アキはあれから色々な手続きを終えた。
カブが後見人となり、成人養子の制度を利用してカブの養子としてこの世界で生きる権利を与えられた。
ただ、問題なのは言語だ。
この世界では言語は国によって異なるが、基本は共通言語を使用している。
だが、この世界で育っていないアキにその知識はない。
ダンデの絵本や、教えてくれるカブのおかげで片言だが話せるし何とか四苦八苦しながらも通じてはいる。
衣食住と戸籍の問題が解決したアキがまずすることは、言葉を覚えることである。
この世界にアキの身内もアキの知る言語の国がない以上、そしてこの国で生きることにした以上は、言葉が通じないと言って甘えてはいられない。
「えっと…店員さん…」
この日、アキは買い物に出かけていた。
買い物はカブと休日に行く事もあるし、覚えた言葉が増えてきてからは一人で出かけることもあった。
勿論、護衛としてピカチュウに扮したミュウと、ロコン、カジッチュが付いて来ており、モンスターボールにはヌオー達がいる。
ヌオー達はカバンに入れてはコロコロ転がってしまうからと、カブが買ってくれたボールホルダーに付けて連れている。
今日は空になった調味料を買いにスーパーに出ていた。
カブの出身地はホウエン…アキの国で言えば、九州あたり。
アキは九州ではないが、口は殆ど同じだ。
そちら方面に強いスーパーはこの世界にも存在しており、すでに慣れたようにスーパーに入店したが、目的の品物が見つからない。
滅多に減らない調味料なので、まだ慣れていなかった。
店員を探すと、すぐに見つかる。
「あの…」
「はい!あ、アキさん!どうしたました?」
この店は大型ではなく、小さなスーパーである。
ガラルにカブやアキのような人種は少なく、繁盛してはいるが流石に大型スーパーほどの規模では採算が合わない。
そのため、地域密着型が多く、カブが贔屓しているのもあり、アキの顔も知っていた。
店長も同じジョウト地方出身というのもあり、カブと仲が良く、カブから『事情があって娘に迎え入れた子だ』と紹介された。
言語がまだ不自由だから迷惑かけるだろうけれど一人で買い物もさせるつもりだからよろしく、とも言われているので、アキの伝えたいことをしっかりとゆっくりと聞いてくれる人達だ。
この日も、欲しい品物を片言で必死に伝えようとするアキに耳に傾け、『それなら』と案内してくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして!ふふ、アキさん、こちらの言葉が、うまく、なりましたね」
アキのためにゆっくりと聞きやすく話してくれる店員の言葉に、アキは目をパチパチと瞬かせたが、『本当?嬉しい』と笑った。
少し会話を広げた後、会計を済ませ、アキは軽い足取りで店を出た。
嬉しかった。
最初は頑張っても通じなかったのに、褒められたのだ。
上手くなった=正しい発音、とは違うが、それでも会話のキャッチボールが出来るほど上達したと褒められて浮足立たない者はいないだろう。
主人の気分に同調するように、足元にいるミュウ達も嬉しそうにして歩いていた。
「アキ!?」
店員に褒められたとカブに教えたくて、『早く帰ってカブさんに教えたいね』とミュウ達に言いながら歩いていると、後ろから名前を呼ばれた。
聞き慣れない声に、恐る恐る振り返ると―――褐色の肌に、優し気な垂れ目の長身男性がいた。
男性はこちらを指さしており、驚いている表情を浮かべていた。
アキは見覚えがあるような…しかし、こんな長身の外国人など知り合いにはおらず、首をかしげていた。
男性は人に囲まれていたが、周囲の不思議そうな視線など気づかず、真っ直ぐアキを見つめており―――なぜかこちらに駆け寄ってきた。
突然知らない男性に駆け寄られ、アキは『えっえっ』と困惑して固まっていると、足元にいたミュウ――ピカチュウがアキ達の前に出て、パチパチと弾ける電気を纏い唸り声を零した。
その間に、アキはしゃがんで男性を睨むロコンとカジッチュをカバンに入れる。
まだ彼らは兄達のようにレベルは高くなく、ロコンは生まれたばかりでバトル育成はされていないため1レベル、カジッチュは17レベルだ。
それに気づいたらしい男性がハッと我に返りその場に立ち止まり、手を上げて敵意がない事をピカチュウ達やアキに見せた。
「あー…すまん!突然で驚いたよな!あんた、アキだよな?」
「……えっと…」
腰にあるホルダーのボールが揺れるのを感じる。
おれたちはいつでも出れるぜ、という意思表示と、アキを安心させるためだ。
アキはロコンとカジッチュが入ったカバンをギュッと彼らが苦しくないよう抱きしめながら後ろへ後退る。
後退るアキに気づいて男性は慌てた。
「おれ!おれ覚えてないか!?キバナ!!」
「きばな…さん…」
「ほら!!子供の頃一緒にカレーを作って食べただろ!カジッチュも覚えてないか!?」
覚えていないわけがない。
だって、この世界で『彼』の次に友達になってくれた子達だ。
忘れるわけがない。
だが、そうはいっても、彼とあの子は背丈も年齢も違う。
アキの知る『キバナ』は確かに背丈のある子供だったが、それでも成人と見間違えるほどではない。
「かじ?」
自分の名前を呼ばれたカジッチュがカバンからひょこりと顔を出した。
顔を出したカジッチュに男性は『おれ!俺だよ!覚えてるだろ!?』と自分を指さして何度もアピールする。
そんな男性にカジッチュは首をかしげたが、アキはふと思い出した。
「あ、キバナ君…?」
思い出したのは、カブやポケモン達から聞いた、セレビィによって10年後に飛ばされたというものだった。
10年後なら、目の前の男性があの子供のキバナだとしても可笑しくはない。
思い出したような声で名を呼ぶアキに、キバナは不安そうだった表情をパッと笑顔に変えた。
「そう!キバナ君!!思い出した!?」
「うん…おっきくなったねぇ…」
子供の頃も背が高かったが、大人になって更に背が伸びたらしく、アキやカブなどの地域の人よりもガタイや背に恵まれているガラル人でも大きい部類になるだろう。
アキが警戒を解いたことを察したミュウは警告のために弾かせていた電気を止め、アキの肩に乗る。
わぁ、と見上げるアキと肩に乗っているピカチュウに扮したミュウに、キバナは二パッと人好きの笑みを浮かべた。
「なあ、ちょっと話がしたいんだけど…時間大丈夫か?」
色々話したいことがあるのは、キバナもアキも同じだ。
そう問われ、アキは時計を見る。
時間はすでに夕方になっており、スーパーに出かけたのも料理途中で調味料が足りないからだ。
アキはどうしようかと悩む。
「うーん…ごめんなさい…『えっと』……ごはん、作る…したいです…」
「あっ!そっか…もうそんな時間か…」
出掛ける前にカブから帰るという連絡がきたので、キバナと話す時間はそう長くは取れない。
一人暮らしなら構わないが、一緒に住んでいる人がいるなら、それは難しいだろう。
キバナはふと気づく。
「ん?ご飯作るって…こっちに住んでるのか?」
キバナはアキを旅行者だと思っていた。
子供の頃に両親の出張について行ったことのある土地を、成人してあらためて旅行者として訪れたのだと考えていた。
とはいえ、旅行先で料理をする人はあまりいない。
滞在期間によっては自炊することもあるが、たいていは店で食事を取るものだ。
その為、キバナは首を傾げた。
そのキバナの問いにアキはコクリと頷いた。
「えっと…少し…『うーん…なんて言ったらいいんだろう』……えーっと…理由、ある…から、子供、なって、こちら、いる」
「ん???子供…?」
「うん、子供」
アキの言う『子供』とは『養子』の事を指す。
だが、アキは養子という言葉はまだ覚えていない。
そのため、養子から娘、娘から子供、となった。
このせいで認識の違いが誤解を生んでいるとも知らず、アキは口を開けて唖然とするキバナを不思議そうに見上げていた。
「……………そうか…そっか…そうなんだ…子供…」
「うん」
「いや、いいんだ…そうだよな……あれからもう10年だもんな…普通なら家族いるもんな…」
「うん…?」
「…………アキ…」
「うん」
「最初に会ったのが俺で良かったな」
「??―――うん、よかった」
ガシリと両肩を掴んで力説するようなキバナの言葉を、アキは正しく理解していない。
キバナに会えたことが嬉しいのか、アキは笑顔を浮かべる。
再会を喜ぶアキの様子に、キバナは何とも言えない表情をしながら、引きつった笑みを返すことしかできなかった。
そのやり取りにミュウは『あ、これすれ違ってる』とすぐに気づくが、それを修正してやる義理はないと何も言わないでおく。
ミュウは人とも友好的ではあるが、あくまで、愛し子第一である。
お互い気づかないまま、すれ違いの空気を漂わせていた時、アキのカバンからロトムが出てきた。
「アキ!カブが心配して電話してきたロト!」
ロトムはカブが買って与えてくれたものだ。
アキのいた世界でいうスマホというものだが、この世界では、そのスマホにロトムというポケモンが入って人間の手伝いをしてくれるものである。
ただ、アキがスマホを購入する際に問題があった。
ロトムがアキの購入したスマホに入りたがってバトルが始まったのだ。
結局、人間はバトルの激しさに止めることもできず、血で血を洗う末の戦いを経て、このロトムはアキのスマホロトムという座を勝ち取った猛者である。
勝者の着信音を奏でながら、ロトムはカブからの着信を知らせた。
「あっ!もう、時間?―――キバナくん、少し、ごめん」
「え、あ、はい」
キバナはロトムの言葉を聞いてから終始『????』が頭上に浮かんでいた。
『カブ…?カブって言ったか???え???カブって………あの、カブさん????』状態のキバナは電話に出るためにひと言断るアキに訳が分からないまま頷いた。
キバナの『こんらん』など気づかないアキは『ありがとう』とお礼を入った後、数多くのロトムから愛し子のスマホに入る権利をもぎ取ったスマホロトムで通話を押した。
「もしもし」
≪もしもし?アキ君、大丈夫かい?≫
よほど心配していたのか、『どうした』と聞かず『大丈夫か』と問いてきた。
帰る際には連絡を入れるカブだが、連絡を入れた後で、アキは調味料が切れているのに気づき出かけた。
スーパーは自宅と近いが、先にカブが帰ってきた時に心配させてしまうと、テーブルに置手紙を残してきた。
それは帰宅したカブも確認して留守番のポケモン達と待っていたが、遅いからと心配になって電話してきたらしい。
「うん、大丈夫……友達、会う、して…お話、した」
≪…友達?≫
「うん、キバナ君」
≪キバナ…くん…≫
カブ達からのアキへの認識は、セレビィによって10年後に『時渡り』した巻き込まれた人だ。
家族もいないと本人から聞いていたし、外国人なのは確かなため、急に現れた『友達』という登場人物にキバナ同様『こんらん』した。
急に黙り込むカブに、アキは首をかしげていたが…
≪アキ君≫
低い声。
その声は怒りとも捉えられるほど固く、アキは思わず『は、はい』と畏まって返事をしてしまうほどだった。
≪迎えに行くから、ボールからポケモン達を出して待っててくれるかな?≫
「え、でも…カブさん、疲れてる…」
≪大丈夫だよ、今日は事務仕事だけだったから―――それよりも、ぜっっ(略)っったいそこから動いたら駄目だからね?≫
「は、はい…」
有無を言わさない言葉と声に、アキはカメラ電話ではないのに頷いて返した。
ブツリと通信が切れたのと同時に、腰にあるホルダーのボールからガオガエン、ヌオー、ウォーグルが現れ、カバンからもひょこりとロコンとカジッチュが出てきた。
この地方では珍しいガオガエンの登場に、その場は一瞬、騒めいだ。
ガオガエンは相変わらず仏頂面で主人を守る様に二人の間に入りキバナを睨むように見下ろす。
ガオガエンがグルルと威嚇するように喉を鳴らし、アキの傍にウォーグルとヌオーが守るように立つその姿は、10年前と変わっていない。
その懐かしい光景にキバナは、張りつめていた気が緩むのを感じた。
「はは、変わらないなぁ、お前ら」
笑いながらの言葉に、ガオガエンは『ガル』と鳴いて返した。
ガオガエンの影になって見えなくなったアキに、キバナはひょこりとガオガエンから顔を覗かせ、近くのベンチへ指さす。
「ファンと話してたとこだったから、終わるまでアキはあっちで座って待っててくれないか?」
スマホロトムから聞こえた声からして、カブという名の人物は、キバナが考えている通りの人物なのだろう。
なら、詳しい話が聞きやすいとキバナは判断した。
キバナも仕事を終えてこの近くの店に買い物に出かけていたが、ファンに捕まってしまった。
サインや写真のファンサをしていた最中にアキと再会したのだ。
『ファン?』と思ったが、アキは深くは聞かないことにし頷いてキバナの提案を受け入れた。
「おっと、その前に…俺のポケモン達の面倒も頼む」
そう言って、キバナはフライゴンとジュラルドンを出した。
面倒、とは言ったが、護衛だ。
ガオガエン達が頼りないわけではないが、アキを一人で待たせる心配はキバナにもあった。
10年ぶりの再会に、二匹は嬉しそうな声で鳴き、アキにすり寄る。
ガオガエンの人間には狭い心も、ポケモンでは心も広くなるらしく、微笑ましそうに見守っていた。
アキはポケモン達と共に指さされたベンチに向かって歩きだすと、ポケモン達がアキを追いかける。
周囲を大きい体のポケモン達が固めているため、その光景はまるでアキがポケモンに引きずられるようにも見えるな、とキバナは思いながら質問詰めしてくるファンを慣れたように交わしていった。
40 / 43
← | top | list | →
しおりを挟む