夏目は音羽の忠告を心に留めながら緊張しきっていた固い体を解し、落ち着くように息を吐く。
「なっつめ〜!」
「―――!!」
深呼吸を数回し、落ち着き始めたその時、後ろからドン、と衝撃が夏目を襲った。
夏目は突然の事で驚いたのか声のない悲鳴を零し慌てて後ずさる。
後ろを振り返ればそこには友人の西村と北本がいた。
どうやら後ろからの衝撃は西村に背中を少し強めに叩かれたかららしい。
「に、西村…北本…」
先ほどまで緊迫していたからか、2人の姿に夏目はホッと安堵する。
やっと固くなった体が解れた夏目に北本は『どうした?』と問うも夏目には『何でもない』と返されてしまう。
本人が首をふるのだから北本は『そうか』としか言いようがなく、話題を変えようとした時、タイミングを計ったかのように西村が夏目の腕を掴む。
「こんなところにいたのか夏目〜!休み時間終わっちゃし早く行こうぜ!」
「は…?」
会って早々西村はそう言って勝手に夏目の腕を引き歩き出す。
階段を上がり廊下を進む西村と腕を引っ張られ呆気に取られる夏目の後を北本が肩をすくめて続く。
「い、一体何なんだ?何を急いでるんだ…?」
「それがさ!五組にすんごい可愛い子がいるんだ!だけど、その子ちょっとだけ変わってて…でも澄んだ瞳で俺の事じっと見つめ返してくれるんだよ!」
「何て名前?」
「名前なんて知らないよ!だって彼女一言も喋らないんだ。」
どうやら西村は女の子に会いに行くようで、巻き添えを食らった夏目は密かに諦めの溜息をつく。
北本の問いに西村は首を振って答え、喋らないという言葉に夏目は反応する。
2人の反応はどうでもいいのか西村は休み時間が無くなると言って小走りに5組へと向かい、その後ろ姿に夏目と北本はお互い顔を見合わせた後西村に続く。
因みに夏目がいない時に北本が『小春ちゃんはどうしたんだ?』と聞くと西村は目線を逸らしながら『い、いや、ほら…小春ちゃんのバックには鬼…じゃなかった…小春ちゃんの兄って夏目じゃん?友達の妹と付き合うのって、なんか悪い気するじゃん!』と言い訳を並べていた。
北本は『なるほど、夏目が怖いのか』と思ったが、納得してしまう。
夏目のシスコンぶりを間近で見てしまえば誰も西村を責めはしないだろう。
「お!いたいた!!」
5組につき、教室をのぞき込めば西村の目的の女子がいたらしく、西村は嬉しそうに声を弾ませる。
北本と夏目もその女子のいるらしい場所を見れば、他の女子生徒や男子生徒はそれぞれ誰かと一人はつるんでいるのに、その女子だけは1人ぽつんと一番後ろの席に座っているだけだった。
「―――!!」
夏目はその女子に少し違和感を感じた。
ただそれは北本の言うように『影がありそうな子』というだけかもしれない。
少し他の子と雰囲気が違って見えたのだろう。
そう思ったその時、夏目の視界に赤い何かが映った。
その赤にふと女子の席の後ろへと目を移せば…―――着物を着た幼い少女が棚の上に座っているのが見えた。
「女の子…?」
「ん?ああ、女の子だな…」
「なんだ?夏目もしかして俺が男に惚れたとでも思ってたのかー!?」
「え!?あ、ち、違うって!」
その少女は白い肌をしていた。
遠目でもわかるほどとても白い肌。
派手だが品のある赤い美しい着物がその白い肌に映え、長い綺麗に揃えられている髪には着物と同じく赤い華の髪飾りが一つだけ飾られていた。
赤い着物の膝の上には黒猫が丸くなって少女に撫でられていた。
その少女の姿はとても愛らしく、そして美しい。
人ならば…否、人でなくてもその少女に見惚れるほどだった。
少女の姿に思わず夏目が呟けば、その呟きを聞いた北本と西村は何をどう勘違いしたのか夏目が西村が惚れている相手が女の子で驚いていると思ったらしく、ぷんすか怒る西村に夏目は慌てて首を振った。
誤解もとりあえず解かれ、夏目は改めてその着物を着た少女へと目をやった。
周りはどうもその存在感がある少女の事を気にも留めておらず、誰も気づいていない様子から夏目は妖だと気づく。
「―――!」
少女は西村が恋した女子の後ろの棚に座って何故か女子の後姿をジッと見つめていた。
夏目は少女が女子に何かするのではないかと心配したその時―――少女の目が女子から夏目へと移る。
少女が夏目を見ればそれに釣られたしたように黒猫も夏目を見た。
その目は青と赤のオッドアイだった。
黒猫の首には赤い首輪が巻かれており、漆黒の色に真っ赤な色が映える。
夏目はこちらに気づいた少女と目と目が合いゾクリとさせ息を呑む。
夏目と目と目が合った少女はニタリと笑った。
「お!しめた!!出てくるぞ!」
「…っ!」
少女に見つめられ、夏目は金縛りにあったかのように体が動かなかった。
しかし西村の声でハッと我に返り金縛りのように動かなかった体が動く。
少女から女子へと目をやれば女子は教室から出ようとしており、西村はそれをチャンスだと言って声をかけようと教室を出る女子へ駆け寄った。
(いない…?)
女子を見送った後、夏目は棚の後ろに座っていた少女へと視線を戻す。
しかし、少女の姿は棚の上から消え、教室を見渡しても少女の姿はどこにもなかった。
それを疑問に思っていると西村が女子に声を掛けているのに気付き首を傾げながら夏目は西村と北本のもとへ歩み寄る。
「あの…!」
「……?」
「おれ!二組の西村だけど…!君と友達になりないなぁ〜なんて…!」
「……!」
女子は西村に声を掛けられ立ち止まって振り返っていた。
首を傾げているのを見る限り話しかけられた事に不思議に思っているのだろう。
まあ、当たり前だと言えば当たり前である。
知人でもない人に声を掛けられれば首の一つや二つ傾げるものだろう。
しかし女子は西村を見ていたのだが、ふと視界の端に夏目を移すと驚いた表情で夏目を見つめていた。
何故か関わりのないはずの女子と目と目が合い驚かれた夏目は怪訝そうに女子を見つめてしまう。
「…あのぉ……?」
「!、ぁ…っ」
夏目と女子は傍から見れば見つめ合って見える。
西村が女子に声を掛ければ女子は我に返り何故か逃げるように走って西村達の前から姿を消したのだ。
「なあ!彼女、確かに俺を見てただろ!?」
「そうかぁ?勘違いだろ?」
思春期だからか、それとも青春か…逃げ出したように走る女子に呆気に取られていた西村だったが、北本に嬉しそうに見つめられていたと報告したのだが…北本には首を傾げられた。
夏目はその2人の会話を聞きながらジッと走っていく女子の後姿を見送っていた。
― ふふふっ ―
「―――!」
女子がなぜ自分を見て驚いたのか、なぜ自分を見つめ、そして逃げるように去っていったのか…疑問は深まるばかりだったが、本人に聞き出そうにもすでに姿は消えているため聞き出そうにも聞き出せなかった。
ただ女子を見送っていた夏目の耳に愛らしい少女の笑い声が届き、夏目は我に返る。
声の方へ視線をやれば、教室からこちらをのぞき込むあの赤い着物を着た少女がおり、その足元には黒猫もいた。
少女の姿に夏目は驚きと怯えでビクリと肩を揺らす。
― 正一みぃつけた ―
(せいいち…?ちがう…俺は正一って人じゃ……)
くすくすと笑う少女は愛らしいが恐怖も誘い、夏目は冷や汗がどっと流れ、背中が冷たく感じる。
それは汗のせいなのか、恐怖だからかは今の夏目には分からない。
少女はどういう訳か夏目を『正一』だと呼んだ。
西村と北本もいるため夏目は小声で正一と勘違いしているらしい少女へと首を振ったが、少女は夏目の言葉など聞いておらずまるでかくれんぼをして隠れている相手を見つけたように夏目を見つめ嬉しそうにくすくすと笑うだけだった。
― ふふふ!正一を見つけた! ―
何が楽しいのか、少女は楽しげな笑い声を零しながら教室から出ていき、夏目を振り返りなご機嫌な様子でくるりと回ってから女子の後に続くように黒猫と共に姿を消す。
(なん、だ…今の…)
自分を『正一』と呼んだ事は少し引っかかるが、それよりも赤い着物の少女の妖と黒猫に夏目は嫌なモノしか感じなかった。
脂汗のようなものが頬を伝うのを感じながら夏目は少女のコロコロとした笑い声が消え、どっと疲れが襲ったように体が重くなる。
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