不思議そうな目で見送る塔子など気付かず夏目と小春は妖かしを追いかけていた。
「あれは手負いだな。」
「あ…!落ちちゃった…!!」
斑が妖かしを見上げながらそう呟くと妖かしは力尽きたように森へと落ちて姿を消す。
小春の声と目に見える妖かしの落下に夏目は走るスピードを速め、小春も兄の後を懸命に追いかける。
基本夏目兄妹は文化系であって体力には自信がなく、小春はすでに息が上がっていた。
「いた…!」
夏目達が駆けつけた時、妖かしは立つ力がないのか座り込んでいた。
その妖かしは身体中が傷だらけで着ている着物もボロボロとなり、何者かにやられたと誰でもひと目見て分かるだろう。
妖かしは足音と気配に気付いたのか恐る恐る顔を上げ、夏目と小春を見た瞬間目を丸くさせる。
しかし――
「――!!」
妖かしの前方から別の大きな顔だけの妖かしが小春達を見ていた妖かしを口に咥えその場から素早い動きで去ってしまった。
小春と夏目は突然の出来事に唖然とし、声すら出ず持っていた物を落としてしまい立ち尽くしてしまう。
そんな夏目達の前に1人の見覚えのある妖かしが降り立ち、2人は我に返る。
「柊…」
「逃げたか」
「………」
夏目達の前に降り立ったのは2人との関わりもそれなりに深い柊だった。
「夏目、小春ちゃん…?」
そして、柊がいると言うことは柊の主である名取もいるということ。
名取は柊とは少し遅れて現れ夏目と小春を視界に納め微かに目を見張った。
夏目は名取へ目線を送った後地面にある銜えられていった妖かしの血溜まりを見つめ眉を顰める。
小春も名取から地面の血溜まりへと目線を移した後眉を顰める兄へと目を配る。
そんな夏目と小春をよそに名取は羽と血溜まりへと歩み寄りゆっくりとしゃがみ込んだ。
「質の悪い奴だ…この辺の妖怪を食い荒らしていて最近は家畜も襲い始めたらしい…退治させようと柊に探させたら君たちに出くわした…と、言うわけだ。」
そう夏目と小春に説明をしながら名取は血溜まりの側に落ちている黒い羽へと手を伸ばし、くるくると羽を指で回す。
その名取を夏目と小春は無言で見詰めた後夏目は思い出すようにぽつりと呟く。
「あの鳥の妖怪…俺と小春を縋るような目で見てました…」
「君と小春ちゃんの妖力は強いからそれを感じて助けを求めに来たのかもしれないね…」
「………」
「…夏目、この仕事…組んでみないか?」
「へ…?」
名取の言葉に小春も夏目も、縋りつくような目で見て来た妖かしの姿が脳裏に映る。
あの一瞬の出来事があまりにも衝撃的だったのか、小春の脳裏にその一瞬の出来事も焼き疲れており小春は助けられなかったことに後悔の念に苛まれてしまう。
名取は誰が見ても分かるほどあからさまに落ち込む2人を見ながら重い口をゆっくりと開き、名取の言葉に自分達の目の前で命が消えてしまった妖かしの事を考えていた夏目はきょとん、と呆ける。
そんな夏目などよそに名取は続けた。
「君には…君たちには力がある…君たちの力を頼りにしている連中もいる……放っておけるかい?」
「…………」
名取の問いかけに夏目は答えられなかった。
今は無理でも明日だったら出来るかもしれない。
でも、明日は無理でも今は出来るかもしれない。
どっちにしろ夏目は自分が…自分達が出来る範囲が分からず答えられなかったのだ。
黙ったままの夏目を小春と斑も黙ったまま口を挟まずただ意味ありげに夏目を見つめ、見上げる。
2人の目線に気付いているかは不明だが、何も答えられない夏目に名取は懐から1枚の大きな紙を渡した。
「明日の夕方、呪術師達の会合がある。」
「呪術師?」
「会合って…なんですか?」
「妖怪の多いこの地で時々術を行う人達が集まるんだ…ただ感じるだけの人や、本当に見える人がね。」
「え…」
「興味があったらおいで」
名取や田沼以外で見える人や感じるだけの人が集まると聞き、夏目は地図が書かれている紙から名取へと顔を上げる。
決して興味深そうというわけではないが夏目が反応を見せた事に名取は目を細め笑う。
しかし小春へ目線を移し、『ああ、でも小春ちゃんは駄目だからね?』と告げた。
その名取の言葉に兄が持っている紙を覗き込むように見ていた小春は目を丸くさせ驚愕した顔を見せる。
「えー!?なんでですか!?」
「会合には色々な人がいるから危ないだろ?」
「じゃあお兄ちゃんはいいんですか?」
「夏目は男の子だ…それにニャンコもいる……でも小春ちゃんは女の子だし、見た目がどうも攫ってくれと言っているようなものだ…呪術師という者は変な趣味を持っている者が多いから違う意味で小春ちゃんは危険なんだ。」
例えばロリコンとか、ロリコンとか、ロリコンとかね。…と誰を示しているか分からないがニッコリと誰もが見惚れる笑みを小春に向ける。
しかし兄で免疫のある小春はキラキラオーラなどもろともせず脹れ顔を名取に見せる。
「でも!お兄ちゃんにニャンコ先生がついているっていうなら!!私には管太郎がいます!!」
「くだ…管太郎…?」
自分だけ留守番というのが気に入らない小春は首に下げていた管を服の中から引っ張り上げ名取に見せる。
名取は管もその中にいる存在も知っているので驚きはないが、小春の言った名前らしい言葉に怪訝そうに眉を顰め首をかしげた。
そんな名取など露知らず小春は必死に用心棒がいるから連れてけと名取を説得しようと管を見せる。
その中から名前を呼ばれた妖かし…管狐が顔だけを出す。
眠っていたのか眠そうに目蓋が閉じかけており、名取はまだ困惑した顔を浮けべその管狐と小春を交互に見る。
どう突っ込んだらいいのか分からない名取にフォローを出したのは小春ではなく夏目だった。
「小春は小さい頃から物に名前を付けると必ず"太郎"ってつけてたんです。…例えばクマだったらクマ太郎とか、花だったら花太郎とか…それも雄雌関係なく。」
「…ものすごい…ネーミングセンスだね…」
影鬼に奪われる前の健康だった時から小春は愛着が沸いたものに名前を付けていた。
それは小さい頃だったら誰にでもある事なのだが…小春の場合、何故か全て『太郎』とつけて可愛がっていた。
人形、動物、植物…全ての物に雄雌関係なく太郎と付けていた。
その度に父が引きつった笑みを浮かべていたな…と夏目は昔を懐かしみながら名取に説明する。
そして、名取も父と同じく引きつった笑みを浮かべていた。
****************
その日の夜。
夏目は窓を開け、夜空を見上げていた顔を妹へと移す。
小春はねこじゃらしで斑と遊んでおり、機嫌はとてもいい。
あれから寝ぼけている管狐…もとい管太郎を突きつけるように『管太郎がいますからいいですよね!!』と名取に詰め寄る。
名取はついに眠そうな管太郎と小春に押し切られ頷いてしまったのだ。
そのため、小春は機嫌がいい、という訳である。
「会合、か…」
「お兄ちゃん…?」
機嫌よく斑と遊ぶ妹を微笑ましく見つめていた夏目だったがふと名取の言葉を思い出す。
心の中で呟いていたつもりだったが、夏目は口に出してしまっていたようで小春が斑から兄へと顔を上げ首をかしげる。
「いや……会合に行けば俺達と同じ人達がいるんだろうか…って思ってさ…」
「名取さんの言ってた通りなら、きっといるよ。」
小春も兄の言葉に名取が言っていた内容を思い出し、ねこじゃらしを揺らす手を止めた。
斑が『もっとやってくれ!』と言いながら催促するように小春の膝をペチペチと叩いても小春は『待っててね』と呟き斑を撫でることしかしてくれなかった。
小春に撫でてくれるのは友樹に撫でてくれるようで嫌いではないが、さっきまで遊んでいたため斑は少し不満顔を見せる。
それでも小春はねこじゃらしを揺らそうとはしない。
「そうかな……俺、名取さんの話し聞いて思ったんだ……ひょっとしたらその人達の中でなら、俺にもできる事が見つけられるかもしれない…って…」
小春は夏目の言葉を何も言わず聞いていた。
この町に来て、優しい人に引き取られて、優しい友達とも出会えて、夏目は変った。
相変わらず妖かしは寄って来るし避けたいが以前より妖かしを知ろうという気持ちが生まれていた。
斑と出会い、祖母の友人帳の存在を知り、祖母や祖父の話を聞き…夏目は貰った分、返したいと思っていた。
優しく暖かな心を貰った分、それ以上に優しく暖かな心を返したかった。
だが、ずっと今まで親戚をたらい回しにされ心許せる人なんて妹しかいなかった夏目にとって、どうしたらいいか分からなかった。
だから、会合の話を名取から聞き最初の一歩を踏み出そうとしていた。
「見つかるよ…きっと。」
小春は兄の呟きにそう答え、笑う。
夏目も小春の笑みに釣られるように笑みを深めた。
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