(9 / 12) 14話 (9)

塔子には風邪だと誤魔化した夏目は下に降りていった塔子を見送った後、布団に横なって未だ目を覚ます様子のない妹の傍に駆け寄る。


「夏目?小春?」

「巳弥…」

「これは一体…小春はどうした?」


小春の傍に座った時、いつもの時間に巳弥はお土産も持ってやってきた。
窓を叩き部屋へ入ればまず布団に寝かされている小春に驚き、夏目の顔色の悪さにも驚き、そして…絵から伸ばされている枝に気づいた。


「…………」


絵から伸ばされる枝の意味を巳弥はすぐに察した。
それと同時に小春の眠っている意味も。
巳弥は何も言わずそっと小春を挟み夏目の向かいに座る斑の隣に座った。
何も言わない巳弥をチラリとも見ず夏目は小春を見つめていた。
寝息を立て眠るように気絶している小春の頬を指の背で撫でてやる。
季節が季節だからか小春の頬は冷たい。
暖かな季節ではないからというのは夏目にも分かっていた。
だがその冷たさがまるで死んでいるようで夏目は辛そうに眉をしかめる。


(どうして…どうして小春ばっかり…っ)


夏目はそっと小春の手を布団から出し両手でギュッと握る。
握った小春の手を夏目は祈るように額に押し当て目を閉じた。
思うのは小春の事ばかり。
影鬼からようやく全てを返してもらい普通に暮らせるようになったというのにまた小春は妖によって気を失ってしまった。
巳弥が悪いなど夏目は思っていない。
今の夏目は小春しか考えられなかった。
斑も絵と自分の間に入ってきた小春に気づき咄嗟に力を抜いたためか気絶だけで済み怪我はない。
しかしただ気を失っているだけだとしてもやはり夏目は気が気ではなかった。
影鬼に小春を奪われていた頃、夏目は何度も眠っている小春を見てきた。
目を覚ましても目は見えず口も聞けず足も使えない妹を夏目は幼い頃からずっと見てきたのだ。
その時の小春と今の小春が重なってしまい気を失っているだけだというのを分かっていても小春を失うかもしれないという恐怖から手は震えて仕方ない。
止めようにも夏目には止める術が分からなかった。


「小春…っ」


身動き一つしない妹の手に縋るように夏目は妹の名を零した。
その声は震えており小さい。
夏目の呟きに斑は何も言わずただ小春を見つめ、巳弥は小春の名を切なげに呟き縋り付くように手を握る夏目が痛々しくて見てられずそっと目を逸らしてしまう。


「ん…」

「!!―――っ小春!?」


夏目の小春の手を握る力が強くなったのと同時に、斑は小春の瞼が震えたのを見た。
目を覚ます前兆のソレに斑は息を呑んだ。
声を零し静かに目を開く小春に夏目も気づき、小春の顔をのぞき込む。


「おにいちゃん…?」

「……っ」


兄の声に気づいたのか小春は声のする方へ顔を向ける。
小春の視界には小春が目を覚まし声を聴き安堵のあまり目に涙をためている兄の姿があり、泣き出しそうな兄に小春は首を傾げた。


「おにいちゃん…どうしたの…泣いてる…」

「っ、なんでも、ない……何でもないんだ…小春、どこか痛いところはないか?」


目を覚ました小春に夏目は次々と問いかける。
小春の返事を待たず次から次へと問いかけるため、斑に『ええい!鬱陶しい!!少しは黙ってられないのか!!』と叱られてしまった。
斑のお叱りが効いたのか、または落ち着き始めたからか夏目は質問攻めをやめ握っていた手をギュッと力を入れる。


「よかった…よかった…本当に…っ」


涙をため小さく笑う夏目の声は震えていた。
先ほどは小春を失うかもしれないと言う恐怖からだが、今は小春が目を覚ました安心からだろう。
小春は自分の手を握っている兄の手が震えているのを感じ、もっと安心させるように自分からギュッと握り返す。
小春から握り返され、夏目は目を見張り小春へ見る。
顔を上げた夏目の視線の先にいる小春は夏目に笑顔を向け、その笑みに夏目はまた目頭が熱くなる。
巳弥も小春が目を覚ました事に胸を撫で下ろしていた。


「すまない、小春…私が長く持ち歩いたためこの絵も妖力を持ってしまったようだ…壁に根を張りもう外れまい…」

「巳弥…?」


巳弥に声を掛けられ、そして謝られ、小春は兄から巳弥へ視線を向けた。
自分を見上げる小春に巳弥は罪悪感から目を逸らすも、仮面を被っているため小春には気づかれていない。
小春は何かを含んだ言い方をする巳弥を首を傾げ怪訝と見つめた。
そんな小春に巳弥は小さく息を吸い込み続けた。


「このままではお前の命も危うくなる…ーーだから私は妖力を使ってこの絵を焼いてしまおうと思う。」

「!――駄目だよ!巳弥!!大切な絵なんでしょ!?」

「そうだ!!その絵には八坂様がいるんじゃないのか!?」

「…いいんだ、小春、夏目…本当は気づいていたんだ…あの人は……八坂様はもうどこにもいないのではないかと…けれど、この絵と共に旅した日々はあの人と共にあった日のように楽しかった…雨の日も…風の日も…一人ではないのだと………でも…もう、いいんだ…異形であることなど気にせずに一度だけでも目を合わせて話をしてみたかっただけなのだから…」


巳弥の言葉に小春は身体を起こした。
悪意があったわけではなくとも奪われたのも当然で人間の壁に飾られた絵の中の八坂の為だけに毎日飽きずに訪問してきたのに、たかが小春の妖力を吸っているというだけで燃やそうとする巳弥を小春と夏目は必死に止めた。
大切なモノを自らの手で壊す事はとても悲しい事だから。
夏目も小春も…一番巳弥の気持ちが分かるから考え直すよう必死になっていた。
しかし巳弥は考え直すことなどなく、手の平に青い火の玉を浮かべた。


「待って!」

「…!」


ゆらゆらと揺らぐ火の玉を見て小春は慌てて巳弥を引き止めた。
巳弥は小春に手首を握られ、目を丸くする。


「待って、巳弥…私、まだ大丈夫だから…」

「しかし…」

「巳弥、俺からもお願いするよ…もう少し外す方法を探してみよう…」

「夏目…だが早くしなければ小春は…」

「巳弥…俺もこの絵、好きなんだ…」

「夏目……」


小春は自分のために大切なモノを自ら壊すことはしてほしくなかった。
それは夏目も同じだった。
短い間だが巳弥がどれほど八坂との時間を大切に想い、その八坂が描かれている絵を大事にしているか知っていた。
だから夏目も小春も巳弥を止めたのだ。
巳弥は絵に妖力を吸い取られている小春にも驚いたが、何よりも夏目に止められたことに驚いた。
小春が気を失っている間、夏目は周りの音も何もかも見えない状態だった。
その姿を見て友人でもない間柄の巳弥でも夏目が小春をどれほど大切に想い愛していたのかが分かるほどだった。
小春にも夏目にも、止められる理由は巳弥には見つからなかった。
夏目に責められても可笑しくはないのに。
だから余計に夏目にも止められ驚いてしまった。


「…ふん、馬鹿馬鹿しい」


夏目と小春に止められ手の平の火の玉を消す巳弥や小春達に斑が鼻を鳴らす。
斑の言葉に夏目は苦笑いを浮かべ、斑の頭を撫でる。


「俺達と巳弥は似ているんだ、先生……大切な人に本当の事を伝えるのを怖がって…悲しくて……だからごめん、先生…この絵を巳弥に残してやりたい…」


夏目は斑から絵へと見上げる。
絵の中には八坂様がおり、夏目は八坂の姿を優しげな眼で見つめた。
夏目はどんなに絵の中の八坂がただ描かれただけの絵だとしても、この絵の中にいるのは巳弥と共に旅をしてきた八坂に見えた。
来ないと分かっていても巳弥を探す八坂の姿だと、夏目は見えたのだ。
そう斑に言えば斑は『阿呆め』と呟くだけだった。

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