(15 / 26) *10話 (15)

「主様」


小春はこの名前を言われると目の前の大きい妖かしへの愛しさが増していく気がした。
大きい割りに甘えん坊で、まるで親を知らず、自分の理想の親のイメージばかりが膨らんで親に愛されようと懸命の子供のようで、小春は決してこの大きい妖かしを嫌いになれなかった。

しかしそれと同時に自分ではない誰かを目に写しているような気がした。

小春はそう思った瞬間脳裏にある男性が浮かび上がった。
その男性の顔はぼやけてて分からないが、姿は今でもはっきりと覚えている。
小春の脳裏に映る男性は狩衣姿で頭には立烏帽子を被っている平安時代のドラマによく見る姿だった。


「………」


小春は自分の体よりもはるかに大きい重丸を優しくゆっくりと撫でていた。
かれこれ数時間ずっとこの姿勢のまま撫でている。
しかし不思議と小春は辛いとは思わずまるでぐずる子供を宥めるように撫でていた。
最初は戸惑っていた重丸だったが次第に気持ちよさげに目を瞑り、眠くなったのかゆっくりと小春に体重をかけ今では膝に顔を乗せ呑気に眠り寝気を立てている。
そんな無防備の重丸の寝息を聞き小春は目を細め微笑ましそうに笑った。


(これから…どうしよう…)


重丸を撫でながら小春は悩む。
重丸が負っていた傷はもう治っている。
名取に負わされたであろうその傷を小春は思い出し重丸に見せてもらったのだが、その傷は塞がっていて治っていたのだ。
小春は血だけがこびりついている毛だけを見て唖然とする。
それと同時に斑に教えてもらった自分は妖かしの怪我を治し、妖力のある人間の妖力を回復させることも出来る事を思い出す。
改めて見て自分が撫でただけで治ったであろう重丸の皮膚を見て自分は人間離れしているのだな、と落ち込んだ。
重丸は自分の体に顔を埋めて落ち込む小春にどうしたのだ、と懸命に声をかけ慰めるように小春の頭を優しく鼻先で突っつくが小春は今、重丸に答える余裕はなかったという。
なんとか落ち込んでいた気持ちを落ち着かせ、小春は人間の怪我を治せるという更に人間離れした力がないんだから別に普通に見える人と変らないじゃないか!と開き直り重丸が膝の上に顔を乗せて今に至る。
それから数時間。
小春は新たな問題に直面した。


(素直に帰してくれる子だったらいいんだけど…そうじゃないし…)


小春は名取が今頃血眼になって自分を探しているのだろうか、と思い心配と申し訳さなが小春を襲う。
あんなに守ろうとしてくれたのに結局結界が破られ簡単に攫われてしまった。
もし重丸が人間を食べる妖かしならばもう小春は攫われた瞬間に身体どころか命がなくなっていただろう。
それを思うと背筋を凍らせるが、自分の膝の上でゴロゴロと猫のように喉を鳴らし気持ちよさ気に眠る重丸を見てその恐怖はどこかへ消えていってしまった。
小春はそれを感じ、なんとも簡単な感情なのだろうか、と笑みを零した。

外は猛吹雪から太陽が照りつける晴天へと変っていた。

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