(19 / 26) 15話 (19)

出て行った侵入者に『やっと帰った』と呟いて音羽は開けっ放しの窓へと歩み寄った。
すでに侵入者は暗闇の中に消え、気配もない事を確認した音羽は窓の枠に座り月を見上げる。
月は相変わらず神々しいほどに美しく、音羽はこの世の自然の中でも月夜が一番好きだった。
片膝を窓枠に立て、立てていない方の膝の上にリンゴの皿を乗せ、サクリとフォークでリンゴを刺す。
リンゴは可愛いウサギ型に切られており、それを切ったのが青之丞だと思うと『あいつこんな趣味あったんだ』と内心笑いそうになる。
もう侵入者など頭の端に追いやり何事もなかったように過ごす音羽に蒼葉が声を掛けた。


「…音羽様…本当によろしかったのですか…あれらは音羽様のモノを横取りしようとした賊と同じではありませんか…」


視線をリンゴから蒼葉へ向ければ蒼葉は跪き音羽を見上げていた。
その瞳は不安げで、音羽が見逃したことを責めてもいた。
それが分からない音羽ではないが、蒼葉の言葉に答えず音羽は扉の方へと再び目を移す。
そこには青之丞が立っていた。


「なに、青之丞」

「ご様子を見に参りました」

「何故?私がそう命じた?」

「いえ、貴女様が心配でしたので」


音羽の視線で蒼葉は兄の存在に気づく。
青之丞はずっと下で祖父に付き、もしもの時に守る役割を命じられていた。
侵入者が去った気配に気づき祖父に理由を付け青之丞は上がってきたのだ。
青之丞の言葉に音羽は鼻で笑いすでに興味も失ったように夜空へ目を向けリンゴを一口齧る。
そんな主に青之丞は眉をしかめたがすぐにいつもの表情へ戻り、主を見つめる蒼葉に声を掛ける。


「蒼葉、お前は席を外し私の代わりに竜児様の護衛につけ」

「兄上…私は…」

「少し頭を冷やせ、蒼葉…お前は少々音羽様の事になるとすぐ頭に血が上る……それでは音羽様の護衛は任せられん」

「……はい…」


竜児(たつじ)とは祖父の名である。
青之丞は護衛の交代を妹に告げるが、蒼葉は食い下がろうとする。
しかし兄の言葉に返す言葉も見つからず、蒼葉は渋々引き下がるしかなかった。
肩を落としすれ違う妹を目で見送りながら青之丞は主ではなく小春のもとへと向かう。


「そんなにその子が心配?」


部屋を見渡せば氷が薄く張られてあり、極寒とは言い難いが厚手の上着がなくては風邪を引くほど寒かった。
妖である青之丞も寒いと思うほどで、眠っている小春を青之丞は心配し、部屋を移した方がいいと判断する。
主である音羽にそれを提案すればあっさり承諾を貰い空いている部屋へと移すことにした。
布団から抱き上げ、小春を横抱きにして頭を下げ退室しようとする青之丞に音羽は突然そう聞いて来た。
青之丞は主の問いにすぐに立ち止まり振り返り答える。


「当たり前にございます…私達は夏目殿から信頼され、小春殿を預かっておりますから」

「そう…ふふ…」


青之丞の言葉に音羽は目を細め微笑む。
夜空を風景に映る音羽は美しく、見慣れている青之丞でも見惚れるほどだった。
しかし音羽は青之丞の言葉を聞き更に笑みを深め、意味ありげの笑みに青之丞も流石に無視はできなかった。


「…何が言いたいのです」

「いや、お前は素直ではないなと思ってね」

「素直、と言われても…本心を言ったまででございますが」

「へえ…なら、私がお前の本心を言ってあげよう……お前はこの子の事を心配している…そうだね?」

「はい」

「お前はそれはもやし以下に信頼されその子を任されているからだと言った。」

「はい」

「でも、それは本心ではないよね?――――お前はその子を愛している。」

「…………」


我が主ながら面倒なお方だ、と青之丞は思いながら問い返せばそれを期待していた音羽は嬉しそうに笑みを深め、嫌な予感に青之丞は内心溜息をつく。
妹といい、主といい、女運のない自分を恨みながらも青之丞は音羽の問いに答える。
ただ頷くだけの青之丞だったが音羽の最後の言葉に固まった。
固まった青之丞の反応に音羽は更に笑みを深めた。


「なんだ、やっぱ愛したの?あれほどありえないとか抜かしてたお前が人間にねぇ…ふふ、人はすぐに変わるものだが…妖もなのね」


青之丞は音羽の言葉にため息をつき、『その言葉そのまま貴女にお返しいたします』と心の中で呟く。
主の性格を一番分かっていた青之丞は主が面白半分で聞き出すことは目に見えていたため慌てることもない。
そもそも青之丞は小春の事を愛していないのだから。


「私は別にこの方を愛してなどおりませんよ」

「へえ」

「愛するように言ったのは貴女様ではございませんか」

「はあ?私はただ『罪悪感があるなら愛せば?』って言っただけだけど?別にその子を愛せとは命令してないわよ」

「…そうでしたね」


青之丞は小春を愛していない。
それを今言っても音羽が信じるわけがないのは知っていた。
しかし言わず誤解されるだけされるのは癪に障ったのだ。
小春の事は何とも思ってないわけではなく、それなりに好意はある。
確かに小春の容姿、妖力、明るさ、素直さは惹かれる所はある。
妖力と容姿を除き主や妹にはないモノばかりで青之丞は小春に好感を持っていた。
正直主は無理だとしても妹を交換してほしいと夏目に懇願しようかと悩んだほどでもあった。
だが、恋愛になれば話は別で、そもそも妖である青之丞が小春に恋をするなどありえないのだ。
少なくとも青之丞はそう思っている。
だから音羽に返事を返すのが面倒で適当に返した。


「まあ、どっちでもいいわ…お前がその子とまぐわってくれれば」


面倒だと顔にデカデカと書く青之丞に音羽は愉快そうに笑う。
音羽の言葉に青之丞は思わず眉を寄せ、『はしたないですよ、音羽様』と注意するが、『じゃあセックス?』と返され青之丞はもうダメ出しする気も失せ溜息を音羽に返した。
『兄君から逃げ出す時引き止めずついて来てしまったのは失敗だったな』と周りの俗世に感化された主に青之丞は着いて来たのを後悔した。


「まだ襲ったら駄目よ、青之丞お兄さま」

「誰が襲うか。」


これ以上話していても仕方ないと思った青之丞はそのまま音羽に頭を下げ出て行こうとした。
背を向け部屋を出ていく青之丞に音羽はからかいで声を掛ける。
わざと『様』を付ける音羽に青之丞は兄として返し、小春を抱き上げているため両手が使えず開けっ放しの扉を見つめ、音羽は笑みを深めた。

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