(3 / 43) その生命に恋う (03)

女は鳥ポケモンの声に起こされ、目を覚ます。


(ここ、どこ…)


寝ぼけているのか、目を開けて飛び込んできた光景にぼうっとさせながら首を傾げた。
しかし、昨日の事を思い出したのか飛び起きた。


「そ、そうだった…私ついに教祖様のお世話係になったんだった!」


飛び起きた女の頭は一気に覚めた。
女は入っている教団のトップである教祖の世話役として抜擢された。
それは全て女の努力の賜物である。
目覚ましがないのは、ほんのわずかの音でも教祖に聞かれないようにという配慮からだ。
女は窓を見る。
まだ外は日が昇っておらず、薄暗い。
しかし、雪は止んでいた。
とはいえ、今は冬の季節であり雪深い場所にあるため雪が降ろうと止もうと寒いものは寒い。


(教祖様はこの寒さ大丈夫かしら…)


はあ、と息を吐けば室内というのに白い息が吐き出された。
女はこの地方の出身ではなく、比較的暖かな気候のアローラの出身者であった。
そのせいで特に冬は寒さが強く感じる。
だから、心から慕い強い信仰を向ける教祖が寒さに震えていないか心配だった。
しかし、心配していても女は教祖に出来ることは暖炉に火をつけることだけだ。
教祖の顔どころか、教祖に関わる事は禁じられている。
女は服を着替えるため、寝間着を脱ぐ。
今まで暖かい布団の中にいたせいか、冷たい空気に肌が晒され女はブルリと身震いしながら服を着替える。


「よし!今日も頑張ろう!」


腰に3つのボールを付けたベルトを腰に巻くと着替えは終わる。
寒さで引きつりそうになる顔をパシンと叩いて一喝し、扉を開ける。
この扉を開け、一歩教祖の部屋に入り込めば、女はトレーナーでも信者でもなく…ただの肉壁となる。
世話役とはそういう事だ。


(さむっ)


部屋に入ると、まず寒さに腕を摩る。
教祖の部屋というのもあって作りがしっかりしているため、自分の部屋に比べて寒さは和らいではいるが、何度も言うがアローラ地方出身者には寒いものは寒いのだ。


「ガオガエン、お願いね」


ボールからガオガエンを出し、暖炉に火をつけてもらう。
教祖が眠っているため、小声で指示をする主人に従ってガオガエンも小さく鳴いた後、調節された炎を暖炉に向かって放った。
ぼっと音と共に、昨夜寝る前に補充していた薪がガオガエンの火で燃えた。
火掻き棒で位置を変えながら室内を暖かくするために火が灯っている薪を動かす。
満足する位置に薪を動かした後、女は隅に控えるように立つ。
まだ早朝なため、今は仕事がないのだ。


(教祖様、ずっと寝たきりだしなぁ…)


想像していた世話役とは全く異なり、少々残念に思う。
使用人のように主人の身の回りの世話や掃除などを想像していた。
しかし、教祖はあれから一度も目を覚まさず、女は教祖に声を掛けられる事も、教祖の姿も見ずに終わった。
しかし、だからと言って幹部たちにそれを疑問をぶつけてはいけない。
世話役は言葉通り、世話をしもしもの時は教祖の肉壁になるためにいる。
教祖が一日眠っていようと、それを疑問に思わず、ただただ自分の役目を果たすだけを考えなければならないのだ。
とはいえ、駄目だと言われると逆に気になってしまうのが人間である。
女は隅に立ちながらチラチラと教祖の寝ているベッドを見る。
教祖の寝るベッドはそれはそれは立派だった。
王様のように天蓋付きの美しいベッド。
その天蓋カーテンも本来は絹などの半透明な布に覆われて入るのだが、教祖の天蓋はベッドが覗けないようにという配慮なのか、部屋と入口を隔てるカーテンと同じ生地と模様が描かれている物がかけられていた。
その為女はまだ教祖の顔も声も気配も感じたことはなかった。
まだ見ぬ教祖の姿をいくつか想像してはこれは違うかな、こうだったらいいな、と一人妄想に耽っていた。


「失礼します」


すると、男性の声がし、ぼうっとしていた意識を取り戻す。
その声に女は慌てて入口と部屋を隔てているカーテンの前に立つ。
この部屋に入ってくる人間を迎えるのも世話役の務めであった。
カーテンを開けて入ってきたのは2人の男女だった。
白衣を着ており、科学部の人間だとすぐに分かった。


「何か問題は」

「ない」


世話役とはいえ、幹部なのは変わらない。
教祖に関わる人間は全て幹部の中でも地位が高い者たちなので、女も、質問をした男も、同じ地位にいるため、女の元上司のように元々敬語が口癖ならまだしも、そうでないなら敬語は必要ではない。
問題、とは教祖の事だ。
教祖に危害を加えようとする者はいなかったか、教祖の容態に変化はなかったか――一言に色々な意味が込められていた。
女も一言で答え、その答えに男は『まあ当たり前だろうな』という顔で頷く。
男が女の横を素通りしたのと同時に、女は自分の部屋に戻っていった。


「見張りをしろ」

「はい」


男は女が部屋に戻ったのを見送った後、後ろに控える助手に女の部屋の前に立つよう命ずる。
その命令に頷き、助手の女性は女の部屋の扉の前に向かい合うように立つ。
それを確認した男は、天蓋のカーテンを静かに開け、ベッドに入り姿を消した。

―――ガチャリ、と女は鍵をかけ、ベッドに座る。
女は教祖の世話役だ。
しかし、男の仕事に立ち会うことは許可されていない。
教祖は徹底して幹部達を含んだ信者達に姿を見せることを拒んでいるようだった。
男は化学部門の人間ということしか知らないため、、世話役という教祖と一番近いはずの女を差し置いて何故科学者である男が教祖と対面できるのか。
疑問と嫉妬が女の中に渦巻く。


「はあ…駄目ね…こんなんじゃますます教祖様のお世話係失格だわ…」


あの助手は男の部下であり、教祖の部屋に入る事を許可されているのだからエリートなのだろう。
ただし、あの助手も教祖と対面することは許可されていない。
嫉妬で狂いそうになる自分に気づき、女は深呼吸する。
冷たい空気が体の中に入ってきて冷静を取り戻した。

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