― ふふふ ―
少女の声がする。
とても嬉しそうな声。
遊んでいるように楽しそうな声。
― お前は邪魔だ ―
しかしその言葉は棘があった。
― お前なんて死ねばいい ―
「――――っ!!」
小春はその声に飛び起きるように目を覚ました。
しかし起き上がろうとしても何かに後ろに引っ張られるように体は再び地面に戻り、小春は固い地面に思いっきり頭を打ってしまい痛みに声を零す。
「起きたか」
「…!」
暫く痛みに耐えていると『ひひひ』と不気味な笑い声が辺りに響き、小春はビクリと身体を震わせた。
痛みで閉じていた目を開ければ辺りは真っ暗で、しかしうっすらと見える風景には空はなく夜というわけでもなく、どこか洞窟のように見える。
まだ目が慣れていないため分からないが、小春は声に釣られ仰向けのまま頭上へと顔を上げる。
そこには―――妖がいた。
「…っ」
その妖は額にキズがあり、そのキズは多軌が描いた似顔絵の特徴と一致している。
似顔絵とその妖の共通点はその額の傷のみだが、小春はこの妖が探している妖だと分かった。
妖は言葉も出ない小春に笑みを深めゆっくりと小春に歩み寄る。
小春は歩み寄ってくる妖から逃げるように起き上がると、今度は引っ張られることなく立ち上がることもでき、小春はどうしてなど考えるまでもなく走った。
この妖に捕まったらどうなるかも分からないが決して友好的ではないのは分かる。
取って食われるのを考え恐怖するよりも前に小春は走り逃げ出した。
「う…ッ!」
しかし小春は再び後ろに引っ張られ、そのまま尻餅をついてしまった。
じんじんと痛む尻など気にも留める余裕はなく後ろを振り返らなくても妖が近づいてくるのが歩く音で分かり小春はまた立ち上がろうとする。
だがまた引っ張られてしまい失敗に終わる。
引っ張られるたびに首を絞められるような痛みと苦しみに小春はそっと首へと手を伸ばした。
そこにはロープが巻かれていた。
それはまるで飼い犬の首輪のように。
振り向きたくないが、そのロープがどこに繋がっているかを知りたくて小春はロープを伝い後ろをゆっくりと振り返る。
正直、小春はロープの先など予想は出来ていた。
というよりかはすでに分かっていた。
「逃げ出そうとしても無駄だ…お前は逃げられないのだからな」
ロープの先は妖が握っていた。
だから小春は何度も後ろから引っ張られていたのだ。
小春は青い顔を更に青くさせ尻餅ついたまま近づいてくる妖から逃げようと後ずさる。
「そう怖がらなくてもいい。」
「――っ」
じりじりと後ずさる小春に近づく妖は追い詰めるのが面倒になったのかクイッと掴んでいたロープを引っ張り小春を引き寄せた。
小春は引っ張られ妖の足元に倒れてしまう。
うつ伏せになり倒れた小春の両手首を妖は片手で掴みそのまま持ち上げる。
持ち上げられた小春は宙釣りになる痛みと両手首を掴んでいる妖の力の強さへの痛みに顔をゆがませた。
痛みに揺らぐ小春の表情を覗き見ながら妖は満足げに笑みを浮かべた。
「やはりいいねぇ、その顔……ゾクゾクする。」
小春のコートやマフラー、手袋や帽子など、すでに妖が取っ払った後だったようで、小春は長袖で冬用のワンピースとは言え、暖房器具もない洞窟の寒さに体を震わせた。
口から出される白い息が空気の冷たさを物語っており、小春から吐かれる息は震え、歯も小さくカチカチと鳴らす。
しかしそれは寒さからなのか…それとも、妖への恐怖からかは、小春にも分からない。
小春は妖をキッと睨み付ける。
「は、放して…っ」
「ひひひ、そう怯えなくても大切にしてやる」
「なに…、っ!」
睨み付けられた妖はやはり怯えるわけがなかった。
小春の睨みなど愛らしいだけしかなく、妖は寒さか怯えか、はたまた両方に体を震わせながらも気丈に振る舞う小春に笑みを深める。
小春は妖が自分を捕まえたのは食べるためだと思っていたが、妖の言葉に矛盾を感じ怪訝そうに見つめたその時――妖の指が小春の頬を撫でた。
すす、と頬を撫で、滑るように妖の手はそのまま小春の首筋へと伸ばされる。
小春は妖の行動の意味が分からなかった。
手はそのまま首筋から体のラインを添っていき、意味が分からない行動も相まって小春は更に怯えてしまう。
「ゃ…、っ!」
妖の手は小春の足にまで伸ばされたが、何を思ってか手はゆっくりと上へと戻っていく。
しかしそれだけではなく、その手は小春のスカートの中へと入っていった。
小春は思わずカッと顔を赤くさせ足をばたつかせて抵抗するも、抵抗するなという意味なのか、妖に掴まれている手の力が強まり、小春は痛みに声を零し抵抗を止めてしまった。
「初心な反応からすると…お前、処女だな?」
「…っ」
顔を真っ赤に染める小春に妖は愉快そうに笑い声を零す。
小春は性に関して免疫がないため妖の問いに赤かった顔が更に赤みを増し、妖を見上げていた顔を俯かせる。
その反応も壺に入ったらしい妖の笑い声が洞窟に響く。
「まあ、別にどうでもいいがな…処女であろうとなかろうと……お前で楽しめたらどうでもいい事だ」
「やだっ!放して…っ!!」
高校に入る前、大抵の事は勉強していたが、流石に保健などの勉強は月ものなどの必要最低限にしかしていなかった。
だから妖の目的も、行動の意味も分からない。
だから小春の恐怖は深まるばかりだった。
首を振り泣き出しそうな小春はただ拒絶するしかなかった。
抵抗は手首を握っている手で防がれ抵抗らしい抵抗が出来ない。
「まあそう焦るな…ゆっくりじっくりと味あわせろ」
「ひ…っ」
『ひひ』、と特有の笑い声を零しながら妖は手をスカートの中から出し胸元から力を入れて服を引き裂いた。
ビリ、と服が破れる音も洞窟に響き、小春の服は真ん中から裂かれ下着が露わになる。
服で守られた肌が露わになると冷たい空気が撫でるように触れ、小春は寒さに体をふるりと震わせた。
しかし体を震わせるのは寒さだけではない。
これからされる事への未知なる恐怖、妖への恐怖が小春の体を震わせる。
誰かに肌を見られた事がない小春は突然妖に服を破られ肌を露わにする事に呆然としていた。
突然の事で反応が出来なかった。
(い、や…いやっ…やだっ!!誰か…!!お兄ちゃん!ニャンコ先生!!)
小春の声は恐怖で出ない。
出そうと思っていても怖くて声も出なかった。
身体を震わせる初心な反応を見せる小春に妖は益々愉快に思いクツクツとした笑いを零す。
妖は恐怖で抵抗できないのをいい事に吸い付くような小春の肌を撫でるように触れ、爪でブラジャーのセンターの部分を指で軽く浮かせ、爪でブツリと切ろうとした瞬間―――…
「、――っ!!」
洞窟が光に包まれた。
それと同時に妖は衝撃に体が後ろへと吹き飛んでしまう。
「なんだ今のは…!」
「アレは守護された。」
「…っ!」
光はすぐに収まり、また薄暗い暗闇へと戻る。
妖は衝撃も少しずつ収まりゆっくりと起き上がると同じく衝撃で飛ばされた小春が横たわっていた。
様子を見る限り気を失っているようで、妖は小春を助けにきた者がいるのかと周りを見渡すもどこにも気配はなかった。
しかし背後から声が聞こえ、妖は弾かれたように後ろを振り返る。
そこには、赤い着物の少女が立っていた。
「お前か……守護とはどういう事だ」
どうやら妖と少女は顔見知りのようで、ぱっと現れたような少女に妖は警戒もせず少女の呟きに怪訝とさせる。
少女は妖を見ることなくずっと小春を見つめていたが、その瞳は感情はなかった。
「アレは守られていた。強い力に、強い想いに。」
「……だが私達にとって良い餌のように見えるが…こいつはただの人間なのだろ…祓い屋でもない様子だったが…そんな人間がどう祓えるというんだ?」
少女は声も淡々としていた。
問う妖に少女は表情変えず静かに指をさす。
指差す方へ目を移せば小春がいた。
妖は小春を指差す少女に怪訝さを強め『だからあいつがなんだっていうんだ』と苛立った声を零す。
そんな妖に少女は『首』とだけ呟き、少女の呟きに怪訝さをそのままに小春の首を見ると、そこには一つのお守りが下げられているのが見えた。
「あれが何だっていうんだ…ただのお守りではないか」
「あのお守りには鬼がいた」
「鬼…?」
「鬼…アレを守らんとした鬼…鬼の想いがアレを守り、アレは守られた。暫くアレには近づけない」
少女の言葉はとても分かりにくい。
鬼とは影鬼であり、達磨男から貰った影鬼の牙の入っているお守りが小春を守った。
あの光はお守りから発せられた祓いの光。
小春の強い拒絶によってお守りが反応し、そして妖を追い払ったのだろう。
効果は暫く続くようで、暫くは近づけない。
少女はまさかお守りがあったとは思っていなかったのか、忌々しそうに気を失っている小春を冷たく見下ろしていた。
「お前」
「なんだ」
「この近くに正一がいる」
とても美味しそうな餌を目の前に手も足も出せないというお預け状態に妖は苛立ちが積もっていくばかりで少女に声をかけられ苛立ちをそのままに不機嫌な声で返事を返す。
少女はそれに気にも留めず淡々とした口調で続けた。
しかし続けられた言葉に妖は首を傾げる。
「正一?誰だそいつは」
「お前を探している人間…お前ら妖が見え、聞こえ、触れる事が出来る。この勝負に有利な存在。」
「成程…この勝負に厄介な存在ってことか…食ってもいいんだな?」
「駄目だ。食うな。食うのはあの娘とアレ。」
「あの小娘はお前の獲物じゃなかったのか?お前が言うから小娘に勝負を仕掛け今まで我慢してきたんだぞ」
「あの娘はもういらない。」
「じゃあ食ってもいいんだな?」
「好きにすればいい。」
淡々と喋り無表情な少女に人間ならばゾッとするのだが、妖は少女には興味がないためどうとも思わない。
ただこの勝負を仕掛けたのは妖だが、提案したのはこの少女だった。
少女は多軌を狙っており殺さない事を条件にこの勝負を妖に提案した。
妖は多軌が食べれないのが不満だが、例え少女が誰の名も呼ばなくても周りの人間を好きに食べればいいと言う条件で飲んだのだ。
しかし先ほど条件は変更され、多軌を食べてもいいという許可も出た。
妖は少女の頷きにニンマリと笑い、その『正一』という人間を探しに向かった。
妖が姿を消せばその場は痛いほど静まり返り、気を失っている小春と少女しか残っていない。
「お前は邪魔だ」
少女は痛いほどの沈黙など気にも留めず気を失っている小春を感情のない目で見下ろす。
意識を深く沈めているらしい小春は小声でも大きく響く少女の声に反応せず瞼を閉じている。
少女は反応のない小春をよそにゆっくりと小春に近づきしゃがんで顔を近づける。
「お前がいると正一が正一に戻れない…お前がいるから正一は戻ってきてくれない…ならお前なんて死ねばいい…正一の目の前で無様に死んで、正一はお前を失いお前を守れなかった事に絶望し空っぽになって、そして―――…」
「紅華」
2人の距離はほぼ0センチだった。
息がかかるほど近く、少女の黒髪と小春の黒髪が混じり合う。
少女はジッと開かない小春の目を見つめる。
あの遠目でも分かるほど美しい黒い瞳は瞼によって隠されている。
それが堪らなく残念な気がしてならない。
少女は続けようとした言葉を新たな第三者によって遮られた。
その声に少女はゆっくりと小春から顔を話し振り向く。
そこには赤いを首輪につけているオッドアイの黒猫がいた。
「紅華、アイツが戻ってくる。"器"も一緒だ。」
「そう」
少女は猫の言葉にただそう返しただけだった。
そして黒猫と共に暗闇に溶け込むように姿を消した。
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