あれからどれほどの時間が経ったのか…
柊は泣き出す小春を泣き止ませる手段も、慰める手段も持っておらず、どうしたらいいか分からずただ小春を抱きしめてやっていた。
それが功を奏したのか小春の泣き声が小さくなり、すでに鼻を鳴らす音だけが森の中に響く。
泣き止んだのだろうか、と柊は小春の顔を覗き込もうとしたその瞬間――…
柊の背後から血だらけの妖かしが突如草むらから姿を現す。
「―――ッ!」
「柊!?」
柊は突然熱い感覚に襲われてしまう。
小春の背に置いていた手を己のその肩へとやるとぬるっとしたものが柊の手を濡らす。
ゆっくりと手を肩から放し見ると、手の平には赤い鮮血がべったりと付いていた。
「やめて!!重丸くん…!」
「――!」
肩に傷を負わされたと理解したその瞬間に小春は悲鳴に似た声で叫ぶ。
小春の言葉に背後にいる妖かしの気配に気付き、そして殺気に気付き柊は傷を負っていない腕を小春の腰に回し頭で判断するよりも早く咄嗟に横へと避ける。
その瞬間柊がいたその場に太い尾が突き刺さっていた。
「く…ッ」
「柊…!」
重丸の攻撃からは避けられたが、大きく身体を動かしたからか重丸から受けた傷の痛みが柊を襲う。
痛みで苦しげな声をもらし前屈みになる柊に小春は慌てて支えてやるが、自分の腰に回っていない方の肩に手をやると小春の手にも柊の血が付いてしまった。
自分の手の平全てに柊の血がついたのを見て小春は驚愕し顔中の血の気を引かせ面で表情が窺えない柊を見つめた。
「柊…血が…っ」
「だい、じょうぶだ…」
「小春ちゃん!柊!!」
じわり、とまるで布が水を吸うように柊の着物に血が滲んでいく。
広がっていく赤い色に傷の深さが見て取れ、小春は心配そうに柊を見つめるもそんな小春に柊は安心させるように血が付いていない手で小春の頭を撫でてやるのだが、今も赤い色が広がっていくのを見て小春は全く安心も出来ず今にも泣き出しそうな表情を浮べる。
泣き止んだのにまた泣き出しそうな小春に柊が何か慰めの言葉を掛けようとしたその時重丸が現れた茂みから名取が現れ、小春は名取の姿に安堵の笑みを浮かべた。
名取は小春の無事に安堵の息をついた後、自分が使役している柊の肩の傷に目を見張り慌てた様子で息を荒くしている重丸と小春達の間に入る。
「すみません…主様……」
「何を謝ることがある…追わせてしまった私に責任が…」
「小春にあの事を話してしまいました」
「…!」
小春に支えられながら柊は名取へ顔を上げ、申し訳なさそうに謝る。
柊の謝罪を名取は立ち止まり小春をホテルに帰していなかったことを謝っていると思ったのか、首を振るも次の言葉に目を丸くさせ柊へと振り返った。
柊は振り返った主人にもう一度『すみません…』と謝り、名取は無言のまま柊に肩を貸す小春に目線を向ける。
小春も名取の目を見据え、名取はそんな小春の瞳を見てひとつ大きな溜息をつく。
「……言ってしまったのなら仕方ないね…」
「名取さん…重丸くんの怪我………封印するんじゃないですよね…」
「…………」
名取は苦々しく思いながらも小春の問いに重々しく頷く。
小春は意外にも冷静だった。
柊も名取も、重丸の過去を知りもっと感情的になり名取が封印ではなく退治するのだと嘘をついたと知って声を荒げると思っていたのだが…小春は名取を攻める訳でもなくただ悲しげに瞳を揺らすだけだった。
名取は悲しげな目を見るのなら怒号を浴びさせられる方がましだと思い、気まずげに小春から目線を外す。
「騙してすまなかった……君はあの子に心を許していたからね…封印すると言わなければ柊についていかないと思ってね…」
「退治、するしか手はないんですか?」
名取が自分を騙した事はどうでもよかった。
名取の行動は自分を思っての行動だと十分に理解できていたから、騙されたことに怒りは一切なかった。
しかし、封印ではなく退治すると聞かされ小春は何か手はないのかと藁に縋るような思いで名取に問いかける。
だが名取から帰ってきた回答は『ない』…だった。
その回答を聞き小春は開きかけた口を閉ざし、重丸を見上げる。
重丸は既に名取から致命傷を負わされており立っているのが精一杯で太く逞しい腕すら血で染まりいつもなら支えられる自分の体重が倍の重さに感じているのか震えていた。
ホテルではあれほど柊と名取を苦戦させていた重丸が血だらけとなり、小春はホテルでは名取との戦いを見てはいないが柊が手も足も出なかったのを見ていたので今の重丸の姿を見て柊が言ったように寿命が付きかけているのを実感し、悲しげに目線を落とす。
「貴様ら…!よくも我が主を…ッ!!楽に殺させはせんぞ!!!」
重丸は息を整えようとしても名取にやられた傷が深く荒い息は一向に収まる気配はなかった。
そんな苦しみなど目の前の小春を見てしまえば吹き飛んだのかギリッ、と奥歯を噛み締め主人を奪おうとする名取と柊を恨みの色を濃くさせ睨みつけた後名取を喰い殺すつもりなのか口を大きく開き襲い掛かろうとし、襲い掛かってくる重丸に名取はいつもの退治用の札を刺した棒を構え直したのだが…
「ま、まって…待って!!やめて!重丸くん!!」
「!!――ッ駄目だ!小春ちゃん!!!」
小春が重丸と名取の間に割り込んできたのだ。
名取を庇うように腕を広げ小春は名取の前に立ち、それに気付いた名取は慌てて小春を退かそうと手を伸ばし、重丸は勢いを止められず目を丸くさせてたまま名取と小春に襲い掛かろうとした。
そして―…
ブツ、と鋭い何かが肉に刺さる音と共に赤い鮮血の粒が空中に舞った。
「小春ちゃん…ッ!!!」
名取の叫び声が静まり返っていた森に響く。
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