(13 / 26) 15話 (13)

夏目は深かった意識を浮上させ瞼を震わせる。
うつ伏せに倒れていた夏目の意識がはっきりしうっすらと瞼を開けると周りは真っ暗に包まれていた。


「あ、ぐ…ッ!」


起き上がり周りの状況を見ようとした夏目だったが何かに背中を押さえつけられ再び地面に引き戻されてしまった。
その抑える力が強く夏目は痛みに顔を歪ませる。
そんな夏目の耳に『ひひひ』と妖の笑い声が届く。


「やはり私の声が聞こえるのか…見えるのだな?―――何者だ?」

「…ここはどこだ…お前、多軌が探している妖怪だろ!無茶な勝負を引っ掛けて!!」


その妖は小春を連れ去った妖だった。
あの少女の言葉通り、夏目は妖を見ることも聞くことも出来るようだった。
人間には妖の姿や声を聞くことがいるが夏目や小春のように人間を見るかのようにはっきりとした姿を見る者はそういない。
だから少女が目を付けたからだという理由の他に妖は夏目に興味を持った。
しかし夏目はついに接触した妖に対する緊張と恐怖を必死に抑え込みながら話には応じず妖に手で押さえつけられながらもキッと睨み付けた。
その睨む目つきが小春と似ていて妖は笑みを深める。
当然男には興味ないし、あの少女の獲物を狙うのは利口とは思えないため手は出さないが。
啖呵を切りながらも夏目はふと何かの影が視界に映り意識をそちらに移す。
妖からその影へと目線を移した瞬間…夏目は目を丸くした。


「!―――小春!!?」


その影とは小春だった。
暗闇に慣れ始めた夏目の目には小春がはっきりではないが映り、本来なら別々に探しているはずの小春がこの場にいることに驚いていた。
しかも小春は仰向けになり動かない。


「小春!?おい!!小春!!」

「お前こいつの知り合いか?」

「ッお前…!!小春に何をした!!!」


夏目は妖に押さえつけられているというのも忘れ小春の名を呼ぶ。
夏目の大声は洞窟内に反響し更に大きく響く。
しかしそれでも小春はピクリとも動かず夏目へ顔を向けることも指の一つ動かすこともなかった。
どう見ても異常な妹の様子に夏目は笑いを零す妖に怒鳴るように声を上げる。
妖は夏目の問いに愉快そうに口端を上げ、気を失って動かない小春へ振り向いた。


「なに…丁度いい玩具を見つけたのでな、少々遊んでもらおうと思ったまでだ」

「おもちゃ…―――っ!?」


妖の言葉を夏目はすぐに理解はできなかった。
しかし再び小春へ目を移した瞬間小春の姿に妖の言葉の全てを理解した。
自分と別れた時の小春の姿は帽子、マフラー、手袋、コートなど完全防寒の姿だった。
しかしコートなどはその辺へと捨てられ、唯一小春の裸を隠していたワンピースは下に着ていたキャミごと裂かれ、小春の白い肌が露わになっており、うっすらとしか見えないがその首にはロープまでもが巻かれていた。
下着が離れた場所からでも見え、まるで犬に首輪を付けているような妹のあられもない姿に夏目は一瞬にして怒りで目の前が赤色に染まった。


「お前っ…――ぐ、ッ!!」

「おっと、抵抗をしようなどと考えるなよ?お前達はひ弱だからな…このまま押しつぶしてしまいそうだ」


カッとなり頭に血を上らせた夏目は押さえつけられているというのも忘れ怒りのまま妖へ殴りかかろうとしたが、力は妖の方が強く起き上がろうとした夏目を更に力を込めて抑え込む。
ぐ、と強まった力に負け夏目は起き上がる事も出来ず押さえつけられる痛みに小さくうめき声を零す。
しかし、それが逆に冷静を取り戻すことなった。
最初こそ妹の姿に頭に血が上って冷静さを欠いていたが、妖からの痛みが次第に夏目を冷静にさせる。


「……っ多軌は…あの子はただお前の姿を見ただけだろ…それだけで呪うなんて…!」

「私は人間が嫌いでねぇ…あの娘が怯える姿を見るのが実に楽しくてなぁ…見えないくせに私を必死に探す姿は滑稽ものだった。」

「………」

「しかしお前はよろしくないね…常に私の姿が見えるようだし、アレと同じく妙な力を感じる…邪魔だからここで大人しくしておいで」


妖は勝負を有利に立たせる夏目を捕まえた。
そう夏目は考えていた。
だが妖は夏目が妖を見ることができる等少女に言われるまで気づかなかった。
妖の言葉に夏目は妖を睨みつけながらふと傍に木の板の欠片が目につく。
それをチラリと見たが妖にバレないようすぐに視線を戻す。


「こんな勝負…不条理だ!!」

「自然は常に不条理なものだ。それを嘆くのは人間だけだ。」


夏目が木の板を見たのに気付いていない様子の妖にホッとしながらも不条理すぎる妖の勝手さに腹も立っていた。
声を上げる夏目にも妖は気にも留めず逆に反応に愉快そうに笑った。
妖はふと夏目の背の上に乗せ押さえつけていた手を放す。
軽くなった背に今まで力強く背中を押され地面と妖の手で圧迫されていたためか、妖に手を放された夏目は軽く咳き込んだ。
逃げ出すなら今なのだと夏目は体を起こそうとした。
しかし妖が夏目の首を掴み持ち上げたため逃げ出すことも出来ず、妖は人間相手に力加減など端からするつもりもなく首を絞められているために夏目は苦しげに声を零す。



「ルールなど、本当は守ってやる義理もないぞ。」



妖は苦しいと訴える声など無視し、そう言った後舌で夏目の顔をひと舐めする。


「ッ―――やめろ!!」


夏目は妖に舌で顔を舐められ、背筋をぞっとさせる。
考えるよりも夏目は舐められた事への悪感に妖の顔を殴る。
妖力の強い夏目の拳にはやはり妖も怯み、首を絞めつけている手を放してしまう。
落ちるように降ろされた夏目は咄嗟に木の板に手を伸ばし、木の板を手に小春のもとへと向かう。


「待て…!!」


夏目の拳に怯んだ妖だったが、夏目が小春のもとへと駆け寄り逃げ出そうとしているのに気付き手を伸ばそうとした。
しかし夏目は手を伸ばし再び捕まえようとする妖に気づき地面の砂を妖の目もとへと向かって投げつける。
砂が目に入った妖は伸ばしていた手を引っ込め痛みに声を零す。


「小春!!」


夏目は先ほどのやり取りでもピクリとも動かない妹に駆け寄り、持っていた木の板の尖がっている部分で首にかけられているロープを切る。
ロープはニ三度板を叩き付ければブツリと切れ、夏目は小春を抱き上げ妖から逃げる。


「必ず食ってやるぞ!!必ずな!!」


走って逃げる夏目に妖がそう声を上げるが、今の夏目は逃げることで背一杯だった。



****************



妖は獲物を逃がし舌打ちをする。
まだ目が痛いのもあり苛立ちは強くなるばかりだった。


「逃がしたのか」


すると少女が再び妖の前に現れ、妖はまた舌打ちを打った。
そんな妖など気にもせず少女は責めるように妖を見る。


「逃がしてなどいない。逃げたんだ。」

「どちらも同じ事だ…なんのために協力していると思っている」

「知るか。」


完全に獲物を逃がし機嫌の悪い妖の態度など少女はどうでもよさ気だった。
少女も少女で機嫌が悪い。


「まあ、いい……怒りのあまり正一を食べるなよ」

「……分かっているさ」


少女溜息をつき、失敗を許した。
しかし暗に次はないともほのめかし、妖は少女の言葉に低い声で返す。
少女は妖の返しに機嫌は直らないが、一応は満足したのかそのまま暗闇に溶け込み消えていく。


「…………」


妖は少女が消えホッと息をついた。
見た目は妖の方が強そうに見えるが、実際、少女の方が格は上である。
突然現れた少女を食おうとしたが返り討ちにあったために妖は少女に逆らえないのだ。
力の強い者に逆らわない…それが妖の生き残る本能でもあった。

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