(5 / 26) 15話 (5)

夏目も小春も身支度を終えた後は朝食も食べ、それぞれのんびりとしていた。


「先生?せんせー?」


夏目は今日の朝の事を聞こうと斑を探す。
朝妹の腕の中でご満悦な顔をしていたが、どうやら今は小春とは離れているようで夏目は斑を探しに家中を歩き回っていた。
最後に二階を探せば斑の姿はなく散歩に出かけたことになる。
探すのが面倒だから二階にいてくれと願いながら自分と小春の部屋の障子を開ける。


「せん……」

「こんにちわ」

「うわっ!妖怪!!」


自室の障子を開ければそこには我が物顔で家に居候している自称用心棒でもなければ、何故かヨイショしまくる中級や自分達兄妹の貞操を狙うヒノエでもなく…見たことのない妖だった。
その妖は顔が異様に大きく、七三分けの髪形をしており、そして何より特徴的なのがちょび髭だった。


「どこからこの部屋に入ってきたんだ!?先生!変なちょび髭が部屋にいるぞ!ちゃんと結界を張ったのか!?」

「私ほどの妖怪にちんけな結界は無意味であります」

「え"」


名前が分からないため特徴のあるちょび髭で呼ぶしかなく、侵入された痕跡どころか侵入される前に感じるはずの違和感すらなかった。
斑に苦情を言おうとする夏目にちょび髭の妖はポツリと呟き、その呟きを聞いてしまった夏目は一瞬目を点にする。


「どうしたの、お兄ちゃん?ってうわ、ちょび髭…」

「おい夏目!何を騒いで…ってうおあ!?な、何だ!そのちょび髭!」

「ちんけな用心棒も無意味であります」

「ちんけだと!?」


斑は夏目の呼びかけに一歩遅く現れた。
しかも途中で鉢合わせたらしい小春の腕の中で現れる。
斑と小春は夏目の呼びかけに首を傾げていたが、部屋のど真ん中で座っているちょび髭の妖に気づき両者ともにビクリと肩を揺らす。
斑はちょび髭の言葉が頭に来たようだが、小春に『まあまあ』と宥められとりあえずは大人しくなる。


「そんな大物がなんの用だ?」


落ち着いた斑を横目で見ながら夏目はちょび髭に声を掛けその場で座り、小春も開けていた障子を閉めた後兄の隣に座り膝には斑を座らせる。
ちょび髭は夏目達に向かい直し、改めて用件を口にした。


「人の起こしている事ゆえ、人にお頼みしたく…夏目殿ならと…」

「人が起こしている事?」


斑はまだ『ちんけ』と呼ばれた事が腹立たしいのか苛立った様子を見せていたが、小春が背中を撫でてやると次第に怒気も薄れ力を抜き始める。
そんな斑にホッとさせながら小春も2人の会話に耳を傾ける。


「先月、河原を歩いていると、近くを通った人間の老婆が私を見て悲鳴をあげたのでございます。」


ちょび髭は用件の内容を説明し始める。
――それは先月の事。
ちょび髭は河原を歩いていると向こう側から同じく散歩していた老婆がすれ違う直前にちょび髭を見て悲鳴を上げながら走って逃げたという。


「その人は妖怪が見えるのか?」

「いいえ、ごく普通の人間です。」


ちょび髭と目と目はばっちり合っていたし、悲鳴が『ひい!ちょび髭!』と言っていたのだから勘違いという事はないだろうとちょび髭は夏目の問いに首を振った。
それだけかと思えばちょび髭は更に続けた。


「それでおかしなこともあるものだなぁと、ふと足元を見ると奇妙な陣があったのでございます!!」

「陣?」

「あの陣は我らにとって不吉であります!調べてみると人間の娘が描き歩いているのです!!」

「人間の娘……って、お兄ちゃん、もしかして昨日の…」

「……ああ…そうかもな…」


話しを聞き、小春はふと昨日の女子生徒を思い出した。
あの女子生徒も陣のようなものを描いていた事もあってどうしてもちょび髭が言っていた陣と関係があると思ってしまう。
それを小声で兄に伝えれば、夏目も同じことを思っていたのか小春の言葉に頷いた。


「夏目殿!!行って、そやつを止めてください!!」

「え?」

「ささ!こちらであります!!」


話しているうちに興奮したのかちょび髭は鼻息を荒くしながらポカンと自分を見上げる夏目の腕を取って外へと走り、兄を連れてかれた小春は兄と自分の上着を持ち慌てて追いかけた。


「あ!お兄ちゃん!!」

「まて!ナマズ野郎ーーっ!」


夏目の後を小春が、小春の後を斑が追いかけ、小春と夏目は藤原家を後にする。



****************



夏目を連れたちょび髭が向かったのは昨日と同じ場所だった。
生え放題の草むらから2人と妖2匹が顔を覗かせ見る先には―――例の女子生徒がいた。
それも問題の陣を描いている途中である。


(身体に文字が出た事とあの陣はやっぱり何か関係があるのかも…)


斑と小春には話していないが、体に文字が出ていた事を夏目は思い出す。
全てはあの陣を見てから始まったのだ。
何か関係していなければおかしいと夏目はそう思う。


「小春…小春はここにいろよ。」

「え…お兄ちゃん…?」


夏目は少し考え込み、そして隣で斑を腕に抱き同じく息を殺し女子生徒を見つめている小春に小声でそう呟き立ち上がる。
兄の呟きに小春は最初こそ首を傾げ不思議そうにしていたが、夏目はそんな妹を余所に女子生徒のもとへと向かって歩き出してしまう。
そんな夏目に小春も斑も慌てて引き戻そうと声をかけるもその前に夏目は女子生徒に声を掛けてしまい、小春は項垂れ斑は呆れかえる。


「おい!君!」

「え?――っ夏目く…しまった!また名前を呼んじゃった…っ!」

「あっ!待ってくれ!!」


相変わらず突っ走る性格な夏目に呆れながらも斑は見守ることにした。
ただ何があってもいいように小春の腕の中から降りる。
夏目は小春達が見守る中、少し緊張しながら女子生徒へと声をかけたのだが…夏目に声を掛けられた女子生徒は夏目の姿に目を丸くさせ驚きのあまり『ひゃあ!』と小さな悲鳴を上げる。
しかも思わず夏目の名前まで呼んでしまった。
別に夏目の名前を呼ぶことは可笑しいことではない。
夏目が目の前にいて驚いたのなら夏目の名前を思わず呼ぶことは普通の行為である。
しかし女子高生にはそれは普通ではないようで、また名前を呼んでしまった事に慌てて口を自分の手で塞ぎ、夏目が何か聞き出す前に走って夏目から逃げ出してしまう。
逃げ出す女子生徒に夏目は1テンポ遅れながらも追いかけ、逃げ出した女子生徒に斑とちょび髭も追いかけて行った。
小春も当然2人の後を追いかけるように走ろうとしたのだが…



― ふふふ ―



少女の笑い声が聞こえ、腰を上げようとした小春の動きが止まった。
その少女の笑い声は小春だけが聞こえているようで、斑とちょび髭は小春に背を向け走っていた。
小春はゆっくりと声のした後ろへと振り向くとそこには――


「女の子…?」


真っ赤な赤い着物を着た少女がいた。
少女は木の陰からこちらの様子を見ているように顔をのぞき込んでおり、その表情は何が可笑しいのか笑っている。
近所の子供かと思うにも今時の子供は着物など私服にしないし、その着物は素人目の小春から見てもあまりにも高級だと分かるほど美しく、そんな上等な物を常日頃から身に着けるような上級階級な家庭はこの辺りにはない。
それにどこかのお嬢様のように肌は真っ白でさらりとした綺麗な髪と真っ黒な髪が引き立つ真っ赤な綺麗な髪飾りが近所の子供ではないと物語っていた。
首を傾げていると黒い何かが視界に映った。


「猫…」


その黒い何かにふと枝の方を見ればそこには黒猫がいた。
黒猫は枯れた枝の上に登り、器用にも座ってこちらを無感情な青と赤の目でジッと様子を伺うように小春を見下ろしている。


「小春?」

「…!!」


猫に気を取られていたその時、兄の声で小春はハッとさせた。
夏目に名を呼ばれ振り返ればすでに逃げた女子生徒を引き止めていたようで、何故か傍には斑を抱きしめて頬ずりしている女子生徒が小春の目に映る。
『なにその状況』と小春はまず思った。
自称用心棒であり其の実餌付けされている藤原家の愛猫である斑は世間ではブサネコ・ブタ猫・ちんちくりん等上げきれないほどの名称を色々な人から貰っているほど可愛くない猫らしく、世話になっているからあまり言いたくはないがそんなどう見てもブサネコこと斑を愛でているらしい女子生徒に小春は思わず目を疑ってしまう。
兄が手招いているため意識は完全に夏目達へと向けられ、小春は慌てて夏目へと駆け寄ろうとした。
しかしふと少女と猫の事を思いだし、駆け寄ろうとした足を止め振り返った。
だが―――


「え…いない?」


少女と猫がいた木には少女と猫どころか鳥の姿すらなかった。

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