次の日、北本の父親から谷尾崎の住所を教えてもらった夏目は早速学校が終わり小春の散歩も兼ねてその住所にある家に行こうとしていた。
しかし何故かお面を被った垂申も後ろから着いてきていた。
「なぜお前らまで着いてくる…」
「「面白そうだから」」
「あのなぁ…」
「あ!あの人の匂いがする!!近い!!」
燕は後ろに居る煩いギャラリーを気にすることなく、懐かしい人間の匂いを感じ嬉しそうにその人間のところまで駆け寄ろうと走り出そうとした。
「いいのか?夏目。」
「え…」
「やつは"会いたい人間がいる"とは言ったがそれが好意からだとは限らんぞ。祟ろうと思っている相手かもしれんだろ?」
「…!、燕!待て!」
珍しく小春の膝に乗らない斑の言葉に見送ろうとした夏目はハッとさせ駆け寄ろうとした燕の着物を踏んで止めるのだが、思いもよらない夏目の行動に燕は派手に転んでしまう。
「〜〜〜ッお、のれタヌキだるま!!邪魔するな!!」
「やるか!?このB級妖怪!!」
転んでしまった燕は痛む額を押さえながら原因でもある斑に掴みかかろうとするもスラリと交わされ小春の膝の上に避難する。
小春は突然膝の上に重いものが乗っかり、ビックリするもその手の感触から斑だと気付きフフ、と笑みをもらす。
燕は小春の膝の上に逃げられ小春も嬉しそうに斑の体を撫でているため下手に手も出せずギリギリと歯を噛んだ。
すると小春は顔をあげ、斑を撫でていた手を燕へ伸ばし燕の赤くなっている額へそっと触れる。
「…!!」
夏目はそんな妹を不思議そうに見ていると小春の手が燕の額に触れた瞬間赤くなっていたところがスーッと消え、燕は痛みが消えた感覚に目を丸くさせる。
「傷が…」
「い、痛みも消えました…」
「…………」
「…………」
唖然とする夏目と燕をよそに小春は『もう痛くない?』と言わんばかりに小首をかしげ笑った。
まるで先ほどのやり取りを見ていたような小春に夏目は目を見張ったまま小春の後ろ姿を見つめるのだが、ただ斑と垂申だけは無言のままだった。
「やはり…友樹の孫ですな…」
「ああ…」
「どういうことだ?」
静まり返っていたその場で最初に口を開いたのは垂申だった。
垂申はやはり、と呟き、その呟きに斑は頷いた。
2人だけが納得している事に夏目は首を傾げるが、垂申も斑も無言を通し夏目は仕方なく溜息をつき小春を見つめる。
("あの時"も小春は手を通して何かをした…あれはなんだったんだ…?)
"あの時"、とは燕を一度祓った夜のことで、夏目は片手をソッと己の頬へ持っていく。
4人もの妖の名前を返して疲れきっていた夏目に小春は夏目の両頬に手を伸ばして包み込んだ。
その瞬間暖かく優しい物が自分の体に流れ込んでくるのを感じて小春が手を放せば疲れも吹っ飛んでいた。
それを不思議に思うも小春に聞きす気になれず、夏目は目を伏せた後空を見上げる。
(小春には、静かな日常を送ってほしいと思っていたんだが……こいつらと一緒じゃ無理か…)
こいつらとは斑達妖のことで、夏目はハハ、と小さく笑いをもらす。
斑と燕は喧嘩していて夏目が笑ったことは気付かない。
「………」
しかし夏目の背中を見つめていた垂申がにやりと口端を上げた事に斑も夏目もそれに気付くことは無かった。
喧嘩も落ち着き、夏目はとりあえず事情を聞こうと燕へ目をやる。
「燕、とにかくなぜ逢いたいのか話してみてくれないか?」
「はい…遠い遠い昔私は鳥の雛でしたがある日、巣から落ちてしまいました…それを人間が拾って巣へと戻してくれたのです……けれど私にはすっかり『人の匂い』がついてしまっていて親鳥は巣ごと私達を放棄してしまいました…飛ぶこともできず兄弟たちの命が次々と消えていき私だけが最後まで生き残ってしまいました……悲しくて、悲しくて、気がついたら物の怪となっておりました…けれどある日…茂みの中で悪鬼となり動けなくなった私に餌を置いていく人間が現れました……それは毎日、毎日…妖怪を見る力ないようでしたが闇に目だけ光って見える私を野良犬だとでも間違いだのでしょう……それでも私は彼が運ぶ人の匂いに拾ってくれた者の温かさを思い出して村が水底に沈んだとき心静かに眠れたのはあの人のおかげなのです…」
燕の言葉に夏目は静かに聞いていた。
悪鬼となった燕など想像できなかったが小さい頃から色々な妖を見て来た夏目は否定も出来ずただジッと懐かしそうに放す燕を見つめていた。
「あ…!」
昔話をしていると燕の視界に求めていた人間を見つけ、今度は夏目に服を踏まれることも斑に邪魔されることもなくその人間の所へ駆け寄ることが出来た。
しかし―――…
夏目はその光景を見て目を微かに見張る。
(どうして…どうして見えないんだ……あんなに、あんなに…)
燕の姿は普通の人には見えず、その人間…谷尾崎は自宅に帰るため燕に目も呉れず素通りしていく。
それでも燕は一生懸命彼に話しかけ満足したのか彼に向けて手を振って見送った。
その姿はとても切ない…と夏目は心で呟く。
――どうして…俺は見えてしまうんだろう…
夏目達も家に帰り、部屋に戻ると満足した燕が夏目と小春に頭を下げてきた。
「夏目様、小春様…ありがとうございました…二葉へと帰ります……本当に夢のようでございました…もう思い残すことありません」
「そんなにあの男が気になるならもう村へは帰らなくてもいいんじゃないか?」
夏目の何気ない問いに燕は一瞬きょとんとさせたが、次にはふと笑みをもらす。
「ふふ、実はあの人に取り憑いてやろうかと思った頃もありました…けれど何時しかそれは好意へと…それに私は兄弟たちと同じあの地で眠りたいのです……夏目様、小春様…ありがとうございました」
「…村はまた水没するまでいてもいいぞ」
「え…しかし…」
「その代わり取り憑くのは俺にしてくれないか?小春の体は丈夫じゃないんだ」
逢いたいという願いは確かに叶った。
しかしそれはどこか違う気がして夏目は甘い言葉を口にする。
情が移ったと言われれば否定は出来ないが、それでも夏目はきっとこのまま二葉村へ帰したら後悔することを知っているから見て見ぬふりもできなかった。
燕は夏目の言葉に目を丸くさせたが、小春ではなく自分に、という夏目の条件に我に返り慌ててお礼を言って頭を下げる。
そんな燕に夏目は優しげな目線を送る。
6 / 8
← | back | →
しおりを挟む