(8 / 12) 13話 (8)

カラスのような妖は斑に任せ、夏目と小春は傷だらけの中級達を連れ走っていた。
目的地などはない。
早くあの妖から逃げたい気持ちで一杯だった。


「お前達大丈夫か…?」

「だ、大丈夫で、ございます…少々傷が痛みまするが小春様のお蔭でなんとか…」


中級達を気を付けながら暫く走ると夏目は立ち止まった。
気配も殺気もなくなり安堵したのだろう。
しかしもやし兄妹プラス怪我人妖怪な一行は必死に走ってたからか肩で息をし、全員が全員苦しそうだった。
小春は息が整うとジッと自分の手を見つめる。
無意識に行動していたためか、自分の行動に不思議に思っていた。


「私…なんで、傷、癒せるんだろ…」

「小春…?」

「なんで、触っただけで…なんで…」


夏目は小春の呟きに気づき妹を振り返った。
小春は自分の手を見つめており、その呟きに夏目は小春が少し困惑しているのだと思った。
夏目の思う通り、小春は困惑はしていた。
夏目と斑は小春が完治し友人帳の存在を知ってから全てを教えた。
祖父の能力、祖父の通称、そして祖父と同じ能力がある、と。
小春は自覚はなく教えられても実感がわかなかった。
会合の時、気を失った柊に無意識に力を与え意識を回復させた事はあっても、それは無意識な行動。
小春に自覚はなく、あの時は柊の沈んだ意識が浅かったから自然と目が覚めたと思っている。
だから今日、目の前で傷つく中級達に触れて傷を癒した自分に困惑していた。
だが不思議と怖くはなかった。
夏目は自分の手をジッと見つめる妹に歩み寄りそっと見つめている妹の手を握った。


「お兄ちゃん…?」

「小春、安全な場所に移ろう…そこで先生を待つんだ」

「…うん……」


夏目は困惑する妹に何も言わなかった。
でも夏目の手に小春は安心感を覚え、ひとつ小さな笑みを零す。
小春が笑ったことにホッと安堵した夏目は小春の手をそのまま握って歩き出す。
中級達もそれに続こうと痛む体にムチを打ち歩き出そうとした。
しかし…


「お待ちを」

「――ッ!!」


目の前に新たな妖が現れた。
その妖は女性の妖で緋色の袴を身にまとい顔にはカラスの仮面をつけていた。
その背には先ほどの妖と同じく大きな黒い羽があり、夏目は仮面で視線は見えずともその女妖怪の空気が冷たく鋭いのが分かる。
その鋭さに夏目が三人を庇い、そんな夏目に女妖怪は何も言わず羽を仕舞い4人を見下ろしていた。


「そこを通してもらいたい!」

「断る…その妖達を渡してもらおう。」

(やっぱりあの妖の仲間か…!)


確信はあった。
この女妖怪があの男妖怪と仲間だというのは女妖怪のカラスの仮面とタイミングで分かっていた。
冷たい女の声に夏目の体が震えた。
男妖怪と比べて柔らかくもないその声に夏目は後ろへ後ずさり、それに合わせて後ろにいる小春達も後ずさった。
この道はまっすぐにしか進めず、左右は獣も通れないほど酷く怪我人はもとより人間である夏目と小春は足を踏み入れる事さえできないだろう。


「その妖達を渡せ、人間の子らよ」

「断る!!どうしてこの妖達に拘る!!こいつらが何をした!!」

「否、その者達に罪はない…だがここにいる事が罪なのだ――"あのお方"は邪気な者をお嫌いになられる故、な…」

「邪気、だと…こいつらは確かに清らかではない…悪戯だってするしいい奴らばかりじゃない…でもこの2人が人間に何をしたっていうんだ!!こいつらはただ普通に静かに暮らしているだけだ!!」

「そのような事知らぬ。私達はここの妖には消えてもらわねば困るのだ…どうしても退かぬというのであれば…人の子とて容赦はせぬぞ」


カラスの顔の男妖怪、そして目の前のカラスのお面の女妖怪。
この2人の行動の真意は夏目にも分からないが、どう考えても中級達の言っていた祓い人と繋がりがあるとしか考えられなかった。
別件ではどう見てもタイミングが重なりすぎている。
それに女妖怪の言った『あのお方』という言葉がどうも引っかかる。
妖が『あのお方』と呼ぶ時は付き従うべき存在の妖か…――人間。
名取の式を知っているためか、夏目はあのお方とは人間で、中級達が騒いでいた祓い人だと推測する。
そうでなければ何もかも偶然とタイミングが重なりすぎて可笑しいのだ。
女妖怪は怯えているのに関わらず妖を差し出さない夏目に苛立ったのか女妖怪の空気が更に張りつめ、夏目は息苦しく息を荒くする。
夏目は女妖怪に意識を集中しすぎていたのか周りが全く見えなかった。
そんな夏目の手を誰かが触れる。


「小春…」


夏目は自分の手に触れた人物など見なくてもわかっていた。
振り返ればそこにはやはり妹の小春がいた。


「小春…」

「落ち着いて、お兄ちゃん…落ち着いて…」


小春は兄の手を握っても何もならないとは分かっている。
だが自分ばかり背負おうとする兄に何かしたいと思ったのだ。
小春は兄に手を握られれば安心した。
兄が傍にいればそれだけで安心できた。
今、夏目は怪我した妖と妹を守ろうとし、それは痛いほど小春には分かっていた。
だから手を握って小春は兄に一人ではない事を伝えたのだ。
小春の願いは兄に届き、夏目は次第に強張っていた表情を和らぐ。
しかしだからと言って警戒していないというわけではない。
妖祓いの式かもしれないこの目の前の女妖怪は敵なのだから。


「……………」


女妖怪は夏目の張りつめていた空気が和らいだのを見て、つまらなさそうに見つめていた。
そしてどこからか刀を取り出しゆっくりと鞘から抜く。
それを見た夏目は再び警戒心を高めるが、先ほどのような切羽詰まった気配ではなかった。
それがまた女妖怪はつまらないと思う。


「愚かな人の子らだ…妖など無いモノとして見ればよいものを…」

「確かに…こいつらのせいで俺や小春は居場所を失った事もある……だけど見て見ぬふりなんて出来るか!俺も小春もこいつらが見えるんだから!!」

「貴様らのような人間は珍しいものだな…我らを恐れぬ人間はそう滅多にはおらぬ…ましてや憎しみなどない者などな…」


刀は夕暮れの赤い光に反射する。
赤い光がその刀の鋭さを示し、夏目は冷や汗が流れる。
女妖怪は夏目の言葉を聞いてもなお、その声の冷たさは増すばかりで鞘から抜けきった刀を手に鞘を投げ捨てる。
そして――


「だからこそ、人は嫌いなのだ」


女妖怪は抜いた刀の柄を握りしめ地面を蹴った。
真っ直ぐに突進してくる女妖怪に夏目は妹を突き飛ばし回避させた。
突然だったために妖までは気が回らず避けた夏目はハッとさせ体を起こす。
妹は突き飛ばされたため地面に倒れており怪我はなく、妖2人も間一髪で避けることに成功したようだった。
女妖怪は避ける事を読んでいたのか苛立つ様子も慌てる様子もなく、滑るように止まりまた刀を構えた。


(まずい…まずい!まずい!まずい!!このままじゃ中級達も小春も俺もやられる!!!――先生…ッ!!!)


女妖怪は刀を手に、しかし夏目達は手ぶらな上に祓い屋でもなく一般の高校生なため体術など刀に反撃できるモノは持っていない。
夏目と小春はただ妖力が強いだけの人間である。
今までは斑がいたから何とか切り抜けられたが、今、斑は男妖怪と戦っているはずで小春や夏目のピンチには駆けつけることはできないだろう。


「小春!!中級!!とにかく逃げるぞ!!走れ!!!」

「う、うん!」

「「か、かしこまりました〜っ!!!」」


中級は見た目からして戦力には入らないだろう事は分かっており、夏目は戦うよりも逃げることを選んだ。
幸い前を塞いでいた女妖怪が動いてくれたお蔭で前方は開き、先に進むことができる。
夏目は自分の言葉に脱兎のごとく逃げる中級を先に行かせ、小春の手を引っ張り走った。


「まさか逃げるとはな…その意気やよし」


夏目の様子から争うだろうと見ていた女妖怪は夏目を甘く見ていた。
どう見てもひょろひょろな夏目をいたぶっても面白くはないが、人の肉を切る感触は好きだった。
だから久々に楽しめると思ったのだ。
例えひょろひょろでも。
逃げ出す夏目と小春の背を見つめ、妖から見たら遅すぎる足に口端を上げ追いかけようとした。
しかしその時――

鈴の音が辺りに響いた。

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