待ち合わせの場所へと向かうと、すでに多軌がいた。
多軌は待っている間陣を描いているのか、夏目は陣を描く多軌の背中に声をかける。
「おはよう、多軌」
「あ…おはよう…目は大丈夫?」
声を掛けられた多軌は夏目の声に振り返る。
夏目と目と目が合った多軌はそっと被っていた帽子のツバを下げて深く被り、顔を逸らす。
夏目はその仕草に気づかず多軌の問いに首を振った。
「わりぃ…まだ治ってないんだ」
「……そう」
首を振る夏目に短く返事を返していると不意に深く下げていた帽子のツバを夏目に上げられてしまう。
夏目は多軌を見て微かに眉間に皺を寄らせた。
「顔色が悪いな…寝てないのか?」
「…………」
「まさか…徹夜で陣を描いてたんじゃないだろうな?」
「安心しろ。」
「!――にゃんこ…っ!」
ツバを上げた多軌の顔色は悪かった。
今にも倒れそうなほど、ではないが、少し体調が悪そうには見える。
それを指摘すれば多軌はバツが悪そうに夏目から目を逸らした。
真意はどうであれ、責任を感じている多軌に夏目は何か言おうかと口を開きかけた。
しかし、夏目が言うよりも早く斑が多軌に声を掛ける。
…が、何故か多軌は斑を呼びかけて途中で口を閉じてしまう。
「この私が特別に手伝ってやることにしたのだからな!」
「……ッ」
名前を呼んでもすでに呪われているため多軌は普通に斑の名を呼べるはずだったのだが…多軌は口ごもった。
それに斑も小首を傾げれば更に多軌は何かを我慢するように服を握る。
彼女の心の声はこうである。
(だ、抱きしめたい…っ!でも今は駄目っ!!私のせいでこんなに巻き込んじゃったのに不謹慎すぎる!!〜〜っでも!!)
(ん!?この女今日は私にガンを飛ばしてくるとは…!!)
(抱きしめて!頬ずりして!くんくんして!一緒にお昼寝…!!――っ!駄目!!駄目駄目駄目ぇ!!我慢!我慢…っ!!)
(しかもただならぬ妖気だ!)
(可愛いすぎる〜!!でも…我慢!!)
(やるな…!小娘!!)
多軌は斑に抱き付き頬ずりし堪能する事を我慢していたのだった。
どうも多軌には斑は可愛い物と見えているようで、女の子らしいと微笑ましく思えるのだが、今の多軌は斑を睨めつけているようにしか見えない。
斑も斑ですれ違い多軌にガンを飛ばされていると勘違いし、ただならぬ妖気(ただ己の欲望を我慢しているだけ)に負けじと睨み返していた。
(あれ?知らないうちに仲良くなってる…)
そんな夏目も夏目でどこをどうみたらそう思うのか…斑と多軌が仲良くなっていると勘違いしていた。
この場に、勘違いを正す者はいない。
因みにきっとこの場に小春もいても夏目と同じことを思い、遅刻している音羽は無関心だったであろう。
****************
それからしばらくして、音羽が現れた。
遅刻していた事を詫びるでもなく、まだ睨み合い(仮)をしていた2人を見て音羽の第一声は『何してんのあんたら』だった。
音羽はまず夏目の変化に気づく。
あんなにも昨日の夜別れる前は無感情で表情がなかったのに、今では音羽の姿に『おはよう』と声を掛け目を細めて笑っていた。
更には早速小春の事を聞き変化がなく眠っているだけだと言えば夏目は寂しそうな表情で笑みを浮かべたのだ。
音羽は正直まだ昨日の状態またはそれより酷くなっていることを期待していたためか元に戻った夏目に表情をそのままに内心舌打ちを打つ。
そして場所を移し、斑は夏目と小春が会ったという妖の事を独自に聞き出していたのか夏目達にも聞かせた。
「この辺りに住む妖の噂は聞いたことがある。捨てられた割れ鏡が禍々しい気を集め妖者になったと、な。」
「人間が嫌いだって言ってたな…」
「この手の妖は、人でも妖でも…とにかく相手を苦しめてはそれを見て喜びを感じるタイプらしいぞ?」
「…どうしたら……」
「安心しろと言っただろ。」
「え…」
斑が聞き出したその妖は、元々鏡の妖だったようで、その鏡が割れ禍々しい気が集まった事で妖となったという。
妖が見え触れ会話が出来る側の夏目と音羽にしては珍しくもない妖だが、一般人として生きてきた多軌には少し珍しくも感じた。
否、見えない者でも妖に興味があったりすればそう珍しくもない妖の誕生秘話だろう。
しかし実際に本当にあったとなれば別である。
不安そうに呟く多軌に斑はニマリと笑い、音羽以外の2人は斑の言葉にキョトンとなった。
斑は『よっこいしょ』と年寄りくさい掛け声を掛けながら立ち上がりどこからともなく手鏡を取り出した。
「じゃーん!魔封じの鏡〜!」
そして、某猫型ロボットのように手鏡を掲げる。
その手鏡の鏡のところには大きく鏡文字で『封』と書かれており、名前通りだった。
「すごい!」
「ど、どうしたんだ俺…!先生が頼もしく見える!!やっぱり目がやられてるから――ぐはっ!」
多軌はいかにも妖封じの道具に感動し、夏目はいつもならありえない頼もしく見える斑に目を擦った。
音羽は『…ドラ○もん?』と胡散臭そうに斑を見つめる。
斑は夏目の言葉にカチンと来たのか飛び上がってその石頭を夏目にぶつけ、あまりの痛さに夏目はちょっぴり涙目になっていた。
「あいっかわらず失礼すぎるな!お前は!!これはわざわざ私が超特別に呑み仲間から貰ってきてやったんだぞ!!」
「これ、どうやって使うの?」
わざわざ私が、と強調して言う斑だが、実際は飲んで騒いでお祭り騒ぎの状態だった事は伏せておこう。
そして何だかんだ言っても眠ってしまった小春、そして小春の状態に情緒不安定になっている夏目が心配で水のように酒を煽ってもように酔えなかった事も、黙っておこう。
多軌は夏目に石頭アタックした際落ちた手鏡を拾い上げ、ふんぞり返る斑に問いかける。
「人の手でこの鏡に奴の目を映し封じの呪文を言えば済むのだが…」
「相手が見えなきゃ無理って事か…」
「そういう事だ…まあ、こちらには小娘もまだ無事だしな。」
鏡を映すには、まずその目的の妖を見なければならない。
しかし1人は元々妖力は多少はあるが見る素質がなく、もう一人は油断し目を舐められ妖力はあるが見る力を失ったただのもやし。
そうなれば必然的に封じる役割を担うのは一人しかいなくなる。
斑の言葉に全員が唯一妖が見える音羽へと目線が集まれば、先ほどまで無関心に我関せずでいた音羽は目を見張る。
「ちょっと…はあ?なんで私が参加することになってるわけ?」
「なんでって…協力してくれるんじゃなかったのか?」
「探すまでの話しよ!その間に見つかればルールだろうが何だろうが消せば終わると思ったからで…そんな封印とか面倒な事私絶対しないから!」
「だがこれしか方法は…」
「待って、夏目くん…いいの…」
元々音羽は田沼に被害が及ぶ前に厄介ごとを片づける感覚で参加していた。
勿論妖を消す協力ならいとわないつもりでもいた。
しかし封印といけば話しは別である。
封印などちまちましたものは嫌いだと断る音羽に夏目は困ったように眉を下げる。
しかし嫌がる音羽に説得しようとしていた夏目を多軌が止めた。
「でも多軌…」
「いいの…これは私のせいなんだもの…おの……、この子まで巻き込めない…探すのを協力してくれるってだけで私すごく助かってるし嬉しいから…もうこれ以上人を危険に巻き込めないから…」
「多軌…」
夏目は多軌が止め、驚いたように多軌に振り向く。
多軌は音羽の名前を口にしそうになったのに気付き慌てて口ごもった。
多軌の言葉に夏目はもう何も言えずただ心配そうに見つめるしかできなかった。
音羽はそれでも気持ちは変わらず、同情心・罪悪感は一切感じていない。
もし感じていたのなら裏表ある性格はなかっただろう。
「音羽が駄目なら…」
「私の書いた陣に誘い込めればいいわ…だから――私を餌にしたらいい!」
「…!」
まさか音羽から拒絶を貰うとは思っても見なくて、唯一見える音羽に断られ他に方法が思い浮かばなかった。
夏目が接触し妖がどれほど危険かも分かっており、斑にあっちだそっちだと呑気に教えてもらいながらの封印は出来ない。
音羽が駄目なら…と夏目は陣の事を脳裏に浮かぶ。
夏目が言う前に多軌が答え、夏目は頷きかけたが…多軌の続けられた言葉に目を見張る。
夏目は餌を自分にと思っていた。
いくら多軌がしでかしたことだとしても、夏目自身多軌を餌になど考えられなかったからだろう。
自分を犠牲にすることに慣れていた夏目は驚いていた。
「多軌は分からんが…夏目は餌に出来るぞ?力が強いから美味そうな匂いだしな。」
「美味そう…?」
「私は不味そうってこと…?」
「小娘は気が強すぎて妖から避けられるだろうし、何より夏目ほど美味そうな匂いはしない。」
「美味くなくて結構。要以外に寄りつけられても鬱陶しいだけよ。」
斑の言葉に夏目は『美味そう』という言葉に分かっていたがげんなりし、多軌は何だか『不味そう』と言われているようで少し落ち込んだ。
音羽は斑の言葉に2人とは逆に胸を張った。
そんな3人を余所に斑は続ける。
「それに奴もお前と小春に触れて友人帳の夏目だと気づいただろう……退屈している妖に友人帳は魅力的だ。夏目がこの辺りをうろつけば釣られて奴はきっと出てくる。…お前と小春は特別だからな」
「特別?」
「…!」
「友人帳って…」
「悪い…詳しくは話せないんだ……ちょっと厄介な物で…」
斑の予想では、夏目と接触した妖が妖達の噂で持ち切りの友人帳を持つ人間だと気づいたはずだと言った。
それはすなわち標的を多軌から夏目へと変えたという事で、それが正しければ餌は多軌よりも夏目の方が釣られやすい。
斑の『特別』と『友人帳』という言葉に多軌は首を傾げた。
多軌の事情は聞いていたが、夏目は友人帳などの事は一切話していない。
音羽は反応からするとすでに知っているか、興味ないかだろう。
小首を傾げる多軌に夏目は『でも』と言葉を重ねる。
「祖母の…たった一つの遺品なんだ…」
「…じゃあ、夏目くんの宝物なのね?」
夏目の言葉に多軌は瞬いた。
しかし多軌は夏目の言葉に微笑み、夏目は多軌の言葉に目を見張った。
どんなに妖に謂れのない理由で襲われても、それのせいで妹が危険にさらされても…それは夏目達と祖母を繋げる唯一の物。
多軌はそれを『宝物』と呼び、夏目は多軌に言われた言葉がすっと心の中に入る。
今までどんな言葉でも当てはまらなかった友人帳への感情が、多軌の言葉によって開いたパズルのピースのように組め込まれたのだ。
なんの抵抗もなく入ってきた言葉に夏目も嬉しそうに微笑む。
「…………」
夏目と多軌のやりとりを見て、そして夏目の笑みを見て…音羽の眉間は皺をつくる。
つまらなさそうに欠伸を出しかけたその時―――
「――――ッ、!」
「!―――先生!?」
「…!」
斑は何者かに吹き飛ばされた。
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