(15 / 19) Novel (15)

今日は身体の調子も多少は良いらしく、寝台から降りることはできないが体を起こすことはできていた。
即位式を終えて数日。
体調も少し回復したとのことで、兄が見舞いに来てくれた。


「結婚?」


薬を少しずつ口にしていたハヅキは、見舞いに訪れた兄の言葉に首を傾げた。


「ああ…宴の折、カプターが星を読み、姉上との結婚を勧めてきたのだ」

「ではお兄様はお姉様とご結婚をなさるのですか?」


その話を聞き、ハヅキはすぐに姉の手回しだろうと考える。
姉は幼い頃からメンフィスと結婚したがり、縁談も蹴り続けている。
メンフィスに少しでも女の気配を感じれば、すぐに排除してきた人だ。
唯一、メンフィスによって守られているハヅキだけはさすがのアイシスも手出しはできなかったが、ハヅキ以外の女はほとんど消えた。
――そう、文字通り。
そんな姉の性格を誰よりも身を挺して知っているハヅキは、姉ならばあの強欲なカプターと手を組むのも厭わないだろうと考える。
カプターが告げたのは、宴の場。
近親婚を繰り返してきたこの国で姉と弟の結婚を勧めることは何らおかしいことではない。
ただ、卑怯だとは思う。
宴には多くの人間がいる。
それこそ、外国からの客人だって。
その場で星を読み告げられれば、断りにくい状況だろう。
だが、兄は兄だった。


「いや、保留にしている」


え、とハヅキは思わず声を零し、兄を見る。
兄は特に気まずげにするでもなく、こちらを伺う様子もなく、ただ妹を見つめていた。


「言っただろう…そなたの知らぬ間に妃を迎えるわけがないと…保留にしたのはそなたの意見を聞きに来たのだ」


ハヅキは、思わず目を瞬かせて兄を見る。
嬉しかった。
ハヅキはただの口約束だと思っていたが、兄も口約束ではなかったのだと、ハヅキは嬉しく感じる。


「……お兄様は、お姉様を愛していらっしゃるの?」

「もちろんだ」

「それは姉として?それとも異性として?これは真面目に聞いております…嘘偽りなく答えてください」

「………」


きっと、兄は変なことを聞く妹だと思っているだろう。
王家にとっての結婚とは、市民とは異なり感情は二の次だ。
王家の結婚は国と国の結婚…同盟のようなもの。
敵国となった場合、嫁いだ女の身は全て王の匙加減で変わる。
だから、感情など本来必要のないものだ。
しかし、ハヅキは、父と母がそうであったように、恋愛を経て結ばれることに憧れていた。
兄は王となった。
王の妻は政治で決まる事が常であり、王の好みなど反映されない。
それでも兄は、きちんと考えてくれていた。


「…正直、異性として見ているかは分からぬ…夫婦となれば変わるかもしれぬが…私にとって姉上は姉上だ……だが、結婚し子を成せと言われれば成せる」


兄にとっても、結婚はそれほど重要視していなかった。
結婚などどうでもよいと、妹にさえ言っていたほどだ。
だから、保留になっているのだろう。
ハヅキさえいなければ、言われるまま姉と結婚を承諾したはず。
ハヅキに知らせず妃を迎えないと約束したから、こうして兄は結婚に踏みとどまっている。
ハヅキは、答えを聞かなくとも、兄が姉に対して異性としての感情を持っていないことを分かっていた。
メンフィスにとって、姉であるアイシスは異性だとか好意とかではなく、大切な存在だ。
ハヅキは兄の返答を聞き、考えを巡らせるように視線を泳がせる。
手持ち無沙汰のように薬の入ったコップを揺らし、その視線をすぐに兄へと戻した。


「私はその結婚には反対です」


その言葉に、動揺が走ったのはメンフィスではなく周囲だった。
皆がアイシスを推しているわけではないが、アイシスは幼い頃からメンフィスの妻になることを望んでおり、それを隠してもいない。
そのため、王となったメンフィスの妃はアイシスになるとばかり思っていた者の方が大半だ。
ハヅキについていたイリスたちを除き、あの時、宴にいた者達はメンフィスがカプターの言葉に従わず保留としたことに驚いた。
はっきりと、『ハヅキに知らぬ間に妃は迎えぬと約束したからな』と言ったメンフィスに、メンフィスの傍に仕える者たちは納得した。
妹の答えに、メンフィスは…


「そうか、分かった」


それだけだった。
誰もがメンフィスを見るが、彼はいつものように妹にだけ見せる穏やかな表情を浮かべるだけだった。


「そうだ、ハヅキ!珍しいものを見つけたのだ!」


メンフィスは妹に理由を聞かず、むしろ、この話は終わりだと言わんばかりに、パッと表情を明るくさせた。
いつもの兄に戻り、ハヅキは理由も聞かれないことに驚きながらも、兄の言う『珍しいもの』という言葉に首を傾げた。


「珍しいものですか?」

「ああ!この間見かけて探していた奴隷の娘なのだが…やっと見つけてな!見事な黄金の髪に青い瞳を持つのだ!そなたに見せたくて連れてきた!」


奴隷、と聞きハヅキは特に驚きはしなかった。
ハヅキの傍で守ってくれるウナスも、元は奴隷だ。
兄が気まぐれに毛色の珍しい奴隷を気に入って持って帰るなど珍しくはない。
ましてや、兄は若い王だ。
王が気に入った奴隷の女を侍らすことはよくあることだ。
恋愛に憧れてはいるが、兄が決まった人を持っていないことを知っているハヅキは、浮気でなければ結婚するまで目を瞑ることにしている。
ただ、引っかかる言葉を聞いてハヅキは内心、首を傾げた。


(黄金の髪に…青い瞳…)


脳裏にまたチカリと黄金色の光が灯った。
懐かしい感情が沸き上がる。


「こい!」


ミヌーエたちの間を縫い、王自ら腕を掴んで連れてきたのは、一人の小柄な少女だった。
エジプトの衣装に身を包み、美しく愛らしく着飾らされていた。
その姿はまさに、誰もが息を呑むほどの可憐さを帯びていた。
乱暴に連れ出された少女は、思わずその場に崩れ落ちた。
ハヅキはその少女を見て固まった。
しかし、『きゃあ』という小さな悲鳴にハッと我に返ったハヅキは、その少女を改めて見るが―――ハヅキは息を呑む。


「どうだ、ハヅキ!!見事な黄金の髪だろう!肌は真珠のように白く、瞳はラピスラズリのように青い!外国の者にしては珍しい容姿だろう!」


兄がこの少女を連れて来たのは、寝込んでばかりの妹に珍しい毛色の女を見せて元気づけさせたいからだ。
その少女は、明らかにエジプトとは異なる容姿を持っており、しかし、メンフィスたちの知るどの外国でも見たことのない髪の色や瞳の色をしていた。
最近は、熱に苦しむ姿しか見ていなかったメンフィスは、少しでもハヅキに笑顔が灯ればと、この最近お気に入りの奴隷の娘を連れてきた。
しかし――メンフィスが期待した反応と異なり、ハヅキはただ黙って少女を見つめていた。
突然連れてこられた少女は痛みに顔をしかめながら、前方に人の気配を感じ顔を上げる。
その瞬間、痛みでしかめていた少女の表情が驚きの表情へと変わる。


「ハヅキ!?」


少女の声にハヅキはまた懐かしい感覚に襲われる。
ぐ、と持っていた薬の入っているコップを握り締めるのと同時に、少女が縋るようにハヅキに駆け寄った。


「ハヅキ!ハヅキでしょ!?なぜハヅキがここにいるの!?」

「え、…ぁ…」


何故か名前を呼ばれ、肩を掴まれた。
その衝撃で、薬がコップから少し零れてしまったが、ハヅキはそれに気づかない。
ハヅキの意識は全て目の前の少女に向けられていたのだ。
何か返さなきゃいけないのに、ハヅキはどうしてか言葉が出ない。
その間も少女はハヅキの名前を呼び続けるが――


「無礼者!!誰の許しを得てハヅキに触れている!!」


妹に触れる奴隷の娘の腕を、メンフィスが掴んで引き剥がした。
力強く掴んで引き離したせいで、少女は後ろへ倒れたが、それ以上にメンフィスは妹に親しげに呼び捨てにし触れた少女に対して怒りが込み上げていた。


「ハヅキはこの国の王女だ!お前のような奴隷がその名を口にすることも、無断で触れることも許されぬ!!」

「お、王女!?」


メンフィスは少女とハヅキの間に立ち、ギロリと少女を睨みつける。
少女は兵たちに立たされ、メンフィスの言葉に目を見開いて、ハヅキを見た。
ハヅキも黙って少女を見つめていた。
ただ、兄の激しい声にハヅキは冷静さを取り戻せた。


「お兄様」


よほど気に入っているのか、いつもならば剣を抜いて剣先を向けて脅しの一つや二つほどするのに、メンフィスは叱るだけだった。
少女だけが、彼が剣を抜かないことの意味を知らない。
まだ怒りが収まらないメンフィスが、再び少女に向かって何かを言いかけた時、ハヅキが兄を呼んだ。
妹の声に、メンフィスの怒りは少しずつ収まっていく。
それでも、目に入れても痛くないほど可愛がっている妹に許可なく触れたことへの怒りは静まらないのか、『どうした』と問うその声は、妹に向けるには珍しく低かった。


「その者、私に譲ってください」


その言葉に、場の空気が凍りついた。
静まり返るその場で、ミヌーエたちは顔を青ざめ、王女を見た。
まだメンフィスが奴隷の娘を傍に置いて日が浅いが、それでもいたく気に入っているのは見て分かる。
姉であるアイシスが欲しいと強請っても、決して譲らなかった。
少しでも傍を離れると強引に連れ戻し、反抗的な態度にも怒りを見せながらもいまだにその剣は抜かれていない。
そんな初めて興味を持ち気に入った奴隷の娘を、欲しいと、ハヅキは言った。
妹に甘いメンフィスでも、さすがに怒りをみせるのではないかと、周りは緊迫する。
妹へ振り返った王の表情は分からないが、ミエーヌは思わず妹とウナスへ視線を向けた。
2人はミヌーエの視線の意味を理解したのか、静かにハヅキを守れるよう傍に寄る。
そんな彼らのやりとりなど気にせず、ハヅキは振り返る兄を表情ひとつ変えず見上げる。


「私、その奴隷の娘が気に入りました…侍女として、側仕えに置かせてください」


こちらを見つめる兄の瞳を、ハヅキもまた静かに見つめる。
その場にいる誰もが口を挟めず、空気は張りつめていた。
妹であるハヅキが、兄の物を強請るのは初めてのことだった。
気性の荒いメンフィスも、ハヅキの前ではその激しさを潜める。
しかし、反抗的な態度を罰せず傍に置くほど気に入っている奴隷の娘を強請られても、兄王の妹への態度が変わらぬのかまでは、ミヌーエたちにも分からない。
アイシスの時は、メンフィスの機嫌が良かったため免れたともいえる。
だが、今は…
その不確かさが、場の緊張をいっそう強めていた。
だが、その張りつめた空気は、あっさりと解けた。


「それはいくらそなたの頼みであろうとできぬ…この者は私の傍に置く」


穏やかな声に、ミヌーエたちは安堵した。
寝台に座り、珍しい我が儘を言ったハヅキにメンフィスは『すまない』と謝り、ハヅキの頬を宥めるように撫でる。
ハヅキは兄に断られたことに目を丸くして驚いたが、すぐに『では』と別の案を出す。


「本日一日、この者と過ごすお時間をいただけませんか?」

「時間を?」

「私、あの者といろいろお話ししてみたいです……外国の者なのでしょう?どのような国なのか、聞いてみたいですわ」


ハヅキは寝たきりの生活で、話と言えばイリスたちから聞く話題ばかり。
今は即位式から日が浅く、話題の中に外国のことも混ざっていた。
その話から、外国に興味が沸いたのかと誰もが思う。
『時間か』と考えるそぶりを見せる兄に、ハヅキは『まあ!』と拗ねたように頬を膨らませる。


「時間もいただけないのですか?ならもうよいですわっ!」


ぷい、とそっぽを向く妹に、メンフィスは慌てて機嫌を損ねた妹のご機嫌取りをする。
損ねた妹の機嫌が直るのは、ただ一つ。


「分かった、分かった!この者はやれぬが時間ならばハヅキにやろう!だから拗ねてくれるな!兄にもうよいと申すな!」


『な!』、とそっぽを向く妹に、必死になって機嫌を取ろうとするメンフィスを―――奴隷の娘は唖然と見つめていた。
奴隷の娘の知るメンフィスは、王とは思えないほど傲慢ですぐに周りに怒鳴り散らかし、力で全て解決しようとする男だった。
それが。
そんな男が、少女一人の機嫌一つで慌てふためいている。
言葉を失くしても無理はない。


(どういう…こと……ハヅキがエジプトの王女…?メンフィスの妹?…だって、ハヅキは…21世紀の人間で…日本人で…アメリカの…私たちの家族だわ…)


他人のそら似というには、あまりにも似すぎている。
奴隷の娘は兄と妹のやり取りを暖かく見守る周囲に混じり、怪訝な表情を浮かべていた。

目の前の王女は、自分の――――キャロルの姉であり妹なのだ。

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