(7 / 8) 2話 (7)

夏目に取り憑いた燕は毎日彼の通勤路の見える丘へ足を運んでいた。
彼が見えた燕はいつも手を振って声をかけるがやはり妖が見えない人間に燕の声が届くことはなく、夏目は燕の声を本を見ながらただ聞いていた。
どうすることもできない歯痒さにグッと本を持っている手の力を強める。


「夏目様、今日はもう休ませて頂きます…ありがとうございました」

「ああ、お休み」


今日も学校の帰りに丘で谷尾崎に声をかけ終えた燕だったが、疲れたと言って夏目の許可を貰いその場から姿を消す。
最近燕の霊力が薄れてきている気がする、と夏目は家に帰る途中に思う。
そして、


(小春も体力がなくなってきているような…)


小春も燕ほどではないが最近何処か疲れたようによく眠っている。
今日の朝も調子が悪いと言って寝込んでいるままで心配だが学校もあるため後ろ髪を引かれる思いで家を出た。
妹の事を思い夏目は無意識に歩く早さも上がり、予想以上の早さで自宅へと帰ってきた。
家につくと玄関前に垂申が立っておりその腕には眠っている小春が抱かれ、夏目は微かに目を見張った後首を傾げながら垂申に近づく。
垂申はまるで夏目を待っていたように立っていた。


「あれ…垂申?何でお前が……っていうか何で小春を抱いてるんだ?」

「ふふ、今宵は二葉祭りがありますのでその事を小春殿にお教えしましたら是非行きたいと申しまして。」

「ふたばの祭り?」


『それとお酒を持ってまいりました』と酒が入っている入れ物を夏目に見せる為に垂申は両手が小春で塞がっているため体を傾けて見せる。
体を動かすとチャポン、と音が夏目の耳に届く。
夏目は水音を耳にしながら首をかしげ、夏目の問いに垂申はゆっくりと頷いた。


「はい、元々二葉村は蓋場と言いまして闇の境界があやふやなところでして、4年に一度妖怪が集まって祭りをしておりました…水没して以来出来なかったのですが、干上がっているうちに一度やっておくかということになりまして」

「へえ…」

「踊ったり飲んだり賭けをしたりと競争をして優勝者には一晩だけ人間の姿になれる浴衣が送られたりお祭り騒ぎでフィーバーフィーバーなのですよ」

「え…ちょっと待て…今…何て言った?」

「お祭り騒ぎでフィーバーフィーバー」

「いや、そうじゃなくて…人間の姿になれる浴衣って…?」

「おや、興味おありですか?――――行って、みますか?夏目殿。」

「………」


垂申の説明を聞き夏目はある言葉が頭に引っかかりもう一度行ってくれと頼む。
夏目は人間になれる浴衣と聞き、一瞬燕の姿が映り、垂申の誘いに戸惑うことなく頷く。
それに垂申は目を細めて薄く笑った。





夏目は垂申に手を引かれて走っていた。
片手で小春を抱き、垂申は空いた手で逸れないようにと夏目の手を引いたのだ。
小柄な少女とは言え人一人軽々と疲れる様子もなく持っているの姿には流石妖といったところだろう。
最初、小春は眠っているから寝かせようと夏目が言い出したが垂申が『大変楽しみにしていらしたので先ほど着いたら起こすと約束してしまいました』と言い出し、妹に滅法甘い夏目は渋々小春を連れて行くことを了解する。
もう祭りが始まる時間だと言って垂申は急ぐように走り、垂申に手を引かれている夏目も止まらず走る。
するといつもの飲みに行っていた斑が夏目と小春に気付き夏目に声をかける。


「何処へ行く?夏目」

「ふたば祭り!」

「何!?」

「…チッ!」


斑の登場に垂申は舌打ちを打ち、斑は夏目の言葉に声を上げて本来の姿へ返る。


「あんな妖怪達の祭りに行ったらお前達など喰われるぞ!夏目!!」

「え…!?」

「むっ!?お主斑か!?邪魔するな!!」


招き猫の姿では斑とは解らなかった垂申は本来の姿を見てようやく斑だと気付き目を丸くさせた。
しかし邪魔する斑に眉間にシワを寄せ睨みつけ、夏目は斑の言葉に驚愕させる。
睨みつける垂申に斑も負けじと睨みつけ素早い動きで夏目の襟を銜え垂申から離れさせ、小春も垂申から奪い取り夏目に渡す。
夏目は垂申が食べる事を目的に小春を連れて行こうとした事を知り今度は奪われないようにギュッと小春を抱きしめた。


「夏目と小春を連れて行って皆で酒の肴にする気だな!?」

「人を喰って何が悪い!!ましてその小娘と小僧はあの友樹とレイコの孫!!影鬼とレイコが居ない今獲物を目の前にやすやす見逃す馬鹿はおらん!!人間に関わって腑抜けたか!斑ともあろう者が人間に情を移すとは笑いものだな!!」

「夏目と小春を喰うのは私だ!!こいつとはそういう約束だ阿呆!!」

「そんな約束してないぞ!!っていうか小春まで喰おうとしてたのか先生!!」


獲物2つを取られ怒り心頭の垂申だったが斑も負けじと威嚇し、斑の言葉に夏目が怒鳴り散らす。
斑に怒っていた夏目だったがふと息をつき落ち着かせ再び斑へ見上げた。


「けれど浴衣の話は嘘ではないだろ!?小春も俺も肴になるつもりはないがその浴衣には興味がある!先生!連れて行ってくれないか!?」

「な…なんだとぉ!?お前また面倒なことを…!大体小春はどうするというのだ!」

「時間が無いんだ!仕方ないが小春も連れて行く!」

「おま…ッ」

「…………」


連れて行けという夏目に斑は垂申から夏目へ目を移し信じられんと顔に書きながら夏目に声をあげた。
妹も連れていく気か、という斑に夏目は頷き、今度こそ斑は言葉を失う。
そんな夏目に垂申は斑に向けていた険しい表情を引っ込めジッと夏目を見下ろす。


「…あんな下級の為に?あなたに利など何もありませんよ、夏目殿。なぜそんな馬鹿馬鹿しい事を!」


垂申の問いに夏目はゆっくりと斑から垂申へ目線を移し…



「――情が移ったからさ!!友人の為に動いて何が悪い!!」



はっきりと言った夏目の言葉に垂申は言葉を失った。
ただ『馬鹿め!馬鹿ったれめ!!だからガキは好かんのだ!!面倒ばかり起こしおって!!』と自棄になって叫ぶ斑の言葉にはしっかりと頷いていた。





「これでよし…」


本来の姿から仮初の姿へ変えた垂申は着物に着替えた夏目の目を覆うように『目』と書かれている布を巻く。
斑も既に招き猫の姿になっており、小春は近くの小屋を背もたれに寝かされ兄と同じく布を巻かれていた。


「墨に私の血を混ぜたのでこれで妖怪たちはあなたを人だと気付かない。しかし布がずれるとバレて喰われてしまいますのでご用心を。」

「今更だが俺が入っても何も言わないのか?」

「ええ、飛び入り歓迎、妨害行為もオッケーで妖力を使わずあの杉の上の浴衣に1番早く触れた者が優勝です。」


先ほどの垂申とは違い低く落ち着きのある声に先ほどまで警戒していた夏目も警戒を取り、1つ疑問をぶつける事にした。


「なぜこんな風に手伝ってくれるんだ?」

「面白そうだからですよ…それにあなた方を食べてしまったらレイコに呪われそうですしね。」

「………」


それは…否定できないな……、垂申の言葉に夏目と斑は否定できなかった。
特に最近レイコの人格を知った夏目は垂申に申し訳ない一心である。
すると太鼓が鳴る音がし、垂申は『始まりますよ、いってらっしゃい』と言って夏目の背中を押してやる。
夏目は数歩前に出て垂申へ振り返った。


「お前もやっぱりこの村に残るのか?…沈んでしまうのに…」

「何者にでも離れ難いものはあるさ……」


夏目の問いに垂申は小さく笑う。
垂申の言葉に夏目は納得したように小さくもらし、お礼を言って妖達に混じっていった。
その姿を見送り垂申は目を細める。


「ふふ、流石に少しレイコに似ているな……もっともレイコとはこんなに話したことなどないがな…」

「………」


昔を思い出すように呟く垂申の言葉を耳にしながら斑は頷くわけでも否定するわけでもなくただ口を閉じ祭りを見つめていた。
今までゆっくりと太鼓が叩かれたが次第に早くなり祭りの始まりを知らせる。


「おー始まった。しかしあんな短い手足で物の怪に勝てるわけがなかろうに…」

「全くだ、馬鹿でかなわん」


大勢いる中に人間がいるとは思いもしない妖達は1日だけ人間になれるという浴衣を目指し近くにいる者を踏み、退かし進む。
もう誰を誰が踏みつけ殴り退かしたかは誰も気にもしていなかった。
夏目は自分より大きな体を持つ妖達に押され苦しそうにし、その姿を見ていた斑は本来の姿に戻り夏目に駆け寄った。
斑の声に夏目は咄嗟に手を伸ばし、斑の毛を握り斑の上に乗り込む。
垂申はそれを見送り酒を煽ったあと小屋に持たれて眠っている小春へ目を移す。


「…………」


ゆっくりと小春のもとへ歩み寄り、しゃがんで顔に掛かっている髪を払ってやる。
髪を払えば小春の顔が露となり、垂申は静かに目を細め小春の頬を指の背で撫でるように擦る。


「本当に…友樹によく似ておるわ…」


垂申のその呟きは昔を懐かしみ愛しいと感じられる声色で、その目線もどこか優しい。


「命短いのも友樹に似ている……どちらも短命でいかんな…」


その呟きは優しげだったが次第に悲しげに変る。
しかし愛しげなのは変らず垂申は自分の影の中で蠢いている深い影に気付くことは無かった。


そして人間になれるという浴衣を手にした夏目はその浴衣を燕へ送り、浴衣を羽織り手を振って彼のもとに向かう姿が夏目が燕を見た最後の姿である。


谷尾崎に見せてもらったという写真には着物を纏い幸せそうな燕が映っていたと小春は夏目に聞き嬉しそうに笑った。

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