(25 / 26) *10話 (25)

あれから、小春は痛みもなくすぐに目を覚ました。


「小春ちゃん!」

「小春!」

「な、とりさん…柊…」


名取が後ろから支えるような体勢だったが、いつの間にか再び抱きかかえられている体勢に戻っており、小春は自分の顔を覗きこむ名取と柊を視界に治める。
不思議と痛みもなく、ふと名取と柊を見て小春は違和感を感じた。


「柊…肩の傷…」

「ああ…いつの間にか消えたのだ…」


柊が受けた重丸からの傷がなくなっていた。
それだけではなく、重丸と戦いボロボロだった名取も綺麗な姿へと戻り背中の傷も消えているという。
小春は2人の姿に自分も怪我をしていることも忘れ慌てて起き上がったが、痛みが一向に来ないことに首を傾げ自分の体に目をやる。


「わ、私の傷も…なくなってる…」


そう、名取と柊だけではなく自分の体の傷もなくなっていたのだ。
小春は信じられないように目を丸くさせ自分の体という体を見て傷を探した。
しかし傷だけはなく、牙で破れた服も何事もなかったように元通りになっており、血などどこにもついていない。
小春は言葉をなくしながら理解できなくてつい名取へと目線を移した。
名取は小春に見つめられ苦笑いを浮かべる。


「多分重丸くんがいなくなったからだと思う…かな?」


言わなくても何を疑問に思っているのか手に取るように分かる小春の表情に名取は推測にしかならない答えを言った。
しかし推測だがそうとしか思えなくて、それには小春も同じなのか名取の答えは意外にも小春の中へすとん、と入っていく。
驚きも静まった小春は花びらが舞っているのを見て哀しげにその舞う花びらを見上げた。


「重丸くん…いなくなってしまったんですね…」

「そう、だね……」

「まだ、重丸くんとの約束…1個も果たせなかったのに…」

「小春ちゃん…」


「それだけでも…」


「「「――!」」」


涙を溜め、瞳を揺らしながら重丸を思い悲しむ小春に名取は慰めの言葉が見つからなかった。
夏目や小春に出会うまで妖かしとは共存できる存在とは見れなかったため、この時かける言葉など元々持っていなかったのだ。
そんな自分に嫌気がさしながらも慰めるように小春の肩を撫でてやる。
すると名取でも小春でも柊でもない声がその場に響く。



「あなたがそう言ってくださっただけでも…重丸はきっと嬉しく、そして幸せだったのでしょう…」



新たな人物の声に名取と柊はハッとさせ、前方へ顔を上げるが、2人は目の前の人物に目を丸くし唖然としていた。
それに疑問に思いながら小春も2人が見ている方向を向くと名取達と同様驚愕した表情でその人物を見るめる。



「し、支配人…さん…?」



小春達の前に現れた新たな人物とは、ホテルの支配人だった。
初老の優しげな笑みを浮かべたままの支配人は唖然とする3人を見て笑みを深める。


「あの…」

「私の名は久保重光……重丸の主でございます…」

「!――久保重光!?」


久保重光と言う名に誰よりも反応したのは名取だった。
名取は重光という支配人を唖然と見つめ、小春も名前を聞き名取より少し遅れたが目を見張り重光を見つめる。
驚きが隠せない3人に重光は笑みを深めた。


「私はずっと待っていました…」

「待っていた…?」

「はい…重丸を救ってくださる方を…ずっと。」


重光の言葉に小春と名取、柊はお互いの顔を見合わせる。
怪訝そうにする3人をよそに重光は続けた。


「重丸は…ずっと私を探していたのです…」

「重光さんを探してた…?それってどういう…」

「………」


小春の問いかけに重光は目を伏せた後、小春や名取へ目線を戻し哀しげに笑う。


「重丸は私を私だと認識できなくなっていたのです」


重光の言葉に小春達は目を丸くさせる。
あれだけ主人を想い、主人を求めていた重丸なのに重光を主人と認識できなかったと聞けば当たり前だろう。
それでも重光は悲しげな笑みを深め思い出すように目を瞑った。


「あれは…そう……重丸が始めてあのホテルに来た時の事……」


重光は全てを語った。




重光は友人のライバルである道満の式神に無残にも殺された後、気付いたらあのホテルにいた。
1000年前にはなかった服装、建物の作り、顔を隠すのが当たり前だった女性が顔を隠さず、露出をした服を着る始末。
重光はまるで眠っていたように瞑っていた目蓋を開ければ信じられない光景が広がっており、暫く立ち尽くしていた。
なぜ、天国でも地獄でもないこの場にいるのか、そして死んでいるのか死んでいないのかなど重光には分からず、ただただ立ち尽くしていた。
そして数日後、重光は重丸と再会することになる。


「重丸…!!」

「…だれ?」


人の子に化けた重丸はこのホテルに気付き興味本位で足を踏み入れる。
それが重丸と重光との再会になったのだが、重光は重丸の事をすぐに分かった。
しかし、重丸は重光の事を覚えていなかったのだ。
それは重光の格好が違うからということではなかった。
重光は容姿や声など服以外の全てはそのままだったからあれほど懐いていた重丸が覚えていないというのは可笑しかった。
重光は自分を全く覚えていない重丸に唖然とする。
そして自分が重光だという事を伝えようとするも何故か口は開くが声が出せなかった。
声が出せないのなら紙に書けばいい、と紙とペンを用意して書こうにも今度は手が動かなかった。
まるで誰かに押さえつけられているように手が動かず一文字も書けなかった。
そのため重光は自分が主人だということを知らせる事も気付かせる事も出来ず、寂しい瞳を見せる重丸を受け入れることしか出来なかった。
それは使役している狐達を子供のように愛していた重光にとって死より辛いことだった。




「それからあの子はまるで私を探すように妖力のある者をあのホテルに惑わせ主人になるように願ったのです…ですが……どの方もあの子の求める主人になれなかったのか…すぐに帰され、そしてまた次の新しい人を探しホテルに連れて行く…それの繰り返しだったのです…」

「じゃあ…私達は……」

「…世間では行方不明と思われているでしょうね…」


重光は申し訳なさそうに眉を下げて答えた。
小春は『行方不明』、という言葉にサーッと血の気を引かせる。
名取はそんな小春を見て小春の脳裏に某2人を思い浮かべているのだろう、と手に取るように分かり苦笑いを浮かべた。
しかし名取自身も笑っていられないと苦笑いを引っ込める。
小春関係の夏目と斑は容赦がないから洒落にならないのだ。


「名取様も小春様もあの子の我が儘で酷い目に合わせてしまい…大変申し訳ありませんでした…」


血の気を引かせる小春と苦笑いを引っ込める名取を見て重光は申し訳ないと深々と頭を下げる。
それを見て小春は慌てて頭を上げさせようとするも、重光は決して頭を上げる事はない。


「…あなたは…これからどうするつもりですか……」


名取の問いに重光は上げる事のなかった頭をゆっくりと上げ、名取へ目を移す。


「私は、もう消えましょう……私もまた重丸の作り上げた幻影…重丸が逝った後、私はもう用無しとなりますから…」


気付いたらこの現世にいてずっと重丸を見守っていた重光。
それはあまりの寂しさゆえに重丸が無意識に作り上げた幻影だった。
騙す事を得意とする狐だった重丸は強くなっていく力の中で気付かないうちに己さえも騙してしまっていたと重光は答える。
自分さえ気付かないからこそ、重光が主人である事を伝えることも気付くこともなかった…と答える。


「小春様…これを…」


重光はあるものを小春に渡す。
それは犬笛ほどの大きさの金属製で作られた管だった。
その管を小春は首をかしげながら受け取り、受け取った小春に重光は嬉しそうに微笑む。


「あの、これは…」

「管狐です…」

「え…!?」


反射的に受け取ったとは言え、小春は手の平に転がる管を見て首を傾げながら重光へ顔を上げる。
重光は微笑んだまま答え、その答えに小春は目を丸くさせる。
それは小春だけではなく名取も重光の答えに驚いた表情を浮かべていた。


「管狐…?なぜ管狐が…あなたは幻影だと言っていたのでは?」


妖力があるとは言え、所詮は幻影。
新たな妖かしを作れるほどの力はなく、名取は小春の手の中にある管を見つめた後怪訝そうに重光へ顔を上げた。
名取の問いに重光は懐かしそうに目を細める。


「生前重丸が弟が欲しいと言っていたので…作っていたのです。」

「待ってください…何度も言うようですがあなたもホテルも、そこにいた人間達も幻影だったんですよね…では、この管狐も幻影なのでは?」


質問ばかりだと名取は心の中で呟きながら矛盾ばかりの重光に再度問いかけた。
だが、名取の思う答えとは違い重光は静かに首を振った。


「この子はホテルのフロントの上に置いてありました…私が置いたわけでもなく、重丸を驚かせようと密かに作っていたので当然重丸はこの子の存在など知りもしません…幻影だと言っても私も一介の陰陽師…本物か、そうではないかなど見分けは簡単です。」

「では…一体誰が…」

「それは分かりませんが…私が消える今…この子には親が必要なのは確かです……小春様、この子の親になってくださいませんか?」

「え……ええ!?」


『不思議なこともあるんだなぁ…』と思って他人事のように聞いていた小春に重光は貰ってくれと言い出し、小春は呆気に取られてしまう。
大袈裟とも言えるほど驚きが隠せない小春に重光は笑みを深める。


「もし小春様が貰ってくださらなかったらこの子は死にますね。」

「そんな笑顔で言われても……」


にっこりと晴れ晴れとした笑みに小春はグッと言葉を飲み込む。
貰ってくれと言われるより、理由を言ってくれた方が貰いやすいがその方法がどこか間違っている…小春は手の中の管を優しく握り締めながらそう心の中で呟いた。
『死んじゃうのは流石に可哀想なので…受け取ります…』と呟く小春に重光は嬉しそうに笑い、そして――


「重光さん…!」


重丸の時同様重光の身体は花びらとなり小春達の前から姿を消していく。



「何から何まで本当にありがとうございました……これで、重丸のところへと逝けます…」


重光はもう一度3人に頭を下げ、そう伝えた瞬間完全に姿を花びらへと変えた。
ブワッと突風に舞う花びらに小春達は目を瞑ったその瞬間、


まだ小さかった頃の重丸が重光に駆け寄り、嬉しそうに涙をためながら擦り寄る姿が小春の脳裏に映り…


小春は長い間すれ違いだった2人が再会した姿を見て嬉しさと切なさに涙を一粒零す。

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