(18 / 26) 15話 (18)

夏目達も帰り、音羽はタンスから着替えを持ってお風呂場へ向かった。
祖父が一番風呂を入り、次に今日休日で明日仕事の蒼葉が入り、その次に音羽。
多軌を送った後あっという間に帰ってきた青之丞は後片付けがあると大抵最後になる。


「兄さん、出たよー」

「分かった、ありがとう。」


台所で台ふきんを絞っていた最中で、顔を覗かせる音羽の言葉に青之丞は振り向きながら答える。
見た目20台、中身はうん百歳な青之丞は人型になると美形青年であり、黒色のシックなエプロンがとてもお似合いだった。
見慣れている音羽は何の反応もなくそのまま居間へ向かい祖父の隣に座りテレビを見始める。
祖父の隣で仲良く『この女優絶対整形してる』やら『この俳優ロリコンだよね』やら『えー、じゃあこのアイドル狙ってるんじゃね?』やら『こいつらのすっぴん見てみたい』『あ、それおじいちゃんも見たい』やら会話しているのを横目で見つめ、青之丞はすっかり小野寺家の孫娘と溶け込んでいる主を見て微笑ましそうに目を細めた。
どうやら彼にとって、2人の間に交わされている会話は重要ではないようだ。



****************



部屋の主である音羽が一階の居間で寛ぎ、隣の部屋の蒼葉は洗面台で髪を乾かし肌の手入れをしている頃…誰もいないはずなのに二階の窓が独りでに開いた。
窓が空いた瞬間、音羽の部屋に冷たい空気が入り込む。
日も暮れ日中よりも冷える夜の風が入って来てもやはり小春はピクリとも動かず目を瞑っていた。


「…………」


そんな小春に1つの影が伸びる。
その影は布団に入っている小春の上を跨がるように立ち、眠る小春を見下ろす。
そしてゆっくりと膝を折り小春の上に跨りそっと小春の頬に両手を当てた。
その瞬間影が触れている小春の頬が小さく音を立てながら凍っていく。
気を失っていても感覚はあるのか冷たさに小春の顔は歪み、寒さから小春から出される息は白くなっていく。
影は小春の辛そうな表情に一瞬戸惑いを感じたが、それでも小春を凍らせ続けた。
影から発せられる冷気に周りの空気も凍っていき冷たく影の肌と小春の肌を刺す。
小春の体温は少しずつ下がっていき、吐き出される息も寒さから震えだした。
後は時間を掛け小春の体の全ての機能を停止させれば、影の仕事は終わる。
後少し…後少しでこの罪悪感から逃れることができる…そう思ったその瞬間――、


「!、―――ぁ、ぐ、…ッ!!」


影は突然感じた気配にハッとさせ体を起こそうとした。
しかし、ぱっと現れたような気配を感じたと思った時はすでに遅く、影は横腹に強い衝撃を受け、そのまま吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばされた影は壁にぶつかり、衝撃とは別の痛みにくぐもった声を零す。
起き上がろうにも何故か痛みに起き上がれず、逃げ出さなければと考えるよりも前に部屋の電気がつき暗闇が光に照らされる。


「ぅ、…っ、…――ぐ、!」


光に明るくなったのを感じ痛みに瞑っていた瞳を開け顔を上げようとした影は肩にまた衝撃を受け、その反動でうつ伏せだった身体が仰向けへと変わる。
そのお蔭で顔を上げなくても周りを見渡せることができ、光の眩しさと痛みによって薄らと開けられたその瞳には美しい少女…音羽が映っていた。
音羽の手には青之丞が切ったリンゴが乗っている皿があり、部屋で食べようとして二階に上がり、影の気配に気づいたようである。
そして気配を殺して自室を覗けば影が小春の上に跨っているのが見え、音羽は寸前まで気配をわざと消したまま近づき、一気に影の横っ腹に一発妖力の籠った蹴りを入れたのだ。
そしてそのまま痛みで蹲る影の肩を蹴り飛ばし、仰向けにさせ顔を確認する。
仰向けにすれば影は男だと言うことが分かった。
白すぎる肌に黒の髪と瞳、体格から言って小学生くらいの少年だった。
しかしだからと言って音羽は手加減などするつもりはなかった。


「な、に…を、する!!」

「はあ?何しやがるはこっちのセリフですけどー?何人の部屋を冷凍庫にしてくれるわけ?あんたに何の権利があって寒いのに更に寒くするわけよ?あんたふざけてるの?冗談なの?そんな冗談すっごく笑えないんだけど」


たかが人間の蹴りなのに痛みは強烈で、少年の目には激痛から涙が浮かんでいた。
そんな少年など興味なさげだが、音羽は自分の部屋に侵入され、更には冷蔵庫のように凍らせた事に腹を立てていた。
起き上がろうとする少年の腹を片足だけで踏み、抑える。
その際思いっきり力を入れたため少年は腹を踏みつけられ苦しげな声を零す。
その声に音羽は皿を持っていない手で耳を塞ぎ不快そうに眉を寄せた。


「ねえ、うっさいんだけどさ、ちょっとは黙っていられないわけ?」

「ぐッ、…じゃ、ぁ……足をどけ、ろ!!」

「あんた馬鹿なの?逃げられると分かって足退ける奴いないわよ。いたら見てみたいわよ。」

「…、ッ」


煩くしているのは音羽だが、音羽にそれは通じないのか苦しげにしながらも言葉を零す少年に音羽は鼻で笑い、更に腹に体重をかける。
どこにそんな力があるのか不明だが、少年はこのままでは踏みつぶされると思ったのか腹に乗っている音羽の足首を掴んだ。


「――!!」


音羽は少年の行動に怪訝としていたが、パキパキ、と音を立てたのと同時に少年に捕まれている場所から広がるように足首の表面が凍っていくのを見て音羽は掴んでいる少年の手を振り払い、少年と距離を置いた。
少年は距離を置いた音羽に、足を退かされてもジンジンと痛むその痛みに耐えながら起き上がり逃げ出そうとした。


「蒼葉!!」

「、っ!」


凍って冷たすぎて痛みも冷たさも感じなくなった足首を見て音羽は舌打ちを打ったが、逃げ出そうと背を向けようとする少年に気づき咄嗟に仕えている兄妹の1人の名を叫んだ。
その瞬間、少年はあっという間に取り押さえられた。


「音羽様、ご無事でございますか」


窓から逃げ出そうとした少年だったが突然現れた蒼葉によって取り押さえられ失敗に終わる。
蒼葉は少年の腕を捻り上げ背中で両腕を拘束する。
少年は痛みに声を上げたが蒼葉は力を一切緩むこともなく、痛みに顔をゆがめる少年に音羽は笑みを深める。


「あんた、誰に言われてこの子を殺そうとしたの?」

「…………」

「あんたの主は人間?妖怪?それとも単独?」

「…………」

「この子を殺してあんたかあんたの主に何の利益があるの?」

「…………」

「あらまあ、だんまり?」


音羽は別に少年が何のためか聞かず帰してもよかったのだが、気まぐれに興味が湧いた。
しかし少年は口を閉ざし音羽を睨むだけで口を割らない。
聞き出そうとするのも飽きた音羽は面倒くさそうに溜息をつき、手にしていたリンゴの皿に乗っていたフォークを手に取って少年に向ける。


「…っ」


音羽はフォークの先を少年の目へと向けた。
目との距離はそう遠くはない。
目の前まで迫るそれに少年は無意識に息を呑んだ。
そのフォークはリンゴを食べるために備え付けた物のため大きさはそれほど大きくはなく、小さい。
しかし、先端は鋭いとは言い難いが尖っているため刺されれば目など一発で潰されるだろう。


「言わないと、その無駄な目玉……潰すぞ」


尋問に飽きた音羽は今度は脅しに変え、そして相手の出方次第では拷問へと変えようとした。
少女が妖怪とはいえ少年に危害を加えようとしているのを蒼葉は止めるでもなく、逆に来るであろう痛みで暴れ拘束が外れないよう手の力を強める。
音羽の目が嘘を言っていないのを見て少年は初めて音羽に恐怖した。
しかし…


「だ、れが…お前なんかに言うか」


少年は抵抗を選んだ。
音羽も質問に答えれば乱暴な事はしないつもりだったが、抵抗されてしまい、自分を睨む少年に目を細め小さく微笑む。


「そう……残念ね」


笑みを浮かべたまま音羽は少年の抵抗に止めていた手を振り上げた。
そして少年の目玉へと振り下ろされた。
少年は来るであろう痛みに本当は恐ろしく思っているが、ここで折れるわけにはいかないという気持ちだけで折れそうな心を支え、少年はキッと音羽を睨んでいた。
片目を失おうが、両目を失おうが、そして、この命が失われようが…少年は"ある人"のため折れるわけにはいかなかった。
銀色に光るそれが少年の目へと振り下ろされ後は少年の悲鳴が辺りに響き、少年の血が音羽と部屋を汚す…はずだった。


「―――な、…ッ!」

「…!」


窓から何かが飛んで現れ、少年を取り押さえていた蒼葉の顔面へとくっついた。
突然顔に暖かい物がくっつき、息苦しさと驚きで蒼葉は思わず少年の拘束を解いてしまい、少年は驚く前に咄嗟にその場から下がり、音羽は蒼葉の顔に何かがくっついたのを見て動きを止めた。


「……猫…?」


蒼葉は顔にくっつくそれを剥がし床に投げ捨てた。
それを見れば、蒼葉の顔にくっついていたのは――猫だった。
猫は美しい茶色の虎猫だった。
猫は着地した後煙と共に姿を変え、姿を変えようとする猫に蒼葉は咄嗟に主のもとへと駆け寄り背に守る。


「真白!この馬鹿!!何人間と天狗相手に手間取ってるんだ!」

「ご、ごめん…鈴姉…」


鈴(すず)姉、と呼ばれた猫は美しい女性へと姿を変える。
金に近い髪を靡かせ、赤を中心とした漢服を身にまとっていた。
鈴はキッと吊り上がった細い目を更に吊り上げ真白と呼んだ少年を睨み、腕を掴み後ろへと投げる。
腕を引っ張られ庇われた真白は睨まれ臆して謝るしかなく、人間と天狗相手、と自分ならまだしも大切な主を見下した言い方をされ、蒼葉は冷静だった頭に一気に血が上り怒りに任せ襲い掛かろうと一歩足を踏み出した。
しかしそれを音羽が止める。


「音羽様…!」

「落ち着きなさい、蒼葉」

「しかし…っ」

「落ち着け、と私が言っているのよ」

「ッ……、はい…」


襲い掛かろうとした蒼葉の服を音羽は掴んで止めた。
止めた主に蒼葉は振り返るも食い下がろうとすれば音羽に睨まれてしまう。
低い声と鋭い視線を向けられれば主を一心に思っている蒼葉は引くしかなく、悔しげに侵入者達を睨みながら音羽の後ろへと下がった。
音羽は渋々だが下がる蒼葉を見て蒼葉から侵入者へと視線を送り、音羽に目を移され鈴の後ろにいる真白はビクリと肩を揺らすも鈴は平然と音羽を睨み返していた。
度胸の据わっている鈴に音羽は内心感心をする。


「あんた、こいつの飼い主?」

「さあ、どうだろうな」

「じゃあ他に飼い主がいるのね?」

「さあ、どうだろうな」

「その飼い主の目的はなに?あんたらは何のためにこの子を狙ってるの?」

「さあ、どうだろうな」


音羽は真白を庇う鈴に今度は質問をした。
問いかけられてもやはり鈴も真白同様何も答えず、鈴ははぐらかす。
それは誰が聞いてもはぐらかしているようにしか見えないが、それは鈴も承知の上ではぐらかしているのだろうし、自分達の情報を与えないのなら何でもいいのだろう。
音羽ははぐらかされても怒りはしない。
相手がはぐらかそうがどうでもいいのだ。
相手の情報があろうがなかろうが自分の目的が果たせれば何でもいい…音羽はそう思っていた。
だからはぐらかす相手に溜息しか零さない。


「何もしゃべる気がないならさ、さっさと出てってくれない?」

「そうしたいのは山々だがお前の飼い鳥の殺気で動くに動けない状態でな…下手に動けば戦闘は免れんぞ」

「……蒼葉」

「…………」

「私、最初に言う事聞かない奴は切り捨てると…言ったわよね」

「っ申し訳、ございません…」


何も話す気がないのなら正直早く出て行ってほしいと音羽は思う。
鈴の登場で真白の小春へ向けられていた殺気はすでに消え、鈴も真白を庇うだけで小春へ攻撃を向ける気配など一切向けない。
ただ最初に一度だけ小春を見ただけでそれ以来鈴は小春に視線を向けてはいない。
だから音羽は戦うつもりはもうないと判断した。
だから音羽は出てって欲しいと思った。
下には何もしらない祖父がいるのだから。
それは相手も思っていたことのようで、しかし蒼葉の殺気で動くに動けなかったらしい。
相手が臆したわけではない。
殺気を向ける蒼葉に警戒していたのだ。
それを聞き音羽は一度名を呼んで制止しようとしたが、主の言葉でも殺気をおさめない蒼葉に音羽は咎め、その咎めに蒼葉の瞳が一瞬にして怒りから嘆きに変わった。
深く頭を下げ膝待づく蒼葉を音羽はつまらなさそうに見つめた後鈴へ視線を戻す。


「さあ、お帰りいただきたい」


にこりと微笑む音羽に鈴はどうも好きに離れなかった。
どうしても笑っているように見えず、鈴はこれ以上ここに居たくないと言うのもあり後ろで静かにしていた真白の腕を掴み窓から出て行こうとした。


「……行くぞ、真白」

「えっ…でも………うん、わかった。」


真白は腕を掴まれ引き下がるつもりの鈴に驚きが隠せなかったが、真白も今の状況で争ってまで小春を殺すのは得策ではないと思ったため素直に頷き鈴と共に音羽の部屋から出ていく。

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