夜。
カブ達は軽い夕食を終え、あとはのんびりと過ごしていた。
アキが言いよどんだのは、しばらく木の実しか食べてきていなかったので普通の食事では胃がビックリすると伝えたかったからだ。
木の実しか食べていなかったと聞いてカブはどういう生活をしていたのかと思ったが、カバンにはスマホロトムどころかサイフすらないため、色々と苦労していたのだろう。
「ごめんね、男物の服しかなくて…休みを取ったから明日君の服や必要なものを買いに行こう」
アキはお風呂に入った。
久々のお風呂にアキは大喜びだった。
だが、恋人も妻もいない男の一人暮らしに女性用の衣服などあるわけがない。
下着はこの間新しいのを買っておいたのを使ってもらい、服も比較的新しいのを渡した。
身長に大差がなくても体格が異なり、そもそも服なども男女では作りが違う。
ダボダボになってしまうのは許してほしい。
暫く一緒に住むのなら色々買う必要があり、明日の休暇を貰ったのでショッピングに出掛けようと提案する。
カブの言葉にアキは戸惑う表情を向けた。
「でも…私、お金、ない…」
「気にしなくていいよ…僕はワイルドエリアで怪我をしたポケモンや迷子の保護もしているから経費で落ちるから」
ショッピングに出かけるのはいいが、アキは無一文だ。
女のお金はまだ残っているが、アルシオンから逃げるために女共々置いて行ってしまった。
本来なら警察に連れて行かれる身なのに警察から庇って保護してくれて、自宅で怪我をしたポケモンの療養さえも許してくれたのにそこまで迷惑はかけたくはなかった。
とはいえ、だからと言ってずっとカブの服を借りるのもそれも迷惑になる。
そう思い、経費で落ちると言う言葉を信じてコクリと頷いた。
頷いたアキにカブは続けて言う。
「それで…買い物にはもう1人来るけど大丈夫かな?」
「もう1人?」
「僕のジムで働いてくれる子なんだ…ほら…男の僕じゃ女性の必需品は分からないから…」
言いずらそうに答えたカブにアキは『あっ』と察した。
確かに男性では女性の必需品は分からないだろう。
カブに言い難い事を言わせてしまったとアキはコクリと頷いて了承した。
了承してくれたことに安堵したカブは、予定の時間を告げ自分もお風呂へと入りに向かった。
リビングへ戻れば、怪我をしているウォーグルとピカチュウを中心にポケモン達が集まってそれぞれ横になっていた。
彼らを踏まないよう気を付けながらウォーグル達の下へ向かい、アキのためにと空けてくれている空間に座って二匹を労わる様に撫でた。
『おやすみ』
今日まで色々あって疲れた。
カブにはもう休むことは伝えているし、ポケモン達に声をかけたアキはカブに与えられた部屋に向かいベッドに倒れ込むように横になる。
出るのは溜息に似た吐き出された息。
疲れた。
本当に疲れた。
「……………」
重い体をモゾモゾと動かして何とかベッドの中に入り込む。
意思が戻ってから初めてのベッドだった。
キャンプでは寝袋だったが、やはり布団というものに体を包まれるのは心地いい。
疲労もあってか、二日も寝ていたのにアキの意識は自然と落ちていく。
―――しかし、アキはパチリと目が開いた。
顔を上げると部屋は暗闇に包まれていた。
電気を消す元気さえもなかったのだが、恐らくカブが消してくれたのだろう。
時計を見れば、大半が眠る時間ではあるもののまだ夜中にもなっていない時間帯だった。
寝た時間は覚えていないが、そう長い間寝ていないのは分かる。
普段よりも早く寝すぎると中途半端な時間に起きてしまう現象のように、アキの眠りは浅かったようだ。
もう一度目を瞑ってベッドに大人しくしていても眠気が来なかったので、アキは諦めて枕と掛布を持って部屋を出た。
向かったのはリビングにあるポケモン団子。
アキはポケモン達に囲まれる形で横になった。
アキが来てくれた事が嬉しいのか、横になってリラックスしていてもポケモン達から喉を鳴らされた。
「きゅぅ」
「かじ…」
『しー…みんな寝てるから静かにね』
アキの気配に起きたロコンとカジッチュがノソノソとアキの方へ近づきコロンと寝転がる。
アキの身体にくっ付いて眠る二匹に、アキは愛おしそうに目を細め眠りに入ろうとしている二匹を撫でてやる。
すると二匹はアキの手に安心したのかすぐに寝付いた。
「ぴぃ…」
自分も寝ようとウォーグルとピカチュウの方へ体を向けて目を瞑ると、ピカチュウの声が聞こえ瞳を開ける。
ピカチュウは寝ていたがアキに気づいたのか眠気眼でアキを見つめながらソロソロと近づきロコンとカジッチュに混じってアキの傍に眠りについた。
怪我を負っているのだからクッションの上で寝てほしいと思うが、ピカチュウが自分の傍を望んだのならとアキは傷に触らないようにピカチュウを…ミュウを撫でる。
すると、バサ、と羽根の音が聞こえた。
そちらに視線をやれば、ウォーグルと目が合った。
先程まで眠っていた彼だったが、動く気配とアキに気づき目を覚ましたらしく、自分が怪我をしているというのに自身の羽を布団代わりに広げてアキとチビッ子達の上に被せてくれた。
それはよく彼がしてくれた行為だった。
『ありがとう』
怪我を心配しているが、彼の気持ちが嬉しかった。
仕方ないが、やはりポケモン達に囲まれると…彼らの傍にいると、落ち着く。
(わいるどえりあ…っていうんだっけ…あそこ明日行けないかな…)
目を瞑っても中々寝付かず、どうしても色々と考えてしまう。
アキはワイルドエリアに行きたいと思っていた。
しかし、警察が言うにはあそこは基本的に一般人は立ち入り禁止とのこと。
アキは傍にいてくれた女が気になって仕方なかった。
(…でも…カブさんが言うにはセレビィはあの日から10年も未来に渡ったって言っていたし…もういないかな…)
だが、カブ曰く、セレビィが助けに来てアキ達を10年の時を渡ったと言う。
セレビィが関わっているのならカブの言葉を疑う理由はなく、10年も経っているのなら女はとっくの昔にアキを忘れてしまっているかもしれない。
それに…
(怪我…大丈夫かな…誰かに助けられてたらいいんだけど…)
女の怪我を重傷と呼ぶのを、医療を齧っていないアキは知っている。
グチュグチュした膿と、酷い匂い。
拭っても拭っても溢れる血と汗、下がらない熱。
今でもはっきりと匂いや記憶が残って忘れられない。
自分という物を取り戻してからアキはずっと女を置いて消えたことを後悔した。
置いてしまったのは仕方ない事だし、ウォーグル達を責めるのはお門違いだ。
だが、後悔している。
(もしも…もし……探せるなら…いつか、会いに行って…お礼を…言いたい…な…)
会いたい。
会って、お礼を言いたい。
あの地獄のような場所から連れ出してくれてありがとう、と言って抱きしめたい。
そう望みながらアキの瞼が落ちていく。
ガオガエン達の傍にいると言う安心感から、アキはやっとうとうとし始め眠りについた。
「驚いた…こっちで寝ていたのか」
暫くして、カブの声がリビングに小さく響く。
喉が渇いたのでキッチンへ向かおうとリビングを通りアキのポケモン達の様子が気になり見てみれば、アキの姿があるのに気づいた。
部屋から枕と掛布を持参したアキとチビッ子達のためにウォーグルが羽を広げて天然の羽毛布団になってあげていた。
怪我し包帯を巻かれている痛々しい羽毛布団ではあるが、彼本人がそうしたいと思ったのなら、怪我を悪化させない限り止める理由はない。
ウインディ達はカブの手持ちだから彼が近づいているのに気づきながらも気にしていなかったが、まだ来たばかりのガオガエンとヌオーとウォーグルはカブの気配に視線だけを向けた。
彼らの視線にカブは『ごめんね、起こしちゃったかな』と小声で謝り、一応カブを信用しているのかガオガエン達は気に留めず眠りにつく。
(よく眠っている…それほど彼女はポケモン達を信用しているんだろうね)
ポケモン達を踏まないよう気を付けながらカブはアキの寝顔を覗き込む。
カブが来てもくうくうと静かに寝息を立て眠るアキにカブは安心したように笑みがこぼれる。
一度様子を見に部屋を除くと電気を付けたままベッドに潜り込んで眠っていた。
電気を消しても起きなかったが、消した際もぞりと身動きを1つした。
だが、今は身動き一つしていない。
それほど彼らポケモン達の傍が安心できて、深い眠りにつけるのだろう。
アキが安心して眠れるならそれでいい、と身を引いたカブは水を飲みにキッチンへ向かい、コップに水を注いで喉を潤す。
「…………」
カブは先ほどのアキとポケモン達の光景が消えない。
まるで彼女をポケモン達が守るように見える。
いや、そう見えるのではなくそうなのだろう。
カブから守るというわけではなく、ただの習慣…そして、獣の本能。
全てアキを守るため。
(野生のポケモン達もそうだった……セレビィも…)
野生のポケモンがああも集まることは見た事がない。
野生というだけあってそれぞれ群れがあり、縄張りがある。
縄張りに入った余所者は決して受け入れられず追い出されてしまう。
群れとは言うが、数十数百なんて数の群れはそういない。
少なくともワイルドエリアではそんな数の群れ…それもタイプの異なる群れなど存在しない。
そんな群れでもないポケモン達が集まり、アキを守っていた。
その光景はトレーナーならば異常としか映らない。
そして、セレビィ。
(セレビィは彼女に甘えていたし…アキ君はセレビィを家族と言っていた…)
セレビィは伝説のポケモンだ。
伝説のポケモンを家族と呼ぶ人間はそういないだろう。
手持ちを家族と呼ぶのなら多くいるし、なんならカブや他のジムリーダーだってそうだ。
ただ、手持ちを家族と呼ぶにしても、『ときわたり』をした後セレビィはカブにアキを預けたが、カブについてくることはなかった。
自分が稀なポケモンだと分かっているからかは分からないが、ならばあの時ガオガエンがセレビィをボールに入れろとカブに指示するはず。
なのについて来なかったということは…家族ではあるが手持ちではないのだろう。
(こればかりは考えても仕方ないか…)
事情を知らない他人が考えても、ヒントがないのに答えは出ない。
本人に聞くにしても、きっと彼女は話してはくれないだろう。
今の所アキはカブを信用してくれているようだが、話してもいいという信頼はまだ得られていない。
こればかりは時間をかけて彼女の信頼を得るしか方法はない。
それに、アキが知っている前提で話を進めているが、知らないということもある。
「―――!」
喉を潤してカブは寝室に戻るためにリビングに戻る。
何となくポケモン達に囲まれて安心しきって眠っているであろうアキの方へ視線を向ければ…カブはその光景にぎょっとさせた。
「ミュ―――」
驚きのあまり声が大きく出そうになった。
アキ達のポケモンだけではなく自分のポケモン達もピクリと反応したので慌てて口を手で覆う。
起きてこちらを非難交じりに視線を向けて来るポケモン達に『ごめん』と声にせず謝りながら、改めてカブはアキの方へとみる。
(やっぱり…ミュウだ…)
アキの腕の中にはミュウの姿があった。
仲間に囲まれて安心しきって眠るミュウがいた。
ミュウもセレビィと同じくカブの地方にも伝わる伝説のポケモンである。
(アキ…君は一体何者なんだ…)
セレビィとミュウ。
ポケモン達どころか、二匹の伝説のポケモンに好かれる人間はこの世界を探して見つかるだろうか。
少なくともカブは会った事はない。
ホップという博士助手となった少年のようにポケモンに好かれやすい人間はいるが、アキのように彼らから無条件の愛を向けられる人間はいないに等しい。
「み…」
カブの気配に気づいたのか、ミュウが寝ぼけ眼の目を擦りながらカブを見上げた。
ふぁ、と欠伸をするミュウの愛らしさに目を細め『おやすみ』と小声で言い、静かにその場を去る。
ミュウは目を瞬かせながらカブの背中を見送った。
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