(10 / 12) 14話 (10)

夏目も小春も、巳弥が大切にしている物を壊したくなかった。
綺麗事ではなく、心から2人はそう思っていた。
しかし、結局は何の策も思いつかないまま数日が過ぎてしまう。


「じゃあ…貴志くん、あとお願いね?」

「はい」


倒れてから小春は寝込んでいた。
塔子達にはただの風邪だと言い訳をし、夏目は水を取り替えに来た塔子の言葉に頷いてみせる。
塔子は心配そうに目を瞑って眠る小春を見つめながら障子を閉め、階段を降りる。


「塔子さん、行った?」

「ああ」


そっと障子を静かに開け顔を出していた夏目に小春が声を掛ける。
足音も塔子の姿も消えたのを確認した夏目は障子を閉め、小春に歩み寄りながら問いに頷く。
塔子がいなくなったのを見て小春の傍で丸くなっていた斑は体を伸ばす。


「塔子さんに見えないのが救いだな…」

「うん……それに塔子さんや滋さんに一杯心配かけてるから…早く何とかしないと…」


倒れた時、小春は違和感はなかった。
それはただ斑に体当たりされて気を失っただけだからであるが、次第に小春は妖力を吸われいく内に体調を崩していった。
小春は本当の風邪のように微熱が続き、咳も酷くなり体は当然ダルさを生んだ。
夏目は辛そうな妹の姿にただ妖力が強いだけで熱にうなされ妖力を吸われ苦しむ妹の代わりをすることも出来ない事を悔やむ。
小春はけほけほと小さく咳き込みながら兄の呟きに頷く。
小春の言葉に夏目は微笑み小春の髪を撫でてやる。
すると、窓を叩く音が聞こえ振り返るとそこには巳弥がいた。
巳弥の手にはいつもの花ではなく、何故かペンキが握られていた。


「もう決めた…この絵を焼くよ」


巳弥の姿に小春は身体を起こすも、部屋に入り巳弥の言葉に目を丸くする。
巳弥も数日の間、小春が苦しむ姿を見てきた。
小春は平気だと言っていたが、見ている方が心配になるのは当たり前で巳弥は見ていられなかったのだろう。


「巳弥…」

「でもその前に、この木を桜で満開にしたい…あの人と出会った時のようにーーー手伝ってくれるかい?」


夏目と小春の気持ちは十分巳弥に伝わっていた。
巳弥はもう十分だと笑う。
八坂との思い出は大切だが、それは小春を犠牲にしてまで残す物ではないと…巳弥は今日、絵を焼く事を決めた。
ただ、せめてこの枯れた枝に八坂と会った時のように満開の桜を咲かせてやりたい…と思った。
それを言えば小春も夏目も笑みを浮かべ、頷いてくれた。


「小春は先生と下を頼む」

「うん」

「無理はするなよ?」

「大丈夫」


巳弥が用意していた筆を手に小春は布団から出て枝が伸びている壁の前に座る。
体調が思わすくない妹を止めたい気持ちはやはりあるが、巳弥の気持ち、そして小春の気持ちを思えば自分の心配は呑み込むしかなかった。
ただやはり体調を思い、座ったまま描ける下の方を任せることにした。
心配を喉の奥へと飲み込んだと言っても心配性な兄から小春はカーティガンを渡され、そのカーティガンを羽織り巳弥が持ってきたペンキの中に筆を入れ、毛先にペンキを付ける。
最初は悪戯しているようで緊張した。
だけど少しずつ楽しくなって色々な所に桜の花びらを描いていく。
斑は筆で描いていたが面倒になったのか肉球スタンプで花びらを描いていき、小春はその愛らしい花びらに笑みを零した。
夏目は笑い声を零し楽しそうにしている小春を見つめ目を細める。


「できた…」


夕方の赤色だった空の色が気づけば薄暗く変わった頃、ようやく桜は満開となる。
最後にちょん、と花びらを描き終え、小春達は筆を置く。
壁を見上げれば中央に飾られている満開の桜の絵を中心に壁一面に桜が咲き乱れ、とても美しかった。


「小春…っ!?」


小春は壁に咲いている一面の桜を見上げていたが、力尽きたのか倒れてしまう。
自分の肩に寄り添うように倒れた小春に夏目は慌てて床に倒れないように肩を抱く。


「きれい、だね…巳弥」


兄の肩に寄り添い小春は桜を見た。
本物には負けるがやはり小春の目には朦朧とさせる意識の中でも美しく映る。
絵でも小春にも夏目にも本物の桜に見えた。


巳弥…八坂さまはね―――…


小春は目を瞑りながら呟く。
その声は小さく、夏目には気づかなかった。
しかし巳弥は聞こえた。


― ありがとう…小春…夏目…… ―


巳弥の言葉に小春は眠りながら笑みを浮かべた。

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