(22 / 26) *10話 (22)

ポタ、ポタ、と赤い滴が地面に落ちていく。
それを名取は目の前で唖然として見つめ、信じられないように目を丸くさせていた。
柊も止めようとした手を伸ばしたまま小春を見つめる。
小春は、小春の身体には重丸の牙が深く食い込まれていた。



重丸も名取と柊同様身体を硬直させ今、自分の口の中にいるのが誰なのかを必死で頭で理解しようとしていた。


「あ…主…様……」


突然の事で重丸は完全に止まっていたがゆっくりと口を開き、小春の身体から牙を抜く。
それと同時にけほっ、と小春は咳き込み血を吐き、力なく倒れそうになったのを牙を抜かれた時に痛みが走った小春の声に我に返った名取が抱き止めてやる。


「小春ちゃん…!小春ちゃんッ!!!」

「ぅ…っ…、……な、とり…さん…っ」

「小春ちゃん!なんて馬鹿な事を…!!何故こんな…ッ!」


名取は自分の腕に抱きとめた小春の声を上げて名を呼ぶ。
その声は悲痛な叫びにも聞こえ、同じく我に返った柊は主人と小春に駆け寄る。
重丸は誰に牙を向いたのか目で見てようやく理解したが、それが小春だったことに頭の中では混乱しているのかただ唖然と立ち尽くしていた。
小春の身体には大きな穴が開いていた。
その穴は重丸の牙の痕で、決して致命傷になるわけではないが一般人で戦った事など一度もない小春にとったら大きく、耐えられない激痛に眉を顰め指1本動かすことも出来なかった。
じわりと服を血で濡らしていく小春の姿を見て名取は必死で血を止めようと傷口に手を当てるも名取の指の隙間から血がどんどん溢れ出し、名取の手は血で穢れていく。
柊も主の手の上に自分の手を重ね血が溢れるのを防ごうとするも溢れる血を止めれず柊の手も血で真っ赤に染まっていく。
自分の血で手を赤く染め今にも泣き出しそうな名取に小春は弱弱しく笑みを浮べる。


「ごめ…、さい……」

「喋るな!小春!!」

「ごめ…でも……とめ、たくて…」


喋れば更に容体が悪くなる一方で、柊は怒鳴るように声を荒げる。
そんな柊に小春は弱弱しく笑みを深め小さく咳き込むが、それでも小春は涙を溜める名取と必死で助けようとしてくれている柊から重丸へ目線を移し、重丸は唖然としていたが小春と目と目が合うとビクッと身体を揺らす。
重丸のその仕草や表情はまるで親に叱られると怯える子供ようで小春は目を細め微笑んだ。


「さみ、しい…だけなのに……ただ、寂しくて……ただ…悲しいだけ、なのに……もう、ながく…ないっていう、理由だけで……殺されるなんて…いやだ…よね…」

「……あ、るじ…」

「だ、から…いっしょに、いてあげる……」

「え…」

「小春ちゃん!?なにを言って…」


小春の微笑みと言葉に重丸は戸惑いの色を隠せなかった。
自分に傷を負わされたのに関わらず小春の瞳は恐怖1つなく怯える様子もない。
ただ優しく微笑んでくるのだ。
優しく縋りたくなる言葉を掛けてきてくれるのだ。
自分が苦しく痛い思いをさせた原因なのに関わらず…小春は微笑みかけてくれる。
それだけでも泣きそうになるのに小春は一緒にいてあげると言った。
それに名取が止めに入るが、小春の小さな手が名取の服を掴み名取はハッとさせ口を閉じる。


「少しだけ、で…いいんです……この子も…もういなくなってしまう………私は…側にいて、あげたいん、です…」

「だが…夏目はどうするんだ………夏目の事だから君を取り返しにニャンコと共に来るかもしれないぞ?」


小春は影鬼の時、見送ってあげる事ができなかった事を心のどこかで悔やんでいた。
夢で見送ったと言ってもそれは所詮夢である。
名前を返されたとき、側にいたのに気付かず気を失って見送ってあげれなかった事をずっと心残りで仕方なかった。
だからせめて重丸だけは見送ってあげたいと小春は思う。
小さく首を振る小春に名取は悲しげに眉間にシワを寄せ、兄の名を出す。
兄である夏目の名を言われた小春は一瞬迷いが生まれ瞳を揺らすが、その迷いはすぐに消し冗談のように言う名取の言葉に困ったように笑う。


「それは…困っちゃい、ます、ね……」

「困ったどころかこの辺の妖かしさえ嗾けかねないな…」


困ったように笑う小春に名取は笑いながらまた冗談を言った。
しかし泣きそうなのには変らず小春はその悲しげに笑う名取に目を細め『そう、ですね…』と呟き『でも…』と続けた。


「でも……そうなったら…私がおにい、ちゃんに…理由を…い、って……待ってて、もらいます…」

「……それでも夏目はきっと引き返さない…」

「…だったら……兄妹の、縁を…切ります…」

「!――小春ちゃん!たった一人の血の繋がった兄じゃないか!何を言うんだ…!」

「命短い…子を…見捨てて…連れ戻す……兄なんて…兄妹、なんて…いらない…」

「…!」


縁を切る、とはっきりと迷いもなく答えた小春に名取は目を見張った。
小春がまだ車椅子で生活している時に出会った名取でも見て取れるほど仲がよく、まさか小春が簡単に縁を切るというとは思っていなかった。
それと同時に名取は小春が重丸と同じく寿命が短いと言われていた事を思い出した。
夏目と出会う時、それらしい事を仄めかしてだが聞いたことがあった。
名取はそれを思い出し、自分も命短いと言われ先を見れば死だけ。
病院に縛られ幼かったゆえに兄は見舞いにすら満足にできず、親戚は病院に入れれば顔さえ見せない。
そばには影鬼である綾部がいたとしてもずっと寂しいと感じていたのだ。
だから小春は重丸の悲しさも、辛さも、そして怖さも知っていた。
だから…小春は側にいると言えた。
名取は小春の気持ちを汲み取ったのか傷口にやっていた手と肩を抱いていた手の力を強め抱きしめるように身を寄せる。


「なとり、さん…?」

「…ッ」


抱き寄せられた小春は名取に不思議そうな顔で見上げたが、名取が息を殺しながら涙を流しているのに気付き微かに目を丸くさせる。
すると名取の涙が小春の頬に落ち、自分の血で汚れた頬を濡らしていく。


「君は…君達はなんで…ッ」

「だって…この子達、のこと…私は見えるから…」

「え…」

「見えて、聞こえているから……放っておけないもの…」

「小春ちゃん…君は……君達は…」


名取はこの言葉を以前聞いたことがあった。
小春の兄、夏目と初めて会った時に聞いた言葉である。
その時とは状況は違うが全く同じ言葉を口にする小春に無償に悲しみがこみ上げてきてまた一粒涙が小春の頬に落ちた。

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