夏目は帰宅し、久々の1人の夜を過ごす。
1人の夜は本当に久々で、妹の姿がないことに夏目は少し落ち着かなかった。
夏目の中では小春は傍にいて当たり前の存在なのだと改めて思い知らされ、更には妖に目を舐められたために妖が見えなくなった目は時間が経ったからと言って治る物でもなく、依代であるニャンコの姿では歪んでは見える。
「……だめだ…面白い顔が更に面白く見える…」
「だーかーらー!どうしてそう隙だらけなんだ!お前は!!そこに座れ!朝まで説教だ!」
斑の顔がゆらゆらと揺らいで見え、元々面白い顔が更に笑いを誘う顔となる。
それを呟けば斑はたしたしと短い足で敷いて座っている座布団を叩く。
自分の事を棚に上げ、斑は警戒心というものが足りない夏目に説教するため『座れ座れ!!』と珍しく強気である。
「何で先生の面白い顔は見えるんだ?」
「忘れたのか?この体は依代だ…だから人間にも見える……今のお前にもな。」
「じゃあ、本来の姿になったら見えなくなるのか?」
「試してみるか?」
まだ夏目の表情は固いが、塔子や滋に気づかれない程度までは復活していた。
どうやら斑に辛い気持ちを吐いたのが少し効いているようで、斑は表情が戻ってきた夏目に安堵しつつもやはり注意が足りない夏目には呆れ果ててもいた。
否、夏目だけではなく、小春を含め夏目兄妹である。
そんな斑など気づかず、夏目は斑の言葉に少し疑問を抱いた。
確かに依代であるニャンコの姿は素質はあるが見る力がない多軌も田沼も、そして友人であり見えない普通の人間の西村と北本も見ることができる。
夏目も小春も、人と区別がつかないほど妖を見る事が出来るため、それほど気にはしていなかった。
斑は夏目のちょっとした疑問にニヤリとあくどい笑みを浮かべ、煙と共に本来の姿へと戻る。
しかし…そこには斑の姿はなかった。
「ニャンコ先生…?」
強い風を感じ目を瞑った夏目は風が止んで目を開ければいるはずの本来の姿の斑がおらず、部屋を見渡す。
だがいるはずの斑はおらず目の前には斑が座っていた座布団だけが置かれていた。
「……見えない…」
ちょびが見えなかったのと同じように、依代ではない本来の姿の斑を…夏目は見ることができなかった。
夏目は誰もいない一人だけの空間にいることに、少しだけ寒さを感じる。
「いるのか?先生?」
いるであろう斑に声を掛けるも、斑は夏目の声に答えてくれない。
問題なのは目なため声は何とか聴くことができる。
ならば、聞こえないのは自分ではなく斑が喋らないからだった。
夏目は返事がない斑にどこを見ていいのかも分からずただ手持無沙汰にもう一度斑を呼ぶ。
「…!」
すると後ろからフッと風が吹いた。
後ろは閉まっているし、目の前の窓も閉まり鍵までかけている。
夏目はその風が斑の息だと分かった。
「………、…」
斑が見えず、小春がいないこの部屋では…今、夏目は一人も当然だった。
斑がいたとしても見えなければいると頭が認識せず夏目は一人っきりの部屋がいやに静まり返っているようにも聞こえ、少し居心地が悪く感じた。
****************
斑はその後依代の姿へと戻る。
ぽん、と音を立て猫の姿へと戻る斑に夏目は安堵の息をつく。
あれほどブサネコだ饅頭だと揶揄していた姿に安心する日がくるとは夏目も思っていなかっただろう。
そのままあの後はすぐに眠り、夏目は目を覚ますとやはり横を…小春が眠っているはずの場所をまず確認した。
当然ながらやはり小春の寝顔は見られず、ポツンと部屋の中央に一つだけ敷いてある布団に夏目は起き上がりながら一つ溜息に似た息を吐いた。
その息は白く、寒さも相まってか小春のいない寂しさに胸が苦しくなる。
もしかしたらこの勝負が終われば小春は目を覚まし、また自分の隣にいてくれるかもしれない…そう夏目は思い、願掛けに小春に会いに行く事をやめた。
「ちょびが来てるならそう言ってくれよ、先生…」
「あんなに近づいても気づかんとは…鈍すぎるぞ!」
目を覚まし妹がいない寂しさを想いつつも下へ降り洗面台へと夏目は立つ。
顔を洗う前に歯を磨こうと若干寝ぼけながら口に歯ブラシを咥え歯を磨いている夏目に、斑は声をかけた。
斑の声に振り返った夏目だが、斑は本来の姿へと変えているのか振り返ってもデブ猫もいなければ本来の姿の斑もいなかった。
まだ見えない事に溜息をつきながら鏡へと向き直した夏目だったが……鏡にちょびの姿が映り、夏目は思わず悲鳴を上げた。
今日は休みなため朝ごはんを食べた後2人と待ち合わせしており、夏目は今朝のその事について斑に抗議するも、斑は妖が見えなくなったとはいえ鈍すぎる夏目に叱った。
何故か自分が叱られた夏目は溜息をつく。
「鏡かガラスに映せば何とか見えるぐらいにはなったんだけど…――それより、胸の数字が今朝"弐"になってた。」
「多軌の奴、寝言とかで無意識に誰かの名前を呼んでしまったのかもしれんなぁ」
「寝言も駄目なのか?厳しいな…」
目で直接妖を見ることは出来なくても、どうやら鏡やガラスに通せば何とか見えるようで、夏目は以前名取の言っていた言葉が脳裏に浮かぶ。
斑の言葉に厳しすぎる条件に眉をひそめていると不意にお店のガラスに映る斑を見た。
それは何気ない行為で、何の意識もしていない行動だったのだが……
「あ…!」
「ん?どうした?」
「せ、先生!それ…!」
夏目はふと目に映った"ソレ"に声を上げ、その声に斑が反応する。
夏目へ振り返ってみれば夏目はどういう訳か丁度通り抜けようとした店を指差しており、そこを見れば斑も夏目同様目を丸くする。
そこには、ガラスに映る斑の姿があり…――そのガラスに映る斑の背には『ニャンコ先生 壱』と書かれていた。
「小春を探している時、多軌に私の事を話した…その時うっかり呼ばれてしまったのさ…仮の名だからと思っていたんだが、駄目だったようだな。」
驚きの表情を浮かべる夏目に対し、斑は冷静だった。
まるでこうなることが分かっていたように。
何か言いたげの夏目に斑は問わず振り返る。
「お前らがどうなろうと知った事ではないが…こうなっては仕方ない…―――さっさと片づけるぞ、夏目。」
斑の言葉に、夏目は強く頷いた。
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