(38 / 43) その生命に恋う (38)

朝。
アキは自然と目を覚ました。
静かに瞼を開け、身体を起こす。
怪我をしたウォーグルとミュウの方へと視線を向けると、彼らはまだ眠っていた。
アキが起きたと気づいたカジッチュが機嫌のいい声でアキの下へと駆け寄ってくる。
起きたばかりだからか、膝の上に乗って甘えるカジッチュをアキは寝ぼけた顔を浮かべながら撫でてあげると、更に嬉しそうな声を上げた。


「おはよう」


カジッチュの声に気づいたのかカブが声をかけてきた。
カブの声掛けに反射的にアキが何か言っていたが、カブには何を言っているのか分からなかった。
聞きそびれたというわけではなく、アキの国の言葉だったからだ。
状況からして『おはようございます』と言っていると思っていいだろう。
大きな欠伸を1つしながらアキは顔を洗うついでに持参した枕と掛布を持ってリビングから消えた。
寝ぼけていたアキが戻って来た時にはすでに眠気も覚めて戻って来た。


「えっと…お、は、よ、う」


戻って来たアキはカブに何か言おうと口を開ける。
だが、すぐに口を閉ざしてしまった。
昨日、何かしてしまったのかとカブは思った。
下心がなかったとはいえ流石に年若い女の子にグイグイいき過ぎたかとヒヤリとさせた。
しかし、アキの様子からそれは違うと気づく。
カブはアキが何を伝えたいのか待つことにした。
しかし急かさず待っていると、拙い言葉で朝の挨拶を口にした。
どうやら挨拶をしたかったが、単語が思い出せなかったらしい。
自信がなかったのか、カブを見る目が『これで合ってる?』と言っているような気がしたので笑顔で『おはよう』と返し、合っていることにホッと笑みを浮かべた。


「お米は平気かな?」


言語がまだ不自由なアキのためにカブはゆっくりと言葉を継げる。
『米』はダンデ達とのキャンプで覚えたので頷く。
それに、米はアキの国民食でもある。
出されたのはおかゆだった。


「ちょっと多すぎたかな…残しても大丈夫だからね」


本当はパンや普通の米でも良かったが、アキは保護されるまで木の実のみしか食べていない。
昨夜胃に優しい食事を取らせたとはいえ、まだ胃は慣れていないだろうという配慮でおかゆにした。
おかゆと言ってもそこまで煮込んではおらず、昼食には胃に優しい店にするとしても固形物も食べれるだろう。
おかゆはスープのように煮込むため、少量作ってもふやけた米で量が増えてしまう。
アキに合わせてカブも同じ料理を食べているため、残してもカブが食べれる。
残すという意味を知らなかったため教えれば『大丈夫』と答えた。
出された量なら、アキも食べれる。
それに木の実ばかりだったため、普通の食事が嬉しかった。


「久々に人間の食事、嬉しい…」


ポケモン達はアキのために木の実を採ってきてくれた。
彼らの気持ちを無下にできないし、彼らの気持ちはアキも嬉しかった。
だが、アキは人間だ。
人間の中に菜食主義がいるが、人間はそれだけでは生きていけない生き物だ。
その生活をしていけばアキはいずれ栄養失調となり弱まり…最悪、死んでいただろう。
この世界はポケモンと共存しているが、人間の食事もポケモンだ。
自分を食べてと名乗り出てくれた子をアキは無下には出来ない。
食べてくれというのなら、彼らの気持ちを受け取り食べなければならない。
彼らの愛を拒んではいけない。
それもアキの身体の中にある絆の一つだ。
愛され、そして愛する。
自分とポケモン達はそういう関係である。
とはいえ、それとこれとは違う。
アルシオンから反転世界に匿われたアキの食事はガオガエン達が表の世界にわざわざ取りに行ってくれた。
反転世界で簡単に火を起こせないためどうしても料理の必要のない木の実と水しか選択肢がなかった。
だから反転世界にいる間は木の実しか食べれなかったアキは久々の人が食べるために作られた材料と料理に心が弾んだ。
ポケモン達が与えてくれる物が悪いというわけではないのだが、流石に木の実と水だけでは生きて行けるか不安だった。


「待ち合わせは10時からだから家を出るのは9時半くらいにしよう…それまでゆっくりしよっか」


朝食を食べながら言われた言葉にアキはゆっくりと意味をくみ取り、コクリと頷いた。
意味が通じたと安堵しながら、2人はポツポツと会話をぎこちなくとも広げ、時間まで穏やかな時間が流れた。


「そろそろ出掛けようか…準備は大丈夫かな?」


アキはカブに声を掛けられるまで療養しているウォーグルとピカチュウの傍に寄り添っていた。
その周りにはカブとアキのポケモン達も集まっており、アキがどこかに留まるとたちまちポケモン達が集まり、アキを餡にポケモン団子の出来上がりだ。
気配るように彼らを撫でていると時間が来たのかカブが声をかけてくれた。
アキはコクリと頷き『行ってくるね』と短く声をかけ、カブと家を出る。
アキの傍にはガオガエンとヌオーがボールに入ってついて来ており、まだボールがないロコンとカジッチュはお留守番となっている。
とはいえ、保護すると決めて昨日今日なので、まだガオガエン達の申請は出していない。
今日、買い物が終えた後にでもしようと思っているが、所詮お役所仕事なので数日…最悪数か月はガオガエン達は家以外でボールからは出せない。
ただ、今日はカブが保証人として特別に手持ちに入れる許可はある。
家にピカチュウ達を置いて行くので、彼らが不安にさせないようカブもウィンディとマルヤクデだけを連れて外出することにした。
コータス達はお留守番兼残されるウォーグル達の世話を頼んだ。
準備はすでに終えており、化粧道具もないので女特有の準備時間も必要はない。
服装は女性ものがないためカブの服を着るしかないのだが、上はどうにかなったが、ズボンは大きすぎるためベルトもアキでは細すぎて役に立たず、結ぶことでずり落ちるのを阻止していた。
ファッション評論家が見ればボロクソ言われる格好だが、見逃してほしい。


「世間は連休だからかな…いつもより人が多いね」


世間は連休。
その影響か、エンジンシティは他人で溢れていた。
人の多い所は経済を生むため、イベントなどで賑やかさを見せていた。
待ち合わせは、街の人もよく待ち合わせにしている噴水。
その噴水も人が多く、待ち合わせ時間の数分前に到着しているので人並に紛れないよう気を付けて待ち人を待とうとした。
丁度1人分のベンチが空いたのを見て、まだ病院から退院したばかりなアキを座らせようとしたとき声を掛けられた。


「あっ!カブさん!こっちです!」


女性の声にアキはそちらへ視線を向けた。
そこには肌黒の女性がカブを見つけ笑顔で手を振っていた。
カブはアキを連れてその女性の下へと向かう。


「すまない、遅れたしまったようだね」

「いえいえ!私も今来たので気にしないでください!」


常套句ではあるが、現在は集合時間の数分前だ。
それに、女性の言葉に嘘はなく、女性も数分前に来たばかりである。


「アキ、彼女は昨日言っていた女性だよ…ルイと言うんだ」

「初め、まして…えっと…アキです…」

「初めましてアキさん!私はルイと言います!今日は楽しみましょうね!」


ある程度の情報や事情はカブから聞いており、ルイはカブの配慮から自分が呼ばれた。
休日を潰して申し訳ないと言われたが、困っている人の助けになるならと二つ返事で承諾した。
手を出して握手を求めると、アキは恐る恐るとルイの手を取って握手をする。
その手慣れていない様子から、カブのように握手などの挨拶をしない国から来たのだろうと分かる。
もしかすると、ただ単純に警戒心が強い子か、人見知りなのかもしれないが。
ひとまず初対面は問題なく終わり、カブはホッと安堵する。


「じゃあ、僕はあっちから周るよ…ルイ、アキ君を頼むね」

「はい!お任せください!」


アキはルイと共に服や女性の必需品を求めて周り、カブはそれ以外のアキの必要な物…例えばタオルや食器、食料などを求めて周り、二組になって別れることになった。
昼になったらここで一度集まって昼食を共にし、買い物が終わっていなかったら続けて買い物を続ける…という予定である。
じゃあ、とルイにアキを任せカブは2人と別れて人混みに消えた。
その手にルイとアキが振り返したが、アキは少しルイと2人きりにされる事への緊張と気まずさに顔が引きつっていた。
しかし、ルイがせっかくの休日を裂いてまで自分のために来てくれたのは十分理解している。
顔を引きつらせるなど失礼な態度はするべきではない。


「じゃあ…んー、何から見ようかしら…要望はある?」


改まった態度はやめよう、という言葉にアキは頷いて同意する。
アキは究極的な人見知りではないので、改まった空気よりも楽しく気軽な雰囲気で過ごす方が落ち着く。
見たい物の希望はあるのかと聞かれて考え、アキはまずは『下着が欲しいかな』と呟いた。


「ならそうね…」


下着からというので、下着専門店を思い浮かべる。
カブからカードを預かっており、お金はカブから出されることになっている。
人の金だからと高い物は変えないが、だからと言って自分の物ではないので安物も避けるべきだろう。
無理な金額ではない店の位置を思い浮かべ、アキと共にその店へと歩き出した。


「アキさんって22歳なの!?全然見えない!」

「そうかな…あ、でも、私の国、幼い見えるって有名」


話の中で年齢の話題になった。
年齢はデリケートな話題の一つだが、下着や衣服を選ぶ際にどの年齢層のモノを選ぶのかで必要ではあった。
ごめんね、と前置きをしてアキの年齢を聞くとルイは驚いた声を上げた。
アキ曰くアキの国では外国の人から幼く見えると有名だと言えば納得した。


「カブさんも同じなのよね…あの人、未だに年齢確認されるようなのよ」


似た人種だからか、アキから見るカブはそんな年齢には見えない。
だが、ルイ達からしたらアキもカブも、幼く見えるのだろう。
自分達の人種が若く見えるのは有名なのだが、実際自分がそう言われる側となると違和感しかない。
あまりピンときてないので愛想笑いを浮かべるだけにしておく。

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