小春がこちらに向かっているとは知らず、名取と夏目は封印の準備をしていた。
「よし、これで陣が出来た…道具も即席だが…やり方は今教えた通りだ。…落ち着いてやれば必ず成功する。」
「はい。」
急いで描いた陣だからか真っ直ぐ綺麗に描かれておらず、道具の棒もその辺の落ちていた棒に札を刺しただけの物だが、それでも効果は十分にあるという。
陣を描いている間に夏目は封印の手順を教えてもらっていた。
頷く夏目に名取も『よし』、と小さく頷き、その瞬間空中でぶつかり合う2つの淡い青い光りに気付きハッと顔を上げる。
「来たな…!夏目!落ち着いてやるんだ!」
「はい!!」
名取から言われたようにもう1枚札を持ち、陣の真ん中に七瀬から貰った封印の壷を置く。
「出よ、我はその手を求む…」
パン、と手と手を合わせ、夏目は名取に教えてくれた呪文を唱える。
夏目の呪文に合わせ陣の外に居た名取と夏目は同時に陣の端の内側を杖で一度だけ叩きつけた。
「掴め!闇を守りし者よ!」
2人は持っていた札をその妖かしへと掲げ、夏目の呪文に壷の中から黒く無数の手が天へと伸びる。
その無数の手は妖かしと斑へと向かい、斑は無数の手に気付き素早く妖かしの側から離れた。
妖かしは逃げ出そうにも1歩遅く呆気なく無数の手に捕まってしまい、抵抗も空しく壷の中へと入っていった。
「ふ…蓋…!!」
「はっ…はい!!」
ドン、と大きな音を立てて妖かしは完全に壷に封印されてしまいその場には静けさが戻る。
しかし妖かしの唸り声に名取は我に返り慌てて蓋を閉めるよう蓋を持っている夏目に告げた。
夏目も名取の言葉に慌てて蓋を閉め、妖かしは完全に封印されてしまう。
「お、終わった…」
「まさかぶっつけ本番で成功するとは…」
「この阿呆共めがああ!!」
「ぐ…ッ!」
「ぐは…ッ!」
飛び込むように蓋を閉めたため2人は地面にうつ伏せになっている状態だった。
名取はまさか失敗もなく成功すると思ってもみなかったようで、溜息と共に呟きを零す。
そんな2人の背に重く丸い招き猫の姿に戻った斑が飛び降りてきて、2人はその重さにくぐもった声を零した。
「全く!!私まで吸われそうになったわ!!!私がいなくなれば小春が悲しむではないか!!」
「あ、安心しろ…ニャンコ先生…小春は絶対悲しまん。」
「にゃにをーーっ!?」
「ぐっ…や、め…やめろーー!!このブタ猫があああ!!」
「お前はもやしだろうがあああ!!!」
2人を踏み台に華麗に地面に着地した斑だったが、夏目の呟きにカチーンと頭に着たのか倒れている夏目の背中へ移り何度も飛び跳ねる。
重い砂袋が襲い掛かる夏目は声を上げ起き上がって斑の首根っこを掴み、斑も斑で声をあげ2人の口喧嘩が始まった。
「あー…夏目?そろそろ戻らないと小春ちゃんが心配…って…聞いてないか…」
ギャーギャー口喧嘩を激しくさせる夏目と斑に名取は一応止める。
そう、一応止めるのだ。
確実に自分では2人の喧嘩は止めれない。
小春か藤原夫妻でないとこの2人の喧嘩は止めれないのだ。
それを分かっていつつここには自分しかいないので一応止めるしかなかった。
――が、
「まあ、いっか。」
名取は被害が自分の所に来ないのならいいか、とすぐに諦め2人の口喧嘩をただ見つめていた。
****************
それから数分。
さすがに数十分も数時間も喧嘩するほど夏目の体力もなければ頭の端にある妹を待たせているというのもあり、2人は何とか喧嘩を数分に短く終わらせる。
「ありがとう、夏目…助かったよ。」
「嬉しいです…俺なんかが役に立ったのなら…」
喧嘩も終わり、名取達は小春と柊の元へ戻ろうと館へと歩き出した。
そんなに離れていないため館はすぐそばだった。
名取は『俺なんか』という夏目に眉間にシワを寄せて夏目を見下ろす。
「卑屈な事を言うな…君の力は大きい。」
夏目だけではない。
小春も同じく力は自分よりは上だろう。
名取はここに来てからの夏目の様子に何か違和感を感じていた。
「夏目…何を焦っているか知らないけど人間は無茶したって強くはならない…まずは自分を知ることだよ。」
「自分を…」
夏目が何を焦っているか…名取には分からないが、あまり焦り無茶をしてもいい方向には絶対に行かないことはよく分かっている。
それは経験からしての言葉だった。
名取の言葉に夏目は名取から目線を外し考える素振りを見せたが、すぐに名取へと戻し強く頷いた。
夏目は名取にお礼を言いかけたその時…
「あ…!」
「…!」
ぽん、と音をさせ名取の手の中に収まっていた壷に羽が生える。
それに目を丸くさせる2人だったが、そんな2人をよそに羽の生えた壷は真っ直ぐある人物の手の中へと向かって飛んでいく。
「いやはや、お見事!」
「七瀬さん…!!」
その人物とは広間で会った七瀬だった。
あの後七瀬は会場の屋根へと昇り夏目と名取の封印の様子を見ていた。
そして名取にあらかじめ渡してあった壷を奪ったのだ。
屋根の上にいる七瀬に夏目と名取は駆け寄る。
「悪いがこれは貰っておくよ。」
「どういうことです…!」
「強い式が欲しくてねぇ…前からこの妖かしには目を付けていたのだ……要らなくなったカラスを餌にして捕まえようとしたが逃げられてしまってね…諦めようとしたんだよ。」
「からす…」
懐に壷を仕舞いながら七瀬は夏目と名取にお礼を告げる。
夏目は七瀬の『カラス』という言葉に小春と見た食べられた鳥の妖怪を思い出す。
自分の式を餌にしてなんとも思ってもいない様子の七瀬に夏目はキッと睨みつけ声を上げた。
「妖怪を…!式だった鳥を餌にしたっていうのか…!!」
「坊や…その優しさは命取りだよ……妖かしなどに決して心を許してはいけない…やつは人と違って邪な存在なのだから…」
そう告げる七瀬の声はとても冷たかった。
しかし自分を見上げて睨む名取と夏目の目線など気にも留めず七瀬は更に続けた。
「人に害をなし、退治されて当然の化け物を人の為に使ってやろうとしているのだ…何の理不尽がある?」
「…ッ」
夏目は七瀬の問いに答えられなかった。
人に害をなしている妖かしを何度もこの瞳で見たことがあるから言い返す言葉も見つからない。
そんな夏目に七瀬は目を細め笑みを深める。
「名取、後日屋敷へ来るがいい…賞金は払おう。」
そう言って七瀬は名取と夏目に背を向け姿を消した。
名取は屋根の上から降りていく七瀬から俯き拳を握る夏目へと目線を送る。
夏目は名取の目線に気付かず七瀬の言葉が頭から離れなかった。
(…妖怪が見える人に会えたなら……痛みや苦しみを分かち合えるだろうと…それは素敵なことだろうと思っていた…だけど…俺と同じような人こそが俺にとって危険だ…そう…友人帳の存在を知られてはいけない相手なんじゃ……)
祖母が作った友人帳。
今の今まで妖かしばかりを警戒していた夏目に、七瀬とのやり取りで人間も警戒しなければならない存在となってしまった。
ここに来たのは苦しみを分かってくれる人がいるかもしれないからでありその苦しみを増幅させる事ではなかった。
名取と出会い、名取が優しい人間だったから夏目は妖祓いの意味を深く考えていなかった。
夏目は名取のような人ばかりではないと、改めて人間の卑怯さ、そして汚さに心の中のモヤモヤを広げていく。
「お兄ちゃん!」
「―――!」
もう夏目には周りを見る余裕はなかった。
全てのものが敵に見えて仕方なかった。
側にいる名取も、そして斑も。
しかし妹である小春の声だけは夏目に届き、夏目はハッとさせ顔を上げる。
「小春…」
顔を上げ声のする方へ目線を向ければそこには小春の姿があった。
小春は屋根をチラリと見上げた後夏目と名取へと駆け寄り、その後ろには柊が続く。
「小春ちゃん!?それに柊も……どうしてここに…」
「すみません、主様…小春に勝てず…」
「勝てず?……とにかく待っててって言ったのに…」
「だって名取さん!!気になって待っていられなかったんですもん!!」
小春と柊の姿に名取は目を丸くする。
小春にはちゃんと待っているように言ったはずなのに来てしまったのだから驚くのも無理はないだろう。
まあ、名取も素直に待つような小春ではないとは思っていたようだが、柊の勝てなかったという疲れたような声色で呟いた言葉に首を傾げる。
しかしその答えは小春の言葉にあり、小春の言葉に柊は溜息を大きくつき、名取は『ああ、成る程…』と何も言わずして自分の疑問に納得した。
そんな2人をよそに小春はずっと黙ったままの兄を見つめ首を傾げた。
「お兄ちゃん?どうしたの?どこか怪我でもした?」
「あ…いや…どこも怪我してないよ」
「そう…?」
誰よりも小春の姿に驚きそして叱るであろう夏目が何も言わない事に小春は不思議に思う。
どこか怪我でもしたのだろうか、と心配そうに兄を見つめるが砂だらけだが見た目には怪我の1つもなく、小春は更に不思議に思う。
しかし夏目が首を振りその表情が硬かった為、問い詰めるわけにもいかず小春はそれ以上何も言わなかった。
(そうだ…俺だけじゃない……小春だって同じだ…もし人間にも友人帳の事を知られてしまえば小春や塔子さん達に被害が及ぶかもしれない……むしろ妖怪より人間の方が厄介なのかもしれない…)
「安心しろ。」
「…!」
小春を見て夏目の不安は更に大きくなっていく。
妖かしならば見えない塔子や滋に被害はそうない。
しかし人間は違う。
人間に友人帳を知られてしまったら誤魔化す事も難しいだろう。
大事にしていた小春や、妹と自分に居場所をくれた藤原夫妻に被害を加えるかもしれない。
夏目はグルグルとマイナスな考えが頭の中で周り、不安に押しつぶされそうになっていた。
しかし、再び周りが見えなくなった夏目に斑の声が届く。
斑の声に夏目は我に返り足元にいる招き猫の姿の妖かしへと目線を落とす。
「どうせあの女には使えんよ。」
斑は自分を見下ろす夏目を見上げながらそう呟いた。
「あの壷…お前の掛けた封印がそう簡単に解けるものか。」
斑の言葉はすんなり夏目の心に入り響く。
もやもやと広がっていた黒い何かが斑の言葉で晴れた気がした。
それは一時的な事かもしれないが、今の夏目を救うのに十分だった。
斑はそう続けた後、指定席となっている小春の腕に抱き上げてもらおうと口を挟まずにいた小春の足元へとゆっくりと身体の重みを感じさせながら歩み寄り、何も言わずとも分かっている小春に抱き上げられ頭を撫でられ満足気に目を細める。
そんな斑と妹に夏目は安堵の息をつき、小さく笑った。
するとそんな夏目の頭を名取がポン、と優しく置き、夏目は目を見張り名取へ顔を上げる。
「名取さん…」
「さ、帰ろう…」
顔を上げれば微笑む名取がいた。
名取は夏目と小春にそう告げ微笑み、小春も頷いて微笑み返す。
夏目はそんな2人を見つめ――
「はい。」
夏目も、2人に釣られるように微笑を浮べながら頷く。
空は既に明るんでいた。
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