所謂初陣は散々な結果で終わった。
何とかホワイトベースに向けられた大型ミサイルは阻止できたが、新たに現れたザクに翻弄されて終わったのだ。
ホワイトベースに帰還し、格納庫に収納されるともうリアナがすることと言えば操作盤での操作のみなので、操縦桿から手を離し背もたれにもたれ息を吐き出す。
戦闘からくる緊張感とストレスが息と共に消えていくのを何となく感じた。
「おーい、生きてるかー?」
はあ、とまた溜め息をついていると、コンコンとノックされた。
収納されている間にほとんどの機能をオフにしたため、コクピットの装甲を叩けば聞こえる。
聞き慣れない男性の声にリアナは慌ててコクピットを開けた。
「おっ、生きてたか…本当に女の子だったんだな」
コクピットを開けて現れたのは小太りの男性だった。
どうやら出てこないリアナを心配してくれたらしい。
男性はノーマルスーツを身に包み、小脇にヘルメットを抱えていた。
リアナを見て驚いたような声を出すが、その顔は笑っている。
ニヤけた厭らしい笑いではなく、人好きのするニカッとした笑顔だった。
好印象を持つその笑みを向けられたものの、リアナは彼の言葉にムッと唇を尖らせる。
「女の子だったらなんですか」
ブライトにも子供が乗ってると言われ、その後ろにいた艦長や民間人の女性…ミライにも驚かれた。
よほど子供が乗っていることに驚いたのだろう。
彼らの反応が当たり前なのだが、やはり言われた身としては面白くはない。
目の前の男に『女の子』と言われたのも馬鹿にされた気がして嫌だった。
挑発的な物言いのリアナに、男性は一瞬目を瞬いたが次には笑い出した。
大笑いというわけではないが、愉快そうに声を出して笑われリアナはますます顔を不機嫌にさせていく。
その反応に、男性はますます笑みを深めリアナに手を差し出した。
「いや、笑ったのは失礼だったな、すまん…俺はリュウ・ホセイって言うんだ…階級は曹長だ」
「…リアナ・レイです」
謝れてしまい、リアナは勝手に不機嫌になった自分が恥ずかしく感じた。
居心地悪そうに視線を反らしながら、差し出された手を取る。
握手という意味もあるし、コクピットから出してやるという意味もある。
リュウに手を引っ張られコクピットから出るとリアナは不安定さに気づいた。
「わっ…!む、無重力…」
リュウがスーツのヘルメットを外しているという事は空気はあるのだろう。
ただ、格倉庫内には重力がないらしく、リュウの手を取り引っ張り出されたリアナは無重力の感覚に驚いた声を上げる。
コロニーは人間が設定した重力で生活していたため、久々の無重力に驚いた。
思わずリュウの手をぎゅっと握りしめ彼の腕に抱き着く。
そんなリアナにリュウは愛らしさについ笑みがこぼれてしまう。
リュウは男、リアナは子供と言えど女。
しかし、リュウの目にはリアナは異性ではなく、妹、又は近所の可愛い子供のように見えた。
「宇宙に出たからな…無重力に慣れておかないと色々辛いぞ」
コロニーでは遠心力を利用して重力を得ていたが、艦ではそうはいかない。
重力のあるエリアはあるが、無重力エリアも当然存在し、無重力に慣れていないとその切り替えが難しくなるだろう。
無重力を肌で感じ、リアナはますます重力のない空間に出た事を…コロニーから脱出した事を、痛感させられた。
きっとあのコロニーには生きている人はいない。
あのコロニーで生活していた時間にはもう戻れない。
リュウの言葉にリアナは頷きながら、リュウに手を引かれ移動する。
「あの、リュウさん…」
「ん?」
リアナはリュウと共にブリッチに向かっていた。
通信でミライからブリッチに来るよう指示があり、リアナは了解と返事を返したものの心は穏やかではなかった。
格倉庫を出るともうそこは重力エリアらしく、廊下を二人で歩く。
無重力を体感させられた時間は少ないが、なんだか床に足をつけて歩く事がすごく安心してしまう。
リュウはリアナを見ず返事を返したが、今はそれすら不安を強くした。
「私、どうなるんでしょう…逮捕されるんでしょうか…」
リュウはリアナの呟きにも似た言葉に、後ろを振り向く。
後ろにいるリアナは不安そうな目でリュウを見ていた。
「まあ、本来なら民間人が軍のMSに乗って操縦なんて想定してない事だったしな…だが、事態が事態だ…奇襲をかけられてほとんどの軍人が死んだり怪我を負っていたのもあるし緊急だったことで、罪には問われないとは思うが…リアナは民間人だしな」
リュウはリアナが何を言いたいのか分かった。
リアナの不安は、ガンダムに勝手に乗って動かした罪を問われるのかという不安なのだろう。
とはいえ、安い慰めしかリュウにはできなかった。
リュウは一介の軍人だ。
法律関係に詳しいわけではないため確かなことは言えない。
罪に問われないと思うのだってリュウの希望なのだ。
はっきりとした言葉で否定しなかったリュウに、リアナは不安が残った表情で『そうですよね』と呟いた。
そんなリアナを放っては置けず、リュウはその場で止まる。
リュウが突然止まったのでリアナは慌ててリュウの直前で止まった。
数歩後ろへ下がれば、リュウは真剣な表情でリアナを見つめていた。
「だがな、お前がいなかったら俺達は死んでたのは事実だ…無実だって断言できないが俺はお前に感謝してるよ…それは嘘偽りない俺の本音だ」
「…感謝?」
「お前があの時ガンダムに乗らなきゃ俺どころかホワイトベースも全滅してたって話だ…ありがとうな」
そう言ってリュウはリアナの頭を撫でる。
撫でるというよりは、ポンポンと軽く叩いた。
リアナはリュウの言葉に複雑そうに笑った。
それは人から見たら小さく笑みを浮かべた程度しか見えなかったが、リアナは『艦長達を待たせるわけにはいかない、急ごう』と言って歩きはじめる。
それに続きながらリアナはリュウに気づかれないように溜め息を吐いた。
(感謝されたいから乗ったわけじゃないんだけどな…)
感謝された事にリアナは驚いた。
リアナとしてはフラウ、そして自分の命のためにガンダムに乗り込んだのだ。
その結果がリュウ達を助けた事になったのだが、リアナはリュウの感謝の言葉を受け止めきれずにいた。
感謝されたのは素直に嬉しい。
リュウの言葉でリアナの心は少し軽くなった。
人から感謝されることにリアナは慣れておらず反応に困っていた。
(お父さん、この艦にちゃんと避難できたのかな……勝手にガンダム動かしたの、怒ってないといいけど…)
目の前はもうブリッチに繋がる扉だった。
リュウについていきながらリアナは別のことを考えていた。
あの時別れてから父と会っておらず、リアナは父を心配していた。
そして、脳裏に浮かぶ金髪の女性の姿。
リアナは頭に浮かんだ女性を消し去るように頭を振る。
そんなリアナに気づかず、リュウは扉を開けるボタンを押した。
「ブライト、敵の様子は?」
入るや否やリュウはブライトに歩み寄り現状を聞く。
リアナとしては戦闘は終わったつもりだったが、まだまだ継続中らしい。
ブライト達の予想では、シャアという男が追いかけてきているというのだ。
リアナは入口近くで立ち止まりブリッチを見渡す。
そこで見知った顔が二つあり、安堵から胸を撫でおろす。
(よかった…フラウとハヤト避難できたんだ…)
ハヤトは避難するときにちらっと見た以来会ってはおらず、フラウも無理矢理背中を押してからすれ違う事すらなかった。
友人二人が怪我もなく無事の姿を見てリアナは安心したのと同時に、なぜブリッチにいるのかと疑問に思った。
しかし人手不足と聞いていたので、怪我をしている軍人に代わり駆り出されたのだろう。
その証拠と言わんばかりに、傍に包帯を巻いた兵士が座り込んでいた。
二人の無事を確認したリアナは改めてブリッチを見る。
ブリッチにはモニター越しで見たブライトと艦長とミライがおり、オペレーターの二人と、リアナの近くの壁に背中を預けて一人の男性がおり、そして…
(あ…あの人…)
通信席にいたのは、少女に似た女性だった。
女性は心配そうにリアナを見つめており、リアナと目が合うと安心させるように微笑んだ。
その笑みが一瞬少女の兄と重なり、リアナは気まずくなって彼女から視線を外す。
そして、リアナの視線はそのままブライトへと向けられる。
「君がリアナ・レイか…」
ブリッチの空気はリアナが入った事で変わった。
皆リアナを見つめており、フラウとハヤト、少女に似た女性以外は興味深々な目で見てくる。
それがプレッシャーを掛けられているように感じて不愉快に感じた。
居心地の悪そうなリアナにブライトは歩み寄り、リアナの前に立ち止まって見下ろした。
リアナは険しい表情のブライトに何を言われるのかと身構える。
「ガンダムの性能を当てにしすぎる、戦いはもっと有効に行うべきだ」
褒められるとは思っていない。
思ってはいないが、自身の欠点を指摘されるとも思っていなかった。
リアナはまだ自身の欠点を指摘されて素直に受け入れれるほど大人になりきれておらず、リアナは上下関係など無関係の民間人だ。
軍人といえど上から指摘され、リアナは眉を顰めブライトを見上げた。
「…なんですって?」
不機嫌を表すような低い少女の声。
幼馴染であるフラウとハヤトでなくても、リアナの気分が害されたと誰もが気づくほどだった。
軍人を目の前にしても臆さずキッと睨むリアナに対して、ブライトも一歩も引かず見下ろし、リアナの不服に染まった瞳を見つめ返す。
「甘ったれるな!ガンダムを任されたからには貴様はパイロットなのだ…この船を守る義務がある!」
「言ったわね!」
「こう言わざるをえないのが現在の我々の状態なのだ…やれなければ今からでもサイド7に帰るんだな!」
「…っ」
挑発に乗るように口答えをするリアナに、ブライトは続けた。
サイド7に帰れとは、やらなければ死んでも構わないという意味とリアナは捉えた。
実際どのような意味でブライトが言ったかは本人にしか分からないだろう。
ブライトの言葉にフラウが庇おうとしたが、リアナは視線で止める。
リアナはキッとブライトを睨むように見つめる。
「やれるとは言えない…けど…やるしかない…私にはあなたが…」
「ああ、憎んでくれていい」
ブライトの歳がいくつかは分からないが、リアナよりは年上だろう。
少女に睨まれても、恨まれたとしても、ブライトは立場から怯むことはできない。
ブライトの言葉にリアナはグッと拳を握りしめた。
下唇を噛むリアナを見下ろしながらブライトは次の指示をリアナに下す。
「直ちにガンダムの整備をしておけ…人を使ってもいい…君が中心になってな!」
リアナはその指示に従った。
ブライトに反感を持ち、ブライトのいるブリッチにいたくなかったというのもあるのだろう。
苛立ちを体全体で表すように来た道を戻っていくリアナを、フラウが追いかける。
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