(5 / 19) Novel (05)

フワフワした意識の中、ハヅキの耳に誰かの声が届く。


「警備を強めろ!」


その声にふと意識が上がり、目を開けると自室とは異なる場所で目を覚ましたことに気づく。


(ああ、そうか…今日もあの夢を見るのね)


そこは幼い頃からよく見る夢の中だとハヅキは気づく。
古代エジプトの王宮の一室。
王女という設定のハヅキの寝室だ。


「お目覚めになられたのですね、姫様」


女性の声が聞こえ、視線をそちらに向ける。
女性はとても美しい容姿をしていた。
同性でさえ見惚れるであろう優しそうな美女はハヅキ付きの侍女だとハヅキは認識している。


「"―――"」


ハヅキは驚いていた。
普段夢では自分以外の顔はぼやけて認識できないはずなのに、今日はいつも傍にいてくれる侍女の女性の顔がはっきりと分かる。
だが、名前を呼んだはずなのに言葉にはならなかった。
夢の中でも父や母や兄などの肩書き以外は言葉にならないので、そこは変わらないらしい。
名を呼ばれた侍女は嬉しそうに優しく微笑みながら『はい』と返事をしてくれた。
今日の夢でのハヅキは体調が崩れる日なのか体が熱くて重い。


「騒がしいけど…どうしたの…」


父が病弱なハヅキを気遣って静かな場所を部屋として与えてくれたため、普段、ハヅキの周囲は静かだった。
だが、今日は兵たちがいつもよりも多く、少しだけ騒がしい。
それを問えば侍女は表情を曇らせながらも、王女の質問に答えないわけにはいかないため少し言い難そうに答えてくれた。


「宮殿に忍び込んだ者がいたのです」

「忍び込んだ人…」

「はい…ですが兄王様が捕らえましたのでご安心ください」


兄王、とはいつもハヅキを可愛がってくれる少年の事だ。
夢を見る時、幼子な時もあれば、少年少女の時、そして兄が王となった時代とバラバラだった。
今日の見る夢は兄が王となった時代の夢らしいことが侍女の言葉から分かった。
先程から騒がしく兵がいつもより多いのも、他の侵入者を警戒して兄が妹を守るために配置させたのだろう。
兄が無事だと聞いてハヅキは安堵したが、気になる事を侍女が呟く。


「賊は2人いたらしいのですが…1人はまだ少女だったらしいのです」

「…少女?」


賊の多くは男が多い。
暗殺という意味では懐へ入る事ができる侍女に扮した女性もいるが、少年少女は珍しい。
少女が賊の仲間として捕まったと聞いたハヅキは何となくそれが気になった。
興味を持ったハヅキが更に聞けば、侍女も少女の賊という珍しさもあってか続ける。


「珍しい外見をしているようだと兵達の間でも騒がれておりました」

「どんな…外見なの?」


熱で体が重い。
悪化したのか、意識だってうつろになりかけている。
いつもなら不調に眠りにつくのだが、何故かその少女が頭から離れない。
うつらうつらとしているハヅキに話を聞くよりも眠るよう言う侍女だったが、ハヅキがそれでも聞きたいと強く望んでしまったため話す以外の選択はなくなってしまった。
ハヅキの負担にならないよう出来るだけ簡単に重要な部分だけを伝えてくれた。
しかし―――


「確か…月のしずく(真珠)のように白い肌に、黄金のような髪、ラピスラズリのような青い瞳を持っていたとか…」


少女の特徴を聞いた瞬間、ハヅキは眠気も怠さも一気に吹き飛んだ。
がばりと起き上がるハヅキに侍女は目を丸くさせ驚く。
そんな侍女に気に留める余裕はなく、ハヅキは重い体にムチ打ちベッドから降りようとする。
今日は神聖な儀式がある王族にとっても大切な日。
しかし、ハヅキは不参加となっている。
それは、朝から調子を崩していたのに大切な儀式だから参加すると頑として譲らなかった妹に兄王から直々安静するよう命じられているからだ。
兄に溺愛されていると知っていても兄王の命令に逆らえないハヅキも渋々ベッドの住人になるのを了解したはずなのだ。


「姫様!?今動かれては危のうございます!一体どうなさったのです!?」

「放してイリス!神殿に行くわ!」


ハヅキは体調とは別に顔を青ざめベッドから降りようとする。
ハヅキはこの時何度呼んでも言葉に表せなかった名前を音になっていると気づいていない。
安静にしろという王の命令を無視するようなハヅキの行動に、侍女イリスはハヅキにも負けないくらい顔を青ざめ慌てて止めた。
ハヅキは必死でベッドから降りようとするが、ハヅキの華奢な体では病弱関係なくイリスに負けてしまう。
ベッドに戻されてもハヅキは抵抗を弱めない。
いつもならすぐにこちらの言葉を受け入れてくれる末姫なのに、今日は異常なほどの聞かん坊を見せるハヅキにイリスは狼狽える。


「なりません!姫様は朝からご体調が悪く王から安静にするよう命じられているではありませんか!!熱だって上がっておられるのに!今動かれては更に悪化してしまいます!!」


もしも引き止めず無理をさせ体調を更に悪化させたと兄王が知ったら昔馴染みのイリスであろうと兄王は処罰を下す。
ハヅキが死なない限り処刑は免れるが、ムチは確実だ。
それほどハヅキは兄王に深く愛されている。
2人の賊は儀式での生贄という形で死刑となる。
だからこそハヅキは慌てた。


「お願いイリス!!私を神殿へ連れいって!!キャロルなの!キャロルなのよ!!あの子が死んじゃう!!お願いよ!イリス!!」

「姫様…一体なにを仰って…」


ハヅキはイリスに縋った。
その賊の少女はキャロルだ。
何故かそう思った。
夢なのだから親しい人が反映されて登場するなんてよくある話だが、ハヅキは夢だということを忘れるほど焦っていた。
縋りつくハヅキの言葉はイリスには理解できなかったが、ハヅキが本気だというのだけは理解できた。
だが、いくら敬愛する姫とはいえこればかりは頷けない。


「姫様!よくお聞きください!姫様が神殿に向かわれてもすでにその者達は生贄に捧げられているでしょう!!それに今日は大切な儀式です!例え姫様であっても兄王様がお許しになられるとは思えませぬ!!どうかお心をお静めくださいませ!」


いくらハヅキでも儀式の邪魔をすればどれほどの兄王の怒りを買うかイリスでも分からない。
妹に甘い兄王を上手く宥められても、"反対派"に付け入る隙を与えてしまうことも否定できない。
特にハヅキを深く憎んでいる人物に何を言われどんな手で狙われるか分からない恐怖もある。
必死にハヅキを宥めてもハヅキもハヅキで頑として譲らなかった。
止めるイリスの手をハヅキは力いっぱい跳ね除けた。


「連れてってくれないなら1人で行くわ!!」

「ひ、姫様!どうか!どうかお静まりください!!」

「そこを退きなさいイリス!!これは命令です!!」

「姫様…!」


キッと睨むハヅキの瞳は涙で濡れていた。
熱に魘され生理的に出た涙ではなく、感情から零れる涙。
幼い頃から仕えていたイリスでも見た事がない反抗的な目に、イリスはショックを受けた。
命令ならば第二王女の命令よりも王の命令の方が上だが、幼い頃から見てきた分イリスも兄王同様にハヅキに弱かった。


「…承知いたしました」

「イリス…!ありがとう!!」


ここまで聞き入れてくれないハヅキは初めてだった。
これ以上引き止めても無理矢理にでも1人で神殿へ向かおうとするだろうと思い、イリスは心を決めた。
頷いたイリスに嬉しそうに破顔させるハヅキにイリスは平伏し、ハヅキの寝間着の裾を掬い口づけをした。


「何があろうとこのイリスは姫様と共に…」


イリスは覚悟した。
儀式を中断させたとなればいくら王女といえど何かしらの罰は避けられない。
それほどこの時代の儀式は重要だった。
だからイリスはどんな処罰が待っていようとハヅキと共に受ける覚悟を決めた。
そんなイリスの言葉と誠意にハヅキは改めて儀式を中断させることへの重大さを自覚する。
それでも、ハヅキはキャロルを見捨てることなんてできなかった。
とはいえ、寝間着のままでは流石にまずいと軽く着替えて向かうことになった。


「イリス…俺が姫様をお運びしよう」


着替え終えると1人の少年兵がハヅキを抱き上げようとしたイリスに声をかけた。
その少年兵も見覚えがあり、幼い頃から自分を護衛してくれる1人だった。
少年の申し出にハヅキは首を振る。


「いいえ、ウナス…あなたまで巻き込めないわ…これは私の我が儘だもの…」


ハヅキも兄王の気性の荒さは知っている。
それを向けられたことは一度もないが、ハヅキを粗相した侍女や賊や暗殺者を兄がどう処罰させたのか、どう処罰したか、この目で見た事だってあった。
ウナスと呼んだ少年兵は幼い頃、騙されて奴隷にされたところを兄に拾われ兵士となった。
最初は周囲から罪人の子供だと、兄の気まぐれかと、ウナスを軽視していたが、そんな周囲の侮りなど跳ね除けるように自身を信じて救ってくれた兄王のためにここまで上り詰めた。
次第に周囲も彼を認めはじめ、彼は兄王が信頼を置ける人物の1人となった。
だからこそ、そんな信頼している男を兄王は妹の護衛に付けた。
自分を巻き込めないと同行を拒むハヅキに、ウナスは跪く。


「いいえ、ハヅキ様…私は王に姫様の護衛を任されておりますが姫様のお傍に仕えるのは私自身望んだことでございます…姫様のお傍が私の居場所にございます…どうか私も姫様と共にある事をお許しください」

「ウナス…」


確かに、兄王から妹であるハヅキを任されているが、何も命令だからハヅキの傍にいるわけではない。
ハヅキも罪人として奴隷にされていたウナスを疑わず隔たりなく接してくれた1人だ。
ウナスは初めてハヅキと会った事を今でも忘れられない。
兄に紹介されたウナスを、ハヅキは軽蔑さも見せず兄が信頼する部下として励むよう1人の人間に向けて笑顔を向けてくれた。
あの笑みを、あの疑いもない真っ直ぐな言葉を、ウナスは忘れられない。
罪人にされたことを卑下するつもりはないが、兄王が自分を信頼しハヅキの護衛として任せたことが何よりも嬉しく、そして、だからこそ、どんなことが起ころうとハヅキを守り抜こうと決めた。
ウナスの心はハヅキに届いたのか、同行を許し、ハヅキはまだ体調が回復していないのでウナスに抱き上げられキャロルのいる神殿へと向かった。

―――急いで神殿へ向かえば少女の悲鳴が聞こえ、ハヅキはウナスに神殿へ入るよう急がせた。


「待って!やめて!!」


中に入ると儀式はまだ続いていた。
しかし、男性の賊は既に生贄に捧げられた後だった。
生贄を奉げるための台を見れば、光り輝く黄金色をした髪の少女が押さえつけられていた。
その傍には姉が剣を少女の胸元へと向けているのが見える。
後はまっすぐ振り下ろせば少女は…キャロルは生贄として奉げられる…殺される。
これは夢だ。
夢なのだから、現実のキャロルが死ぬわけではない。
だが、夢だと忘れるほど今のハヅキは夢の中に溶け込んでしまっている。
ハヅキの声にキャロルを刺そうとした姉の手がピタリと止まり、兄王が弾かれたように振り返った。


「ハヅキ!?なぜここに…ウナス!イリス!ハヅキを安静にさせるよう命じたであろう!!なぜ連れてきた!!」


妹の姿に誰よりも兄王であるメンフィスが驚いていた。
体調が悪いのに儀式だから参加すると頑なだった妹を、王の命令でやっと納得させたのだ。
そんな妹が現れてはメンフィスが驚くのも無理はない。
姉も思わず目を丸くして妹を見つめ、周りにいる神官達からもどよめきが生まれた。
病弱な妹を連れてきたウナスとイリスにメンフィスは目を吊り上げるが、2人は言い訳もなく謝罪するだけだった。
駆け寄ってきた兄にハヅキは縋るよう抱きついた。


「お兄様!キャロルを殺さないで!!」

「ハヅキよ、何を言っているのだ…あの者は賊だ…そなたが情けを掛けるような存在ではない」


ウナスからハヅキを受け取り、泣く妹をメンフィスは優しく宥める。
だが、言っていることがメンフィス達からしたら理解できるものではない。
それでもハヅキは必死にキャロルを殺さないよう懇願した。


「お願いお兄様!キャロルを許してあげて!私の大切な人なの!」

「何を言っておるのだハヅキ!幼い頃から王宮から出られないそなたに関わる者に私が知らぬ者などいるわけがなかろう!!なぜ賊を庇う!」

「だってキャロルは私の大切な家族なのよ!姉で妹なの!!お願い!お兄様!キャロルを殺さないで!!生贄ならもう奉げたのでしょう!?」


『大切な家族』という妹の言葉にメンフィスはカッと怒りで頭に血を上らせる。
しかし、怒りの矛先はハヅキではなくキャロルに向けられた。
妹を守るように強く抱きしめ、恐怖で震えながらもハヅキの姿に驚くキャロルをギロリと睨みつける。


「貴様…!!賊の分際で私のハヅキに家族だと惑わしおって!!姉上!早くその者を生贄に奉げてください!!」

「―――ええ、分かっています」


溺愛しているハヅキには自分と姉以外の家族は存在しない。
存在してはならない。
それは強い独占欲からなる怒りだった。
対して姉は弟の言葉に一瞬顔を顰めた。
姉にとって家族は弟ただ1人。
異国の血が流れている異母妹を家族だと思った事は一度としてない。
弟の愛を一身に受け愛らしく成長した妹。
そんな妹が儀式を台無しにしてまでも救おうとするキャロルを殺すことに姉であるアイシスは戸惑いはない。
弟の言葉に同意したようにアイシスは恐怖に動けないキャロルに剣を向けた。
それを見てハヅキは悲鳴を上げメンフィスの首に腕を回して抱きついて更に懇願した。


「やめてお兄様!お願いやめてっ!キャロルを殺さないで!いじめないで!ね、お願いよお兄様!キャロルを生贄に捧げるなら私も生贄にして!!」

「ハヅキ…」


ハヅキの涙にメンフィスの怒りが静まっていく。
キャロルに対しての怒りや腹立たしさはまだ残っているが、叫ぶほど兄に懇願したのは初めてだった。
いつも我が儘を言ってくれるが、それは兄が叶えてくれる範囲の物事しか我が儘を言わず、駄々を捏ねてもすぐに受け入れてくれる子だった。
大切な儀式を中断させるような我が儘など初めてだったのだ。
キャロルを生贄に捧げるのを止めないのなら、自分も生贄に捧げてほしいと願うハヅキにメンフィスは思わず頷いてしまう。


「ハヅキ…分かった…分かったからそのような事を申すな…」


根負けしたのはメンフィスだった。
どうもメンフィスはこの末姫に強く出ることができない。
ハヅキ相手では激情のまま行動できないほど、メンフィスはこの妹が可愛くて可愛くて仕方ない。
頷いた兄に、ハヅキは顔を上げて兄を見た。
やはり母譲りの美しい黒色の瞳は涙で濡れ、目元も赤く染まっていた。
妹を可愛がっているメンフィスにとってハヅキの泣き顔は痛々しく、見ていられないと言わんばかりに眉を顰める。


「ほんとう?本当にキャロルを許してくれるのですか?」


疑うようなハヅキの言葉に、メンフィスは何度も頷いた。
本当は可愛い妹を家族だという戯言で騙し庇護下に居座ろうとしているキャロルを許したくはないが、妹を無視してキャロルを生贄に捧げたことによるハヅキからの反発が怖かった。


「勿論だ…私がそなたに嘘を申したことあったか?」


返事をせずハヅキは首を振って返した。
ポロポロと涙を流す妹に、メンフィスはハヅキの目元にキスを送って宥める。


「ならばもう泣くな…ハヅキ…私の愛おしい妹よ…どうか己の命を軽々しく奉げるなど言わないでくれ…そなたは私の宝だ…私の許可なく離れるなど許さぬ…」


キャロルの死を回避でき、大好きな兄の腕に抱かれている。
その安心感にここまで無理をしたつけが回ったのか疲労がドッと襲ってきた。
兄の言葉にコクリと頷いた後、ハヅキの意識は少しずつ薄れていき…――――

―――ハヅキはここで目を覚ました。


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