「いってきます…」
夏目は日課の散歩を行くため、小春と自分のマフラーを巻き寒々しい家の外へと出て行く。
暖房がついていた家の中とは違い外の風はとても冷たくマフラーや手袋、コートなど冬に欠かさない物を着てもその寒さを防ぐことは出来なかった。
夏目は白い息を吐きながら昨日の夜の事を思い出していた。
―― 私と君とは仲間だよ ――
昨日、式神を使い強引な呼び出しをした男…俳優の名取周一の言葉が夏目の頭に過ぎる。
紙で出来たあの物体は妖かしではなく名取が夏目に送った式神で、名取は夏目が見えるか試したと言っていた。
そして、名取は自分の仕事を手伝ってみないかと突然夏目に言ったのだ。
当然夏目は唖然とさせたが、そんな夏目に名取は苦笑いをし、自分も妖かしが見える類の人間だと告白した。
同じ妖かしが見える人間に会ってみたいと前々から思っていたが出会い方が出会い方なため上手く飲み込めず、いつ自宅に帰りどのように帰ったかは覚えていなかった。
まるで酔っ払ったニャンコ先生だな…夏目は動揺している気持ちを落ち着かせるよう揶揄し小さく笑う。
「やあ、昨日ぶりだね。」
「…………」
はは…と乾いた笑いをもらした夏目だったが目の前に突然頭を悩ませている原因体が現れ固ってしまう。
その原因体である名取は爽やかな笑みを浮かべ夏目が自分が言った言葉に悩みに悩み眠れなかったとは思っていないのかキラキラ光って手を上げていた。
夏目は諦めたように深く大きな溜息を1つ、吐き出した。
「酷いなぁ、溜息をつくなんて…」
「……そうですか…」
「この子は君の妹さんかい?こんにちは。」
「…………」
「…兄妹揃って俺が嫌いなのかな?」
「…………」
『傷つくなぁ』と名取は傷ついたようには見えない笑みで笑った。
小春は目が見えず耳も聞こえないため当然名取が自分の目の前にいて、自分に声をかけてきたことには気付かずただ車椅子に座っているだけ。
そんな小春に不快そうにするでもない名取に夏目は『違います』と小さく呟いた。
「違う?」
「はい…小春は目が見えなくて耳が聞こえないんです。」
「え…」
「それに声も出せなくて足も動かせないので別に名取さんが嫌いって訳じゃなくて名取さんに気付いていないだけです」
そう名取に説明しながら夏目は小春の横に移動して小春の手の平に文字を書く。
それでようやく名取に気付いたのか前に居るという名取を見上げ小春は頭を下げて小さく笑った。
目の見えない小春はやはり名取を見上げるも目が合うわけでもなく、目が見えないというのは本当なのか、と名取は別段疑っていた訳ではないがにこりと愛らしく笑う小春を見て目を細める。
「そっか…大変だね、君も」
「いえ、別に…妹の事は好きでやってるので…」
「そうか…そうだね、ごめん…」
「いえ…」
同情めいた声に夏目は無意識に眉をひそめ『じゃあ、妹と散歩の途中なので失礼します』と頭を下げ名取の隣を早歩きで通り過ぎる。
そんな夏目を笑顔を崩す事なく見送った名取は小さく笑みを深めた後何も言わず夏目の後を追いかける。
それに気付いた夏目は立ち止まり名取に振り返りながら半目で名取を見つめた。
「…なんですか」
「ちょっと話しがしたくてね。今いいかい?」
「駄目です。妹と散歩中って言ってたじゃないですか。駄目です。」
「駄目を2回言う必要ってあるのかい?」
「ありますよ。駄目です」
「おや、3回言われてしまった。」
「…………」
おちょくってるのか、この人…と夏目は苛立ちに似た感情を抑えるように溜息をつき、ニコニコと笑う名取を無視し車椅子を押し始める。
そしてまた名取もそれに続き、もう夏目は名取に振り返ることはなく無視を決め込んでいた。
しかし名取は夏目の無視など効かずずっとニコニコと胡散臭い笑み(夏目談)を浮かべながら後ろについて来る。
田舎でも人はそれなりにおり、夏目の後ろに歩く名取に周りの人達…特に女性がざわめきを上げ、夏目はいい加減にウンザリとなり溜息をついて立ち止まった。
「…いい加減にしてくれませんか?」
「君が付き合ってくれたらね。」
「……じゃあもっと放れて歩いてください」
「何で?」
「目立つの嫌なんです」
「そっか…
きらめいててご免ね?」
「…………」
流石俳優、と言うべきか…振り返る夏目の目には一瞬でバックを光らせ女性に黄色い悲鳴を上げさせる名取に呆れたように目を細めた。
そんな夏目の目線にも負けず名取はニコニコと相変わらずの笑みを浮かべ小春の前に移動し、夏目は怪訝そうにしながらも首をかしげる。
「『小春ちゃん、俺は名取といいます。はじめまして』」
「…は?」
妹の手を取り自分がしたように手の平に指で文字を書く名取に夏目は呆気に取られ、小春は名取に顔をあげニコリと笑い、名取は小春の笑みに『お、笑った』と名取も嬉しそうに笑った。
「ちょっとなにして…」
「『これから俺に付き合ってくれないかな?』」
-コクリ-
「ちょ…小春!?」
「――と、いうことでじゃあ行こうか!夏目!」
「はあああ!?」
何が何だか解らない夏目は声を上げるがそんな夏目から小春の車椅子の取っ手の主導権を奪い『ははは!』と華麗に笑いながら名取は小春と共にどこかへ行こうと車椅子を動かす。
それに夏目は慌てて追いかけ、名取を止めた。
「ちょっと何をするんですか!?」
「いいじゃないか、小春ちゃんが行きたいって言ってるし」
「言ってません!!あんたが言ったんだろ!?」
「でも小春ちゃんは行く気満々だけど?」
「う…」
名取は止められたことに少し不満顔を見せるが、不満なのはこっちだ!と夏目は更に声をあげ、敬語もすでに吹っ飛んでいた。
名取は小春を指をさし、小春へ目を移すと夏目の目に『どうしたの?行かないの?』と残念そうな小春が映り言葉を詰まらせる。
妹思いな彼に名取はくすりと笑う。
「じゃあ決定!行こう!」
「………」
夏目は名取のノリノリ感に溜息しか出なかった。
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