女子生徒の名前は多軌透といい、夏目とクラス違いの同い年だった。
ブサネコ斑が可愛いと言ってのけるほどの価値観のズレが少々あるらしい多軌だが、夏目に駆け寄る小春を見ても可愛いと抱きしめる所を見ると全てにおいてズレているわけではなさそうである。
ただ彼女は守備範囲が広いだけなのだろう。
しかしそれでも夏目にとってどうしても斑と小春を同列に扱われるのが納得できないらしく、『ちょっと待て!ニャンコ先生と小春と同列に扱うのはよしてもらおうか!!小春の方が先生より可愛いに決まっている!!どこが可愛いかというと―――』と頼んでもいないのに妹への愛を長々と喋りはじめた。
止まったのはその後やく30分ほどで、長々と自分の事を嬉々として話す兄に小春が恥ずかしくなって止めたのだ。
余りのシスコンぶりに呆れも通り越したのか、貶されているはずの斑本人からは突っかかる気力がなかったのか夏目から顔ごと逸らし他人を装っていた。
多軌は夏目が…夏目と小春が妖を見える事を知っていた。
それを知ったのは誰かに教えてもらったからだと言う。
それが、妖である。
妖に教えてもらったという多軌に夏目は見えるのかと問えば多軌は首を振った。
それに首を傾げていると、多軌は自分達に説明してくれる。
――騒がせたこの陣はやはり多軌が描き、その陣は入った妖の姿を見えるという。
多軌の先祖は以前陰陽師のようなものをしていたようで、その血筋から素質のある人なら普段妖が見えなくても誰でも肉眼で妖を見ることができるらしい。
それらを説明したうえで、多軌は夏目に助けを求めた。
それも命に係わることらしいのだ…―――夏目の。
何故、夏目の命に係わるかというと…その陣に入ったある妖に多軌は勝負を挑まれたと言う。
おじいちゃん子だった多軌は妖が見えず憧れていた祖父が描き残していったこの陣を描いて遊んでいた。
偶然にも通りかかった妖を見て多軌は嬉しくて陣を描き続けていた。
危機感はなかった。
憧れていた妖が見えたことが多軌は嬉しかったのだから。
しかし、その勝負を挑んできた妖を見てから一変することになる。
自分の姿を見たからという理由で多軌はその妖に命を狙われることになった。
300と60日の間に多軌がその妖を捕まえれば多軌の勝ち。
しかし、負ければ多軌の記憶をさかのぼり最後に名を呼んだ人間から13番目までの人間全てを食べていくという身勝手かつ残忍な勝負だった。
その話を聞き、夏目は夢と体に浮かんでいた文字を思い浮かべ、全てが繋がった。
夏目は昨日、多軌が思わず名を呼んでしまったために、その妖の食材へと加わってしまったようだ。
****************
夜、あの後事情も聞き夏目は多軌の助けを受け入れた。
それは自分の命もそうだが、あのまま多軌を放っておくことはできなかったからだ。
「期日が近づきあの娘…なりふり構わず陣を描いて探してはじめたという訳か…」
もう夕暮れだったためとりあえず事情の説明だけでその日は多軌と別れ、夏目と小春は夕飯も終えた後お風呂を済ませ湯気を立たせる斑の言葉に夏目は頷いた。
小春の膝の上で濡れた体をタオルでふき取ってもらっていた斑は頷いた夏目を見てむふふと嬉しそうに目を細める。
「お前の余命もあとわずかと言うところだなー!もうすぐ友人帳と小春は私の物だ!」
「用心棒じゃなかったのか?
というか小春は絶対死んでも渡すものか。」
「しかしここまで育てたものを他のやつに食われるのは惜しいな!」
「育ててもらった覚えは―――」
むふふとオヤジのような笑いをして喜ぶ斑の戯言はいつもの事とスルーできたが、しかし最後の小春は私の物という言葉に夏目は絶対零度の目と共に叩き返した。
用心棒もとい愛猫として夏目の傍にいて尚且つ小春を狙っている斑にとって夏目の絶対零度には多少の免疫があるため平然といられたためか今回は顔を青ざめることも目を逸らすこともなかった。
と、いうよりは死ぬと決めつけているためともいえる。
自分を育てていたつもりの斑に呆れながら『育ててもらった覚えはない』とはっきりと言おうとした夏目だったのだが、その言葉は切られることになる。
夏目が最後まで言うよりも早く、斑を膝に置きずっとタオルで拭いてあげていた小春が突然ドン、とそのままの姿勢で勢いよく床に手を置いたのだ。
「小春、さん…?」
斑を覆いかぶるような体勢で床に勢いよく手を置いた小春に斑も夏目もそのまま固まってしまう。
その場は一瞬にして静まり返り、気のせいか空気も冷たく感じた。
ギギギと油を差していない鉄のような動きで斑から妹へと視線をやる夏目は思わず妹を『さん付け』で呼び、斑は上(小春)からの殺気に動いたら殺されると下手に身動きができなかった。
そんな2人の顔はとても青ざめていた。
夏目の声掛けに俯いていた小春はゆっくりと顔を上げる。
その顔は夜叉でもなければ鬼神でもなく―――ムスーッと頬を膨らませ思いっきり不機嫌な顔をしていた。
「…………」
「……えっと…」
「…………」
「………あの、さ…」
「…………」
「…………その…」
「…………」
「……小春さん、ごめんなさい…」
夏目も斑も顔を上げた小春の顔を夜叉やら般若やら恐ろしいのを想像していた。
多軌の説明を聞いていた時から別れて今に至るまで小春の様子は可笑しかった。
夏目の服をちょんと摘まんでずっと俯いたまま何の返事もしなかったのだ。
それは誰がどう見たって小春が怒っている証拠で…夏目は正直大人しい小春が怒っているとことは見たことなく想像つかないが、妹に嫌われるのが恐ろしい一心であえてそこには触れなかった。
安易に触れて小春に『お兄ちゃんなんて大っ嫌いっ!』と言われと夏目は確実に勝負を挑んできた妖が食う前に小春によって殺されるからである。
そんなんで死ぬとかバロスwとか言ってはいけない。
そしてシスコンをなめてはいけない。
不機嫌な様子の小春にひとまずはホッとするも、無言で恨めしい目でずっと見つめられる罪悪感と辛さがあってか、下手な言い訳するよりも謝った方が賢明だと夏目は判断した。
勿論、謝っている理由も夏目は知っている。
「……私、お兄ちゃんの体に文字が浮かんでいたの、初めて知った」
「…うん、黙っててごめん…」
「……私は関係ないとか、言わない?」
「勿論だ…危ないのは分かってるけど…小春にも協力してほしいって思ってる。」
「……………本当に?」
「ああ」
「……なら、いいよ…」
小春が不機嫌な理由は、勝手に多軌の助けを受けた事ではない。
小春が怒っているのは、夏目が文字の事や夢の事を言わなかったからである。
言うにしてもタイミングがなかったからというのもあるし、何より文字や夢は今日夏目自身も知った事だから仕方ないというのは小春にも分かっている。
だけど理屈で分かっていてもやっぱり許せなかった。
自分が蚊帳の外なのが。
自分を頼ってくれない兄が。
そして、きっと頼られても兄のように勇敢に行動できないであろう自分が…小春は許せなかった。
それを斑に言えば『お前らどっこいどっこいな?』と言われるほど小春も行動力はあるが、そこは今は触れないでおこう。
とにかく小春は不機嫌だった機嫌が兄の頷き一つであっという間に治っていき、少々不貞腐れてる感はあるものの機嫌をなおした小春に夏目はホッと安堵のいきをつく。
それは夏目だけではなく、小春の膝にいた斑も今まで硬直状態だった身体をふにゃりと解し、乾いた自分の体を次はブラッシンクしてくれる小春に身を任せた。
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