(33 / 43) その生命に恋う (33)

外の匂いにアキは瞑っていた目を開けて振り返ろうとする。
そんなアキにウォーグルが叫んだ。


―――まだ油断するなアキ!遠くへ!ここよりももっと遠くへ飛ぶぞ!!


反転世界から出たここは、ガラル地方。
アキ達はガラル地方へ戻ってきたわけだが、ギラティナは意図していたわけではなく偶然だった。


(人気が多すぎる…!ここじゃ駄目だ…!)


下を見ると、人が多くいる街の空に出たらしい。
幸いなのは、街の人たちが認識する低さに出たわけではないということ。
高い場所に出たウォーグルはこんな人の多い街ではアキの危険が増えると考え、ある場所へと向かう。
遠くへというのなら、国を出るしか他になかった。
とはいえ国を出たとしても、そしてどこに向かったとしても、結局はアルシオンはアキを見つけ出す。
それは彼からの愛だからだ。
アルシオンが正気を取り戻さない限り、アキは死ぬまで逃げる生活からは抜け出すことはできない。
人を避けて飛ぶと、どうしてもワイルドエリアに向かってしまう。
地図を知らないポケモンのウォーグルはとにかくこの国から一刻も早く出て少し身を休めたいと思っていた。
自分も、そしてアキも…ミュウも、傷ついている。
幸い、ボールに入っているガオガエン達は無傷だから休める場所が見つかれば彼らに見張りと護衛を任せることができる。


「みゅ―――」


考えを巡らせすぎた。
ミュウの震える声でその気配に気づいた瞬間―――ウォーグルは体に強い痛みを感じた。
ウォーグルの悲鳴が辺りの空に響く。
地上から数個石が飛び、加速もありウォーグルの羽を貫通した。


『―――っ』


そして、同時にアキは、パチ、と何かが弾けるような音を聞いた瞬間、身体が痺れた。
うなじに電気が流れたのだ。
アキはウォーグルの首に抱きつくようにしがみ付いていたが電気で気を失い腕の力が抜けていく。
羽を貫通されたウォーグルは飛んでられず、そのままアキとミュウと共に落下してしまう。


「ヴォ…グ…!」


飛んでいた高さから落ちれば人間であるアキは無事では済まされない。
ウォーグルはせめて気を失ってしまったアキの下敷きになろうと、痛む体と羽を動かそうとした。
しかし、ウォーグルの身体が痺れてしまい動けなかった。
ウォーグルは『でんじは』を食らい、身体が『まひ』してしまったのだ。
結局アキのクッションにもなれず、そのままウォーグルの身体を超能力が包み込み落下速度を落とした。
ウォーグルが落ちるその場所にはポケモン達が団子状になって集まっており、痺れて動けないウォーグルを受け止めてそっと降ろしてくれた。


―――アキ、は…


痺れで上手く動けない身体を動かしながらアキを探す。
アキを探すと、ポケモン達に囲まれているのが見えた。
どうやらアキもウォーグルと同じく、アキ達に気づいたここのポケモン達に助けてくれたらしい。
空を飛べるとはいえまだ幼いホーホーや小柄のデリバードではアキを受け止めて飛ぶことはできず、その代わりにエスパータイプのネンドールが超能力でアキの落下の速度を落とし、ポケモン達がクッション替わりに団子状になりその上にアキを落とし、ミュウも同じ方法で助けてくれた。
おかげでアキに怪我はなかったが、電気のせいで気を失ったままだ。
痺れている体でアキのもとへ向かおうとするウォーグルに、周りにいたポケモン達が手助けしてくれた。
身体を支えてくれる彼らのおかげでアキに少しずつ近づく事が出来た。
しかし、深く刺すような気配にその場にいた全員が立ち止まった。
ウォーグルが顔を上げれば、反転世界にいたはずのアルシオンが浮いており睨むようにウォーグルや他のポケモン達を見下ろしていた。
その気配やその存在に怯えたまだ幼い小さなポケモン達は体を震わせ、進化したポケモン達はウォーグルとアキとミュウを守る様に庇ってくれた。
それさえも気に入らないアルシオンは不機嫌そうに目を細める。


―――アキはツバキではありません


誰かがそう言った。
アルシオンの名が過去のものとなったと今でも、ポケモン達にとってアルシオンは敬愛すべき兄だった。
だが、アルシオンはその言葉に更に不快な気配を濃くし、庇ってくれるポケモン達も流石にたじろぐ。


―――とんでっちゃえ!!


その声と共にアルシオンがその姿を消した。
その声の方へと視線をやれば、そこにはミュウがいた。
落下中意識を失ったミュウだが、ついさっき気がつき、しつこく追いかけてきたアルシオンをテレポートでどこかに飛ばした。
大怪我を負い、体力もアルシオンとのバトルで削られ、満身創痍。
しかしアキのためと思うだけで普段よりももっと、更に、遠くへと飛ばす事が出来る。
ミュウは声も出ないほど衰弱していた。
声は出ないが、ミュウは『彼ら』に助けを求めた。
しかし、ここは人間の住む国。
『彼ら』ではなく、人間の気配にウォーグル達が気づく。
人間の気配を感じたのは、野生のポケモン達やウォーグルだけではなかった。


「グルル…」


ボールに入っていたガオガエンとヌオー、アローラのロコン、カジッチュが出て来た。
アルシオン相手では彼らはいても無意味だ。
無情と言うなかれ。
彼らのタイプではアルシオンには通じないのだ。
逃げる前提でなければ、ウォーグルだって本来ボールに入れて安全を確保される側だ。
だが、アルシオン以外なら十分彼らは発揮してくれる。
野生ポケモン達と共にガオガエンとヌオーが人間の前に立って背中にアキと怪我を負った二匹を庇う。


「待ってくれ!僕は君達に危害を加えようと近づいたわけじゃない!落ち着いてくれ!」


ウォーグルは人間の声に痺れる体をそのままに視線だけそちらに向ける。
人間は黒色の短髪をした男性だった。
赤色のユニフォームを身に包んでおり、その傍にはマルヤクデやウインディなどの炎タイプのポケモンを連れている。
ポケモン達から距離を取り手を挙げて危害を加えないことをポケモン達に示した。


「僕はエンジンシティのジムリーダーをしているカブ…この子達は僕のポケモン達だ…僕も僕のポケモン達も君達には危害を加えるつもりはないよ……見回りをしてここのポケモン達が騒いでいるのに気づいてね…そこに倒れているのは君達のトレーナーかな…気を失っているようだね…怪我をしているようなら僕が病院へ連れていくけど…いいかな?」

「…………」

「そこのウォーグルも酷い怪我をしているようだ…ウォーグルをポケモンセンター…ポケモンの病院へ連れていきたい…僕を信じなくてもいい…君達のご主人についてきてもいい…だけど、君達も分かるだろう?人間もポケモンも…怪我を治さないと君達の家族がつらい思いをしてしまうって…」

「…………」


カブと名乗った男は、ワイルドエリアに繋がっている街の1つのジムリーダーであった。
ワイルドエリアの傍にある街ということで、もう一つのナックルシティのジムリーダーと共同にワイルドエリアのパトロールを行っている。
そのパトロール中に『こもれび林』のポケモン達が落ち着かず騒いでいるのに気づき、原因を探っていたらここにたどり着いた。
タイミング的にアルシオンは見ていないようだった。
カブはミュウを見ていない。
ミュウは幻のポケモンと呼ばれるほど人間達にとってコレクター欲を掻き立てる存在なのはポケモン達も気づいている。
そのため、人間であるカブの気配に野生のポケモン達はミュウをその体で隠してくれた。
カブの言葉にガオガエンは鼻のしわを深くする。
明らかに警戒している。


(まずい…早く病院に連れていかなければ間に合わないかもしれない…)


チラリとカブは少女…アキを見た。
アキはポケモン達に囲まれていても気を失っているので起きる素振りを見せない。
服は赤く染まっているのを見て、もしかしたら重傷なのかもしれないとカブは焦っていた。
その血はミュウの血なのだが、今来たばかりのカブには分からない。
彼らからしたら大切な主人ではあるのだろうが、今この瞬間も彼女の命が消えていくかもしれない。
それに怪我を負っているウォーグルだってポケモンセンターに連れて行かなければ最悪このまま放置していれば傷が塞がったとしても障害が残ってしまうかもしれない。
こうなったら強制的に回収せざるを得ないとカブは慎重に一歩踏み出したその瞬間―――ガオガエンの威嚇がその場に響く。


「お、落ち着け!お前達!」


ガオガエンの怒りを表すような声。
レベルが高いのか、彼よりも下のレベルのポケモン達はピャッと固まり、同等またはそれよりも上のポケモン達は更にカブへの警戒を高めてしまった。
そして、それはカブのポケモン達もそうだった。
近づいたら殺すと言わんばかりの声に、傍にいたマルヤクデとウインディがカブを守るように前に出て臨戦態勢へと移ってしまった。
ポケモン達が一側触発となったこの現状にカブは頭を抱え慌てる。


「待ってくれ!さっきは近づこうとしてすまなかった!だが!彼女は重傷を負っている!怪我は人間に任せた方が早く治るし後遺症の率も低い!!頼む!僕に彼女と君達の仲間を預けてほしい!!」


ウインディ達の前に出て二匹を庇いつつ彼らに自分がどれだけ少女や怪我をしたポケモン達を助けたいのかと訴える。
自分のせいで彼らが本来負わなくてもいい傷を負わせてしまうのは、トレーナーとしてもジムリーダーとしても失格だ。


「…………」


ヌオーはガオガエンを見る。
その様子から彼がリーダー格なのだろう。
だが、ガオガエンは黙っていた。
何のアクションも取らない。
それはカブからしたら主人や仲間を見殺しにするのを決めたようにも見えた。
だが、それは違う。
ガオガエンは待っていた。
誰を待っているのか。
カブが痺れを切らす前にそれはすぐに訪れる。


「ビィ〜!」


辺りの木々が共鳴し光始める。
心地のいい音に誘われるように現れたのは時を渡るポケモンであるセレビィだった。


「セレビィ!?なぜここに…!」


ホウエン地方出身であるカブでも、ジョウト地方に伝わる伝説のポケモンであるセレビィの事は知っている。
なぜジョウト地方に中心に目撃されているポケモンがジョウト地方と遥か離れたガラル地方にいるのかが疑問だ。
唖然としているカブを気にも留めず、セレビィはまっすぐアキの下へと向かう。


「ビィ…」


気を失って目を覚まさないアキの頬に触れてセレビィは優しく撫でた。
その様子は労わっているようにも見えた。
カブは突然伝説のポケモンが現れて言葉を失いつつも、口を挟まずセレビィを見守っていた。
セレビィは他人を無暗に傷つけるようなポケモンではないのを知っているからだろう。
それに、周りにいるポケモン達…特にカブを警戒し今にも襲い掛かる雰囲気を隠しもしなかったガオガエンの雰囲気が少しだけ緩和したのをカブは気づいた。
先程動かなかったのも、彼らはセレビィを待っていたからだとも。
セレビィはアキの頬を撫でていると、ふと顔を上げた。


「…っ」


セレビィの目がカブを写す。
お前は誰だと言っているように思えた。
攻撃性は感じなかったが、なぜか背筋が凍ったような気がした。
そんなカブを察したように、傍にいたウインディとマルヤクデがカブの前に出てまるでカブを下がらせるように身体で押してきた。
彼らの行動に疑問を思うが、今は彼らに従った方がいいと判断したカブは大人しく数歩後ろへ下がる。
後ろへ下がり自分のポケモンに守られるカブに、セレビィは興味を失くしたようにアキから離れ宙に浮き…


―――アキ達はセレビィと共に姿を消した。


その場に残されたのはカブとカブの手持ちの二匹、そして野生のポケモン達だけだった。

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