(6 / 7) 12話 (6)

朝食を食べ、塔子と滋に出かけると言った後、夏目はコートを取りに向かう。
支度は女性の方が遅いのは人間も妖も常識である。
歯も磨き顔も洗い、男である夏目は後は髪を整えるだけで終わる。
小春も同じく歯を磨き顔を洗い髪を整える。
ただ違うのは髪の長さである。
夏目はただ髪を整えればすぐに終わるが、小春は長く髪を結わなければならない。
あまり見た目にこだわりはない小春は一般の高校一年生とは違い化粧はせず髪も長時間かけてセットするというわけではないが、女の子なためそれなりに時間がかかる。
いつも通り小春が前髪を後ろに流して結ぶ間、兄である夏目は自分と小春のコートと防寒具を取りに二階へと向かう。


「うわ!溶けてる!」


階段を上がる最中、夏目は昨日の事を思いだした。
それはモコモコが返しに来たマフラーとあったかい物と言った箱。
部屋を開けて隅を見ればそのマフラーとあったかい物は解凍され、畳み事ビショビショになっていた。
慌ててタオルを持って上がり夏目は濡れた部分を拭く。


「これ…」


マフラーは塔子に洗ってもらうとして、モコモコのあったかい物を見た夏目は目を見張った。
それは缶ケースだった。
随分と古めかしいその缶ケースには『しげる』とひらがなで書かれており、モコモコがあったかい物と言った理由が今分かった気がした。
夏目はその缶ケースを一度机に置き、濡れていたところを拭き取った後自分と小春のコートと防寒具を手に濡れたマフラーと缶ケースも持って一階へと降りる。


「あ、お兄ちゃん」

「小春、いいところに…」

「ん?」


階段を降りていると支度が終わったらしい小春とばったり会い、『丁度いい』と小春にコートを預けた。
事情を説明すれば小春もモコモコのあったかい物にくすりを微笑み、夏目もつられて笑った。
夏目は小春に気づいた事を告げた。
『もしかしたらもこもこが言っていたあったかい物って…』と言えば小春も同じ事を考えていたようで夏目の言葉に頷いて見せる。
ほんわかとした空気が流れる中、空気を読む気など更々ない斑は『返すなら返すで早くせんか』と突っ込み、斑の言葉に夏目はそっとリビングを見る。
台所には朝食の後片付けをしている塔子がおり、リビングにはソファで新聞を見ている滋がいた。
のぞき見している夏目と小春に気づかない2人に夏目は音を立てないよう障子を静かに閉め、昨日出しっぱのダンボールの山にそっと缶ケースを返す。
缶ケースを返した後、塔子に濡れたマフラーの事を伝えるついでに出かけてくると言って小春と夏目はそれぞれコートを着て出かけた。


「わ!お兄ちゃん!足跡ついた!」


玄関先はまだ誰も通っていないのか、小春は斑を抱きながら一歩、また一歩と雪を踏む。
通った場所を振り返ればそこには自分と兄の足跡が追いかけるようについており、小春は目をキラキラさせ隣にいる兄に振り返る。
まるで子供のような妹に夏目は目を細め『そうだな』と微笑み、小春は兄の微笑みに更に笑みを深める。
更に誰も踏んでいない場所を探しに小春と夏目は歩きはじめた。


暫く歩いても時間が時間だからかすでに自転車や人の足跡で道はびちゃびちゃに濡れていた。
田んぼは人が所有するため入る選択肢にはなく、ならばと公園を選んでも子供達が雪にはしゃいですでに足跡が多くついており、断念するしかない。


「何処まで行く」

「だって最初の足跡を付けるんだから、まだ誰も踏んでないところに行かなくちゃ」


小春の腕の中で斑は夏目に問う。
ずっと、というわけではないが短くもない時間を夏目も小春も歩いていたからだろう。
人から遠ざかるように進む夏目と小春に斑は不思議に思ったらしい。
夏目の言葉に斑は無言で返したが、その表情はあまり乗り気ではない。
童謡にもあるように(入れ物は)猫の斑は家の中で暖かくのんびりしたにのかもしれない。
小春達が起きる前に雪を堪能したからもう飽きたのだろうと小春は思い宥めるように斑の頭を撫でてやれば、斑は眉間の皺を伸ばし大人しくなる。
すっかり斑を懐柔している妹に夏目は思わず苦笑いが零れた。


「おはじき…?」

「本当だ…あ、でも凍ってる…」


暫く人を避けるように歩けばまだ誰も足を踏み入れていない場所があり、小春は駆け足で真っ白な雪の上へ足跡を付け始める。
小春は最近まで病院のベットにおり、雪も雨も、風、太陽の光を目で見ることが出来なかった分雪の喜びは人一倍あった。
斑を抱きながらはしゃぐ妹を暖かな優しい瞳で見つめていた夏目だったが、視界の端がキラリと光ったのを見てその光のもとへと向かう。
何かを拾う兄に気づき小春も兄へ駆け寄り、その手の中の物を覗き見る。
兄の手の中にあるのは凍っているおはじきだった。
凍っている、ということは――もしかしたらモコモコがいるのかもしれない。
小春と夏目は言わずとも心の中で同じ事を思った。
夏目は周りを見渡し、そんな夏目に気づいた斑は小春の腕の中で眉をしかめた。


「何を探している?お前達まさかあの厄介者を?」


斑の思った通り、夏目と小春はモコモコを探そうと歩き出した。
小春は兄が歩き出したからついて行っているだけだが、それでも兄と同じく周りを見渡し何かを…モコモコを探していた。


「あのもさもさ意外と凶暴だぞ?あれに息でも吹きかけられカチコチにされてみろ!いかに私の妖力をもってしても――」

「あ…」


小春の腕の中で斑は文句を垂れる。
ペチペチと小春の腕を叩いて講義するも小春からは苦笑いを貰い、夏目は聞く耳持たない。
正直使えない用心棒だとか好き勝手言われているが、その原因の半分は夏目や小春の聞く耳持たな部分や、突っ走る性格もあるのだと斑は常々思う。
それを言っても夏目には『はいはい』と軽く流され、小春には頭や体を撫でられ骨抜き状態にされうやむやにされるのが落ちなので心の中に秘めてはいるが。
ぐちぐちとモコモコに関わろうとする夏目達に文句を言っていると、先を歩いていた夏目が立ち止まり、小春も釣られて立ち止まる。
斑を抱いたまま兄へ目をやり、小春は兄の目線を伝う。


「もこもこ…?」


そこにはモコモコがいた。
何をしているのか分からないが夏目達に背を向けているモコモコが、いたのだ。
夏目はそのモコモコに近づこうと走り出し、走り出した夏目に斑が『あ!阿呆!阿呆ォ!』と声を上げる。


「待って、ニャンコ先生…なんかもこもこ様子が可笑しいよ…」

「そんな事知るか!私はあまりあれに関わりたくないんだ!」


夏目に続いて様子が可笑しい事に気づいた小春がポツリと零すが、よっぽど寒いのが嫌なのか知らん存ぜぬを貫き通したい斑は講義を続ける。
だが、小春の腕の中にいる斑に拒否権はなく、小春が夏目の後を追うように駆けて行ったため否応なしに近づくことになってしまった。


「どうした?もこもこ」

「大丈夫?」

「ひょろひょろ…くねくね…」


話しかけられて夏目達に気づいたのか、モコモコはゆっくりと振り返る。
疲れて切った表情を浮かべており、小春は思わず声を掛けてしまう。


「疲れたんだろ…ずっと探し回ってたんじゃないのか?」

「見つけなきゃ…思い出したんだ…暖かくなったらそれは消えちゃう!」

「え…」

「消えちゃう…!」


モコモコは探していた物を見つけたと言っていた。
思い出したと。
だけどそれは暖かくなったら…恐らく春になったら消えるものだろう。
だからモコモコは急いでいた。
しかし動き出そうとしたモコモコは疲れ果てているのか、倒れてしまった。


「もこもこ!」


雪の上に倒れたモコモコに小春と夏目は慌てて駆け寄った。


「危ないぞ!夏目!!」


倒れたモコモコは起き上がる元気がないのか倒れたままだった。
そんなモコモコに夏目は駆け寄り起き上がるのを助けてやるのだが…小春の腕の中で斑が叫び、その叫びに小春はハッとさせる。
兄の体が…夏目の体が凍っていくのが小春の目に映ったのだ。
モコモコもそれに気づき咄嗟に夏目を突き飛ばし、夏目が凍っていくのを防いだ。


「お兄ちゃん…!」

「いっ…何する…っ」


小春は突き飛ばされ尻もちをついてしまった夏目に駆け寄る。
突き飛ばしたモコモコはチラリと夏目と小春を見た後すぐに背を向け奥へと向かって歩き出す。


「もういい…急いでいるんだ…」

「あ…待って!もこもこ!!」

「来るなッ!!」


森の奥へと姿を消そうとするモコモコに小春が慌てて引き止めようと声をかけた。
しかしモコモコは背を向けたまま声を張り上げ小春達が来ることを拒む。


「もこもこ…辛そうな顔、してた…」

「……………」


拒まれてしまえば追う事も出来ず、小春はどうしたらいいのか分からなくて兄を見つめる。
夏目は小春の呟きに意を決したような面持ちを浮かべ、ゆっくりと立ち上がりモコモコの後を追いかけた。


「はあ…知らんぞ。」


関わる気でいる夏目に斑は小春の腕の中で溜息をついた。

6 / 7
| back |

しおりを挟む