便がある空港のある街に行くには、ワイルドエリアを進まなければならないのだ。
ワイルドエリアの中には高レベルのポケモンもおり、天候も不安定。
足止めされるのは覚悟しなければならないだろう。
しかも、最悪な事に、今はジムチャレンジ中だ。
トレーナー達が一斉にジムに挑み、勝ち残った者だけがチャンピオンに挑戦するガラルの中でも一大イベント。
そのイベント中には、スタッフが各地に配置されており、普段よりも人は賑わいを見せる。
メディアも活発になり、ふと誰かのカメラに映りテレビやSNSにアップされる場合だってある。
女は神経質になっていた。
ただ幸いなのは、チャンレジ中だからこそ書類等の手続きは簡単だということだ。
ワイルドエリアはガラル地方でも異質な場所なので、入るには書類が必要なのだ。
「まずは電車を乗り継いで…ワイルドエリアではガオガエン達に任せるけどいいかしら」
駅には順調についた。
後はここからが問題である。
駅の乗り継ぎは簡単だが、その先にあるワイルドエリアを通って、アローラに向かう飛行機に乗る。
文字にすれば簡単だが中間が問題なのだ。
そこは自分のポケモン達を信じるしかない。
人間の医療品と共に、ポケモンの傷薬なども購入したので、しばらくはポケモンセンターに行かなくても済むだろう。
女の言葉に、ガオガエンが『任せろ』と言わんばかりにボールを揺らした。
切符を買い、電車に乗ると、少女が眠りはじめる。
やはりまだ本調子ではないのだろう。
横で眠っている少女の腕を取り、少女に購入した上着の袖をまくる。
腕にはいくつもの注射痕が残っており、完治するのは時間がかかるだろう。
人に見られる前に袖を戻し、女は少女の手をぎゅっと握りしめながら窓から外の風景を見つめた。
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