(4 / 12) 14話 (4)

次の日、巳弥は言った通りやってきた。


「ごめんください」


小春と夏目に姿を見られたからからだろうか…巳弥は玄関から入ってきた。




****************



「手を出せ、小僧」


巳弥の声に学校も終わりストーブをつけて暖かい部屋でそれぞれ寛いでいた夏目と小春は玄関に降り、巳弥の姿にお互い顔を見合ったが、玄関にいつまでもいたら滋や塔子に怪しまれるためとりあえず部屋に巳弥を上げる。
すると巳弥が夏目に手を出せと言い、夏目は首を傾げながらも手を巳弥に差し出す。
差し出された手の平に巳弥はある物を渡す。


「八坂様が世話になってる礼だ」


そう言って差し出さたのは蝶だった。
小さな愛らしい蝶二匹が巳弥の手から放たれ、蝶はひらひらと小春と夏目の部屋を舞うように飛ぶ。


「うわっ!あ、ありがたいが部屋で放すなー!」

「ふふ、綺麗だろう?」


巳弥から渡された蝶を夏目と小春も一瞬その愛らしさから目を奪われたが、部屋を飛ぶ蝶に慌てて捕まえようと手を振り回す。
人間は動物を網を使わないと捕まえられないように、子供のころから孤独で遊びという遊びも知らない夏目と小春は必死に捕まえようと頑張るが、蝶は中々小春達に捕まってくれる気はないようだ。


「八坂様は元々『人』だった…花や蝶を見るのがとても好きだったよ…」

「人…だった?」


蝶を見上げ、巳弥は懐かしそうに呟いた。
その呟きを拾った夏目と小春は蝶を捕まえようとしていた動きを止め、蝶を目で追う巳弥へと振り返る。
巳弥は蝶を呼び寄せ肩に止まらせ、帰ると言いだし、散歩がてら夏目と小春は見送ることにした。
先ほどの事を聞けば巳弥は『ならば歩きながら語ろう』、と頷く。


「ずっと昔の春…私は桜並木の木の上で花見をしていたんだ……気が付くと下で人の子が書物を読んでいた…満開の花は私の妖力を強くして、浮かれた私は桜に隠れたまま彼に話しかけたんだ…」


巳弥は桜は咲いていないが枯れている木々を見上げながら思い出を語る。
その彼こそが絵の中にいた八坂だった。
八坂は名家の跡取りだったが、体が弱く、名家だからか自由になる時間などなかった。


「異形であるこの顔を見せて驚かせてやるつもりだったが…彼があまりにも楽しそうに話すから私はその機会を失った…そして、妙なことに……翌日も彼はやってきた…」


巳弥は最初、妖らしく人を驚かそうとして満開の桜で姿を隠していた。
上からの声に八坂も驚いて見せていたが、話しているうちに不思議と八坂と巳弥は打ち解け、巳弥は自分が妖だと気づかず毎日のように通ってくる八坂の楽しそうに話すその姿に驚かすという最初の目的を失ったという。
巳弥自身も人の子であるはずの八坂と話しているうちに楽しくなっていき――次第に八坂に自分が異形の者だと知られるのが怖くなった。
もし彼に妖だと知られればきっと彼はもうここに来てくれない…楽しい会話ももうできないかもしれない…
巳弥は何より八坂に妖だと知られるのが怖かった。
だから巳弥は桜で姿が隠れる時期にしか現れなかったし、姿を見せれない代わりに白い腕を桜から覗かせる事しかできなかった。
でも、巳弥も八坂もそれで幸せだった。
姿が見えなくても、八坂は不思議に思った事はなく、巳弥に『姿を見せてください』と言ったことも一度としてない。
楽しかった思い出に巳弥は空を見上げる。


― 巳弥、私はいつか自由になれたら気ままに旅をしてみたいんです ―


空を見上げた巳弥は仮面の下で目を瞑る。
目を瞑ればまだ色鮮やかに八坂との出会いや思い出が蘇ってくる。
その一つ一つの記憶はどうでもいい下らない日常だろう。
しかし巳弥にとって絵の中に逃げ込んでしまった八坂との大事な思い出だった。
なんの特徴も用件もない、くだらない日常の会話。
それだけでも巳弥はとても幸せだったことも覚えている。
八坂の笑った顔、楽しそうな笑い声、帰る時間に近づいていくごとに言葉も短くなっていき寂しそうな笑み…すべて巳弥は思い出せる。
それほど巳弥にとって八坂との思い出は大切だった。


「…そんな春が数度過ぎた頃…ある春ぱたりと彼がこなくなった…待てども待てども…次の春も、また次の春も…」


夏目と小春は巳弥の話しを聞き、微かな反応を見せた。
妖である巳弥が気づいているかは不明だがぱたりと来なくなったという話を聞き、2人とも…正確には兄妹2人と斑は人の子である八坂の命が尽きたのだとすぐに思う。
それから巳弥は八坂を探した。
どこを探せばいいのか巳弥には分からなかったが、八坂を求めて探した。
そしてようやく見つけたと思えば八坂は絵の中に入り込んでしまったという。


「八坂様は…人の世が疎ましくなって絵の中に逃げ込んでしまったのだろう……だから私はその絵を貰い彼を慰めるため共に旅を始めたのだ…―――いつの日か彼の心が癒えたら…きっと絵から出てきてくれるだろう…そしてまた再び、語らうのだ…」


巳弥が人の命の短さを知っているかは分からない。
ずっと八坂を探して旅をしていたという巳弥に2人は言えなかった。
八坂が死んだ、と2人は言えなかった。
巳弥はずっと絵の中に八坂がいると信じているし、小春と夏目も妖のすべてを知っているわけではないため死んだのか、巳弥の言う通り本当に八坂は絵の中に逃げ込んだのか分からなかったため何も言えなかった。


「ここまででいい…ありがとう、夏目、小春」


見送りも兼ねていた散歩の途中、巳弥はそう言って立ち止まった。
巳弥の言葉に2人も立ち止まり巳弥へと振り返る。
仮面で見えないが巳弥が微笑んでいるように感じ、2人も『そっか』と笑みを浮かべる。
一言二言交わした後、巳弥は姿を消す。


散歩は寒いからか少し歩いただけで終わった。
それでも十分な時間は言っており、夏目は上着を小春に預け塔子から暖かな飲み物を貰い、その間小春は斑を抱き部屋に戻ってストーブをつけ自分と兄の上着をハンガーにかけた後机を出しストーブの前で兄を待つ。
夏目はすぐに戻り、机に貰った飲み物とお菓子を置く。


「本当にこの絵の中の人、八坂様なのかな…」


今日は名を返してもらうために来た妖とも出会わず、兄と斑と他愛ない話しで盛り上がっていた。
話すと言っても学校や友人達と遊んでいる時間以外はほぼ一緒にいるため話しとしては学校の事や友人達の事であるが、それでも2人は幸せな時間だった。
するとふと熱さも丁度いい温度になっていた飲み物を口に運ぼうとコップに口を付けた小春が思い出したように呟いた。
夏目も釣られるようにコップへ手を伸ばそうとしたが、妹の呟きに小春へ顔をあげる。
顔を上げれば小春は絵へと視線を向け、その視線を伝うように夏目も絵を見た。


「確かに、この絵から妖力を感じるが…名のある妖が描いた物だな……しかしこれはただの絵だ…どんなに待っても出て来ることなどあるまい」

「え、そうなの?」

「ああ…これはただ、冬の並木町と、そこに立っていた八坂という男の姿が描かれたものだ…その男はおそらくもう――」


小春の誰にも向けられていない問いを斑が答えた。
斑の言葉に小春は…小春と夏目は静かに絵を見上げる。
なんの変哲もない普通の絵。
だが小春と夏目の絵には巳弥の話しもあってかどこか悲しげなように見えた。
まるで桜ではないんと現れない巳弥を待つ八坂のように見えて仕方がなかった。
斑が先を言おうとしたその言葉に、小春は目を伏せる。

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