あれから年月が流れ、約10年。
カブは未だにあの光景が忘れられなかった。
幻のポケモンだけではなく、血だらけの女性に、その女性と怪我をしたウォーグルを守るように囲む野生のポケモン達と手持ちらしきポケモン達。
あの後女性が消えた途端に野生のポケモン達は何事もなかったかのように解散し散り、その場は呆然と立ち尽くしていたカブだけが残っていた。
(そういえば…今日か…)
ふと、仕事中に彼女の事を思い出しカブはカレンダーを見る。
なぜかカブは女性と会った日にちを忘れずに覚えていた。
普通、印象深く残っているとしてもこのあたりに会ったなと覚えていても日にちをはっきりと覚える者は少ない。
それほど印象に残っているという事だろう。
まあ、野生のポケモンにあれだけ囲まれ、伝説のポケモンであるセレビィと会えば忘れられないだろう。
「じゃあ、見回りに行ってくるよ」
カレンダーを見るついでに壁に貼り付けてある時計を見る。
時計の針は丁度ワイルドエリアの見回りの時間に迫っているのを知らせており、丁度今していた仕事もキリが良いからノブヒロに一言言って見回りへと向かう。
カブはいつもワイルドエリアをウインディに乗って見回っている。
いつものコースでは意味がないのでその日その日にコースを変えているのだが、ウインディがコースの途中に立ち止まった。
「ウインディ、どうした?」
立ち止まり、どこかをジッと見るウインディはカブの問いかけには答えない。
聞こえていないようにも見える彼に、何か見つけたのかとカブは何も言わずウインディが動くのを待っていると、少し経ち思い出したようにウインディはルートを抜けてどこかへと駆けた。
(この道は…)
ワイルドエリアには様々な問題が起こる。
密猟者、資格を持っていない人間の侵入、迷子、ポケモン同士の縄張り争い。
一日何もない日もあれば、大きく動かなければならない事案も多々ある。
だから必ず決まったルートを通らなければならないわけでもなく、ウインディが何か気づいたのなら止める必要はないと判断する。
すると、見覚えのある道に気づく。
いや、ワイルドエリアの管理を任されているエンジンシティとナックルシティのジムリーダーはこのワイルドエリアの殆どを把握しているため見覚えのある道というのは間違いだ。
カブの脳裏に1人の女性を思い浮かべる。
(まさかね…)
ある仮定が生まれるが、それをカブは自分で否定する。
だが、否定するにもノイズの存在がいる。
カブがその仮定を否定するのも肯定するのも出来ずにいる間にウインディはカブを予想通りの場所…『こもれび林』に到着してしまった。
走っている間にも『あの時』と同じく、レベル関係なく野生のポケモン落ち着きのなさを見せ、カブを乗せているウインディと同じ方向へと向かっていた。
その光景は約10年前も見たことがあり、印象深すぎて覚えていたカブはその仮定が完全に否定しきれなくなってしまった。
「……『ときわたり』か」
あの女性と別れた場所に到着すると、すでにポケモン達が空間を空けて囲むように集まっていた。
進化しているポケモン達もいるため、背の高いウインディに乗っていたから気づいただけで、傍から見たらただポケモン達が集まっている光景にしか見えないだろう。
タイミング良く、カブが到着すると10年も前に経験した森の共鳴が始まった。
10年経っているとはいえ、すでに慣れたようにカブは慌てずポケモン達が開けている場所を見つめる。
彼らポケモン達は本能で彼女が…セレビィが時を渡る場所を知っているのだろう。
カブはあえて何もせず彼らを黙って見つめていた。
すると、ポケモン達が集まっている上空に光が集まりだし―――セレビィが姿を現した。
(……やはり…)
二度目とはいえ目の前で伝説のポケモンが現れ、言い伝えに残っている『ときわたり』を目の前にしてもカブはどこか分かっていたように冷静だった。
ポケモン達がセレビィが姿を現す場所を予期していたのと同じように、もしかしたら先ほど10年前の出来事を思い出したのも必然だったのかもしれない。
セレビィと共に女性と女性のポケモン達が姿を現した。
やはり、彼女達は10年前と変わっていない。
女性の血に染まった服もそのままなのが、まさに目の前で『ときわたり』が起こりこれは現実だとカブに突き付けているようだった。
「ビ〜!」
女性とガオガエン達を降ろしたセレビィは軽やかな動きで女性の下へと降りる。
カブはポケモンと話せないが、その声色から読み取れば『着いたよ!起きて!』と言っているようではあった。
セレビィや周囲のポケモンの様子から怪我を心配している様子ではないのに気づくが、ポケモン達の判断を信じるわけもいかない。
(さて…どうするか…)
カブはセレビィや集まっている野生のポケモン達を見る。
女性の血がカブの妄想ではないのだと、脳の異常でも、精神の異常でもないのだと、カブに知らせる。
なら、やることは1つ…女性の保護だ。
10年も経って現れたということは、10年も彼女の家族は探し続けているということだ。
もしかしたら諦めて死んだものとして扱われているかもしれない。
国によっては10年未満に見つからなかったら法律で死亡したとみなされるところもある。
今後の事は当然彼女と話し合うことにするが、まずは救出である。
軽傷であろうと何だろうと、流石に服に付いた大量の血を見過ごすことはできない。
だが、いくらカブがジムリーダーとはいえど、この集まっている野生のポケモン達の数を相手では無傷とは難しい。
「ビィ〜〜!」
「うわっ!?セ、セレビィ!?」
頭ではナックルシティのジムリーダーやチャンピオンなどの応援を考えながらどうポケモン達を出来るだけ怪我を負わせず女性を助けるかを考えていると、セレビィが突然目の前に現れカブは驚きの声を上げた。
思考を巡らせすぎたのか、セレビィが目の前に来ても気づかなかったらしい。
セレビィもまさか驚かれるとは思っていなかったのか、カブの驚いた声に一瞬目を瞬かせたが人間の反応にクスクスと面白そうに笑った。
その様子に、カブの脳裏に初めて会ったセレビィの目が過る。
あの『誰だ』と言わんばかりに冷たい眼差しのセレビィと同一個体なのか疑うほど様子が違い過ぎて、拍子抜けしてしまった。
「ビ!ビビ!」
セレビィはカブに飽きたようにまた女性の下へと飛んでいく。
それと同時に、ポケモン達はカブに道を開け、同調するようにカブを乗せていたウインディが伏せをする。
それはカブに降りろと言っているようだった。
「…………」
突然のことだらけで呆気に取られていたカブだったが、ウインディから降りて女性へと駆け寄る。
あれほど10年前は決してカブに女性を近づかせなかった彼らは、女性へ駆け寄るカブを見守るように大人しくしていた。
女性に親しげだったセレビィもカブが近づいて来ても拒む気配は見せない。
それはまるでカブに女性を助けてほしいと言っているようだった。
主人に駆け寄り触れようとするカブを見てもガオガエン達は彼の邪魔にならないよう場所を譲ってくれた。
女性へと駆け寄るとまず呼吸の確認をし、息をしていると知ってカブは安堵する。
そして、カブはガオガエン達へ顔を上げる。
「ウォーグルのボールは!?」
女性を病院へ運ぶよりも前に、同じく大怪我を負っているウォーグルをボールへ入れなければならない。
ガオガエンが女性のカバンを指さしたので中から1つのボールを取り出し倒れているウォーグルに向けると、彼は赤い光と共にボールへ戻って行く。
あとは彼らについてくるよう指示をするだけ。
10年前のあの時、女性を助けたい一心で言ったガオガエン達もついて来ていいという言葉をカブは思い出し、彼らからの信頼を裏切らないようあえて彼らをボールに戻すことはなかった。
そう彼らに伝えようと顔を上げたとき―――
「ぴ…ぴか…」
弱弱しくなく声がカブの耳に届いた。
慌てて振り返れば、ポケモン達の間を縫うように血だらけのピカチュウが現れた。
ピカチュウは力尽きたようにポケモン達の間から現れるとその場に倒れてしまった。
このエリアではピカチュウは生息しておらず、縄張り争いに負けて追い出された野生と思っていた。
勿論、この状況下でもピカチュウを見捨てはしない。
怪我をしているなら一緒に連れて行こうと思っていた時、ガオガエンが倒れたピカチュウを抱き上げ、カブの下に戻りカバンを指さしピカチュウを指さした。
その意味にカブは何となく察したのか、女性のカバンから1つのボールを見つけた。
「君達の仲間だったんだね」
そのボールは登録済みの物だった。
ガオガエンの腕の中でぐったりとしているピカチュウへ向けると、当然のようにピカチュウはボールへと帰っていく。
野生だと思っていたピカチュウは女性の手持ちだったようだ。
「彼女を病院へ連れて行ったあと、君達をポケモンセンターへ連れて行きその後すぐに彼女の下へ戻す…それでいいかな?」
コクリとガオガエンが頷いたのを見てカブは安堵の息をつく。
だが、完全に安心はできない。
女性もそうだが、ボロボロなウォーグルとピカチュウも危険な状態なのだ。
全員の安全が確認できて、やっと安心することができる。
『じゃあ、ついて来てくれ』とボールに入れないという約束をしてしまった以上、ガオガエン達をボールに入れるわけにはいかない。
怪我をしていないようならついてくるよう言えば、ガオガエンに止められてしまった。
『なんだ』と思いながらガオガエンを見上げるとガオガエンは再びカバンへ指さし、そしてその指を自分とヌオー達を指した。
「…いいのかい?君達にとって僕は見ず知らずの人間だろう?」
ピカチュウの時と同じく、指さしはガオガエン達もボールに入れて連れて行けという意味だ。
カブの言葉に頷いたということは当たっているという事だろう。
頷いたガオガエン達にカブは迷うことなくガオガエンとヌオーをボールに入れ、ボールがないらしいロコンとカジッチュをカバンに入れてやり、女性の代わりにカブがカバンを肩にかけ横抱きにして女性を抱き上げる。
女性であれ子供であれ、気を失っている人間は重い。
ズシリと重さを感じるものの、緊急事態にカブは重さなど感じている余裕はなかった。
カブは野生のポケモンと、セレビィに見送られながらウインディの背に乗って病院へ急いだ。
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