(19 / 26) *10話 (19)



晴明は友を失い塞ぎがちだった。
仕事も手をつけず妻や子や式神が彼をどんなに慰めてもただ泣くばかり。

なぜだ…

なぜ…

この2つの言葉だけが晴明の頭をグルグルと何度も過ぎる。
ただ、友の名を毎日呟くだけだった。

そして、

その彼の手には乾いて黒くなっている血がこびり付いている管が力強く握られていた。



****************



ある日、晴明は京を離れ北の端へと向かった。
家族や友人達は重光が亡くなり1人になり考えることもあるのだろうと誰も止めなかった。
流石に北の端へと向かうと聞いた時は家族も友人も止めるか付き添うと言ったが、晴明は首を振り断った。


1人でいたい、と。

1人で考え、重光の死を乗り越えたい、と。


そう言われてしまえば誰も何も言い返せず、晴明は家族に見送られ式神を連れ北へ…北海道へと向かった。

その道のりはとても厳しかった。

現代のように車も飛行機も電車もない平安時代で移動手段と言えば馬か牛か自らの足のみ。
道も整えられておらず山を何個越えたかもう数えるのを止めた。
1人だから声を掛け、掛けられることはなく普通ならば寂しいと思うが晴明はまるで憑かれたように眠る事なく北の端へと向かう。


そして、晴明は目的の北の端へと到着した。


ある洞窟に入っていった晴明は洞窟の行き止まりの壁の前に立ち手の中にある1本の管を見下ろす。
それは自分が彼を見つけた時、手に大事そうに握られていた管の1本だった。
もう1本あった管は何故かいつの間にか消えてしまったため、彼の形見といえばこの手に握られている血だらけの管しかない。


「重丸」

「あるじさま…?」


晴明が声をかければそこから重丸が姿を現した。
眠っていたのだろう。
重丸は眠そうな瞳を必死で開けて目の前の人間へ向ける。
しかしその人物はいつも厳しくも優しい主ではなかった。


「せいめいさま?」

「重丸…お前に命をやろう。」

「…あるじさまは?」

「……重光は今、仕事で手が離せないんだ…だから代わりに私がお前に命じてほしいと頼まれた……聞いてくれるね?」

「…………」


キョロキョロと小さな顔を辺りに向け、自分の主人がいないことに首を傾げる。
何も知らない重丸に晴明は涙が溢れそうになったが何とか耐え、重丸に嘘を告げた。
重丸は晴明の様子に異変を感じたのか、それともただ主人ではなければ嫌なのか…口を閉じ拗ねたように晴明から目を逸らす。
そんな重丸に晴明は小さく苦笑いを浮かべ自分の指と同じほどの大きさの重丸の頭を撫でてやる。
主人よりは嬉しくないが主人の友人である晴明に撫でられ重丸は多少は機嫌を直したのか目線を晴明へ戻した。


「重丸、今からお前はこの洞窟を守れ」

「どうくつ?なんで?」

「この洞窟には強力な妖かしが封印されているのだ…重光は帝から命を受けこの洞窟に封印されている妖かしを見張らなければならない…しかし、あやつはあやつで忙しい身…今日もお前の母や父、兄姉達と数々の仕事をこなさなければならず京から離れられないのだ…残ったのはお前だけ……出来るな?重丸。」


主人がいない理由は幼い重丸でも理解は出来た。
よく父や母達を連れて仕事を出る時はいつも帰りが遅く疲れたような表情を浮かべていたのを重丸は見ていたから晴明の言う忙しいという言葉を疑うことなく信じてしまった。
それと同時に晴明の言葉に重丸は不安そうに瞳を揺らし俯いてしまう。


「……でも…しげまる…まだそんなのできないもん…」

「大丈夫だ…お前はただ封印された妖かしが出てこないか見張ってくれればいい…強力な封印ゆえにそう簡単には破られはせんがもし破られそうならば急いで重光に知らせればいいのだ…お前は何もしなくてもいい…」

「…………」


晴明の言葉を耳にしながら重丸は顔を上げずただただ下を見つめていた。
まだ生まれて3年しか経っていない自分がそんな大それた任務についたところで果たして主人の期待通りに任務を遂行できるだろうか…、重丸はもし失敗し重光や母や父達に見捨てられるのが怖かった。
そんな重丸の心境を汲み取ったのか晴明は手で重丸を包むように手を沿え、晴明の手に重丸は俯かせていた顔を上げた。


「不安が大きいだろうな…お前はまだ未熟だと重光に単独で任務を命じられていなかったのだから……だが重丸よ…お前は私から見ても重光から見ても十分に独り立ちできるほどの力を得ているのだ。」

「ほんとうに?」

「ああ、本当だ…その証拠に重光はお前を私に預けここに連れてきた………私の言葉が信じられんか?」


晴明は己の心の中で『よくもまあ…こんなにも嘘が出てくるものだ』、と自分に向け薄笑う。
それと同時に化け狐の母の血を強く感じた。


「しげまる…せいめいさまをしんじる……しげまる、がんばる。」


見つめていた晴明の言葉を自分が理解できるまで何度も何度も頭の中で繰り返し、理解した重丸は顔を上げる。
その愛らしい小さな瞳にはもう不安も悲しみも消えており、強い決意だけが写されていた。
決意の色が濃く映る重丸の瞳が真っ直ぐ自分に向けられているのを見て晴明は小さな良心がチクリと痛み、しかし顔には出さず複雑な表情を殺し優しげな笑みを浮べて『いい子だ』とまた心にもない言葉を口から吐き出し優しく重丸の頭を撫でる。
重丸は褒められて嬉しいのかきゅうきゅう愛らしく鳴き、その鳴き声が洞窟に響く。
晴明は洞窟に反響する重丸の鳴き声を耳にしながら泣き出したくなるのをグッと耐え重丸の管を壁に突き刺した。


「では今からお前はここに封印されている妖かしを見張り、そして目を覚ましそうになったら重丸に知らせる命を命ずる。」

「はい、せいめいさま。」

「…………重丸…すまない…」

「…?」


ガッと硬い岩に晴明の式神が穴を開け、その穴に重丸の管を入れる。
管狐の住みかとなる管から離れられる距離が限られているため、重丸は晴明が壁に管を突き刺したその瞬間からもう外に出ることは叶わなくなる。
それを知らず重丸は主人と晴明の期待に添えるよう力強く晴明の命令に頷く。
疑う事を知らない重丸の汚れのない瞳に見つめられ、晴明はその瞳から逃げるように目を逸らし小さく謝罪を口にする。
小さくても洞窟には十分響き重丸の長い耳に届いたのだが、重丸は何故謝るのか分からず首をかしげ不思議そうに晴明を見つめた。
これから死よりも辛い思いをするであろう重丸に晴明は耐え切れなかったのか目線だけではなく顔も身体も重丸から逸らし重丸に背を向け立ち去る。

重丸は自分が捨てられた事など露知らず、初めて課せられた使命にやる気を燃やしていた。


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