(35 / 43) その生命に恋う (35)

結果、女性は軽傷だった。
あの血は女性の血ではないらしく、血だらけだったピカチュウの血だということに落ち着いた。
女性はまだ意識が戻らないため、警察の聞き込みは後日ということになった。
カブは女性を病院へ連れて行ったあと、ガオガエン達をポケモンセンターへ連れていき診てもらった。
怪我を負っているウォーグルとピカチュウはもとよりガオガエン達も念のために診てもらうと、彼らに怪我はなかった。
ピカチュウとウォーグルを治療のため、ポケモンセンターに預け、ガオガエン達と共にカブは女性のいる病院へと戻ったがその時はまだ女性は目を覚ましていないためカブは病室に泊まった。
女性が心配だったのもそうだが、何より、ボールから出て女性を心配そうに見つめる彼女のポケモン達を放ってはおけなかったからだ。
とはいえ、カブだってそこまで暇ではない。
ジムチャレンジの時期は過ぎ、本来なら今の時期は暇ではあるのだが、最近チャンピオンの交代が行われ各自ジムやリーグは対応に追われ誰もが忙しい日々を送っていた。
だが、今のエンジンジムは一段落しており、こうして病院に寝泊まりする時間は作れるようになった。
病院は基本的にポケモンを出すのは禁止されている。
衛生の面もそうだが、何もポケモンが好きな人間ばかりではないからだ。
ポケモンを家族として受け入れている人もいれば、ポケモンを怖がり嫌う人もいる。
それに、勝手にうろつかれて医療機器を壊されたらたまったものではない。
今、ガオガエン達が病室で自由に過ごせるのは、ジムリーダーであるカブのおかげである。
カブはある物を見て、溜め息をつく。
そこはガオガエン達のためにポケモンフードを置いてある場所だった。


「食欲がないだろうけど…君達も食べないと……彼女が目を覚ました時元気がない君達を見たら悲しんでしまうよ」


女性が病院に連れられてすでに2日。
所々軽傷は見られたが、強い電流を受け、一時的に気を失っただけだろうという診断に、カブは本当に安堵した。
流石に2日連続で病院にいられるほど身軽ではないため、病院とジムと自宅を往復していた。
病室にはポケモン達のためにポケモンフードと飲み水、おやつとして木の実やポケモン用のクッキーを置いていたが、それらすべてに手を付けた形跡はなかった。
まだ幼いであろうカジッチュやロコンでさえ食べている様子はなかった。
流石に心配になり、ガオガエン達に食べるよう言うが、ガオガエンがチラリとカブを見ただけで、彼らは微動だにしなかった。
主人に寄り添うポケモン達の姿、と言えば美しい光景ではあるが、感動するよりも心配の方が勝つ。
特に幼いカジッチュとロコンが心配だった。
無理矢理食べさせるわけにもいかず、カブは溜め息をつき病院に行く前に寄ったポケモンセンターにいる彼らの報告をする。


「先ほどポケモンセンターに寄ってウォーグルとピカチュウの様子を見に行ってきた…彼らは安定しはじめているようだよ…あと数日すればこっちに連れてこれるかもしれないね」


仲間達の話題に、ようやく彼らの空気も和らいだ。
主人が目を覚まさない不安もあるだろうが、何よりも周囲への警戒で彼らは休まる日はいまだに訪れていない。
ポケモンフードだって不安と心配で食べる気が起きないのだろう。
ただ、カブは信用されているようで一度も彼らに警戒心を持たれた様子は見られない。
仲間の報告を聞き、ガオガエン以外は安堵の反応をあらわにし、まだ幼いロコンとカジッチュは喜ぶような声で短く鳴いた。
やっと不安と心配以外の感情を見ることができてカブも安堵したその時―――


『ぅ…』


自分達以外の声がカブの耳に届いた。
その声はとても小さく、普通なら聞き逃すほどだったが、カブ達が聞き逃すわけがなかった。
女性のその声に、その場にいる全員が、その声の方――女性の方へと視線を向けた。


『…こ、こは…』


カブが慌てて女性の寝ているベッドへ駆け寄る。
丁度閉じていた瞼を開けたところだったのか、うっすらと開かれた女性の目と、カブの目が重なった。


「よかった!目が覚めたんだね!」


瞬きを何回かして寝ぼけている様子ではあるが、女性が目を覚ましたことにカブは安堵の笑みを浮かべた。
何も言わず、眠たそうにこちらを見つめる女性に、カブは思い出したようにナースコールを押して女性が目を覚ましたことを医師に伝えた。
医師はすぐに駆けつけてくれた。


「うん、どこも異常はないね…すぐにでも退院できるよ」


電流を流された後遺症も見受けられず、付き添いでそばにいたカブは医師からそれを聞いて安堵した。
ただ、一つ問題があった。
――それが発覚したのは、警察が来てからだ。


「あなたの名前と年齢を教えてください」


女性が目を覚ましたということで、医師の許可を得て二人組の警官が来て事情聴取が行われた。
女性のポケモンには警官が来るからとボールのないカジッチュとロコンを残して二匹にはボールへ戻ってもらい、女性の傍に置くことで承諾してもらった。
ワイルドエリアで人が病院に担ぎ込まれるのは…悲しいかな、密猟者もだが、迷って入ってしまった人も多く、女性のような被害はそれほど珍しくはない。
カブの身近な人達(特に新しいチャンピオン)は入り浸っているため感覚が麻痺しているが、本来ワイルドエリアのポケモン達はトレーナーでさえ油断すれば大怪我を負うほど、気性の荒いポケモンが多い。
だが、警察と連携している以上、カブが警察に連絡するのも義務であり、警察も事情聴取するのが義務である。
いつもの質問を投げかけると、問題はそこで発覚する。


「名前、は、ユズキ、です……ねん、れい…えっと…ごめんなさい、言葉、分からないです…」


首を振ったユズキは、困惑した表情を浮かべていた。
その言葉のぎこちなさから、警官とカブはお互い顔を見合わせる。
3人の頭に一つの言葉が浮かぶ。


「あなたは外国から来られた方ですか?」

「がい…こく…」


片言の言葉に、カブは既視感しか感じない。
自分もこの国に来た時に彼女と同じく片言だった。
首をかしげるあたり、そこまでこちらの言葉は堪能ではないようだ。
警官は困ったようにカブを見た。
名前の音や容姿からカブと近い人種だと思ったのだろう。
警官からのヘルプにカブはゆっくりとユズキが怖がらないように近づき、自分の出身国の言葉を久々に口にした。
だが…


「……ごめんなさい…分からない、です…」


どうやらカブの出身国とも違う地方から来たらしい。
この国に引っ越してきたばかりなのか、それとも観光客か。


「カバンを、見ても、いいですか?」


言葉が多少通じていることには安堵したが、話す単語を選ばなければならない。
だが、ガラルはジムの挑戦をエンタメ化しており警官も言葉の通じない外国人の相手には慣れている。
ゆっくりと、はっきりと。
『カバン』と『見る』という単語は理解しているのか、雰囲気から、カバンを見てもいいか尋ねられているのだと察し、ユズキは頷く。
見られて不都合の物はない。
了承を得て、警官が本人の目の前でカバンの中を確認した。
カバンには、身分証のようなものは見当たらなかった。
カバンの底には布が畳まれて敷かれており、カブがユズキに代わって、ボールのないカジッチュとロコンがカバンに入るため2匹のために敷いているのだと説明した。
それ以外にはポケモン用の傷薬などのアイテムと2冊の絵本しか入っていなかった。
警官が『これは?』と絵本を見せて確認すると、拙い言葉で『言葉を覚えるため』と返ってきた。
それに納得しつつ他に何かないかと確認するも、それ以上の物はなかった。
外出に必要な財布やスマホロトムすら見当たらない。
カブはそれを見て違和感を感じたが、カブが違和感を覚えるのだから、プロである警官も同じことを感じているのだろう。
警官が怪訝な表情でユズキを見たが、流石に財布とスマホロトムがないからと問いただすことはできない。
そもそも、外出する人が全員財布とスマホロトムを所持しなければならない法律も理由もない。
散歩するだけならスマホはまだしも財布は必要ない。


「財布やスマホロトムはどうしました?」

「財布とロトム…ないです…」


財布もスマホロトムも、ダンデ達に教えてもらったのでユズキは首を振る。


「盗られたのですか?」

「とられ…」


首を傾げたので、分かりやすく説明をする。
とはいえ、言葉が通じるこちらからすると、どう説明するのかが難しい。
警官の努力と経験もあってユズキは首を振って答えた。
盗られていないというなら、元々財布もスマホロトムも持って出かけたわけではないようだ。


「ワイルドエリアにはどうして入ったのですか?」

「わいる…なに?…ごめんなさい…分からない…」


首をかしげるユズキに警官はお手上げ状態だった。
ワイルドエリアの説明は諦め、重要なことを問う。


「あの場所にはどうやって入ったか覚えていますか?」

「あの場所?」

「あなたがいた場所です…あそこは…そうですね…入ってはいけない場所です…あなたは、どこから、来ましたか?」

「…………」


ワイルドエリアは有名だが、基本的に一般人は立ち入り禁止となっている。
出入りを許可されているのは、ジムバッチを5つ以上持っているトレーナーと、ジムリーダー、チャンピオン、一部のリーグ関係者のみだ。
ジムチャレンジが開催されている時期のみ、チャレンジャー限定でバッジを持っていないトレーナーも入れる。
ただ、色々手続きが必要で、ジムチャレンジャー以外の一般トレーナーには、申請と許可証が必要で、ジムバッチもガラルでなくても許可は出るがその国のジムバッチを5つ以上持っていないと許可は下りない。
更にはポケモンの放棄を防ぐために出入り時に所持しているポケモンを見せることとなっている。
パルデア地方のエリアゼロほど危険ではないが、安全な観光地というわけではない。
よく個人の観光客が雑誌などで取り上げられるワイルドエリアに興味を持ち、無断で侵入し、怪我を負う事件も多い。
毎年死傷者が出る危険地帯であることを忘れてはならない。
黙り込んだユズキを見て警官は、ユズキも無断で侵入し、自業自得で怪我をしたのだろうと片づけた。


「ちょっといいかな…」


カブは第一発見者であり、ジムリーダーであり、ワイルドエリアを管理する1人でもあるため立ち合いを許可されていたが、その中にはガオガエン達の監視も兼ねていた。
ガオガエン達はどうもユズキに対して過保護であるため、ユズキに危害を加える人間と誤解され、警官へ攻撃を向ける可能性もある。
今まで傍観していたカブが初めて間に入った。


「何でしょう?何か気になる点でもありましたか?」

「ちょっと話したいことがあるんだが…席を外せないだろうか」


ここで話す事ではないというカブに、警官は怪訝とさせたが、ジムリーダーの言葉というのもあってか頷き、相棒である警官1人を病室に残し、カブと警官は病室を出ていった。
病室に聞こえない程度まで離れたカブは警官に伝説のポケモンを信じているのかと問う。


「その、なんていうか…君は伝説のポケモンという存在を信じているかい?」

「伝説ですか?…いえ…伝説のポケモンがいるという話は聞いたことがある程度で…本当にいるのかは別だと思っています」


警官の1人は、伝説という存在や話は信じていないようだった。
いや、普通の人間はそうなのだろう。
本当にいたらいい、本当にあったらいい、と思うぐらいで心から信じる者の方が少数派だ。
カブはセレビィを見るまではあったらいい程度の認識だったのだから、信じてもらえないのも仕方ない。
問題は伝説のポケモンを信じていない人たちにどう証明するかだ。
カブはどう説明すべきかと悩んだが、結局全て話すしかないと思い、起こったことをすべて話した。
当然、警官から返ってきたのは訝しんだ視線である。


「セレビィの時渡りで過去から来た…ですか…」

「信じられないのは当然だ…僕もセレビィの姿を見たのは初めてだったし今日まで僕だって伝説のポケモンという存在には懐疑的だった…だが、実際彼女は僕の目の前でセレビィと共に過去から未来へと時を渡った…それだけは真実だ…突拍子もない話だとは思うが…どうか僕を信じてほしい」


頭を下げるカブに、警官は慌てた。
カブは過去にマイナー落ちし、今とは違い、あまりいい噂は聞かなかった。
彼は地に落ちても、自分の実力で這い上がってきたし、今はポケモン達と向き合っている。
昔ならまだしも、今のカブに頭を下げられるのは、一ファンとして心臓が悪い。


「ま、待ってください!頭を上げてください!分かりました…信じます…カブさんが嘘をつく人間ではないのは私でも知っていますから…」

「すまない…ありがとう…」

「そうなると話が複雑になりますね…少なくとも彼女は10年行方不明となっているわけですし…時渡りは国を跨ぐのですか?」


信じられないのは今もそうだが、カブが嘘をつく人間ではないという言葉は決して偽りではない。
カブの人柄的に嘘は苦手な方だろう。
警官の言葉にカブは首を振る。


「すまない…それは分からないんだ……なにせセレビィは文献自体少ないからね…」

「名前だけでは家族も探せませんし…その間の保護もどうするべきか…」


出身地も聞いたが、首を振るばかり。
スマホロトムで世界地図を見せても、分からないと言うばかりだった。
警官から見た彼女は少女に見えていたため、単純に、学校でまだ教わっていない年齢なのかと思ったが、カブ曰く、少なくとも20歳以上30歳未満とのこと。
カブもそうだが、2人のような容姿の者は本当に若く見えて実年齢が分からない。
成人しているとしても家族を探さないわけにもいかない。
それがポケモンのせいで未来へと飛ばされたとしても、だ。
行方不明のままでは家族も報われないだろう。
不法侵入というわけではないのは安心したが、別の問題が出て来て警官は考える。
どこの施設で保護するべきか。
成人とは別に、言語の問題もある。


「その事だけど…彼女は僕が保護しようと思っている」


うーんと考えている警官に、カブが手を挙げた。
カブの言葉に、警官は目を瞬かせカブを見る。


「あー…でも、その…彼女…女性ですよ…」


世間から見たらカブとユズキは血の繋がらない赤の他人の男女である。
だが、自分と彼女は普通なら父親と娘の年齢だ。
流石に、娘のような年齢の女性に情欲を抱くことはない
とはいえ、警官の心配も正しい。
カブが気分を害さないよう、気を遣いながら伝えようとしてくれる警官に、カブは苦笑いを浮かべる。


「流石に一回りも二回りも下の女の子にそんな考えには及ばないよ…僕なら何があっても対応できるかと思ってね…それに最初に見つけた責任も感じていてね…」

「カブさんが責任を感じることはないと思います…あなたは人として当然の事をしましたし、それを行動できるあなたは立派です」

「ありがとう…でも、なんだか彼女を放っておけないんだ」

「目を覚ますまであなたがずっと傍にいましたからね…」


警官からの懐疑は消えた。
それは、これまで積み重ねてきた行動のおかげだろう。
警官の言う通り、これは情が移っただけかもしれない。
成人しているとはいえ、カブから見たら彼女はまだ子供にも等しい。
未来の、それも言葉が通じない外国に飛ばされた挙句に、無一文で、手元にいるのは二冊の絵本と手持ちのポケモン達だけ。
心細いなどという言葉では足りないほど、彼女は孤独だった。
それも理由だが、もう一つ。
カブは『それに』と続けた。


「彼女と、彼女のポケモン達を一緒に受け入れてくれる施設はあるのかい?」

「それは…なんとも、痛いところを突かれましたね……流石にあのレベルのガオガエン達は施設では扱いにくいです…ガオガエンとあのロコンはこの国では見ない種類のポケモンですし…彼女とポケモンをそれぞれの施設に預けるというなら、受け入れ可能な施設を探すことはできますが……それは…」

「そうだね、彼女達の精神面を考えても引き離すのは危険だろう…特に彼女のポケモン達は主人を守ろうと警戒を高めて殺気立っているし…下手をしたら施設で暴れて人を傷つけてしまうかもしれない…」

「そうなったら彼女のポケモン達は最悪処分となります」


カジッチュとピカチュウだけならユズキと一緒に入れる施設を探せるが、他の4匹も一緒となると話は別となる。
手持ちの数も問題だが、何よりガオガエン達のレベルが問題だった。
保護施設もある程度ポケモンを連れた人間の保護も可能だし、必ず施設には最低2人以上のトレーナーを配属させなければならない決まりがある。
でなければポケモンと一緒に保護は出来ない。
だが、トレーナーのレベルだってそれほど高いわけではない。
施設が求めるトレーナーとは、ポケモンの生態に詳しければ、トレーナーとして扱われる程度には条件が緩い。
だから、それ以上にレベルの高いガオガエン達は、主人と引き離されれば、他人の言うことは絶対に聞かない。
ポケモンセンターで調べてみたらガオガエン、ヌオー、ウォーグルはバトル用として良く育てられているだけあって一般的なポケモンとは対応が異なる。
人に危害を加えるつもりがなくても、最悪の場合、間接的に怪我を負わせてしまう可能性だってある。
被害によっては彼らは最悪…殺処分となってしまうかもしれない。
法に従う立場ではあるが、流石に人間の都合で作られたルールでポケモンが殺されると分かって目を背けることはできなかった。


「分かりました…上には真実を伏せて、うまく報告しておきます」


警官はカブの熱意に根負けした。
成人した女性とはいえ、警官からしたら少女に見えるのだ。
警官にも娘がおり、見捨てることはできなかった。
警官の判断にカブは両手を握り締め、礼を言った。


「ありがとう!彼女のポケモン達の登録申請は僕がしておくよ…無理を言ってすまなかった…本当にありがとう!」


警官は上への報告内容を考えながらも、カブにお礼を言われ握手までされて…ちょっぴり…いや、めちゃくちゃ役得だと思い、帰ったら家族に自慢しようと思う。

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