家に帰りついた夏目は持っていた荷物を置くために塔子と台所へ向かい、小春もついていこうとしたが、夏目に部屋を暖めておいてくれと言われ二階の自室へと向かう。
「今日は何ですか?」
「ふふっ!今日はこれよ!」
机に買い物袋を置いた後、肩にかけてあった荷物と上着を小春に渡して小春が二階へ上がるのを見た後夏目は要冷蔵の食品などを冷蔵庫へと入れていく。
何気なく夕飯のレシピを聞くと塔子は『よくぞ聞いてくれました!』と言わんばかりに笑みを浮かべある物を取り出す。
「グラタン皿……あ、今日グラタンですか?」
「ええ!」
「小春が喜びます」
塔子が夏目に見せたのは夏目と小春が買ったグラタン皿だった。
それを見て夕飯が分かった夏目は小春が喜ぶ姿が目に浮かび目を細め微笑む。
「あら、貴志くんは?」
「え?……えっと…俺も、嬉しいです…」
妹が喜ぶ姿を見て微笑む兄の姿に塔子は優しげな笑みを浮かべたが、少し寂しげにも笑う。
塔子が少し意地悪な質問をすれば夏目は面白いくらいの反応を見せてくれた。
あわあわとさせ慌てて頷く夏目に塔子はクスクスと笑みを零す。
「ふふ、ごめんなさい?ちょっと意地悪な事言っちゃったわね…無理、しなくてもいいのよ?嫌いな物があれば言ってちょうだい」
「あ…いえ…違うんです…グラタンが嫌いってわけじゃなくて…俺、嫌いな物とかなくて…」
悪戯が成功した子供のように笑う塔子に夏目は力が入った体の力を抜き、くすくすと笑う塔子に怒ってないのを感じ、ほっと吐息を洩らす。
そんな夏目に塔子は大丈夫と優しく笑う。
優しげな笑みに夏目は一瞬口を開き何かを言おうとするも口を閉じてしまう。
「そうじゃなくて…本当、俺、好きなんです…塔子さんの作る料理…」
「あら…まあ…嬉しいわ」
「あの、気を使ってるとかじゃなくて…」
「大丈夫よ、分かってるから」
閉じた口をまた開き、塔子に偽りではないことを伝えようとした。
その夏目の言葉に塔子は笑みを深めたが、夏目には気を使われたと思われたと思ったらしく更に言葉を重ねる。
しかし塔子は分かっていた。
夏目が気を使っている事も、そして自分の作る料理が好きだという事も。
小春も夏目も今までの人生が人生だったからか人と壁を作っているところがある。
特に親戚達にたらい回しされた夏目は人の嫌なところばかり見ていたから余計に。
だからまだ家に慣れていない雰囲気は否めず、しかし夏目の様子から嫌々ここにいるわけではないのは滋も塔子も分かっている。
今も照れているのが赤い顔で分かり、微笑ましくなった。
夏目も塔子の言葉が適当に流したわけではないと分かったため笑みを浮かべるだけだった。
****************
塔子からお菓子と飲み物を貰い、トレイに乗せ小春の元へ向かおうとした。
「小春!!」
階段を上がっていると斑の声が聞こえた。
それはいつものまったりとした声ではなく、本来の姿の声のように低く、どこか焦っているようにも見える。
斑が小春の名を叫んでいるを聞き夏目は嫌予感が過り慌てて部屋へと向かった。
「小春!?」
斑が焦ったように小春の名を呼ぶという事は何かがあったという事である。
小春の事を大切にしている夏目は階段から部屋までの距離が異様に長く感じられた。
飲み物が零れるのも気にせず慌てて障子を開けたが―――…
「ッ!―――小春…!!」
障子を開ければそこには絵の前で倒れている小春がいた。
倒れている小春に夏目は駆け寄る。
持っていたトレイを落としコップを割ってしまったが、今の夏目にはどうでもいい事だった。
今、夏目は小春しか見ていない。
「小春!小春!!」
「落ち着け夏目!小春はただ気絶しているだけだ!」
「でも…ッ!!」
小春に駆け寄った夏目は動かない小春の体を揺すっていた。
しかし小春は気を失っているのか兄の声にもピクリとも動かずぐったりとしていた。
それが余計夏目をパニックにさせており、また影鬼の時のように体の機能を奪われていたらと思うと背筋に冷たい何かが走る。
「お前がそんな事でどうする!夏目!!!」
「…ッ」
テンパっている夏目に斑が叱咤する。
その声にようやく我に返った夏目は息を呑み、言い返せず唇を噛む。
少しは落ち着いたらしい夏目に斑は溜息を零す。
「…とりあえず小春を寝かせろ」
「いや…今すぐ救急車を…」
「お前まだ冷静になりきれてないのか?小春は――…」
「小春は俺の妹だ!!」
「…!」
疲れ、そして呆れたため息をつく斑は夏目から小春へと視線を向け、布団を敷くよう伝えた。
しかし夏目は小春を見つめながら首を振る。
斑はその言葉に『はあ?』と呆気に取られたが、夏目の震えた声に今の夏目の心情を察した。
しかし救急車を呼ぶという夏目の言葉には理解しきれない。
まだ小春が倒れた事への恐怖から立ち上がる夏目の足は震えており、その震えている足で一階の電話へと向かおうとするが、斑に止められてしまった。
だが斑の言葉を夏目は声を上げて返し、その夏目の叫ぶような返しに斑は動きを止めた。
斑に背を向けながら夏目はグッと震えている手で拳を握りしめる。
「小春は…俺の大切な妹だ……俺には小春しかいないし、小春も俺しかいない…俺はもう一人でいたくない…小春を一人にはさせたくない…ッ!!」
「夏目…」
影鬼の記憶はまだ新しい。
影鬼のせいで小春はずっと一人だった。
夏目も1人で親戚をたらい回しにされていた。
もしも影鬼が小春の体の機能を奪っていなくてもきっと2人は離ればなれになっていただろう。
1人だけでも手一杯なのにあの親戚達が2人一緒に引き取ってくれるはずがないのだ。
夏目は影鬼を恨んでいない。
確かに影鬼のせいだという思いはあるし、そのせいで小春は自力で立つことも出来ず意志を伝えることも出来ず目で物を見ることも、そして耳で音を聞くことも出来ずずっとベットで寝たきりだった。
しかしそのお蔭で親戚の冷たい目を小春は経験せずいられた。
目の前の口論を聞くことも、そして見る事もなくいられたのだ。
流石に空気では察していただろうが、直接見るのと感じるのでは傷つく深みが違う。
自分ならまだしも大切に想っている妹までも冷たい目に晒されるのは耐えられなかった。
やっと優しい人達に引き取られたというのに…
やっと…影鬼が小春の全てを返してくれたというのに…
また小春を失くすかもしれないという恐怖には耐えられなかった。
小春を大切に想っているからこそ、夏目は大げさにする。
「まったく……小春が心配なのはお前だけではないぞ」
「………」
「とにかく、救急車は必要ない。」
「先生!」
「小春が気を失ったのは私のせいでもあり、その絵のせいでもある」
「絵…?―――!!」
小春を大切に想っているのは何も夏目だけではない。
斑もまた小春を大切だと想っている。
彼の一番はその祖父の友樹だが、友樹に似ている小春を斑が大事にするのは当たり前だった。
まだ救急車を呼ぼうとする夏目を宥め、夏目に小春が気を失った原因を話す。
自分と絵のせいで小春が気を失ったという斑に夏目は怪訝とさせ振り返る。
絵、という言葉に思いつくのは小春がフリーマーケットで貰ってきた絵以外なく、その壁に掛けられている絵へと目をやれば夏目はぎょっとさせた。
「なんだこれ…!!枝!?」
夏目をぎょっとさせたそれは…絵から枝が伸びている光景だった。
近くへ歩み寄り見れば本物ではなく絵具で描いたようで、今朝学校へ出る時にはなかったそれに夏目は驚く。
「恐らく小春の咳の原因はこれだろう」
「これが…?」
「ああ…小春の妖力を吸い取っているようで、更に枝を伸ばして小春の力を奪うつもりらしい……それに気づき食い破ろうとした私から絵を守るために小春は絵を庇い気を失った」
「そんな…」
病気ではないため病院に行っても原因不明で帰されるだけであろう、と続ける斑の言葉に夏目は唖然と絵を見つめた。
事情を知らない人が見ればらくがきに見えるが、小春の妖力を吸って広がっていると聞かされた夏目は美しく描かれているように見える枝が恐ろしいモノに見えてしまう。
『だから小春を布団に寝かせろ』と相変わらず上からの言葉に夏目は唖然としたまま頷き震える足で立ち押入れから布団を取り出そうとした時、塔子がガラスが割れる音に気づきあがってきた。
「貴志くん、小春ちゃん?大きな音が聞こえたんだけどどうしたの?」
塔子が部屋の入り口で割られているコップやばらまかれているお菓子などに驚き開けてあった障子から顔を覗かせる。
部屋を覗けば押入れから布団を取り出そうとしている夏目が見え、その傍では小春が倒れているのも見えた。
「小春ちゃん!?」
「と、塔子さん…これは、えっと…」
倒れている小春に驚き塔子は小さく悲鳴を上げた。
数分前までの自分のような塔子に夏目はどう説明しようかと考える。
「さ、最近小春風邪気味だったらしくて…」
「え!?大変だわっ!救急車呼ばなきゃ!!」
「ああ!いえ!!大丈夫です!!」
「え?でも…」
「大丈夫です!!気を失ってるように見えますけど薬飲んでその副作用で眠ってるだけなので!!」
「そ、そうなの?」
「はい!!そうです!!」
人が倒れているのを見れば慌てるのは当たり前で、小春が倒れているのを見て驚く塔子もまた救急車を呼ぼうとした。
それを今度は夏目が止め、小春は眠っているだけだと説明した。
その説明を疑うことなく塔子は受け入れ夏目はホッとさせる。
割れたコップやお菓子は塔子が片づけ、夏目は布団を敷いて小春を寝かせた後塔子を手伝う。
「先生…小春の傍にいてくれ…」
塔子を手伝うために一階と二階を行き来しなくてはならない夏目は斑へそう頼む。
塔子がいたため小声で頼むしかなく、斑は夏目の頼みに目を細めて返事した。
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