(30 / 43) その生命に恋う (30)

シャボン玉のようなものがユズキの前を通り過ぎる。
その中には公園の風景が映し出されており、ユズキは楽しそうに笑う子供達を見て思わず触れそうになった手を引っ込める。
このシャボン玉は触れると簡単に割れてしまう。
割れるだけならいいが、割れたらシャボンの中に映し出されている風景に影響が出るのだ。
それを教えてもらってから、怖くて触れない。
ユズキは、建物へ続く数段の階段に座り、その傍にはガオガエンとウォーグルとミュウが、ユズキを守るように控えていた。
シャボン玉が目の前を通り過ぎると、ユズキはまるで興味を失くしたように、膝の上にある絵本に視線を落とす。
その絵本はダンデから贈られたポケモンの登場しない絵本だった。
意思を取り戻した今、絵本なんて幼い頃以外に手にしたぶりで、ユズキからしたらポケモンのいない世界の絵本は懐かしさを感じる唯一のものだった。


「ぬ〜」


絵本から顔を上げると、ヌオーがゆっくりと歩み寄っていた。
お散歩から帰って来たヌオーの頭の上には真っ白なポケモンが乗っており、その頭にはカジッチュがいた。
なんだかその光景が鏡餅のように思えて、ユズキはクスリと笑いながら彼女達の下へと向かう。


『お帰り、ヌオー』

「ぬぅ」

『もう、ロコンもカジッチュも…ヌオーに乗ってちゃお散歩にならないでしょ?』

「コーン!」

「カジ!」


ヌオーの頭にはロコンとカジッチュが乗っていた。
ロコンは女が知り合いから譲り受けたタマゴから孵ったポケモンだった。
ただ、ロコンはアローラ地方にいるロコンの姿だった。
通常のロコンは炎タイプだが、アローラ地方にいるロコンは氷タイプとなり、進化すると氷タイプに加えてフェアリータイプも追加される。
因みに、メスである。
二匹はヌオーの頭から降り、真っ直ぐユズキの膝に飛び乗る。


「キュイー」


二匹が膝の上に乗ってくるのはいつものことなので、それを予測して膝の上に広げていた絵本を閉じて傍に置く。
膝の上に乗って甘える二匹を可愛がっていると、傍にいてくれたガオガエン達も擦り寄ってきて、ユズキは甘えてくれるポケモン達を撫でてあげる。
すると、ガオガエン達以外のポケモンの声がユズキの耳に届き、そちらへ視線を向けると、ガオガエン達よりも巨体を持つ蛇のようなポケモン――ギラティナがこちらに泳ぐような動きで近づいてきていた。
ギラティナもユズキに顔を寄せて甘えようとし、ユズキも甘えてくれるギラティナを優しく撫でる。


『ギラティナもお散歩は終わったの?』

「キュイ」

『ふふ…おかえり』


労いの言葉を向けると、嬉しそうに尻尾が揺れる。
ここは、ギラティナがいる『破れた世界』…『反転世界』とも呼ばれるものだ。
そこはダンデ達がいる世界の裏側に存在する異界であり、反転世界では時間が流れておらず、空間も安定せず、重力も場所によって異なり、常識は通用しない場所だった。
反転世界はギラティナだけが存在している。
ギラティナも反転世界で生まれたわけではなく、はるか昔、暴れ者だったギラティナを創造主と呼ばれているアルセウスに反転世界に追放されたと言われている。
あの時…アルシオンと対峙した際、ミュウはギラティナに助けを求めた。
その願いにギラティナが応え、この反転世界に匿ってくれた。


(ダンデ君達…元気にしてるかなぁ…)


皆でお散歩することになり、ユズキはダンデから貰った絵本をカバンに入れる。
意思を取り戻したユズキの記憶にはちゃんとダンデやソニア達がいる。
そして―――


(あの人…大丈夫かな…あんな大怪我してるのに一人にさせちゃった……なんで病院に行ったら駄目なんだろう…)


女の記憶もちゃんと残っている。
ポケモン達が病院は駄目だと言ったからユズキは女を連れて病院に行くことはできなかった。
ただ、なぜ病院は駄目なのかは分からない。
意識を取り戻したとはいえ、ユズキにあの教団の記憶はない。
投薬で意識が朦朧としていたせいなのもあるのだろう。


「みゅ?」


ユズキがぼうっとしながら歩いていたからか、頭に乗り、上から顔を覗かせるミュウに、ユズキは我に返る。
『なんでもないよ』と笑えば、ミュウは『そっか』と笑った。


『みんな!かけっこしよう!鬼ごっこ!最初の鬼はロコンよ!』


子供っぽいが、こういう遊びがこの何もない場所では一番楽しかったりもする。
携帯もなければ、ゲームも、本すらもないこの空間に、ユズキは一日、そしてまた一日、過ごさなければならない。
幸い、ここは重力も場所によって異なり、鬼ごっこにはうってつけだった。
指名されたロコンは楽しそうに鳴いた後、その場に立ち止まり、ある程度みんなが離れるまで待つ。


「コーン!」


ロコンなりに鬼として待ち、真っ直ぐユズキに向かって走る。
ロコンは卵から孵って初めて見たユズキを親として認識している。
大好きな母親のもとに、いの一番に向かうのは当然だった。
嬉しそうに母親のもとに駆け寄るロコンにユズキは、『こっちよ』と手を叩いて呼び寄せるが、近づくと逃げる。
それも遊びの1つだと認識しているロコンは嬉しそうに飛び跳ねながら母や兄弟達を捕まえようと追いかけた。
レベルの高い兄達が本気になれば、まだ生まれたてのロコンから逃げるなんて簡単だ。
だがそれではロコンが可哀想だし、そもそもこれは遊びだ。
ロコンが疲れない程度に逃げ回っていると、ウォーグルが捕まってくれた。
ロコンの可愛い小さな手がちょこんとウォーグルの身体に触れるとロコンが嬉しそうに鳴き、ウォーグルが『鬼になったぞ』と鳴く。


「ウォーグ!」

『今度はウォーグルが鬼ね!みんな!逃げましょう!』


鬼が変わり、今度はみんなウォーグルから逃げる。
そんなやり取りを何度か繰り返し、休憩し、疲れたら眠る。
時間の概念がないこの反転世界では時間通りの生活は難しい。


「キュイイ!」


また鬼が変わった。
まだみんな体力があるし、ユズキも元気そうなので遊びはそのまま続けようとした。
その時、一緒に楽しんでいたギラティナが何かに気づき、顔を上げた。
そして、警戒するように鳴いた。
その声で侵入者の存在にユズキ達も気づく。
すぐさま、怖がって震えるロコンとカジッチュをガオガエンが抱き上げ、ユズキのカバンの中に入れる。
鬼から逃げていたヌオー達もユズキを中心に囲み、ウォーグルとミュウ以外のポケモンはボールへ戻し、ボールへ戻った彼らをロコンとカジッチュの入っているカバンに入れる。
ロコンとカジッチュはボールがないため窮屈だが我慢してもらうしかない。
素早く出来たおかげで、侵入者が姿を現す前に、全てを終えることができた。


「アルシオン…!」


侵入者はアルシオンだった。
アルシオンはユズキだけを静かに見下ろしていた。

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