(10 / 12) 13話 (10)

夏目はとにかく走った。
どこに向かっているのかは分からないがとにかく無我夢中に走った。


(やばい!!あんな強力な奴を相手にしたら祓い人が死んでしまうかもしれない!!)


もう何度危機を潜り抜けなければならないのか夏目には分からない。
今はそんな事考えられなかった。
とにかく三篠よりも先にその祓い人を見つけ出し三篠を止めなければならないとばかり頭に浮かんでいた。
祓い人がどんな人なのか、同世代なのかそれとももっと幼い子なのか、などはもう考えられなかった。
もしかしたら目の前で人が大怪我をしてしまうかもしれない、最悪死んでしまうかもしれないと思うと夏目は必至にならざるを得なかった。
斑がいない今、たかが妖力が強いだけの人間が何が出来るかなど分からない。
だけど今はやるしかないのだ。


(人影!?――!、あれか…!!)


三篠の鈴の音が近くで聞こえる。
妖と人間では移動の早さが違うためもやしと評されているこの足には頑張ってもらわれなければならない。
例えこの足がつぶれても祓い屋を妖に殺させたくはなかったし、祓い屋にも死んでほしくなかった。
走っている最中、チラリと人影を発見し、夏目は一瞬の判断でその人影へと向かって駆け寄った。
それと同時刻に見つけらしい三篠の鈴の音や気配も夏目を追うように近づいてくるのが分かる。


「夏目!!命令しろ!!奴の名を…!!」


三篠と夏目の距離はそう離れていない。
後ろを見なくても殺気と気配、そして鈴の音にすぐ近くに迫っているのが分かった。
夏目はその人影に向かって地面を蹴り手を伸ばして三篠の攻撃から逃げようとした。
その瞬間――聞き慣れた声が届く。
そして…



「止まれ!!三篠!!!」



考えるよりも早く、夏目は三篠の名を呼んだ。
それと同時に人影を庇った夏目は地面に倒れ、背後にドシンと重い何かが落ちる音がした。
ギュッと目を瞑って衝撃を待っていた夏目だったが、一向に痛みもない事に不審がり、恐る恐る目を開けて振り返る。


「と、まった…」


振り返れば三篠が何かに抑えられるかのように地面に押し付けられて動けずにいた。
ぐ、と苦しげに声を零す三篠にホッと安堵し、夏目は起き上がる。
だが…


「このアホがーー!!」

「――ぶッ!」


団子が夏目の顔面にヒットしたのだ。
突然で素早かったためか夏目は避ける事も出来ず顔面で受け止めてしまい、夏目はそのまま後ろへと転がってしまう。


「にゃ、ニャンコ先生!!やりすぎだよ!!」

「構わん!こうでもしないと気が収まらなんのだ!!」


後ろに倒れ仰向けになった夏目の目には真っ赤に染まった空が広がっていた。
声を聞きゆっくりと起き上がるとそこにはカラスの顔を持つ天狗と戦っているはずの斑と、隠れるように言った妹と中級の姿があり、夏目は二重の驚きを見せる。
どうやら夏目の顔にヒットしたのは争いも収拾がつき招き猫に戻っている斑のようだった。
小春と中級はこちらに来る途中本来の姿の斑に拾われたらしい。


「せ、先生!?なんでここに…っていうか小春!隠れてなかったのか!!」

「ご、ごめんなさい…でもお兄ちゃんが気になって…」


相変わらず突っ走る夏目だが、小春も言う事を聞かないのもまた相変わらずである。
夏目は最初こそ怒るのだが、しょんぼりさせる妹に説教の言葉も出ず、いつもここで『しょうがないなぁ』と頭を撫でて許してしまうのだ。
甘いと自覚はしててもやはり可愛い妹を叱れないのがシスコンである。
しかしそんな甘い空気をぶち壊す猫がいた。


「しょうがないではないわ!!」

「あ、ニャンコ先生」

「あ、でもないわ!このド阿保!!友人帳に名がある以上命令さえすれば済むことを!!飛び出しおって!!」

「え、そ、そうだったんだ…」

「まさか忘れたのか!?教えたよな!?私最初にお前に教えたよな!?」


夏目はどうやら必死すぎて友人帳の事を忘れていたようだった。
忘れていた夏目に斑は短い脚をたしたしと地面を叩いて講義する。
しかしブサ可愛いで評判の斑の今の姿では恐ろしくもなく逆に癒し効果が発生してしまうだけである。
夏目は笑いながら『ごめんごめん』と軽い謝罪を口にした。


「三篠もすまない…心配してくれたのに…」

「こちらも頭を悩ませていた問題故手伝ったまで…少々扱いに不満はあるが、まあいいでしょう。」


地面に押さえつけられている三篠にも夏目は謝った。
三篠も悪気があったわけではないのも知っているため本当に申し訳なく思う。
三篠は名に縛られ重い体に多少の苛立ちはあるものの小春も『ごめんね』と呟きながら顔を撫でてくれたからか、機嫌のいい声で気にしていないと言った。
目を細め妹に撫でられご機嫌な三篠に苦笑いを浮かべていた。
だが、カサリと草の音が聞こえ夏目と小春は音の方へ振り返る。
そこには夏目がかばった祓い屋がいた―――美しい、少女が、いたのだ。
まさか同年代で美しい少女だとは思っていなかったのか夏目も小春も目を見張る。
しかし小春が驚いているのは別の事だった。


「あ…あの時の…」


小春は少女を見たことがあった。
それは昨日の事…そう、その少女こそがリンが愚痴っていた人物であった。
夏目も話を聞いていたからか『あ、君が…祓い人?』と零し少女から睨みを貰い、思わず『ひっ』と小さな悲鳴を零し背筋を伸ばし正座した。


「祓い屋と一緒にしないで!もやし!」

「もや!?…、……えっと、君は祓い人じゃないのか?」

「当たり前よ!祓い屋に間違えるあんたの目は節穴?目をくり貫いてから出直してこい!」

「す、すみません…」

「あの…妖を追い払ってたのあなた…ですよね…」


小春は少女をまじまじと見る。
廊下ですれ違ったときも、中級達が頼み込んだ時廊下で会った時も綺麗な子だとは思っていたが間近で見ればその美しさが増して見える。
本当に文句の言いようのない美しさだが、だからこそ睨みが恐ろしく、キツイらしいその性格が勿体なく思う。
少女は倒れた体を座り直しながら小春の問いに夏目を睨んでいた目を小春に向け、鋭い目がこちらに矛先が代わり思わず小春は『ひい!』と背筋を伸ばし正座する。
兄妹の揃った正座を余所に何故か少女はふんぞり返る。


「だったらなに?あんた達に迷惑でも掛けた?あんたら人間の癖に祓われたとか?なにそれ、ダサイ」

「……いや、うん…」

「……迷惑かけてるっていうか…」


腕を組み踏ん反り返る少女の言葉に夏目と小春は顔を引きつらせる。
確実に迷惑はかかっており、それを濁しながら伝えれば少女の機嫌が更に急降下していくのが分かった。
そして少女は小春達の言葉に夏目兄妹から中級へ向け、少女の睨みに中級達はビクリと体を震わせ小春達同様背筋を伸ばし正座する。
きっと傍から見たら小春達が1人の少女に説教されているとしか見えないだろう。
それはとてもシュールである。


「青之丞、蒼葉」

「「ここに」」

「え…うわっ!!」


ムスッとしたまま中級達を睨んでいた少女が突然叫ぶ。
人の名のようだが、首を傾げていた小春達の目の前に2人の影が浮かんだ。
少女の後ろに控えるように現れたのは、斑と戦っていたカラス顔の天狗と、気を失っているはずのカラスのお面を付けている女天狗だった。
少女の影から浮かび上がるように現れた2人に小春も夏目も驚きの声を上げる。
そんな2人を無視し少女は自分の後ろに控え頭を下げひざまずく2人にも鋭い視線を送る。


「しくじったのか」

「申し訳ございません…予想以上に手強く…」

「言い訳無用」

「は…」


少女の声はとても冷たくて、小春は『そこまで怒らなくても…』と思わず零してしまいまた睨みをくらい、今度はサッと傍にいた斑でガードする。
とばっちりを受けた斑もまた少女の睨みに体を硬直していた。


「と、とにかく…どうしてこんな事をしたんだ?妖怪達は確かに悪戯とか悪い事はするけど…ここの連中達は基本いい奴だからほどほどにしてほしいんだ…だから殺すなんてやめてくれないか?」

「あんたに従う理由はないけど?あんた、何様?」


どうやら少女の機嫌は急降下どころか地下深く向かっているらしい。
もはや声は冷たいという表現では表しきれないほど冷え切っていた。
ジロリと睨む目も増し、顔には『部外者は引っ込んでろ』と書いてあるのが見えたが、夏目は『いや、君こそ部外者…』と思うものの突っ込んだらいけない気がして突っ込めなかった。


「先ほどから聞いておれば小娘、お前こそ何様だ?祓い屋ではないお前が金にならん事をして何になる?お前の背後に誰がいるのだ?」

「…………」


はっきり言って、ずっと人を避けていた夏目と、人と関わる機会がなかった小春では言い返す度胸もなかった。
『うぅ…』、と兄妹2人は言い返せず項垂れていた。
項垂れ小春の膝の上に抱かれていた斑は『全くこやつらは…』と呆れたように呟き、話しが一向に進まないためか斑が切り出した。
斑の言葉でその場の空気が張りつめたのを肌で感じる。
小春も夏目も斑を見た後、何も言わず斑を見下ろす少女へと視線を戻した。


「あんた馬鹿?なんで私が人に従わなきゃいけないわけよ。何勘違いしているか知らないけど誰もいないわよ」

「ではなぜ八ツ原を祓う必要がある?」

「それは…」


斑を見下す言い方に小春はついムッとさせてしまう。
そしてリンの愚痴を思い出したのだ。
リンのようにまだその少女の事を知らないから愚痴をこぼすまではいかないが、やはり頭に来るのは止められない。
ここで喧嘩しても少女に勝てないのを知っているからか、小春は黙って聞いていた。
しかし斑の問いに少女は初めて動揺を見せ、初めて言葉を詰まらせた。
あれほどギラギラに睨んでいたのに、斑の問いを聞いてからは目も顔も逸らせ言葉を詰まらせていた。


「……ちょっと、鬱陶しかっただけよ…」

「そ、それだけ…?」

「そ、それだけよ!何よ!文句でもあるの!?」


大ありです、と騒動に巻き込まれた小春と夏目、そして被害者である中級達は心を一つにそう思った。
どうして祓ったのかと聞けば返ってきた答えに小春も夏目も中級も絶句する。
斑さえ『くっだらねえ』とキャラを崩壊するレベルだった。


「く、くだらなくないわよ!!大体ここなんでこんなにこいつらが多いわけ!?私が前いた所でもこんなにいなかった!!あんたらとっとと出ていきなさいよ!」

「断る!なぁーんで小娘ごときで出て行かなきゃならんのだー!」

「その小娘ごときに祓われかけたのどこのどいつよ!!祓うわよ!?」

「お前こそ出ていくがよいわー!」

「ざけんな!この間引っ越したばっかだっつーの!!」

「また別の土地へ行けばよかろう!?」

「引っ越しするにもお金がかかるの!いくらすると思ってるわけ!?」


斑のくだらないという言葉にカチンと来たらしい少女の怒りが爆発した。
主に八ツ原の妖である中級達に。
座っていた少女がブチ切れ中級(一つ目)の胸ぐらを掴み凄む。
その凄みはものすごい威力があり低級の妖なら睨みだけで祓われるレベルだったのだが、中級達も理不尽な理由で祓われかけたことに頭が来ているらしく同じく少女の胸ぐらを掴む。


「お兄ちゃん…」

「なんだ?」

「なんか…疲れがどっと来た気がする…」


緊張で張りつめていた空気が一気に崩れ去る音を小春は聞いた。
少女の後ろに控えていた天狗の妖達も主を宥めているが、少女と中級の争いは収まる気配はない。
三篠も斑も殺気がないからか傍観を決めつけ、あまつさえ焚き付けて遊んでいた。
それを見ながら小春は隣で正座をしている夏目に声をかけ、夏目は小春を見る。
小春は心底疲れた表情を浮かべ、夏目は小春の言葉に『そうだな』と言うしかなかったという。

10 / 12
| back |

しおりを挟む