(14 / 19) Novel (14)

は、は、と短い呼吸を繰り返す。
息苦しくて、熱くて、身体が重くて。
周りが何かを言っているけれど、ハヅキには届いていなかった。
だが、今日はどうしても参加しなければならない儀式があり、ハヅキは重い体にムチを打って起き上がろうとする。
それを、ハヅキに付いている侍女のイリスが慌てて止めた。


「ひ、姫様!お起きになってはなりません!」


ここ最近、ハヅキの体調は崩れてばかりだった。
それも無理はなく、父王が亡くなった直後、王妃であったタヒリにより、皆の前で犯人だと指さされた。
その手下としてウナスとイリスも巻き込まれたが、当然、誰もハヅキたちが父王を毒殺したというデマを信じなかった。
その筆頭が、兄であるメンフィスだ。
その場は兄が『ハヅキたちが父を暗殺するはずがない』と断言したことで収まったが、その後、タヒリは自らが父王を暗殺したと露見し、即位式の前日にメンフィスを巻き込み無理心中を図り、毒を飲んで命を絶った。
メンフィスはタヒリが父王を暗殺したことに気づいており、それゆえに警戒し、毒を盛られることを見越して、少しずつ毒を摂取して慣らしていたおかげで死ぬことは免れた。
しかし、父に続いて兄までもが毒殺されかけたこと、そして自らが犯人に仕立て上げられかけたことは、ハヅキに大きな精神的負担を与え、体調を崩す原因となっていたのだ。
父王の葬式にはなんとか参加できたが、それ以降は殆ど寝台に縛られてばかりの日々だった。
それが二か月ほど続くも、熱は上がれど、微熱までに下がることはなかった。


「今日は…お兄様の即位式があるから…」

「兄君様より今はご静養を優先せよとのことにございます…祝いの言葉は後ほどでよい、と…」


無理をしてでもハヅキは今日、どうしても参加したい儀式があった。
それが、兄であるメンフィスの即位式だ。
いくら日々の儀式を免除されていても、ハヅキ自身、兄の即位式だけは無理にでも参加したかった。
妹の体調を報告させている兄のメンフィスは、自身の大切な即位式よりも、妹の体調を気遣い、優先した。
さすがに普段の儀式とは異なり、外国の王族達を招待する即位式は延期できない。
兄が王となる大切な日だからこそ、ハヅキはどうしても兄の即位式を欠席したくはなかった。


「いいえ、出ます…即位式だけは出たいの…」

「ですが、姫様…式の最中にお倒れになれば兄君様もお心を痛められます…どうかご無理なさらないでください…」


兄のことを言われると、ハヅキも弱い。
だが、それでもどうしても…王の妹として無理をしてでも兄の即位式だけは出たい気持ちが強かった。
他の侍女やウナスたちが止めてもハヅキは寝台から降りようとしていた。
無理をしながらも体を起こすハヅキに、誰もがその決意の固さを察した。
しかし、だからといって今にも倒れそうなハヅキの意思を通すわけにもいかない。
見ているだけではいかず、イリスたち侍女は必死にハヅキを引き留めていた。


「ハヅキ!何をしている!!」


そこに即位式の前に妹の顔を見に来たメンフィスが、ミヌーエたちを連れてその姿を見せた。
熱に魘され寝ているばかりだと思っていたハヅキが無理にでも起き上がろうとするのを見て、メンフィスは慌てて駆け寄った。


「イリス!なぜハヅキを止めぬ!!何のためにそなたたちを傍に付かせていると思っているのだ!!」

「も、申し訳ありません!」


一応止めはしているが、王女であるハヅキの身体を無理矢理寝台へ押し付けるわけにもいかず、ただただ見守るだけしかできなかった。
そんなイリスたちを叱責しながら、メンフィスは起き上がろうとする妹を優しく寝台へ寝かせる。


「ハヅキ…どうしたというのだ…まだ熱が下がっていないだろう…」

「お兄様…私…即位式に出たくて…」

「何を言っているのだ…その熱で動けぬのは、そなたがよく分かっているだろう?無理をするな」


寝台へ寝かせ、肩まで掛け布をかけてやる。
妹の顔は熱でうっすらと赤く染まり、その苦しさが、見ているこちらにも伝わってくるようだった。
額へ手を当てれば、いつもよりもその熱がメンフィスの手に伝わり、眉をひそめる。


「ほら、手で触れただけでも熱が伝わる…立つことさえも難しいのだ、今は安静にし熱を下げることだけを考えろ」


昔から、苦しむ妹の姿には慣れない。
やはり可愛い妹には笑っていてほしいと、メンフィスは心から思う。
普段のメンフィスであれば、相手が体調を崩していても気にも留めず咎めるだろう。
しかし、相手が妹であれば逆だ。
兄の言葉に、普段のハヅキならば『はい、ごめんなさい…』と大人しくなるのだが―――兄の優しい言葉に、ハヅキの瞳から涙がこぼれた。
その涙を見てメンフィスだけではなく、ミヌーエやイリスたちも目を丸くして驚く。


「ど、どうしたのだ、ハヅキ!苦しいのか!?薬は効いていないのか!!」


侍医を連れてこい!、と怒りで声を荒げるメンフィスに、イリスたちが慌てる。
慌ただしい様子にハヅキは涙が止まらないまま、首を振った。


「ち、違うの…お兄様…私、情けなくて…」


弱弱しい声だが、妹の声はメンフィスには届いていた。
情けない、と妹らしからぬ言葉にメンフィスは首を傾げた。


「情けない?そなたが情けないことなどない…そなたはよく頑張っている」


健康だからこそ、病弱な妹がどれほどつらい戦いを強いられているか分かる。
ハヅキは、戦場にかけるメンフィスたちのように、自分の病と戦っているのだ。
傷は時間が経てば治るが、妹の病は原因不明と診断され、どんな薬や治療法が有効かも分からない病だ。
妹は幼い頃から、そんな原因も分からない病とその小さな身体で戦っている。
王宮の暮らしが合わないためだとも言われ、影でも色々な噂が流れているのをメンフィスは知っている。
その度に噂を口にする者たちを罰してきたが、恐らくはハヅキもその噂を多少は耳にしているだろう。
人の口には戸は立てられない――その言葉通り、兄であるメンフィスでさえその噂を耳にするのだ…本人に届かないはずがない。
そんな噂を耳にしながらも、ハヅキは捻くれず真っ直ぐに、そして愛らしく育ってくれた。
ハヅキだって戦っているのだ。
兄の慰めの言葉に、ハヅキは泣きながら『違うの』と弱弱しく呟いた。


「お兄様の即位式に出れないことが情けなくて…お兄様が王になる姿を見れないのが悔しくて…お父様の葬儀にもやっと参列できる…こんな、よわい、からだが…情け、なくて…いやなの…」

「ハヅキ…」


熱に侵され、ハヅキは感情がコントロールできなくなっていた。
胸の内にあったその感情が、あふれ出てしまった。
あれほど熱に魘されながらも弱音を吐かなかった妹が、ポツポツと弱音を吐く姿に、メンフィスはかける言葉が見つからなかった。
ハヅキはハヅキで、周りに気を使って笑顔を張り付けていただけなのだと、今になってメンフィスは気づいた。
そんな兄こそ情けないと、メンフィスはグッと拳を握り締める。


「ならば、後にそなたのための即位式を改めて行おう」


拳を解き、メンフィスはその手で妹のあふれ出る涙を拭ってやる。
目を瞑り泣き続けていた妹の瞳が、メンフィスを見上げる。
この国の誰よりも濃く美しい漆黒の瞳が、涙で濡れて更に美しく輝く。
その瞳に自分が映っていることに、メンフィスの心は静かに満たされた。
だが、同時に悲しみに輝く瞳だと思うと胸が痛い。
きょとんとさせる妹に、メンフィスは微笑みを浮かべる。


「今日の即位式への出席は許さぬ…式が大事なのではない…そなたの方が何よりも大切なのだ……だが、それでも望むのならば…回復した折に、そなたのためだけの式を用意しよう…」

「私のためだけの…?」

「ああ…さすがに本日のような大きな即位式は叶わぬが…この部屋で、ミヌーエたちと共に改めて執り行おうではないか…今日参列できなかったイムホテップも呼べば、あの者もきっと喜ぶであろう…そのあとは、そなたの好きな料理でゆっくり皆と祝おう」


本当は、メンフィスも可愛がっている妹に即位式に出てほしいと思っている。
だから、熱が下がらないという報告に、内心落胆していた。
だが、ハヅキの本心を聞き、嬉しさに身体が震えた。
自分と同じように、ハヅキも兄の大切な式を出たがっているとハヅキ本人から聞いてメンフィスは嬉しかった。


「そなたに祝われぬ即位式など意味はないからな」


兄のその言葉は、駄々をこねる妹を宥めるための言葉だろう。
だが、それは本心でもあった。
メンフィスの提案は滅茶苦茶で、本来なら許されることではない。
ハヅキもそれが口約束で終わる可能性の方が大きいと分かっているが、兄の心遣いが嬉しかった。


「絶対、ね……絶対ですよ、お兄様…」

「ああ、必ず」


納得したのか、大人しく寝台に身体を預けるハヅキに、メンフィスも、イリスたちもホッと安堵した。

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