リアナはフラウと廊下を歩いていた。
「リアナ、大丈夫?」
追いかけてきたフラウは心配そうにリアナを声を掛けるが、機嫌の悪いリアナは答えない。
その不機嫌の理由はさきほどのブライトだろう。
リアナは高飛車ではないものの、プライドが高いところがある。
ああも自分の欠点を指摘されればプライドの高いリアナは反感を持ってしまっても仕方ない。
無視をするリアナにフラウは心配そうに見つめた。
「ねえ、あれから何も食べてないでしょ?お腹空いてない?何かお腹にいれる?喉乾いてない?」
「うるさいなぁ!!黙っててくれない!?」
思えばリアナはあのガンダムに乗ってから働き続けていたのだ。
敵を倒したと報告があったが、それはつまり、リアナが人を殺したということだ。
その意味に気づかないほどフラウは子供ではなく、働きを褒められず注意されたリアナを心配してついいつものようにあれこれ世話を焼いてしまう。
しかし、ブライトに感情を逆なでされ苛立ちが収まらないというのに、隣に歩かれてあれやこれやと言ってくるフラウにリアナは思わず怒鳴ってしまう。
フラウは怒鳴られてしまい口を閉ざし立ち止まった。
話す人がいなくなり静まり返った事で、リアナは自分がフラウに何をしたのか気づく。
ハッとさせ立ち止まるフラウに振り向いた。
フラウは傷ついたように悲しそうな瞳でリアナを見つめており、その瞳にリアナは心が抉られそうになる。
「……ごめん…ちょっと、苛々してて…八つ当たりした…ごめん、フラウ…ごめん…」
傷つけたのはリアナだというのに、フラウに八つ当たりをしたとリアナが泣きそうな表情を浮かべ、俯いた。
フラウもリアナが謝り八つ当たりを当たられたと分かったが、自分もしつこく言いすぎたと謝る。
微妙な空気が二人の間に流れる。
「私…ガンダムの整備しなきゃいけないから…」
「う、うん…そうだね…」
その空気に耐えられず、リアナはガンダムの整備をするという理由をつけて(実際しなければならいのだが)フラウから離れる。
フラウはリアナを追いかけることは出来なかった。
◇◇◇◇◇◇◇
格倉庫に向かえば、すでに整備士達によってガンダムの修理が行われていた。
連絡は言っているのか、リアナの姿に整備士達は必要事項を伝えた後ガンダムの外装修理に戻る。
リアナはガンダムのコクピットを開き操作盤などの調整を行う。
(なんだったんだろう、あのザク…)
元々機械が好きなリアナは、ガンダムの整備は苦ではなかった。
むしろ、最新式の機械に触れることができ、ブライトから受けた屈辱なんて忘れてガンダムに夢中になっていた。
それでも、頭には敵対していたザクの事が過る。
(赤い色のザク…あれだけ動きが違ってた…)
緑の塗装されているザクの中に、一体だけ赤いザクがあった。
戦場に出ていたのは赤いザクと緑のザクだけだったが、施設を襲ったザクも緑色をしていた。
テレビや雑誌などで見るザクも基本緑色をしており、時々色違いはあれど、緑色はザクの基本仕様なのだろう。
赤色のザクは見た目からも異質的な雰囲気を放ってはいたが、その性能も普通のザクと異なっていた。
実力は然る事乍ら、動きが他のザクと違い速かったのだ。
(動きに追いつけなかった…撃とうとしてもスコープにすら入らなかった…あんな人、いるんだ…)
スコープに入れて標的を合わせて撃つ。
それが基本のやり方だ。
大体はそれで撃つことができ、あとは撃ち手の技量の問題だ。
だが、赤いザクはそれ以前の問題だった。
まず、スコープに収まらないのだ。
スコープに姿を入れたと思えばすぐに消えてしまう。
あれでは撃てない。
かと言ってスコープなしで撃てば当たるかと言えばそうでもない。
あの時はコアファイターがフォローをしてくれたからこうして帰還できたのだ。
彼がいなければ、きっと赤いザクに翻弄されて死んでいた。
「エネルギー補給、しなきゃなぁ…」
赤いザクは今、考えたくない。
あんな敵もう会いたくない。
その現実逃避でリアナは操作盤に視線を移す。
操作盤にあるビーム・ライフルのエネルギー量を表示する部分がほぼ無い事を示していた。
空になったことを表す表示を見ながら、リアナは戦闘中ブライトからエネルギーを使いすぎるなと叱られた事を思い出し、眉間にシワを寄せる。
(簡単に言ってくれてさ…あんなの相手に使用量を気にしてやってられるわけないじゃん)
一機のザクは倒せたが、結局赤い機体のザクは逃した。
いや、逃してもらったというべきだろうか。
性能は恐らくガンダムの方が上だが、パイロット技術に関してはあちらのほうが断然と上だ。
そもそもそれは当たり前なのだ。
あっちは立派な軍人さん。
色からして実力を認められているから色違いのザクを許されているのだろう。
そんな軍人を相手に素人…それもMSを操縦して一日も経っていない子供が勝てるわけがない。
「あーもう!やめやめ!考えるのやめよ!」
調整のため測っていた数字をひたすら紙に記入するという単純作業のためか、考えたくないのに赤いザクが頭から離れない。
ブライトは敵は追いかけてくると言っていた。
どうせ考えたくなくても考えなければならない時が強制的にやってくるのだ。
今考えても仕方ないだろう。
そう思う事にしてリアナは手に持っていたバインダーをコクピットに置く。
「まだやってたのか、リアナ」
休憩を取ろうと思いコクピットから出ようとした時、ひょこっとハヤトがコクピットに顔を出した。
コクピットにリアナが座っているのを見て、驚いたような分かっていたような表情で苦笑いを浮かべていた。
ハヤトの姿にリアナは首を傾げ『なに?』と首を傾げて問う。
一瞬ブライトの指示を伝えにきたのかと思ったが、指示なら無線があるのでその考えは消えた。
「いや、どうしてるかなって様子見」
「……フラウに言われたんでしょ」
あれからもう何時間も経っている。
いつ襲撃を受けるかわからないため急ピッチにコアファイターやガンタンクの整備を行っていたが、それだって整備士やリュウはお互い交代で休憩を取っている。
だが、リアナはあれからずっとガンダムのコクピットにいた。
ガンダムは、リアナにとって最高のオモチャだ。
最高級の餌でもあるガンダムを与えられたリアナが休憩を挟むなんて考えはありえない。
案の定、リアナは配られているはずの連邦軍の制服に着替えておらず、私服のままだ。
苦笑いを浮かべるハヤトの言葉に、リアナはブスッとした表情を浮かべ、ポツリと呟く。
その反応にハヤトはまた苦笑いを深めた。
「言っておくけど俺が無理矢理聞いたんだからな?…避難した人達に配給してるフラウが落ち込んでたから話を聞いただけなんだ」
「……別に…喧嘩じゃない…あれは私が悪いだけ」
ハヤトは言葉にしなかったが、『喧嘩したんだって?』と暗に言っているのだ。
フラウとリアナの喧嘩は珍しい。
世話を焼くフラウをリアナは軽く流しているため、喧嘩にまでならない。
リアナがフラウを蔑ろにしているというわけではないが、傍から見たらそう見られてもおかしくはない関係性だった。
ただリアナが無頓着なだけなのだ。
「フラウも自分が悪かったって言ってたし…謝ったんだろう?」
「…うん」
「ならいい…ちゃんと休憩を取れよ…フラウが心配してた」
「ん」
ぶっきら棒な返事だが、すでに解決しているのでこれ以上言うのをやめた。
解決しているのにぶり返すような真似をしたのは、ただ単純に二人が心配だったのだ。
幼馴染三人として子供の頃から一緒に遊んでいたが、思春期になってからハヤトは同性同士でつるむことが多くなった。
最初は寂しかったが、全く交流がなくなったわけではないし、リアナにはフラウがいてくれた。
だから、リアナもハヤトも無理に付き合おうとは思っていない。
お互いにはお互いの距離があると分かっているし、何より、間にフラウがいるから保てている距離感でもある。
きっとフラウがいなければ、とっくの昔に疎遠になっていただろう。
「これから食堂に行こうと思ってたから…フラウに言っておいてくれる?」
「分かった…無理はするなよ」
元々休憩するつもりだったリアナは、フラウとすれ違わないために食堂に行くからとハヤトに伝言を頼む。
ハヤトはそれに頷き、無重力のため整備士用足場を蹴り飛んで戻っていった。
それを見送った後、リアナは少し片づけをしてコクピットから出て食堂へと向かう。
その際、近くにいた整備士に一言言うと、整備士から『やっとか〜』という言葉を貰った。
忙しなく動く彼らでも、リアナが休憩を取っていない事に気づいていたらしい。
無自覚なリアナは『そんなに?』と思ったが、確かに、フラウからよく寝ろ、食べろ、休めと言われているのを思い出す。
今回は、赤いザクがリアナの集中を切らしたため休憩という文字が浮かんだが、赤いザクがいなければ今もコクピットから出てこなかっただろう。
格倉庫から出て、重力エリアに立つとふわりとした感覚がなくなる。
人工的に作られたため地球程重い重力はないが、こう無重力と重力が変わると変化に追いつけなくなりそうだ。
『だからつらいって言ってたのか』とリュウの言葉を思い出しながらリアナは食堂へと向かう。
事前に聞いた道順で向かえば、何とか迷わず食堂に付くことができた。
扉の近くに近づけば、センサーに反応して扉が自動的に開く。
「あ…」
「あっ…」
リアナ一人だけだと思った扉の向かえには、もう一人いたらしい。
センサーがどちらに反応したかは分からないが、リアナはそれどころではなかった。
(お姉ちゃんに似た人…)
鉢合ったのは、姉と慕った少女に似た女性だった。
金髪青目の整った容姿を持った女性が目の前に立ち、リアナは思わずその顔を見つめてしまう。
魅入られるように見つめるリアナは、ますます目の前の女性があの少女に似ていると感じる。
しかし、『あの…お姉ちゃんですか?』とは初対面の人には流石に聞けず、リアナは軽く頭を下げ食堂に入ろうとした。
そんなリアナの肩を女性が掴んで引き留めた。
「あなた、リアナ・レイとおっしゃっていたわよね?」
名前を呼ばれてドキリとした。
どうして、と思ったが、この女性もブリッチにいたし、リュウも名前を知っていたのでリアナの名前を聞かされていたのだろう。
リアナはゆっくりと静かに頷いた。
「えっと…あなたは?」
自分の名前を知られているのは驚かない。
どうせブリッチにいた人達には名前を知られているだろうし、自分の欠点を指摘されて拗ねるという醜態も晒してしまっている。
今更名前を知られていることに驚きはないが、如何せん、こちらはまだ名前を知らないのだ。
リアナがそう問えば、女性は目を丸くしこちらを驚愕したような表情で見つめてきた。
「覚えていないの?私よリアナ…セイラ・マス…昔スペインであなたと一緒に遊んだことがあるじゃない」
「え!?セ、セイラお姉ちゃん!?」
今度はリアナが驚愕した表情を浮かべる番だった。
リアナは目を見張り女性…セイラを見上げた。
リアナが驚いた声で自分の名前を呼んでくれたことにセイラは嬉しそうに笑みを浮かべながら頷く。
頷いたセイラにリアナは嬉しさのあまり彼女に抱き着き、セイラも抱きしめ返した。
「やっぱりお姉ちゃんだったんだ!」
「あら、気づいていたの?いじわるね」
「だってまさかサイド7にお姉ちゃんがいるなんて思ってなかったし…それに…もうお姉ちゃん達と会えるって思ってなかったから…」
嘘ではなく、本当にリアナはもうセイラとその兄であるエドワウと再会できないと思っていた。
幼い頃は大人達の『また会える』という言葉を信じて疑わなかったが、成長していくごとにそれは困難なのだと気づいた。
それはお互い連絡先を知らなかったためだ。
手紙であれ、電話や通信であれ、リアナ達は連絡を取れる手段があったのに関わらず、そんな考えが浮かばなかった。
ただただ悲しかった思い出しかない。
だから、それに気付いた時、リアナはすごく悲しくて泣いた。
その時はもう両親は地球と宇宙で別れてしまい、父は仕事で家を空けることが多かったため、リアナは一人で泣いた。
そのせいか、当時すでに友達となったフラウが驚くくらい目が腫れた。
その為、リアナは二人と再会するのを諦めていた。
しかし、それはリアナだけではなかったらしい。
セイラはリアナの言葉に抱きしめていた力を入れてリアナの髪に顔を埋めた。
「私もリアナとはもう会えないかもって思ったいたわ…」
セイラもガンダムから聞こえた声に懐かしさを感じていた。
しかし、記憶にあるリアナは小さくて可愛くて元気な子供だったから、ガンダムに乗っているとは結び付かなかった。
リアナだと気づいたのは、ブライトが名前を言ったからだ。
ガンダムに乗っているのがリアナ・レイという名前の少女だと聞いて、セイラはその少女が同姓同名ではないと気づいた。
それでも確定として思えなかったセイラだったが、ブリッチに現れたリアナを見て確信に変えた。
リアナが、いる。
あんなにも小さかったリアナが、愛らしい少女に成長していた。
セイラは感激と嬉しさに、体が震えていた。
今すぐにでも抱きしめてやりたかった。
だって、リアナが倒そうとしていた敵の中には、リアナが大切に思っている人がいたから。
それをリアナに気づかれたくない。
できれば今すぐにでもガンダムから降りて一緒に別のコロニーに移って欲しい。
でも、知らせたい気持ちもあった。
リアナがいれば彼が変わってくれるのではないかと期待してしまう。
ありえないというのに。
「ごめんなさいね、引き留めてしまって…お腹空いているでしょう?」
抱きしめていると、更にリアナがいるのだと感じられた。
リアナの温もりにセイラは身も心も温かく穏やかになる。
離れがたいが、セイラにも持ち場があり、限られた休憩があった。
それにここは食堂だ。
空腹を満たすための場所であり、その食堂に入ろうとしたということはリアナは空腹を訴えているという事になる。
それを邪魔してしまった事を詫びるとリアナは首を振ってくれた。
「私は持ち場に戻らなきゃいけないからもう行くけど…時間があった時、お話しましょう」
「うん…私もお姉ちゃんと沢山話したい」
時間が迫っているわけではないが、時間がないのも事実。
リアナもセイラもやらなければならない事があり、それぞれの役割がある。
特にリアナはホワイトベースの人達の命を背負っているような重要な役割だ。
あまりリアナの邪魔はしたくはない。
名残惜しいがリアナを放し、赤毛でふわふわな髪を梳く様に撫で二人は別れた。
「やっぱりお姉ちゃんだったんだ…嬉しいなぁ…」
あれからつらい別れをまた経験したリアナは、セイラ達との記憶が心の支えとなった。
フラウとハヤトという友達が出来ても、彼らは特別だった。
嬉しさのあまり、無意識に笑顔になってしまう。
何もないのにヘラヘラと笑う人間はとても不審者なため、頬をむにむにと揉んで表情筋を解そうとする。
なんとかニヤけてしまうのは治ったが、リアナの心は浮かれていた。
そのせいか…いや、そのおかげで、リアナの嫌いな野菜が出てもペロッと食べる事が出来た。
その場面を見ればきっとフラウは仰天するだろう。
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