(5 / 43) その生命に恋う (05)

女は一度部屋に戻り、必要最低限の物をカバンに詰め込んだ。
急いでいるため入れ方が雑になってしまっているが、今は気にしている暇はない。
普段誰も寄り付かない部屋だとしても、早いに越したことはない。


「よし!」


とにかく適当に入れたカバンを肩にかけ、女は部屋を出た。
しかし…


「家出でもするつもりですか?」

「―――!」


待っていたのはポケモンと眠る少女―――だけではなく、数人の信者達だった。
制服からして警備隊であることが窺えるが、その先頭には上司の男が立っていた。
その隣には警備隊のトップである女性が女を睨みつけており、その手にはボールが握られている。
女は驚いた表情を浮かべており、その表情で男は女が何を言いたいのか分かった。


「教祖様の世話役だからと特別だとでも思っていましたか?残念ながら世話役と言えど教祖様のお傍に人間を置いておいて放っておくほど我々は教祖様を蔑ろにはしていませんよ」


そう言って男はパチンと指を鳴らす。
するとヤミラミが一匹姿を現した。
ヤミラミが主人…男の元に戻っていくのを見て女は全てを察する。


「なるほど…私は見張られていたってことね…もしかして怪しまれてたのかしら?」


この教団は大きくなり、それに従って信者も増えていった。
悪いことをしていないのだからスパイなどあり得ないとは思っていたが、少女の腕を見てそうは思えなくなった。
そもそも宗教団体に化学班がある時点で怪しいだろう。
だから女は最初からスパイや警察だと怪しまれていて、今まで試されていたのだと思ったのだ。
しかし、以外にも男からの返答はNOだった。


「違います…教祖様の部屋には必ず見張りを用意していました…教祖様に仇名す者が外から来るとは限りませんしね」


どうやら、見張りはただの保険だったらしい。
やはり目の前の男は教祖と自分以外…いや、恐らく自分さえも信用していないのだろう。
しかし、今回ばかりはその男の疑り深さが正しかったと言えよう。
こうして女は教団から少女を奪おうとしているのだ。
用心深い男に女は舌打ちを打つが、ふと疑問が残る。


「この子が教祖様というのは本当なの」


女の問いに、男がピクリと反応を示した。
傍にいる警備担当の女性が怪訝とした表情を浮かべているので、男は教祖の顔を知っている数少ない一人なのだと気づく。
男は冷たい瞳の色を更に深くさせ、不機嫌そうに声を低く唸る。


「やはり教祖様のお姿を拝見されましたか…無礼にもほどがある…」

「あの子の腕はなんなの!!どうしてあんな注射痕があるの!!あの子はまだ子供よ!?あなた達はあの子を使って何をしているの!!」

「それを貴様が知ってどうする…どうせここで終わる命なんだ…知っても無駄でしょう?」

「…っ」


男の中ではすでに女は処分対象である。
女が教祖である少女を見たという事は腹立たしいが、処分してしまえばこのフツフツと湧いた怒りも収まるだろう。
そう思い、ボールからシャンデラを出す。
それを合図に、集まっていた警備隊もそれぞれのポケモンを出してきた。
女は向けられる殺意に息を呑む。
女一人に対し、相手は5人以上。
タイプも違うポケモンが主人の前に出る。
多勢に無勢とはこの事を言うのだろう。


「ガオガエン!ヌオー!!」


女はトレーナーではない。
最初はトレーナーを目指していたが、随分と昔にその夢も諦めた。
才能がなかったのだ。
バトルへの才能が、そして、育成の才能が。
だから、指示も二匹が限度だった。


「ガオガエン『つるぎのまい』!ヌオー『どくどく』!」


ガオガエンの特性である『いかく』で、その場にいるポケモンが怯んだ。
その隙にガオガエンは物理技の強化を行い、ヌオーが傍にいたポケモンを毒状態にした。
相手も負けてはおらず、一斉攻撃を繰り出したり、補助に回ったりと、その場は一瞬にして戦場と化した。
女は慣れないバトルでも必死だった。
この戦いに勝てなければ、少女は…教祖は一生この教団に縛られる。
うまい汁だけを搾り取り、少女は死ぬまでこの教団に縛り付けられるのだ。
女は熱心な信者だった。
教祖か疑っていた心などすでになく、今は慕う教祖を救えるのは自分だけなのだという正義感で震える足で必死に立ち向かっていた。


(くそっ…!やっぱりこの数に二匹だけなのは私には無理だわ…!少しでも隙があれば…!!)


やはり多勢対二匹は無理があった。
ガオガエンとヌオーは頑張ってくれているのに、主人である自分が心折れるわけにはいかない。
そう思っていても女の実力では逃げ出す隙どころかギリギリに対抗するだけが精一杯だった。
自分にもチャンピオンのような実力があれば…そう思っていた。
しかし、才能はなかった女にはこれが限界である。
女は男達に気づかれないように窓を小さく割り、そして―――


「みゅーーーっ!!」


女の動きに気づいていない男達は、優勢というのもあり余裕を持ちながら女の手持ちのポケモンを一気に鎮めようと畳みかける指示を出そうとした。
その瞬間、女とガオガエンとヌオー達の前に透明な輝く光の壁が現れ、一瞬にして消えた。
それにその場にいる全員が呆気に取られている間に、もう一度光の壁が現れては消えた。
女が指示したわけではない。
あれは『ひかりのかべ』と『リフレクター』だ。
その技は二匹は持っていないし、男達も驚いているということは彼らが指示したわけではないのだろう。
そもそもあちらが指示したとしたら、女達にかけるわけがない。
全員が呆気に取られていると、頭上からあのポケモンが現れた。


「みみ!みゅ!!」

「あ、あなた…!」


薄い桃色の体は黒一色のこの部屋には浮いて見える。
ポケモンは女達を守るように人間の視線のところまで下がり、何かを訴えるように男達に向かって鳴いていた。


「なんだこのポケモンは…」

「新種!?あいつこんなポケモンを持ってたってこと隠してたの!?」


男と警備隊の女性が困惑を隠せない表情を浮かべ、ポケモンを見ていた。
後ろにいた信者達もガラル地方では見た事のないポケモンに困惑を隠せない。


(!――今の内ね!)


がう、と小さい声で鳴き声が聞こえ、女はハッと我に返る。
声の方へ視線を向ければ、ボロボロな体をそのままにガオガエンがチラリと主人を見ていた。
その意味を女はすぐに気づく。
新たに現れたポケモンに気を取られている間に、女は気づかれないよう静かにベッドへと向かう。


「!――待て!!」


やはりそれに気付いたのは、神経質な元上司である男であった。
男は視界に少女が眠る天蓋に入り込む女に気づき、止めようと動く。
しかし、それを女の手持ちであるガオガエンとヌオーに止められてしまう。
攻撃しようにも、ポケモンが掛けた『ひかりのかべ』と『リフレクター』によって阻まれてしまうのは目に見えている。
それに大技をこんな狭い部屋で放つわけにはいかず、更には攻撃しようにも攻撃を向ける方向には教祖がいる。
教祖を傷つけるわけにはいかないため、どうしても手が出せなかった。
そうこうしているうちに女が天蓋から出てきた。
その腕の中にいる少女を見て男は頭に血を上らせた。


「貴様…ッ!!!その方に触れるな!!!貴様のような低俗な輩が触れていい御方ではない!!!」


少女は、確かに教祖であった。
ずっと探していた少女。
古くから、それこそ、男の祖父よりももっと前からの代から探していた少女。
この少女が現れるまで何人の女が偽の教祖として立っていたのか。
自分の代では少女は現れないのかと落胆していた時に現れ、男はこの少女は神だと確信した。
教祖は、主人は、女神は華奢な体は守ってやらなければと思ってしまうほど儚く、美しい少女だった。
だから、縛った。
だから、眠らせた。
少女を眠らせたのは、男の狂った愛情であり、そして男の慈悲でもあった。
顔を顰め鬼のような形相で睨む男に、女も負けじと睨みつける。


「この方を傷つけるあなた達になんかに教祖様を渡してなるものか!!!この方をお守するのは私だ!!」


眠る少女を腕に抱き、女は叫んだ。
一歩、また一歩と、壁に向かって後退していくと後ろに影が映る。
その瞬間、女の頭上からポケモンが乱入してきた。
女は振ってくるガラスから教祖を守るため抱きしめる。


「ウォーグル『ふきとばし』!!!」


そのポケモンは女の手持ちのウォーグルだった。
ウォーグルは指示に従い、『ふきとばし』を繰り出す。
前線に立っていたポケモンが全員ボールに戻っていき、新しいポケモンが出てくる。
それだけでも戦場は混乱し、その隙に女はガオガエンとヌオーをボールに戻し、戻ってきたウォーグルの背に乗ってその場から逃げようとした。


「ッ、待て!!」


入ってきた隙間からウォーグルは主人と少女を乗せて再び飛んで逃げようとする。
それに気づいた男が手を伸ばし阻止しようとしたが、その手を見た事のないあのポケモンの尻尾によって弾かれてしまった。
ギロリと邪魔をしてきたポケモンを睨むが、ポケモンはフイっと顔を背け女を追いかけて姿を消す。


「くそ…ッ!!―――ヤミラミ!『シャドーボール』で撃ち落としなさい!!」


手が届かなかったことは悔しいが、策がないわけではない。
男はヤミラミに、空で飛んで逃げようとする女のウォーグルに向けて『シャドーボール』を向けるよう指示をする。
その指示通り、ヤミラミは技を出し、そして―――その技は見事命中し、ウォーグルは女と少女ごと落ちて言った。


「一刻も早く教祖様をお助けするのです!!!」


この高さから落ちれば普通なら重傷を負うだろう。
しかし最近は雪が降って積もっている。
雪がクッションとなる事を願いながら、男は信者達を見送る。

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