その日は本当に至って普通の日常になるはずだった。
『ボール?』
「ミュ!」
コロンとこちらに転がってきたのは赤と白の三つのボール。
近くまで転がって手前で止まったボールをアキはボールをしゃがんで見る。
その際、肩にかけているカバンに入れているタマゴが割れないようカバンを支えながらしゃがむ。
アキの腕に抱かれていたカジッチュがボールに興味を示していたので、降ろすとボールに近づく。
そんなカジッチュを見つめながら、アキはそのボールに見覚えがあった。
ダンデやソニア達がよく"動物"達を出したり戻したりするときに使っているものだ。
ポケモンと関わりが浅いアキからしたら見慣れないソレに首を傾げた。
この場所はポケモンのレベルが高く、ワイルドエリアに慣れているトレーナーでも攻略が難しく、更には奥地にあるため人間が早々たどり着くことがない。
そのためミュウもピカチュウの姿に扮する必要もない。
ミュウの説明にアキはガオガエン達を見上げた。
その目は『本当にいいの?』と言っていた。
「ガウ!」
「ヌゥ!」
「ウォーグ!」
その問いに、ガオガエン達は強く頷く。
ガオガエン達はアキの手持ちとなると決めた。
それは、すなわちパートナーである女との別れを決めたということである。
既に女との思い出が詰まっているボールは破棄しており、今のガオガエン達は野生となっている。
ボールはワイルドエリアに時々落ちているボールを拾ったものだ。
アキは『本当にいいのかなぁ』と思いながら三匹が納得しているのならと地面に置いているボールを一つ手に持つ。
「ミュ!ミュミュ!」
『えっと…ガオガエン達にボールを当てる…向きはなんでもいいの?』
「ミュミュ!」
ミュウから説明を受け、アキは半信半疑でボールをガオガエンに投げた。
『投げて大丈夫なのかなぁ』と"動物"にボールを投げるというのは少々気が引けるが、彼らがそう言うのならその方法は正しいのだろう。
えいっ、と軽く投げれば、ボールが当たったガオガエンの身体が赤く染まり、一瞬にしてモンスターボールに吸い込まれるように入った。
その光景はダンデ達で見慣れてはいるが、何度見ても仕組みが理解できない。
ガオガエンが抵抗しないため、ボールは数回揺れた後すぐに動かなくなりミュウが『これでゲットできたよ!』と終わったのだと教えてくれた。
『じゃあ…次はヌオーね』
「ぬお〜!」
なんだかボールに入れるのが可哀想でガオガエンをボールから出してあげた。
そもそも、ボールに触ったのも今が初めてだったアキは全てミュウに教えてもらいながらボールからガオガエンを出す。
次は、ガオガエンの隣に並んでいたヌオー。
ヌオーは嬉しそうに鳴きながら、アキの投げたボールに当たり、ゲットされる。
そして最後はウォーグル。
彼もアキのボールに大人しく辺り、アキのポケモンとなった。
これでカジッチュとタマゴ以外のこの場にいるポケモンはアキの手持ちとなる。
アキはヌオーとウォーグルもボールから出してやり、嬉しそうに甘えて来る彼らを優しく撫でてやる。
(このボールは…どういう原理で動いているんだろう…)
通常ならとっくに薬が抜けてもいいのだが、長い投薬の影響かまだかすかに薬が残っていた。
それでも、最近は元のアキに戻りつつあった。
アキは手元に戻ってきたボールを興味津々に見つめる。
ガオガエン達を入れる前のボールは置かれると地面に転がったが、手持ちとなった瞬間からボールは投げると磁石に引き寄せられるように持ち主の下に戻ってくる。
それがアキにとって不思議でならなかった。
(…犬や猫の首輪とリードみたいなもの…と考えていいのかな……ダンデ君達も普段はボールに入れてるみたいだし…)
ボールの意味をアキはいまいち理解していない。
そもそも、アキは目の前にいる彼らを"知らない"。
意識が少しずつ戻ってきていたから驚きもなかったし、彼らから酷いことをされずむしろ甘やかしてくれたし甘えてきたため、彼らに対しての危機感を持っていない。
それに、不思議とどれだけ怪獣じみたポケモンを目の前にしても、彼らが自分に危害を加えないと分かっているからだ。
アキはボールの意味を知らないが、何となくペットのリードや首輪のような役割なのだろうと自分なりに考えた。
「かじかじ〜」
足元にカジッチュが歩み寄ってアキに向かって何か言っていた。
その意味をアキは"理解"し、苦笑いを浮かべる。
足元にいるカジッチュを抱き上げて撫でる。
『ごめんね…君はダンデ君のペットだし…人のペットはボールに入らないらしいから…』
「カジ!カジカジ!!」
『え?ダンデ君は元々私に贈るためにあなたをゲットしたの?』
「カジ〜!」
カジッチュはガオガエン達が羨ましくなったのか、アキにボールに入れてほしいと言い出した。
しかし、ミュウから人のポケモンはゲットできないというのも教わっているアキはどうすることも出来ないと首を振るしかない。
だが、カジッチュからダンデは元々自分をアキにプレゼントするためにゲットしたのだと教えてもらい、アキは首を傾げた。
「かじかじ〜」
物分かりは良いのか、『じゃあしょうがない』とアキに甘え始める。
今までミュウが年上なのに年下ムーブをかましてアキに甘えに甘えていたが、カジッチュという本物の年下が加入してからアキに甘える枠はカジッチュとなった。
甘えに行けばアキは均等に甘やかせてくれる現状に不満はない。
今のミュウはお兄ちゃんムーブ真っ最中である。
アキの肩に移り、甘えるカジッチュに『仕方ない妹だ』とお兄ちゃんをしていた。
そう、カジッチュはメスだった。
とはいえ、ミュウに性別はないのだが。
ほのぼのとした空気が流れていた。
それは日常で、いつもの風景。
だが、違った。
――――みつけた
アキの耳に、男の声が聞こえた。
その声にアキは振り返る。
本来ならこの場所はポケモンと、人間ならば女とアキしかいないはずだった。
だが、振り返ったアキの視界に映ったのは―――ガラスに入ったようなヒビ。
そのヒビは空間に入っており、異様な光景にアキは思わず後ずさる。
「ミュミュ!!」
「ガルルル…!」
ポケモン達も異様さに気づき、アキを守るために全員が前に出る。
アキはカジッチュとカバンに入っているタマゴを守る様に抱き、チラリとテントを見る。
テントの中には女がいる。
最近は意識も戻らずただ死を待つしかない女だが、それでもアキは意識が朦朧としている中でも彼女が自分を助けてくれたことを覚えている。
女を心配している間にもヒビは広がり、欠片が少しずつ地面に落ちていく。
小さかった穴が広がり、手が現れた。
いや、手というよりは足だ。
それも動物…ポケモンの。
―――見つけた
―――そこにいたのか
姿を現したのは、一体のポケモン。
だが、ポケモンであって、ポケモンではなかった。
アキは初めて"動物"…ポケモンに対して恐怖心を抱いた。
大型の4足歩行をしているそのポケモンは、アキを血の様な真っ赤な瞳で見下ろし言った。
黒に近い灰色の身体を持ち、顔、胸から腹、尻から尾にかけての下部は純白色をしており、胴体にはバツ型になるようリング、そこには白い宝石がついていた。
その姿は創造神と呼ばれた存在と同じ姿であった。
違いと言えば、色だけだろう。
『…アルシオン』
アキは無意識にその名を呼んだ。
目の前のポケモンの名前なんて本当なら知らないはずだ。
そもそもアキは守ってくれる彼らだって知らなかった。
だけど、目の前のポケモン…と言っていいのか分からない存在の名を知っている。
知らないのに、知っている。
それが混乱を招く。
対してアルシオンと呼ばれた存在はアキの呟きに目を細めた。
―――ツバキ
―――帰ろう
―――母の分まで私がお前を守るから
そう言って…いや、脳内に声を届け、アルシオンは足をアキに向ける。
人間でいえば手を差しだしているのだろう。
しかし、それをアキを守るガオガエン達が立ち塞がり阻む。
アルシオンは他に存在がいることにここで初めて気づく。
あれほど愛しそうに細められた目は、邪魔な壁に不機嫌そうな目に変わる。
「ミュミュ!!ミュ!ミュミュ!」
ガオガエン達の前にミュウが入る。
そして、アルシオンに何か訴えていた。
その間にウォーグルがゆっくりとアキの傍により、背を低くさせ『乗れ』と小さく鳴いた。
アキはその指示に従い、アルシオンを刺激しないようゆっくり静かにとウォーグルの背に乗る。
更にガオガエンとヌオーをボールに戻し、カジッチュとをカバンに入れるよう指示されたアキはそれにも従う。
普通は気づくが、アルシオンはミュウとの会話に気づいていない。
―――何が違う
―――私が守らねば誰がこの子を守るというのだ
話は通じているのか、二体は会話をしていた。
アキはポケモンがアルシオンだというのは知ったが、それ以外は知らない。
―――親が子を守るのは当然だろう
鼻を鳴らすアルシオンにミュウが首を振った。
『違う』『この子はあなたの娘じゃない』そう言った。
それに腹を立てたアルシオンは癇癪のようにダンと足を地面に叩きつける。
―――私が我が子を見間違えるとでも言うのか!!!
その叫びと共に『だいちのちから』が放たれた。
炎タイプであるガオガエンが弱点となるが、彼は今ボールの中にいる。
ウォーグルは咄嗟に飛び立ち当たることはなく、ミュウも常に浮遊しているため当たらない。
―――ほら!その技が僕に当たらないって君は忘れているじゃないか!!
アキが無事なのを確認し、ミュウは鳴く。
それが更にアルシオンの逆鱗に触れ、パチパチと体に雷を纏い―――ワイルドエリアに雷が落ちた。
―――ふん!僕が『かみなり』なんかに負けるもんか!
電気タイプはウォーグルの弱点。
だが、ミュウが守ってくれた。
威張るミュウに、アルシオンは不愉快に目を細め、光を放つ。
ミュウの弱点の一つ、『あやしいひかり』でミュウを混乱させようとした。
しかし、ウォーグルがそれを防いだ。
ウォーグルはアキを乗せたままミュウの下へと向かい、身構えるミュウをアキが抱きしめた。
ミュウにばかり気を向けていたアルシオンはアキの姿にハッと我に返り、繰り出そうとしていた技を止める。
―――ツバキ!!
アルシオンが叫ぶ。
その必死そうで、悲しそうな叫びに、アキは振り返りそうになったが、ウォーグルが『振り返るな!』と叫んだ。
「ミューーっ!!」
ミュウが叫ぶ。
誰かを呼んでいた。
その呼びかけに答えるように近くの湖の水面に波紋が広がった。
それに気づいたミュウがウォーグルに指示をし、ミュウの指示にウォーグルは波紋が広がる湖へと飛び、それをアルシオンが追う。
捕まっていろ、とウォーグルがアキに声をかけ、アキはカジッチュやタマゴやガオガエン達のボールを入れているカバンを抱えながらウォーグルにしがみ付く。
それを確認したウォーグルは波紋が広がる水面に迷いなく真っ直ぐ落ちていった。
目をぎゅっと瞑って耐えていたアキだったが、ハッと気づく。
『待って!!あの人が――――』
テントにいる女。
何をするのか分からないが、その女を置いていけないと叫ぶが…
―――アキは水面に吸い込まれるように姿を消した。
その場には女がいるテントと、アルシオンだけが残される。
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